ブログトップ

Caramel 24 Carat

caramel24c.exblog.jp

南禅寺界隈別荘群の何有荘の所有者はオラクルのラリー・エリソン



昨夜の雨も上がり過ごしやすい~☀

最適な室温22℃

これから紅葉の季節を迎える
京都を散策するのも素敵ですね

ところで

前回モルガンお雪から
南禅寺界隈の別荘群の存在を知りましたが

現在、それらの別荘群は所有者が変わって
中でも何有荘
アメリカのソフトの会社
オラクルのラリー・エリソンが所有している
というから驚きです

何有荘 茶室”龍吟庵”

b0209886_09125872.jpg



何有荘は

2010年

クリスティーズで80億から競売にかけられたという
(落札価格は明らかにされてないらしい)

IT長者のラリー・エリソンは親日家で
所有するヨットの名前は「さよなら号」といらしいが

忍者屋敷のような日本家屋に住みたいという
願望があったらしい



この方の経歴をサッと見ますと
アップルのスティーブ・ジョブスとかぶります

(そういえばビル・ゲイツも軽井沢に大邸宅~)

何有荘は元和楽荘で染色事業や映画興行で財を成した
稲畑勝太郎(1905年、明治38年所有)が奥座敷として
内外の著名人を招いた6000坪の邸宅で

植や加藤造園参照

1953年、宝酒造の大宮庫吉の手に渡り

「何か有るようで何も無い。何も無い様で何か有る」
という禅の言葉からとった名前に変わったようです

オラクルのラリー・エリソン氏も禅の言葉に惹かれたのでしょうか



ところで
モルガンの別荘にあたる邸宅は分からなかったのですが

そもそもお雪さんがモルガン氏と出会ったのは
当時お付き合いのあったマキノ省三も介していたらしい
4万円という高額な身請け金を吹っ掛けたのも
なかば、それなら諦めるかも知れないという、魂胆があったみたい
ですが、相手はアメリカのモルガン財閥の一族
即「OK」だったのですね

そのマキノ省三の息子が映画監督のマキノ雅弘という
その息子がマキノ正幸といい
沖縄アクターズスクールを運営しているという

その沖縄アクターズスクール出身の
安室奈美恵さんが引退表明され驚きました
(引退後は京都に住まわれるとか)

マキノ家は映画・芸能ファミリーで
俳優の津川雅彦もいらっしゃる

南禅寺界隈別荘群を提案した塚本与三次ですが
加計学園や塚本幼稚園もあるいは関係あるのかしら

そんなこんなでついつい逸れてしまった

当初書こうと思っていたのは
五番街のエマニュエル・テンプルとジェイコブ・シフの邸宅









[PR]
# by caramel24carat | 2017-09-23 09:20 | 歴史・人物

南禅寺界隈の別荘群




うす曇り~⛅

白花の玉スダレが咲いてます


b0209886_15411586.jpg


ところで
前回、玉の輿に乗った京都生まれの
モルガンお雪のこと書きましたが

1901年(明治34年)当時30歳の金融王JPモルガンの甥っ子
ジョージ・デニソン・モルガン(George Denison Morgan)と出会い
1904年(明治37年)横浜にて結婚し渡米するが
居心地があまり良くなかったらしく

(そもそも1904年といえば、日露戦争のころじゃないでしょうか?
高橋是清がクーン・ローブ商会のジェイコブ・シフから戦費を調達できた
そんなころですよね)

1905年(明治38年)京都に戻り
2年ほど
京都南禅寺橋のモルガンの別荘
に住んでいたという情報があり

どんなところかしら?とちょっと関心を以って調べてみると

なんと驚くことに

明治新政府になって廃仏毀釈令なんかが出され
南禅寺の広大な敷地は明治政府に没収されたらしい

その没収したお寺の敷地を分割して

琵琶湖疎水から水を引き
日本庭園をもつ立派な数寄屋造りの別荘が15戸建てられた、という

たぶんその一戸がモルガンの京都の別荘だったようだ

それにしても気になるのが
お雪の見請け金当時の4万円(数億円とも)の行方?

日露戦争の戦費に消えたとか
どうなんでしょうね?

Wikiより引用

南禅寺界隈別荘(なんぜんじかいわいべっそう)は
明治新政府が召し上げた臨済宗南禅寺の敷地を開発した後に建つ
15邸の広大な別荘

  • 碧雲荘(へきうんそう)
  • 何有荘(かいうそう)(旧稲畑勝太郎邸)
  • 対龍山荘(對龍山荘)(たいりゅうさんそう)
  • 流響院(りゅうきょういん)旧織寶苑(しょくほうえん)
  • 清流亭(旧塚本與三次邸)
  • 真々庵(旧染谷寛治別邸)
  • 無鄰菴(むりんあん)(旧山縣有朋別邸)
  • 智水庵(旧横山隆興別邸)          住友
  • 怡園(いえん)(旧細川家別邸)
  • 旧上田秋成邸(現 料理旅館八千代)
  • 旧藤田小太郎邸(洛翠
  • 旧寺村助右衛門邸(現 料理旅館菊水)

    ”近江出身の実業家、塚本与三次(つかもと・よさじ、京都商事社長)が
    構想したのが高級別荘地への転用(分譲)でした”

    塚本姓でふと思い出すのが
    高級鮨のすきやばし次郎の入っている
    塚本総業ビル?

    そうそうワコールかな
    (女性なら知ってますよね)
    創業者塚本幸一

    b0209886_15535490.jpg

    明治の大物政治家山形有朋や住友や三菱や
    また実業家の野村や松下等に払い下げられたようですね

    稲畑勝太郎所有であった5000坪の何有荘は
    明治の社交場で ヘレンケラーや渋沢栄一なども訪れた

    時代とともに所有者が変わっている
    5000坪とか1800坪と広大だから維持費もそれなりに

    ★対龍山荘は、谷崎潤一郎→市田→現在ニトリの保養所らしい

    ★流響院は、塚本与三次、三菱財閥、米軍(宿舎)、
    龍村美術織物、宗教団体の真如苑と変わった

    イブモンタン・ヒッチコック・ピーエルカルダン・チャップリンなどが
    訪れたことがあったらしい



    (非公開らしい)


    モルガン邸はどこだったのでしょうか?






















