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シンガーハウス





シンガーミシンでお馴染みの“シンガーハウス”について



@秋晴れ、~☼



St.ペテルブルグの目抜き通りネフスキー大通りのランドマーク的な歴史的建物“シンガーハウス”について、
ちょっと調べた記録。




“血の上の救世主教会”を後にし、
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グリボエードフ運河沿いにネフスキー大通りへ向かうと、
運河を挟んで向う河岸に“シンガーハウス”が見える。

元はシンガーミシンを製造していたシンガー社のロシア支社の建物(1902年~1904年竣工)だったようです。

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ネフスキー大通りへ入る。シンガービルの対面は“カザン聖堂”
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沢山の人が行交うネフスキー大通り

シンガーハウスの入り口。アールヌーボー様式の雰囲気漂うステキなエントランス。
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現在は、本屋、カフェ、銀行などが入っている雑居ビル

シンガー会社
компания зингерa
(kompaniya zinger)

6階建てビルのてっぺんの、女神が地球を支えるガラスドームは、第一次世界大戦、ロシア革命後、1918年、ロシア帝国より独立したエストニアのアーチスト、アダムソン(Amandus Heinrich Adamson)によって制作されたらしい。
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当時、アメリカ・NYの本社でもシンガー・タワーと呼ばれた高層ビルが建築中?(1906年竣工)だったようですが、ロシアでも高いビルを望むも、ロシア皇帝の住居・冬の宮殿(エルミタージュ美術館)の高さ23.5mを超えてはいけない建築コード(規制)があり、流行のアールヌーボー様式のエレガントなガラスタワーが採用されたらしい。
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ニューヨークにあったシンガータワーについては、
1961年、シンガー社はこのビルを売却し、ロックフェラーセンターへ移転。
1968年には、ランドマークに認定されず解体されたらしい。


1階には本屋が入っていてすごい賑わい。
傘を持ってコートを着ていては、ゆっくり物色する気にもならず。。
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St.Petersburgで、「本屋」といえば、ここのことを指すのでしょうか?

「本屋」
ドーム・クニーギ
Дом книги
(Dom knigi)

トルストイ
Толстой

村上龍
Рю Мураками

2階にはカザン聖堂を見下ろす人気のカフェがありますが、
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こちらも人がいっぱい。銀座4丁目のような人気観光スポットでしょうか。

カフェシンガー
Кафе Зингер
(Café Singer)


@ちょっと、シンガー社のWikiを読んでて関心を持った箇所を転載。

なんと、シンガー社は、第二次大戦中は兵器を生産していたらしい。
そして、敵、味方関係なく供給していたというのはかなり驚きです。
1911年、スコットランドのクライドバンクにも、当時シンガー最大の工場があったらしいですが、労組のストライキがあって大量解雇している。

“第二次世界大戦中、シンガーは各国政府と兵器製造の契約を結んだため、ミシンの製造を停止した。アメリカ国内の工場はアメリカ軍向けにノルデン爆撃照準器、M1ガーランドライフル、M1911拳銃などを供給し、ドイツ国内の工場はナチスに兵器を供給した。

シンガー社(Singer Corporation)の歴史を見ますと、1851年、アメリカ生まれのドイツ系ユダヤ人、アイザック・メリット・シンガーと、法律家エドワード・C・クラークが、NYで創業。

建築家 Ernest Flagg がシンガーの本社ビルとして設計したシンガービルは、1906年竣工し、当時世界一高いビルとなった(1968年取り壊し)。また、スコットランドのグラスゴー近郊クライドバンクで1885年操業開始したシンガーの工場には、当時世界一の大きさ(文字盤)の時計があった(1984年取り壊し)。なお、クライドバンクには工場のための駅として Singer railway station が作られ、現存している。

また、1902年から1904年にロシア支社の本社ビルとしてサンクトペテルブルクのネフスキー大通りに建設されたシンガーハウスも有名である(ロシア革命後、書店になったので「本の家」とも)。建築家 Pavel Suzor の設計で、カザン聖堂の向かいでアール・ヌーヴォー様式の美しい姿を見せており、ロシアの文化遺産となっている。”

以上Wikiより転載

@サンクトペテルブルグのシンガー社は、1902年から1904年に、ということは“血の上の救世主教会”(1883年~1907年完成)が建設中に、ロシア支社の本社ビルとして、ロシア帝国の首都サンクトペテルブルグのど真ん中に社屋を建てたことになる。その後、ラッキー?なことに、第二次大戦中もガラスドームは健在で、今に至ることになる!


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by caramel24carat | 2014-09-30 14:59 | 旅行・建築・アート
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