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Caramel 24 Carat

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コーブルク号と聖エラスムスと聖マウリティウス


もう9月もおわり、なんだか9月はあっという間だった

あのフランス革命暦でいえば、一年の始まりの月ですが
1.[秋] Vendémiaire ヴァンデミエール(葡萄月):9月22,23,24日~

それにしても、ワインの瓶を裏返してみると
ラベルに保存剤が記入されていてなんとなく敬遠していましたが
やっぱり、あまり身体によくないですよね

方や、習近平国家主席訪米に合わせたタイミングで出た
ドイツを牽制するかのような、VWの仰天ニュースは、米が
“VW(ドイツ)よ、チャイナと仲良くしちゃいやよ”とでもいいたいのかしら?
でも、ガス規制ソフトが本当ならほんと呆れる
聞きかじっただけで、よく理解してないんだけど
ちょっと気になるのは、20万キロなんて、そこまで普通には乗らないと思うけど
と思う今日この頃。。

そう言えば、ドレスデンのVWのガラスの工場にもチャイナがいました

@スローテンポな旅の話は
ライプツッヒでみたICE≪コーブルク≫号から



ドレスデンからニュルンベルクへ列車で移動した時
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ライプツッヒで乗り換えた
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ライプツィヒには、2005年完成の
なんと、建築家ザハ・ハディッド設計の最新のBMW工場があるらしい

ライプツッヒの駅ビルは、2階が列車発着のホームになっていて
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1階と地下1階にはさまざまなお店が並んでいて
待ち時間の間ぶらぶらして楽しかった
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再び列車に乗るためホームに戻ると
ICE≪coburg≫が停まっていた
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現在のコーブルク市は、保険グループHUK-Coburg会社が最大の雇用者らしい
また、1826年~1918年、ザクセン=コーブルク=ゴータ公の居城であった

ザクセン=コーブルク=ゴータ公国というのは
イギリス王室と関係が深い

イギリス・ヴィクトリア女王の王配アルバートの出身地であり
ザクセン=コーブルク=ゴータ家というのでは、ドイツっぽく
あまりよろしくないというので、ウィンザー家に変えたらしい

そのヴィクトリア女王の母親も、なんと、コーブルクの出身というから驚き
ヴィクトリア・オブ・サクス=コバーグ=ザールフィールド
(Victoria of Saxe-Coburg-Saalfeld, 1786年8月17日 - 1861年3月16日)
(ヴィクトリア女王の父親の母もドイツ出身)

初代ベルギー国王となるレオポルド1世は弟
娘婿となるアルバート公は甥(兄エルンスト1世の子)である

(ベルギーというと、最近のエンブレム疑似事件
リエージュ劇場は1918年にベルギー国王が設立した国立のギムナジウムが起源)

そのヴィクトリア女王の長女ヴィクトリア王女(女王と同じ名前)は
プロイセンのホーエンツォレルン家のドイツ皇帝へ嫁いだ

詳しく調べていくとあちこちの国々と繋がっている
恐るべしザクセン=コーブルク=ゴータ家!

そんな大英帝国とゆかりある宮廷のあったコーブルグが
ICE(ドイツの高速列車)のコーブルグcoburg号として
目の前に停まっていてビックリした
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“耳環をした黒人”の紋章がとても印象的で以前から気になっていたが
Wikiの「coburg」によれば、その黒人はムーア人らしい
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”1430年以降、コーブルク市の市章には聖マウリティウスが描かれている。マウリティウスは、紋章学的には、サン=モール修道会の装いで、黒い肌を持つムーア人である。彼はこの街の守護聖人である。1934年からの国家社会主義体制の時代にはムーア人の紋章は剣とハーケンクロイツの紋章に置き換えられていた。”

1934年から、紋章が≪卍≫に置き換えられたと書かれているが
コーブルグの名誉市民にヒトラーが初めてなったらしい


紋章の黒い肌のムーア人は、聖マウリティウスということですが
聖マウリティウス(Mauritius、Maurice)の祝日は
まあ、9月22日だわ!?

聖マウリティウスは、ローマ皇帝に抵抗したテーベ軍の指揮官で
信仰を貫くために武器を捨て無抵抗のまま惨殺されたことから
聖戦士の鑑として崇められるようになる

マウリティウスはシーザーから受け継がれた槍を持っており
その槍は「マウリティウスの槍」と呼ばれ
「ロンギヌスの槍」聖槍と同一視されている、とも書かれている

まあ、≪ロンギヌスの槍≫は、漫画かゲームに出てきそうですね
十字架に磔刑されたキリストの死を確認するために
ローマの兵士ロンギヌス(Longinus)が槍で刺したもので
キリストの血に触れた“聖遺物”なんだそうだ

ウィーンのハプスブルク家のかつての宮殿が保管している
ロンギヌスの槍の片方のレプリカ
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これを持つことは、世界を制する力があるという伝説があり
かのヒトラーは、ウィーンで見て野望を抱いたらしい!?