  • [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-20 15:44 | 歴史・人物

    モルガナイトとホープダイヤモンドとモルガンお雪




    気持ちのいい快晴~☀

    昨夜はほんの少し雨風がありました


    本日は月曜日ですが
    敬老の日の振り替え休日
    ずーっと9月15日だったはず
    じょうずに3連休になるようフレキシブルになったのですね

    しなやかに生きるってイイですね



    ところで

    前回

    金融王JPモルガンの膨大なコレクションを展示した
    モルガンライブラリーのこと書きましたが

    モルガンのコレクションは書籍やレアな楽譜や図版だけに
    とどまらず実は宝石のコレクターでもあった、という

    キタ~~💎

    なんせ金融王ですから
    やっぱりキラキラ光る宝石は外せなかったのでしょうか

    まばゆいばかりのジュエリー
    b0209886_10042463.jpg


    ワシントンD.C. スミソニアン博物館にて
    2017.2



    でも、モルガンライブラリーには
    そんな宝石の展示はなかったような

    情報としてティファニーの宝石なんかも
    コレクションしていたという
    (ティファニーの屋敷が燃えてしまったのは謎ですが)

    いったいぜんたいそのモルガンの宝石コレクションの全貌を
    知りたいものだけど



    宝石がとれる鉱石の中で緑柱石がある、らしい

    スミソニアン博物館の鉱石の展示室にて
    b0209886_09544128.jpg


    2017.2


    緑柱石
    (緑柱石(りょくちゅうせき、: berylベリル)は
    ベリリウムを含む六角柱状の鉱物金属元素のベリリウム)

    緑柱石の仲間には
    エメラルド、アクアマリン、モルガナイトがあるらしい

    その中でピンク色のモルガナイト(morganite

    なんと
    JPモルガンの名前からとって
    モルガナイト
    と呼ぶそうだ


    その名前の由来については宝石学の権威GPクンツが命名した、という

    ”1910年に宝石学の権威
    G. P. クンツGeorge Frederick Kunz)が
    宝石コレクターであったモルガン財閥の創始者ジョン・モルガン
    功績をたたえて命名した”


    このモルガナイトの大きな宝石を
    実は、ワシントンD.C.の
    スミソニアン博物館の一つ国立自然史博物館で
    見ていたのを思い出しました~

    大きなピンクのモルガナイト
    b0209886_09510348.jpg


    その時はそんな由来のアル宝石だとは知らず
    何気なく撮ったのでしたが

    そんなモルガナイトがJPモルガン由来であったとは
    驚きですが

    この時は
    ブルー・ダイヤモンドで大変有名な

    ≪ホープ・ダイヤモンド≫

    見たくて出かけたのでした


    b0209886_09523617.jpg
    スミソニアン博物館の国立自然史博物館にて


    所蔵されている45.50カラットの
    ブルー・ダイヤモンド
    ( クラリティはVS1)

    ホープ・ダイヤモンドは
    あのディカプリオとケイト・ウィンスレット主演で有名な
    映画≪タイタニック≫(1997年)で

    b0209886_12132289.jpg

    架空のヒーローとヒロインのロマンチックなお話ですが
    ローズが身に着けていたブルーの大きなペンダントは
    このホープ・ダイヤモンドをモデルにしていたとか




    ≪タイタニック≫といえば
    前回書きましたが
    JPモルガンは実質的なオーナーでした


    ところで

    今回さらに驚きましたのが

    〝モルガンお雪”

    モルガンお雪については
    そう言えば昔聞いたことがありました
    今回、JPモルガンについて書いてて
    思い出しました

    お雪さんは京都の芸子さんでしたが
    京都に観光(失恋旅行中)に来ていた
    J.P.モルガンの甥っ子に
    一目ぼれで見染められ
    結婚した女性だそうだ

    まさに超セレブ婚!

    1901年(明治34年)
    当時30歳のアメリカ人の富豪ジョージ・デニソン・モルガン
    (George Denison Morgan. J・P・モルガンの甥)と出会う

    1904年(明治37年)1月20日
    当時4万円という莫大な身請け金によりモルガンに引き取られ
    横浜で結婚

    b0209886_12344367.jpg
    モルガンと日本人妻・雪の米国到着を伝える新聞記事。1904年

    なんとあっけなく

    1915年(大正4年)、34歳のとき、夫ジョージが44歳で心臓麻痺で死去


    と短い間の結婚生活だったようです

    その後は
    遺産相続で一族と裁判沙汰になるも勝利し
    莫大な遺産を手に

    フランスへ渡り

    1916年(大正5年)新しい恋人の陸軍士官で
    言語学者のサンデュルフ・タンダール(Sandulphe Tandart)と
    マルセイユに移り、同棲、結婚はせず
    ジョージから受け継いだ莫大な遺産を
    タンダールの学問援助に費やす

    タンダールと再婚しなかったのは
    再婚すると遺産をモルガン家に没収される可能性があった
    ためではないかと言われている

    ニースの別荘で暮らしていたが

    しかしまたしても

    1931年(昭和6年)、タンダールが心臓麻痺で死去



    晩年は振り出しに戻って
    生まれ故郷の京都で過ごされたようです

    人生いろいろですね

















    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-18 12:47 | 旅行・建築・アート

    モルガンライブラリーと意外だったイサム・ノグチの作品があのビル内に



    小雨がしとしと降る土曜日~☔


    今日から3連休らしい
    はて?何の日かしら
    (3日目は敬老の日の振替らしい)


    何はともあれやっと涼しくなりました
    室温25℃、湿度65


    ところでモグラたたきのように
    どこでテロ等が起きるか予測不能な昨今ですが

    またまた楽しかったNY(2月)の話
    (まだでしたので)

    🍎

    金融王として名高いJPモルガンの
    豪壮な邸宅と図書館がモルガンライブラリーとして
    公開されているので行ってまいりました


    場所は
    マジソン街225番地にある
    225 Madison Ave, New York, NY
    http://www.themorgan.org/

    まさにライブラリー図書館ですが
    ちょっとした宮殿のような佇まい

    ちょっとウィーンの美術史美術館のような
    優雅さも感じられる歴史的な建物です

    b0209886_10454441.jpg



    いくかの部屋の四方の壁の書架には
    お宝コレクションの図書がビッシリ並んでました

    JPモルガンの私設司書グリーンさんが管理していた
    それにしても膨大な蔵書だわ


    b0209886_10394308.jpg



    今から110年ほど前の1902~1907年に
    ペンシルバニア出身の
    ハーバードやエコール・デ・ボザールで学んだ
    チャールズ・フォーレン・マッキム(1847~1909)設計で
    新古典主義様式で建てられた



    その当時1903年
    1ブロック離れたモルガンの娘のために
    建てられた屋敷も含まれている
    (東33丁目~36丁目)


    1924年
    JPモルガンのジュニアが開設したらしい

    豪壮な建物及び調度類にはさすが
    金融王JPモルガンの財力がもろ感じられる

    美しく素晴らしいロトンダ

    b0209886_10584013.jpg



    最初に入った
    モルガンの赤い壁の書斎

    ちょうどツアー客かあるいは
    ギャラリートーク中だったのか
    たくさんの人でいっぱい

    b0209886_11430914.jpg



    以前にも見たことがあった



    ジョン・ピアモント・モルガンの
    肖像画が架かってました


    b0209886_11443685.jpg

    モルガンはレアなものがお好きなようで


    聖書の彩色本や楽譜や手紙などいろいろあったけど
    改めてキチンと調べて書きたい
    b0209886_12240613.jpg



    ここモルガンライブラリーは
    2006年に
    あのレンゾ・ピアノによって部分的に改築されている


    b0209886_12304759.jpg



    この女性の肖像画は
    ジョン・ピアモント・モルガン・ジュニアの奥さま

    ≪マダムX≫でも有名な
    肖像画画家
    ジョン・シンガー・サージャント 
    1906年の制作


    b0209886_12342026.jpg



    サージャントといえば
    ≪マダムX≫の肖像画を発表し
    スキャンダルに巻き込まれ

    パリを逃れてロンドンへ逃亡したのでしたが
    そのロンドンのお友達の家に逃れたあと
    なんとお友達は
    あのタイタニック号の沈没の犠牲になったと
    前に知ったことがありました

