ブログトップ

Caramel 24 Carat

caramel24c.exblog.jp

シャガールの≪アーチストとフィアンセ≫





今日の一枚、シャガールの≪アーチストとフィアンセ≫とモロゾフさん



@キーンと冷え込みましたが、陽射しが明るい~☼


今日は2015年2月14日土曜日、ヴァレンタインデーらしい
ということで、ヴァレンタインデーにふさわしいシャガールの一枚を。

b0209886_10502268.jpg

モスクワ、プーシキン美術館、別館にて  2014.9

Marc Chagall, 1887-1985
≪The Artist and His Fiancée≫ 1980
b0209886_1102166.jpg



まあ、日本的ヴァレンタインデーは、
本来慎ましく謙虚な大和なでしこにとっては「本命チョコ」を贈れる
公認のキッカケがよかったのかしら?


そう言えば、ロシアっぽい名まえの「モロゾフ」というチョコもありますが、
チョコっとぐぐってみると、神戸にモロゾフ一家がいらしたんですね!
ロシア人であまり日本語ができなかったために、
モロゾフの商標権をめぐっての
裁判で負けたお気の毒な一家だったんですね。
神戸の材木商である葛野友槌ってワルですね!


@モロゾフさんてヴァレンタインって名まえなんですね!
ひょっとして、ヴァレンティン・フョードロヴィチ・モロゾフさんが仕掛けた当の人物かしら?

ヴァレンティン・フョードロヴィチ・モロゾフ(英: Valentine Fedorovich Morozoff、1911年3月1日 - 1999年1月23日)は、20世紀の日本で活躍した白系ロシア人の菓子職人、実業家。ロシアのシンビルスク近郊、チェレンガ出身。創業期の神戸モロゾフ製菓株式会社(後のモロゾフ株式会社)に勤務し同社の発展の基礎を築いたが経営陣と対立して袂を分かち、「コスモポリタン製菓」を設立。日本における高級チョコレート製造の先駆けとされる[1]。バレンタイン・F・モロゾフ、バレンティン・F・モロゾフとも表記される。

wikipediaより転載引用 ↑ ↓

モロゾフ家との関係[編集]

元々は、白系ロシア人であるモロゾフ一家が、神戸で経営していたチョコレート店であった。その後モロゾフ家は、神戸の材木商である葛野友槌(現モロゾフの初代社長)から出資を受けて、1931年に神戸モロゾフ製菓を設立した。だが、葛野友槌は会社の会計帳簿をモロゾフ親子側に一切見せなかったため、モロゾフ家は不審を抱くようになり、最終的に両者の問題は裁判まで持ち込まれた。モロゾフ側は日本語が不自由だったため、結果的に裁判で追い出された形となった。モロゾフ一家はモロゾフ洋菓子店から去るだけではなく、「モロゾフ」や類似した商号を使用して菓子販売をすることを禁じられ、同様の事業をすることも禁じられた。モロゾフ家にとって厳しい条件であったが、条件を飲まなければロシアへ強制送還すると言われたため、判決をのまざるを得なかった。

ちなみに、モロゾフを離れたモロゾフ家は紆余曲折を経て、戦後「コスモポリタン製菓」を再度設立している。ちなみにモロゾフ家が商標権を放棄せざるを得なかった経緯については『大正十五年の聖バレンタイン—日本でチョコレートをつくったV・F・モロゾフ物語』(川又一英著 PHP研究所・1984年刊 ISBN 4569212409)に詳しく記されている。
[PR]
by caramel24carat | 2015-02-14 11:12 | 旅行・建築・アート
<< モロゾフを買収した葛野を巡る人... フリッツ・タヴロウの≪マドレー... >>