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Caramel 24 Carat

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幻影の街 ドレスデン




日ごとに涼しくなります~~




フラウエン教会(聖母教会)と
マルチン・ルターの像

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フラウエン教会は1726~1743年に建設されたが
WWⅡで崩壊、2005年寄付で新たに蘇った


記憶が薄れるにつれ、幻影かのように
バロックの聳え立つ黒い塔のシルエットばかりが
印象に残っている

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以下、ちょっと長いメモと旅の記録

ポーランド王も兼ねていたザクセン選帝候アウグスト2世は
王位欲しさにプロテスタントからカソリックに改宗し
ポーランドの聖職者や貴族に賄賂をバラまき
カソリックのポーランド国王になった
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ドイツに始まった宗教改革運動は各国広まったわけですが
ドレスデン近郊の生まれのマルチン・ルターは
聖職者でありながら結婚していたので
イエズス会からは批難され悪口を言われたらしい

結婚のためイギリス国教会をつくったヘンリー8世も
いましたが、宗教ってめんどうだわ~

カソリックの宮廷教会 三位一体大聖堂

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かつてフランスからは、ユグノー戦争なんかがあって
プロテスタントであるユグノーたちが
プロシアへこぞって逃げて移民したらしい
3分の2がフランス人だったこともあったとか
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ポーランド王となったアウグスト2世は、
ワルシャワにもバロック様式の宮殿を
貴族から買って拡張した、それがサスキ宮殿だ
ナチスに壊され柱しか残っていない廃墟となったサスキ宮殿の
「サスキ」はアウグスト2世のザクセン人に由来する

ツヴィンガー宮殿のポーランドの王冠
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この時代、各国が大北方戦争を戦っていたが
アウグスト2世は、スウェーデンのカール12世に退位を迫られ
ポーランド王をスタニスラスに
(スタニスワフ1世レシチニスキ、ポーランド語)譲っている

前後するが、ロシアのピョートル1世は、スウェーデンのカール12世
からサンクトペテルブルクを奪いロシア帝国を建都した

この時代はグチャグチャのめまぐるしい
戦国時代だったのでしょうね

ポーランド王になったスタニスラスはその後
アウグスト2世の息子のアウグスト3世に
再びポーランド王を譲った

ロレーヌ公であったフランツ1世とハプスブルク家の
マリア・テレジアが結婚
スタニスラスは
フランスのものとなったロレーヌ領の
一代限りのロレーヌ公となった

スタニスラスの娘マリー・レクザンスカは
ルイ15世と結婚し、フランス国王妃なった
ルイ15世へのお祝いに、ナンシーにスタニスラス広場を造った

アウグスト2世の息子のアウグスト3世が
再びポーランド王位につく

そして、アウグスト3世の娘のマリア・ヨーゼファが
ルイ15世の長男ルイ・フェルディナンと結婚し
後のルイ16世、ルイ18世、シャルル10世が誕生している

一方、フランツ1世とマリア・テレジアには
娘マリー・アントワネットが誕生していて
ハプスブルグ家からフランスへ嫁ぎ
ルイ16世と結婚した

かなりアバウト・大雑把なつかみで
歴史の流れを追ったので
細部はあいまいだけれど

ドレスデンはフランスと姻戚関係にあったということが
だいたいわかりました~~


あのナンシーのスタニスラス広場へも行きましたが
ドレスデンとも縁があったとは驚きです

やれやれ~~
QFというところで
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ゼンバーオーパー(Semper Oper)
オペラ劇場
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ネオクラッシック様式、1838年から1841年にかけて建造

ゴットフリート・ゼンパーの設計により建設
(Gottfried Semper、1803年11月29日 - 1879年5月15日)
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ヴァーグナーが1843年から1849年まで指揮者

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R・シュトラウスの《薔薇の騎士》が
ここゼンバーオーパーで初演されたらしい

初演:1911年1月 ドレスデン 宮廷劇場

オクタヴィアン伯爵は、アウグスト2世と
初代ローマ皇帝アウグストゥス(オクタウィアヌス)を
もじっているのかしら

入り口の両側には、シラーとゲーテが
いらっしゃいます
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どっちがどっちでしょ

騎馬像のヨハン王が建造しようと提唱

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ドレスデンの地図ですが、Wiki参照
なんと星型要塞に周囲を囲まれている

1750年のドレスデン市街図
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ブランデンブルグ門の時知りましたが
ベルリンも同様の星型城塞でした

やっぱり☆の角には税関門があったのでしょうか

エルベ川沿いのブリュールのテラス Bruehl Terraceにて

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忘れることのできない4度にわたるドレスデン空爆の
爆弾型のモニュメントでしょうか

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ロシア革命で倒れたロシア皇帝ニコライ2世のクリミアの別荘で
1945年2月4日~11日、ヤルタ会談が行われた
その2日後、1945年2月13日~15日に、
ドレスデンの無差別絨毯爆撃が始まったらしい

イギリス・アメリカ空軍のランカスターやデ・ハヴィランド爆撃機の
1300機あまりが、上空から落とした爆弾は3900トンだったらしい
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凄まじい想像を絶する阿鼻叫喚の地獄だわ
人間の集団行動とは空恐ろしい

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この時、ドレスデンは各地から戦争難民が押し寄せていて
ハッキリした当時の住民の数は把握できてなかったらしい

レジデンツの武芸競技場
君主の行列の内側
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アウグストス通りにある、ドレスデンの観光スポット“君主の行列”
ザクセンの歴代の君主がマイセンの陶板に焼かれている
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あの、徳島の鳴門の大塚国際美術館は
マイセンの陶板の技術を使っているのかしら

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大塚薬品はやっぱりドイツと関係が深かったのでしょうか
徳島で、日本で初めて第九が歌われたらしいのもなんだか


マイセンの陶板に転写された
アウグスト2世強王とその子のアウグスト3世の騎馬像
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黒い帽子を被って最後を飾る人物は
作者のW・ヴァルターとか

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なんと、100メートルにも及ぶ「君主の行列」は
奇蹟的にも、全く損傷を受けなかった


もう一人君主の方がいました
通り過ぎて、なんか変!?

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と気がつき、寄付しました
ネクタイが可笑しいでしょ

白いワンちゃんはぬいぐるみでした
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QF(小型のショッピングセンターで観光iもありました)の中に
マイセンのアウトレットのお店
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お馴染みマイセンの双剣の商標は
なんと、アウグスト2世強王の紋章だそうだ

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ツヴィンガー宮殿の中庭
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門上部には双剣の紋章のレリーフ
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時計の両側には
マイセンの鐘が下がっている



アウグストス橋
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エルベ川のゆったりした景色を眺めながら
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いつも堅い表情のドイツ人も
ビール片手に皆さんご機嫌でした
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ビールでヒトリ乾杯~
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by caramel24carat | 2015-08-20 17:00 | 旅行・建築・アート
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