    そのタイタニック号は
    モルガンが実質的なオーナーであり
    初航海の1912年4月14日に乗船予定だったが
    直前キャンセルし
    まさかの沈没事故から逃れたという

    タイタニックは陰謀論でも有名ですよね

    💎

    ベンジャミン・フランクリンの胸像もありました
    1778年

    ヒュードン作

    b0209886_12385850.jpg


    Houdon作と言えば
    サンクトペテルブルグのエルミタージュに
    ヴォルテールの寝間着姿の像がありました

    1778年4月7日
    駐仏大使としてパリにやって来た
    ベンジャミン・フランクリンは
    ヴォルテールをフリーメイソンに入会させた、という



    人気の観光スポットらしく
    たくさんの観光客でごった返していました

    b0209886_12461824.jpg


    新旧並んだ建物 ライブラリーの入口

    b0209886_12452815.jpg

    ところで
    前回

    イサム・ノグチの作品≪レッド・キューブ≫が
    ウォール街のそばのハリマンビル前にあったことについて
    書きましたが


    なんと

    イサム・ノグチの作品は
    NYには他にもいくつもあって

    チェース・マンハッタン銀行の地下には
    ≪竜安寺の石庭のような庭=沈床園≫
    あるらしい

    あの石庭については
    ワタクシは密かに”尖閣諸島”を
    真似て造ったんじゃないかと妄想しているのですが

    今回

    驚きの発見だったのは
    ほかにもある中で

    イサム・ノグチの作品ですが
    ★666 5th Avenue, Waterfall & Ceiling 
    滝と天井デザイン 1957

    b0209886_09491457.jpg

    Interior lobby design in wood and metal
    1956 - 1958
    ≪ロビーの天井デザイン≫

    b0209886_09410332.jpg
    なんとこの作品が

    あのトランプの娘イヴァンカさんのご主人がオーナーという
     666 Fifth Avenueビルの
    1Fにあるという事実!


    ほんと驚きました!















    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-16 13:20 | 旅行・建築・アート

    ウォール街と赤いサイコロ



    風が吹いて若干涼しい~


    もう9月も中旬


    モウ~モウ~と言いながら
    光陰矢の如しだわ

    (もう9月だというのにまだアップしてなかった)
    ウォール街のお馴染み
    ニューヨーク証券取引所

    2017.2

    b0209886_14500934.jpg


    ちょっと勾配のある狭い通りに面してました
    カメラを構えた観光客ばかり

    その場に立ち振り返ると

    古典様式のフェデラル・ホールが建っている
    (ウォール街26番地)


    b0209886_15410508.jpg


    連邦公会堂は

    もともとはアメリカ合衆国議会議事堂があったところで
    ワシントンに移った後

    1812年に解体され
    1842年に合衆国税関として再建された建物、らしい

    現在は記念館として観光名所

    この時も一目見ようと
    カメラを持った観光客ばかりでした

    中央銅像は
    初代大統領ジョージ・ワシントン



    b0209886_14550851.jpg




    ”1789年3月4日、第一回合衆国議会がこの議事堂で開催され
    権利章典が採択され、このとき、この議会で
    ジョージ・ワシントンが初代アメリカ合衆国大統領に選出され
    1789年4月30日にこの建物のバルコニーで就任演説を行った”



    ちょーどフランス革命の時期と同時期だわ
    (4か月後の7月14日バステューユ襲撃)



    先ほど歩いてきた狭い横町の正面には
    トリニティー教会が見えました

    19世紀中ごろ最も高いタワー(高さ281フィート =85.6 m)で
    ニューヨーク港に入ってくる船舶の目印だった、という

    b0209886_15143663.jpg




    Wikiによれば

    ”映画ナショナルトレジャーでは
    フリーメーソンの莫大な宝物が地下に眠っていた”

    って情報がありますが
    ニコラス・ケイジの『ナショナル・トレジャー』
    そういえば見たことありました
    なかなか面白かったわ

    💎


    ウォール街から
    グランド・ゼロの方へ向かいますと

    高いビル前広場に
    赤いサイコロが転がってました~

    レッドキューブ
    (1968年)
    このオブジェは
    あの日本でも有名な
    イサム・ノグチの作品

    倒れそうで倒れない~


    b0209886_15475161.jpg

    ビルは「BROWN BROTHERS HARRIMAN」

    イサム・野口氏は
    なんと
    医学部に入り医者を目指していたそうですが
    野口英世の一言で
    芸術の道に進んだらしい
    そして
    さらに驚いたのですが

    元女優であり国会議員の山口叔子こと李香蘭
    ご結婚されていたという
    へぇ~そうだったんですね




    今日は9月11日
    2001年から16年も経つのね

    b0209886_16074067.jpg




    2月のNY

    9/11メモリアルにて


    b0209886_14454956.jpg

    この16年の間に
    テロが
    ヨーロッパやアジアで広がったような
    そんな気がしますが








    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-11 16:23 | 旅行・建築・アート

    JAGUAR E‐Typeとペンタゴンの≪Ada≫



    最高のお出かけ日和~☀



    といいながらおウチで
    片付けしたり

    世の中には
    いろんなモノが溢れていますが
    身の回りのモノでも
    いつの間にかドンドン古くなっている
    世の中新陳代謝が激しいのかしら



    ところで

    ニューヨーク近代美術館には
    パーマネントコレクションの素晴らしく綺麗な車



    JAGUAR(E‐Type)
    がドーンと展示されてました


    b0209886_11142596.jpg

    2017.2

    ”Eタイプ
    E-type )はイギリスの高級車メーカージャガーより
    1961年から1975年の間販売されたスポーツカー”


    b0209886_11134100.jpg


    ジャガーの車なんてまじかに初めてみましたが
    美しく光彩を放つブルーメタリックのカラーや
    流線型の風をつんざくような妖しいボディラインに見惚れました~

    b0209886_11201875.jpg

    細部のすべてがほんと美しい



    美しさに加えて
    なんといっても単なる飾り物ではなく
    動く車であるということに感動~

    b0209886_11213220.jpg
    あの久米宏氏は
    愛車がジャガーだったことも!