ニュルンベルクは、ナチ党大会が初めて開かれた街でもあった。。

“「所有するものに世界を制する力を与える」との伝承があり、アドルフ・ヒトラーの野望は、彼がウィーンのホーフブルク王宮で聖槍の霊感を受けた時より始まるといった俗説もある。また、ナチス・ドイツ時代に聖槍などの帝国宝物をニュルンベルクへ移管したのは、神聖ローマ帝国の後継者であることを示すためという見解もある(大ゲルマン帝国参照)。”

さて、肌の黒いムーア人については、以前にブログで書いたこともあり
思い出したのですが、イル・モーロ(Il Moro)と呼ばれるルドヴィーコ・スフォルツァという方がいた
スフォルッツァ家のミラノ公でレオナルド・ダ・ヴィンチのパトロンでもあった
その後、フランスに敗れ、レオナルドはフランソワ1世に庇護されたのは有名な話ですが

@あら、つい先日、モナリザの遺骨を発見!とニュースが流れていたわ

レオナルド・ダ・ヴィンチは、モナリザの他に
個人的には、モナリザより好きな≪白貂を抱く貴婦人≫がある

女性は、チェチーリア・ガッレラーニ(Cecilia Gallerani, 1473年 - 1536年)
ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛妾
レオナルド・ダ・ヴィンチの≪白貂を抱く貴婦人≫のモデルとされている

話を元に戻して、コーブルクの紋章の
聖マウリティウスですが、絵画にも登場している

ミュンヘンへ訪れた際、アルテ・ピナコテークで見ました

マティアス・グリューネヴァルト 1524~1525頃
≪聖エラスムスと聖マウリティウスの出会い≫
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ミュンヘン、アルテ・ピナコテークにて 2015.7

この、聖エラスムスになりきっているモデルは
1518年、ドイツにおける最も高位な枢機卿まで登りつめた聖職者
アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク(1490-1541年)大司祭らしい

(まあ、、ちょうど、ローマ法王もNYを訪問している)
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訪米中のローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は
23日、ホワイトハウスでオバマ大統領と会談した

アルブレヒトは、枢機卿になるべくブッカー家から借金をし
免罪符を乱発した悪名高い司祭だったという
そんな腐敗した教会の元凶アルブレヒトに、あのドレスデンに彫像が立っていた

マルティン・ルター像 ドレスデンにて 2015 7
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宗教改革者として知られるマルチン・ルターは『95ヵ条の提題』(1517年)を突き付けた

なんと、1530年、マルティン・ルターはコーブルクに半年間滞在している

一方、堕落した聖職者ながらトップにいた枢機卿アルブレヒトは
聖遺物や美術品のコレクターだったらしい
そして、肖像画マニアでもあった、らしい

ルーカス・クラーナハ(父)
≪磔刑のキリストの前で祈りを捧げるアルブレヒト・フォン・ブランデンブルク≫
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壁 左の絵、真ん中は≪1500年のデューラーの自画像≫

ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク 2015,7

アルブレヒト(兄はブランデンブルク選帝侯)は
お抱え宮廷画家マティアス・グリューネヴァルトに
自身の肖像画を伝説等の主人公に見立てて描かせた
“元祖?なりきり肖像画”マニアだった
そんなワケで、あちこちに登場しているアルブレヒトさん

宮廷画家マティアス・グリューネヴァルトの
作品≪聖エラスムスと聖マウリティアスの出会い≫にも
聖エラスムスとして登場していたわけですが

しかし、なんで聖エラスムスだったのでしょうか?
ちなみに、聖エラスムスは“船乗りの守護聖人”らしい

その殉教した際の、エラスムスの受けた拷問が凄まじい
書くのもオゾマシイですが、あえて妄想を書いてみるなら
ドイツの“腸詰めソーセージ”は、聖エラスムスから
発想しているんじゃないかと、ふと思った
絶対、もう、食べれないわ
お肉好きの方、ごめんね

“エラスムス(Erasmus, ? - 303年頃)は、カトリック教会および正教会で崇敬される聖人・殉教者(致命者)。フォルミアのエラスムス、アンティオキアのエラスムス、聖エルモ(Elmo)とも呼ばれる。ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』によれば、フォルミアの司教であったとされる。生きながら腸を巻き取られるという拷問を受け、殉教した。祝日は6月2日。エラスムスが祈りを捧げると落雷から守られたという言い伝えから、雷から守ってくれるよう、取りなしを船乗りたちが願ったことから、船乗りの守護聖人となった。”

そうすると、船乗り(海軍)の守護聖人と軍人(陸軍)の守護聖人の出会い、となる


枢機卿アルブレヒトは、聖職者でありながら
コレクターとして美術に対して確かな眼識ある人物だった
当時(今も)ドイツにおける随一の画家として自他ともに認められていた
アルブレヒト・デューラーとも親交があったようだ

ニュルンベルクの500年前のデューラーの家にも行きましたが
名まえが同じ「アルブレヒト」なんですね

ニュルンベルクには、DB(ドイッチェ・バーン)の交通博物館があって
ちょっと見学しましたが、ドイツで最初に鉄道が走ったそうです

ニュルンベルク DB交通博物館にて  2015.7
アドラー
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1835年12月7日、ニュルンベルクとフュルトの間7.5kmを
蒸気機関車アドラー(鷲)号が走り、ドイツ鉄道の歴史は幕を開けた

ドイツの鉄鋼王クルップは鉄道の車輪のマーク
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クルップは、3代目がカプリ島の別荘での醜聞を苦に自殺に追いやられた

娘ベルタ・クルップが相続人となり、イギリス・ヴィクトリア女王の孫である
ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の紹介で
プロイセンの外交官グスタフ・フォン・ボーレン・ウント・ハルバッハと
結婚し、夫がクルップの第4代当主になった


大砲や武器をつくっていたクルップは
3代目を追いやられ乗っ取られたんじゃないかしらね~

キッシンジャーが、初めて鉄道の走ったフュルトという街の出身者らしい

プジョー(PEUGEOT)のコショウ入れを撮ってみた
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ミュンヘンのホテルにて


なんかあっちこっち飛び脱線したかな、キリがない話。。
ところで、ベンツはディーゼル車をつくっていないのかしら?
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by caramel24carat | 2015-09-27 16:50 | 旅行・建築・アート
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