    「ジャガー」でヒットしました


    このジャガーのデザイナーは
    元航空機デザインを手掛けていた人物で
    イギリス人のマルカム・セイヤーという人物、らしい

    マルカム・セイヤー

    Malcolm Sayer
    (1916~1970)(aged 53)
    (Heart attack)
    b0209886_11591891.jpg
    当時のMOMAの主任学芸員であったテレンス・ライリーは

    永久保存決定の理由について

    「美しさ、フォルムのクオリティ、機能性、
    そして自動車のデザイン全般に与えた影響の大きさを考えれば、
    Eタイプというのは "歴史的な設計物"の基準を完璧に満たすクルマなのです」

    と述べている

    マルカムは航空機の工業デザイナーであったらしく

    ジャガーのEタイプをデザインする際には
    平面の鉛筆デッサンではなく

    すべて複雑な数式と計算から導き出した
    数百本の曲線
    シルエットを創り出し設計したらしい

    その曲線は
    対数などの数学を用いて描かれた
    空気の流れだった

    空気の流れとはスゴイ!

    元飛行機デザイナーならではの発想だったのでしょうね
    平面の鉛筆デッサンでは表現できない曲線だからこそ
    眺めていてもアキない美しさがあるのでしょうか

    難しい数式から計算された曲線を
    クルマに応用したのは超画期的だったわけね

    (ザハ・ハディド女史の曲線はどうだったのかしら?)

    マルカムは第二次大戦中は
    ブリストル飛行機会社で働いた

    1948年、設立されたバグダッド大学の工学部で働くことになり
    イラクへ行った

    そこでカーブとドイツ人教授の出会いがあったらしい

    1950年英国に戻り

    1951年にジャガーに入社し
    工業デザイナーとして貢献した

    なんと
    53歳で心臓発作で逝去

    💛

    今なら
    コンピューターで
    思いのままの3Dのモノ創りが可能みたいですが



    ところで

    前回、イギリスの詩人バイロンの一人娘であった
    エイダ・ラブレスが

    元祖コンピュータープログラマーだと知りましたが

    アメリカ国防総省(ペンタゴン)に
    採用されている防衛システムソフト作成で
    使用される

    プログラム言語が「Ada」という、らしい


    ”Ada(エイダ)は
    強力な言語機能を豊富に持ち、高度な型の体系をもつ
    プログラミング言語の一つである。構文はAlgol系である。

    史上初のプログラマとされる
    エイダ・ラブレスの名前にちなんでAdaと命名されている”

    1979年、アメリカのペンタゴンが
    信頼性・保守性に優れた、主として組み込みシステム向けの言語を作りたいという意図のもと、
    国際競争入札を行い4社(赤、黄、青、緑)に発注したが
    この入札で優勝したのは緑のフランス人チームだった
    (公平を期すため選定時には色を使った)
    そういう理由でイメージカラーは緑であるらしい

    フランス人チームってのは
    アメリカのペンタゴンなのに違和感ありだけど

    そのプロブラミング言語「Ada」は
    おもにペンタゴンの発注であったことから
    兵器の開発に使われたらしい


    利用例では
    Wiki参照

    最近の利用例としては、F-22戦闘機97式魚雷などがある。
    ただしこの分野でもAdaの陳腐化が進んでおり、
    F-35戦闘機以降はC++へ移行している。

    民生品ではあまり利用されていないが、
    信頼性を重視する航空機の制御ソフトウェアに利用されることがある。
    例としては
    ボーイング777など。”








    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-09 13:01 | 旅行・建築・アート

    秋海棠とバイロンのアルバニア風衣装がステキ




    小雨がちだった空も晴れて気持ちのいい青空が~☔~☀


    涼しくなったとはいえ
    扇風機を回しています~

    秋海棠(シュウカイドウ)のお花が咲いてます

    b0209886_16135873.jpg



    秋海棠はベゴニアの一種らしい
    中国からの帰化植物
    野生種で時期になると自生し花を咲かせる

    b0209886_16154555.jpg


    放ったらかしでもOKなので
    ありがたいわ





    ところで

    前回のドーソンヴィル伯爵夫人が
    著した
    詩人のバイロンさんて

    名まえは聞いたことあったのですが
    肖像画をみてびっくり!

    伊達男らしく
    肖像画は
    アルバニア風の衣装を着た
    エキゾチックでステキな紳士だけど
    (Wikiより引用)


    b0209886_16351977.jpg


    Lord Byron in Albanian dress

    第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン
    (George Gordon Byron, 6th Baron Byron
    1788年1月22日- 1824年4月19日)

    なんと
    36歳で亡くなられたのですね

    短命のわりにネームバリュがあるのは
    その美貌と自由奔放な生きざまからかしら

    いや詩人として!?

    アルバニアの国旗
    双頭の鷲なんですね!

    b0209886_17121227.png


    ダンディな伊達男バイロンさんですが

    Wikiによれば

    イギリスの詩人
    バイロン卿として知られ
    単に「バイロン卿」といえば
    第6代男爵を指す、らしい

    素敵な遊び人風なバイロンさんは
    10歳で第6代バイロン男爵を継ぎ
    ノッティンガムの土地と館ニューステッド・アビーを相続した

    そのニューステッド・アビーは
    相続したときはかなり荒れていて
    翌年にはロンドンへ行き
    ハーロー校を経てケンブリッジに進学したが
    学業を顧みず放埒な日々を過ごした、という


    社交界の寵児として恋に憂き身をやつし
    何度も結婚し別れを繰り返したらしいですが

    なんと

    1815年、アナベラ・ミルバンクと結婚したが
    このときのご息女エイダ・ラブレス
    世界最初のプログラマーとされているというから
    驚きです!

    父親バイロン卿に似た美貌の持ち主だったとか

    ああ、Adaエイダさん!
    (以前聞いたことあったような)

    バイロンの娘だったのね

    b0209886_17045700.jpg


    ”ラブレース伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キング
    (Augusta Ada King, Countess of Lovelace
    1815年12月10日 - 1852年11月27日
    19世紀のイギリスの貴族の女性
    ミドルネームのエイダで知られる
    結婚前の姓はバイロン

    詩人第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロンの一人娘であり
    数学を愛好した

    主にチャールズ・バベッジの考案した
    初期の汎用計算機である解析機関についての著作で知られている”








    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-06 17:20 | 歴史・人物

    邸宅美術館フリック・コレクションのアングルの≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫



    9月入りし もう4日ですね~薄曇り


    昨夜は冴え冴えとしたお月さまが輝いてました
    (9月6日が満月なので少し欠けてました)


    バタバタしているとブログ脳にリセットするのに
    ちょっと静かに瞑想でもしなくちゃならないわ


    ところで

    先日のTVドラマ『黒革の手帖』の放映はなかったので
    ガッカリでしたが
    なんと主演の武井咲さんがその日の報道で
    ご結婚されたようで
    ほんとビックリしました!
    さらに来春には早々に赤ちゃん誕生らしく
    「母子手帳」もお持ちのようです




    2月の話ですが

    NY,五番街70丁目の角に
    邸宅美術館フリック・コレクションがありました
    (2or3階建て)

    b0209886_13191774.jpg



    館内の中庭は撮影可で
    その他は禁止だったものだからついつい
    書きそびれていました



    b0209886_13233566.jpg


    2月だというのに
    中庭にはキレイな白い花が咲いていて
    観終わったあと
    お花眺めてましたら
    ついついベンチで居眠りしてしまいました~



    b0209886_12510751.jpg



    ここフリック・コレクションには
    あの日本で人気の高い
    フェルメールの作品を3点所蔵している

    ≪中断された音楽の稽古≫

    ≪夫人と召使≫

    ≪士官と笑う娘」≫


    これら3点のフェルメール作品
    たぶん見たとは思いますが
    あまり記憶に残っていない

    それより


    新古典派の巨匠
    ドミニク・アングルの
    ≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫がありました

    中庭よりパシャ
    ドアの向こうにチラッと見えてます
    b0209886_13404672.jpg




    ≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫
    (Comtesse d'Haussonville) 1845年
    (La Vicomtesse d'Haussonville)
    Jean-Auguste-Dominique Ingres (1780−1867)


    b0209886_13570332.jpg



    ブルーのシルクサテンのドレスが美しいし
    後ろの濃紺のあたりに並べられた詳細なモノが
    興味深いわ


    (画像はWikiより引用)

    ドーソンヴィル伯爵夫人は
    1845年当時26歳

    1836年10月10日に
    フランスの外交官で政治家の
    ドーソンヴィル伯爵ジョゼフ・オトゥナン・バーナード・ド・クレロン
    と結婚した

    ドーソンヴィル伯爵はフランスアカデミー会員で
    名門貴族なのだそうだ

    彼女の名前は
    ルイーズ・アルベルティーヌ・ド・ブロイ
    (1818年―1882年)

    (ということは今から200年ほど前に生まれた方なんですね)

    1818年5月25日に
    ルイーズは
    フランスの政治家であった
    ブロイ公アシル・レオンス・ヴィクトール・シャルル・ド・ブロイの
    娘として生まれる


    1836年10月10日に
    外交官で政治家のドーソンヴィル伯爵
    ジョゼフ・オトゥナン・バーナード・ド・クレロンと結婚

    1843年に
    長男のガブリエル・ポール・オトゥナンが誕生

    1869年に夫のドーソンヴィル伯爵がアカデミー会員になる

    ルイーズは自由主義で独立心が旺盛で文学や音楽に関心が高く
    バイロンの伝記も執筆した
    とても知的な女性だったようです

    ルイーズの実の弟は政治家で
    第34代と第39代の首相や外務大臣を務めた

    第4代ブロイ公爵ジャック=ヴィクトル=アルベール
    (1821年6月13日~1901年1月19日)

    このルイーズの弟ジャックの奥さまがポーリーヌというが
    ポーリーヌ・ド・ガラール・ド・ブラサック・ド・ベアルンは
    (まさに貴族らしい長ったらしい名まえ)

    第4代ブロイ公ジャックと
    1845年6月18日
    結婚している

    ルイーズの義理の妹となったポーリーヌは
    ブロイ公妃となった

    そのポーリーヌの美しい肖像画を
    アングルが描いている

    ≪ブロイ公妃ポーリーヌ・ド・ガラード・ド・ブラサック・ド・ベアルン≫
    1853年制作
    (28歳)

    b0209886_14443089.jpg

    ブロイ公妃ポーリーヌ(1825年―1860年)
    (なんと35歳で没)

    レースやブルーのシルクサテンのドレスが
    ほんと美しい
    質感が見事に描かれている
    ブルーと椅子のゴールドとの対比も素晴らしい

    身につけている
    ゴールドのアクセサリーや宝石類も見事

    名門貴族の公妃としての上品な美しさや豊かさが表現された夫人だが
    アングルならではの物思いに憂うるポーズが
    未来をフッと予言しているかのようだわ

    ブロイ公妃ポーリーヌ・ド・ガラード・ド・ブラサック・ド・ベアルン 

    1825年に生まれる

    1845年6月18日に
    ルイーズの弟であった
    オルレアン王朝派の政治家で歴史家の
    ブロイ公ジャック・ヴィクトール・アルベール・ド・ブロイと結婚

    アングルの肖像画は1853年制作
    ということは
    ポーリーヌ28歳


    ブロイ公(duc de Broglie)は
    イタリア、ピエモンテに起源持つフランスの貴族で
    ブルボン朝時代の1643年にフランスへ移住したらしい
    フランスではあまり見られない姓らしい



    前回

    ギメ美術館のエミール・ギメの父親
    ジャン=バティスト・ギメ(1795-1871)が
    人工のウルトラマリン(ギメ・ブルー)を
    1826年、発明したと知りましたが

    フェルメールは
    天然のアフガニスタンで採れた高価なラピスラズリの粉末の
    天然顔料ウルトラマリンを多く使っていることで
    大変有名ですが

    ドミニク・アングルの上記の
    肖像画2枚は
    人工のウルトラマリンが使われた
    という情報もありました

    1845年のルイーズの肖像画のドレス
    1853年のポーリーヌのドレス

    美しいブルーのドレスは高貴な佇まいが感じられて
    ほんとうに素敵です






    ここフリック・コレクションは
    ピッツバーグで石炭のコークスで財をなし
    後に鉄鋼王カーネギーのパートナーとなった
    ヘンリー・クレイ・フリックの邸宅であり


    b0209886_08565877.jpg


    そのコレクションを展示している


    b0209886_13122855.jpg



    フィフスアベニューに
    面したフリック・コレクションの邸宅ですが

    b0209886_13063705.jpg


    ふと足元を見ますと


    メイド・イン・インディアのどぶ板でした~
    でもインド産のどぶ板って不思議だわ
    (ほんとつまらんとこ撮ってます)

    b0209886_13110524.jpg



    ヘンリー・クレイ・フリックは
    鉄鋼の街ピッツバーグの石炭のコークスを採る事業をやっていて
    鉄鋼王カーネギーにコークスを供給していたようだ



    八幡製鉄には
    三池炭鉱から石炭供給していた、というし

    月が出たでたあ~三池炭鉱に月がでた~♪
    なんて古いね

    昨夜のお月さま

    b0209886_15075873.jpg


    軍艦島も石炭掘っていたんですかね





    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-09-04 15:13 | 旅行・建築・アート

    なつっこ桃と大和郡山のきんぎょとギメのウルトラマリン




    8月は暑かった~☀



    昨日もメチャクチャ暑かったです

    この夏はスイカやモモなど
    たくさん食べましたが

    昨日スーパーで意外や
    大きな瑞々しい桃が並んでいてビックリ♡
    (もう終わりで並ばないと思っていたので)

    即買い
    (まあ、あまり高ければ買いませんが
    なんと、2こで400円ほど)

    今朝冷えたのいただきました~
    甘くてジューシーでホント美味しかった

    b0209886_09531331.jpg


    大きさ12㎝ほどもありずっしりと重い

    ラップを剥がしながら気が付いたのですが
    なんと
    長野県産で”なつっこ桃”という品種らしい

    8月の中旬から下旬にかけて出荷されるらしい
    それでちょっとズレていたのね

    b0209886_10072480.jpg




    桃といえば
    「ドンブラコ~ドンブラコ~♫」の
    桃太郎を思い出します


    ところで
    前回

    東郷平八郎総司令官の乗った
    戦艦三笠の名前の由来にもなったのが
    奈良の三笠山でしたが

    5代将軍綱吉の側用人柳沢保吉の息子吉里が
    奈良の大和郡山に転封されたこと
    ちょっと思い出したのですが

    なんと

    1724年柳沢吉里が大和郡山藩に

    5400名ほどの家来を連れて
    甲斐藩(山梨)から大引越しした際

    金魚もいっしょに連れてきた、という

    吉里の父親は
    立派な六義園を造りましたけどね

    マティスの金魚
    b0209886_10563175.jpg

    そのことがきっかけでそれ以来

    1724年以降

    大和郡山は
    金魚の3大養殖産地として有名で
    約60%の出荷量があるという

    大和郡山市のサイトによれば
    金魚の産地らしく
    ”金魚マイスターの良いとこツアー ”
    が2017年9月にあるらしい

    大和郡山藩の柳沢家血筋は絶えることなく
    明治になって華族令によって
    明治19年(1884年)には
    最後の藩主柳沢吉申は伯爵になって閨閥を形成している


    ところで

    さらに今回大発見だったのは

    パリのエッフェル塔の足元にイエナ橋が架かっていますが
    その
    イエナ橋を渡った
    トロカデロ宮から凱旋門の方へ伸びる一本の道
    イエナ通りを進んでいくと



    イエナ広場があって
    その広場には
    ギメ美術館が建っている

    b0209886_12124179.png



    ギメ美術館は昔行ったことがありましたが
    東洋の仏像等のコレクションが主ですが

    なんと

    ギメ東洋美術館のコレクションの創立者は
    リヨン生まれの

    エミール・エティエンヌ・ギメ
    (Émile Étienne Guimet、1836年6月26日- 1918年)

    この方が日本へ

    1876年~1877年に日本へやって来て
    買い集めたコレクションが元になっている

    (当時の日本は廃仏毀釈令で
    寺院や仏像が破壊されていたというから
    エミール・ギメやその他の外人コレクターは
    二束三文で買い漁ったのかも知れない)

    この方はリヨン生まれの大富豪の息子らしいですが

    なんと

    ギメ東洋美術館の創立者の
    エミール・エティエンヌ・ギメの
    父親は化学者で

    人工のウルトラマリンをつくり
    大成功した実業家でした!

    ウルトラマリンと言えばラピスラズリから採れる
    大変高価な顔料ですが
    (フェルメール絵画で特に有名ですが)


    ジャン・バティスト・ギメ(1795-1871)は
    1826年に
    人工ウルトラマリンの製造法を発明した




    かつて金と等価に売買されるほど高価なものだったが

    ギメの発明によって
    人工的に製造されるようになり
    人工ウルトラマリンは瞬く間に普及し

    1855年
    ペシネ社という会社が創立され

    1850年代には
    創業当初の100倍の生産量に及んだという

    そんなわけで

    エミール・ギメの日本への美術品収集の旅は
    父親の発明した人工ウルトラマリンおかげだったのですね!








     


    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-31 11:51 | 暮らし・ハイ句

    トラの尾とドラえもんのお誕生日と横須賀の戦艦三笠と




    今日もまだまだ暑いです~☀


    ウスムラサキのトラの尾が咲いてます

    b0209886_11240007.jpg



    トラと言えば虎ですが

    以前
    虎ノ門ヒルズへ行ったときに
    ドラえもんがマスコットみたいで
    ビルの敷地の案内看板で見かけました

    ちょっと気になっていたのですが
    (まあ、つまんないこと気にしてるかしら)

    ところで
    ドラえもんのお誕生日って知ってました!?

    なんと

    2112年9月3日ですって!
    未来からタイムトラベルしてた
    ネコ型ロボットだったのね

    なぜか
    ドラえもんと言えばどら焼きが好きみたいですが

    どら焼きと言えば

    文明堂の三笠山~



    奈良の若草山のこと三笠山とも呼ぶらしいですが
    そこが名前の由来とか


    b0209886_15091102.jpg


    その文明堂といえば
    南蛮より伝来した
    カステラ~

    虎ノ門ヒルズのオーパル広場にあった
    大きなオブジェは
    バロセロナの作家のものでした

    そんなこんなで
    南蛮とゆかりがあるみたいな虎ノ門ヒルズですが

    どら焼きの名前にもなっている
    奈良の三笠山ですが

    戦艦三笠
    奈良の三笠山が由来らしい

    まあ、でもなんで奈良なんでしょうか?
    (なんかもっと他の意味があったりしても
    それはイエナいのでしょうか?)

    奈良といえば
    徳川綱吉の側用人だった
    六義園の柳沢吉保の長男吉里
    享保9年(1724年)3月11日
    大和郡山に転封されていますが

    ??

    享保9年(1724年)に甲斐一国の幕府直轄領化に伴い、大和国郡山藩に転封となると、吉里は柳沢氏郡山藩15万石の初代藩主となった。また、吉里の郡山藩への転封に伴い甲府新田藩は廃藩となった”

    綱吉といえば
    (火薬疑惑)
    ドイツ人ケンペルス
    (日本地図をシッカリ作成していた)




    前回のイエナ記事で
    ドイツの街イエナには
    光学レンズのカール・ツァイス社があると知りました

    ロシアのバルチック艦隊に勝利した

    大日本帝国海軍の総司令官だった
    東郷平八郎は
    戦艦三笠に乗船し
    カール・ツァイスの双眼鏡を使って
    敵の動向をチェックしていたという

    b0209886_16232398.jpg

    戦艦三笠は

    現在、横須賀の三笠公園に接岸して
    戦艦三笠記念館になっている、らしい





    そして、なんと

    先月、2017年7月
    東郷の双眼鏡が修理に出されたいた
    カール・ツァイス社から
    戻り

    戦艦三笠の指令室で
    帰艦式が行われたようだ


    つい最近のことじゃないですか
    ほんとおどろきです!

















    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-29 15:48 | 歴史・人物

    IÉNAのおまけバック



    昨日は夕焼けがキレイでした~
    今日もお天気~☀



    昨日スーパー内の本屋の店先に
    チラッと目をやりますと

    女性雑誌が賑やかに並べられている
    そうだわ~フフ

    最近の女性誌は付録のおまけに
    なかなか気の利いたモノが
    付いてくるらしい

    で、パッと数冊を眺めて
    MUSE10月号を瞬殺で購入

    b0209886_09522541.jpg



    表紙の実物の写真をみてこれならOKと即買い
    色がグレーベージュのようなイイ色でした
    IÉNAというロゴの扱い方も嫌味がないかな

    雑誌の定価は900円!

    本体カラーはダスティブラウンというらしい
    じゃないと思う
    もっときれいな色
    トープブラウンかな


    持ち手はサフィアーノレザー調のPVC合皮


    b0209886_10012412.jpg

    この超デカトートは

    タテ34×ヨコ52×マチ18cm

    綿テープのストラップも付いている

    長さ:120cm

    本体の生地はなかなか感じがイイ

    ポリエステル裏PVC貼り

    バック出し入れ口にはファースナー付き

    b0209886_11003170.jpg


    重さ:380g

    持ち手は肩にかけれるかな
    長さ50cm
    幅2.5cm


    たぶん初めて買った付録にしては
    なかなか良かったけど
    ちょっとデカすぎるかな

    しかしこれが付録とはビックリ!

    これからの行楽の秋
    おでかけのいいお友になりそうかな
    ってどこか行くのかい?

    まあ、しかし
    本体の雑誌はパラパラとめくってオシマイ
    (そもそも購買対象は30代?アハハ)

    でも
    雑誌社ってこんな付録つけて
    これで採算あうのかしら



    ところで

    IÉNAだけど

    パリのセーヌ川にはイエナ橋がある

    b0209886_10502834.jpg
    エッフェル塔の足下にある




    あのナポレオンが
    プロシア軍との戦争

    イエナ・アウエルシュタットの戦い(1806年10月14日)

    に勝利した記念に

    1807年
    (竣工1814年)

    陸軍士官学校に面する橋(当初シャン・ド・マルス橋)の
    建設を決定し

    ワルシャワから発令した、という

    イエナ「IÉNA」はドイツ語で「Jena」
    ナポレオン軍が戦ったドイツの街、ということですが

    b0209886_11372618.png

    光学レンズのカール・ツァイス社はイエーナにある、らしい

    b0209886_11361241.jpg

    1910年頃のツァイス工場


    以下参照引用

  • ロベルト・コッホ - 1876年、カール・ツァイス製の顕微鏡を使って炭疽菌を発見。細菌感染症病原体であることを証明した。
  • 現在世界最大の映画用レンズメーカーである。(映画用カメラの最大手であるドイツのアーノルド&リヒターとの提携)
  • 東郷平八郎 - 5倍と10倍兼用の双眼鏡が発売されて間もない1904年(明治37年)、小西本店(コニカを経て現コニカミノルタ)が輸入したものを購入愛用し、日本海海戦でも戦艦三笠艦上で敵の沈没状況や降伏信号の確認等に使用した。












  • [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-27 10:53 | 暮らし・ハイ句

    猫じゃらし



    今日も残暑ザンショ~☀



    猫じゃらしって草は

    またの名を

    犬っころ草=エノコロクサ
    って言うのね


    b0209886_14463713.jpg



    まあ、猫なのか犬なのか紛らわしいけど

    猫が飛びついてジャレるも可愛い


    b0209886_14454859.jpg




    犬猫ペットちゃんたちも
    やっぱり
    いつまでもペット然であればいいけど
    それなりに高齢化ってあるのかしら


    ペットの別れって
    ホントにつらいですよね



    今日は花金みたいね
    イイナ~











    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-25 15:03 | 植物といきもの

    暑いザンショ




    外は厳しい炎天下~☀



    炎天下での一人アソビは危険かしら
    特に高齢者は

    b0209886_15460989.jpg


    昨日
    近所のいつも見かけるオジサン(75歳前後)が
    急に心筋梗塞で天に召されました


    なんと
    ひとりで海水浴に行った際の出来事だったという

    まあ、でも自業自得というか
    急な別れは
    家族にとってはお辛いでしょうが

    海に流されなくてホント幸いでした
    (捜索の手間等がなくてほんとよかった)

    ある意味ベストかも知れない

    ある程度の年齢になると
    こういう自分の好きなことやりながら
    パッと~が一番かも知れません

    (ワタシ不謹慎なこと言ってますでしょうか)









    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-24 15:59 | 暮らし・ハイ句

    ゴッホの≪ひまわり≫と上海租界からペルリンへと




    なんだかムシムシと暑苦しい~⛅



    夏の花と言えばひまわりですが
    この夏はところによっては日照不足でパッとしなかった
    というような情報もありました

    🌻

    ひまわりと言えば
    ゴッホさん☀

    NY

    メトロポリタン美術館には

    ゴッホの≪ヒマワリ≫がありました
    例の何本か花瓶に挿されたあの≪ヒマワリ≫とは違って

    夏の終わりによく見かける
    種がビッシリの花ガラ~

    ゴッホ≪ヒマワリ≫
    1887年

    b0209886_14260603.jpg


    NY メトロポリタン美術館にて 2017.2

    b0209886_14293080.jpg


    ゴッホさんですが
    ≪ヒマワリ≫と並んでとても馴染みのある作品と言えば
    アルル時代の≪アルルの跳ね橋≫だけれど


    ところで
    ほんと個人的な連想なんですが
    アルルといえばヒロシです~


    そう
    アルルのヒロシさん

    ブロガーさんですが
    数年前によくブログを読んでました
    副島道場とセットだったような記憶があります

    なぜ
    いきなり
    アルルのヒロシとか副島さんとか思い出したのかと言えば

    前回の記事で

    正田富美子(皇后のお母さま)について
    ちょっと検索しましたならば
    旧姓が副島富美子と知ったからなんだけど

    某アルルのヒロシという方と
    副島〇×氏は
    唐津の副島家と何か関係があるのでしょうか?




    (これはちょっと書いていいのかためらいましたが
    ネット時代で情報公開されていますので)

    なんと
    「正田富美子」の中国版Wikiが上のほうにありまして
    ビックリしました

    Google翻訳で中国語もなんとか読める
    でその内容なんですが

    (ちょっと関心を持ったのは
    以前、五反田から歩いて
    正田家のチューダー様式の屋敷のあとの
    「ねむの木公園」に
    行ったことがあったもんで)


    🌻

    正田富美子は上海生まれで
    19歳で正田英三郎と結婚した、という

    父親は副島綱雄というが
    上海に赴任していたことがあった

    佐賀の名士副島綱雄は「国策会社」の理事として
    上海にいたことがあった
    「国策会社」の後は「江商」上海支店長だった
    「江商」というのは「兼松江商」の合併前の会社名らしい

    1923年9月
    東京に戻って双葉女子高に入る
    教会の集会で英三郎の母と出会う

    正田富美子(舊名副島富美子,1909年~1988年)

    副島富美子が正田英三郎と19歳で結婚ということは
    1928年頃かしら?

    なんと驚きなんですが
    その前後ごろ
    副島富美子と正田英三郎は
    ベルリンへ行っていたんですね!

    長男正田厳はベルリン生まれ、という
    正田巌
    1931年 誕生
    日本銀行国債局長
    1985年 日本銀行監事


    1930年頃のベルリンと言えば
    ヒトラーのナチ党が大躍進だったらしい


    1930年9月14日に選挙がおこなわれ、選挙の結果、
    ナチ党が12議席から107議席に大躍進し、社民党に次ぐ第2党となった。
    この背景は世界恐慌による不況で国民が急激な変化を求めており、
    左右両極が伸びやすい状態になっていたことがある。
    共産党よりもナチ党が顕著に躍進したのは、
    ナチ党のヤング案アメリカ合衆国が提案したドイツ賠償方式)
    反対運動が国民の共感を集めたことが大きい

    1933年2月には
    ベルリンの連邦国会議事堂は謎の火事で焼失



    その後の1936年に日独防共協定が調印された、らしい

    ここで面白い写真がありました
    ナチと言えばヒトラー

    なんと
    ヒトラーの紋付羽織袴姿があったんですね!


    b0209886_16252470.jpg
    以前にも見たことがあったのですが
    コラージュでしょうか!?

    家紋が凝ってます!

    「卍」と「ワシ」でしょうか!
    b0209886_16265523.jpg
    (この画像は拾いました)

    特別誂えの紋付羽織ですね



    ”ヒトラーの和装姿は、
    1936年に大日本帝国とナチス・ドイツの間で
    調印された日独防共協定(のちに枢軸体制へと発展)
    を記念して撮影されたと考えられている”




    维基百科,自由的百科全书より引用


    早年生活

    出生於中國上海,在滬生活十六年,通中文
    父親副島纲雄是日本「國策會社」理事,也是「江商」上海支店店長。
    1923年9月歸國,居東京,就讀麴町雙葉女子高等學校
    在雙葉高女的「禮拜」集會中、
    為正田英三郎的母親相中,19歲完婚。

    婚姻生活

    富美子與英三郎婚後曾旅居德國兩年,在柏林生下長子,
    返日後又陸續添了一男兩女。美智子皇后是她的長女。
    她曾被社交圈譽為「有明治時代古雅端莊氣質的貴夫人」,
    但卻因為女兒美智子入宮而飽受精神折磨。
    在美智子婚事發佈後,就有旁系皇族與舊華族群起攻擊她在上海生活的經歷,
    又不斷有消息傳來美智子在宮中受到欺壓,身心重創。
    為了杜絕莫須有的抹黑,富美子幾乎未再涉足社交圈。

    かつての上海租界は
    共同租界(イギリス・アメリカ)と
    フランス租界に分けられていたらしい

    共同租界は金融
    フランス租界は高級住宅地らしい

    かつて

    上海租界には
    ロシア革命(1917年)の後
    国を離れた
    ロシアの貴族やなんかも流れていたらしい
    約半分はロシアからの移民だったとは
    意外です

    アジアの純真って
    ベルリン~バラライカって変な歌詞なんですが
    上海租界のことなの?



    上海へは一度も行ったことがないのですが
    う~んちょっと行ってみ
    たいかな











    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-22 16:40 | 旅行・建築・アート

    犬養家の人々ー花々と星々続編『ある歴史の娘』から



    今日は晴れ~☀


    アジサイのダンスパーティーが
    暑い最中でも意外と元気で
    花芽が日ごとに大きくなりました


    b0209886_07414035.jpg


    6月に買った鉢植え
    花色はピンクからグリーンへと変わるはず



    ところで

    昨日
    ふと思い出して

    犬養道子著の『花々と星々』の続編である
    『ある歴史の娘』を
    本棚から取ってパラパラとめくってみました

    もうずいぶん前に買った本ですが
    楽譜をデザインした綺麗な装丁


    b0209886_09360594.jpg




    つい最近知ったのですが

    先月、2017年7月24日に
    なんと96歳で
    亡くなられていたんですね

    犬養 道子(いぬかい みちこ、1921年4月20日 - 2017年7月24日)


    b0209886_08064683.jpg


    犬養道子女史は

    国際的な難民救済活動に専念され
    評論家であり
    作家でもあり
    敬虔なクリスチャンだった、らしい

    1932年(昭和7年)起きた
    5・15事件
    暗殺された犬養毅元首相の
    孫にあたる

    当時11歳だったミッちゃんは
    おじい様(犬養首相)に可愛がられていたが
    歴史的事件に遭遇している

    突然
    5月15日の午後5時半ごろ
    首相官邸に乱入した
    海軍の青年将校たちに
    当時の首相犬養毅は銃殺された


    この日は道子の父親犬養健は
    帝国ホテルに泊まっていた
    チャップリンと会食していて留守だった
    首相犬養毅は2日後に会う予定だった、という



    暗殺された犬養首相は
    前々日に玄洋社の右翼のトップ
    頭山満から聞いて
    それとなく
    暗殺の計画があると知っていたようだ


    『ある歴史の娘』の最初の1ページは
    5.15事件から書き始められているが

    さまざまな人物が登場しとても興味深いのですが
    当時の歴史や世界情勢が
    わからないので難しい

    5・15事件の前年の1931年の満州事変では
    天才的な戦略家であったという
    石原莞爾の名前も登場する

    当時飢饉もあって特に東北の農村は
    貧しかった

    その東北の貧困の地に育った
    石原莞爾が
    満州国に豊かな理想郷を創ろうとガンバッタ

    ところが
    トンビが油揚げをさらうように
    政府が役人を送り込んできて仕切り
    財閥が資本を投入してきて

    石原莞爾らにとっては
    骨折り損のくたびれ儲け状態だった、らしい

    1930年、ロンドン海軍軍縮会議があり
    海軍存続の危機感が若手に蔓延していた
    軍縮とは
    「クビとサラリー減給の生活問題」として
    受けとったらしい

    自分たちは命を懸けて
    大陸満州へとやってきたのに
    軍のトップは自分たちの欲のためちゃっかり
    大資本や財閥と手を握っているではないか

    青年将校たちのその憤りと憎悪が
    5・15事件へと暴走したらしい



    この犬養家には
    様々な人物が出入りしていて
    とても興味深いのですが


    そんな中
    〝夏の客”という中に
    斎藤博
    というとてもダンディな外交官が登場する


    b0209886_09584118.jpg

    斎藤博という人物は
    最後はアメリカ、ワシントンで
    駐米大使をしていて
    満州事変後に悪化した日米関係改善に尽くした
    大変有能な外交官であったという

    その後心労が重なって病気になり
    1939年(昭和14年)ワシントンで亡くなられたが

    アメリカ政府は死を悼み
    巡洋艇アストリアに遺骨を乗せ
    ワシントンから東京へ運んだという



    日米の素晴らしい架け橋だった
    外交官斎藤博の奥さまが
    美代子といい長与称吉(胃腸病院)の娘

    犬養道子の母仲子とは姉妹

    母方の曾祖父には
    なんと後藤象二郎がいる

    犬養道子には弟がいるが
    犬養 康彦(いぬかい やすひこ)は
    共同通信社の社長(1991年 - 1998年)であった

    犬養康彦の
    二番目の奥さまに大原麗子がいる
    あの女優の大原麗子ではなく
    倉敷の大原美術館の大原家の大原総一郎の娘らしい

    共同通信社の社長未亡人となった大原れいこは
    元テレビマンユニオンの
    やり手プロデューサーだったらしい

    大原れいこの妹に大原泰子がいる
    大原泰子は正田家に嫁いで
    正田泰子という

    現皇后美智子妃殿下の弟正田修の奥さまという

    異母姉妹に安藤和津がいる

    それから

     元国連難民高等弁務官で活躍してらした
    緒方貞子も親戚なんですね





    ああ庶民にはよくわからない世界があるのですね



    そうだ

    難民とテロはセットなのかしら?





    [PR]
    # by caramel24carat | 2017-08-19 11:10 | 歴史・人物