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Caramel 24 Carat

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ロレーヌの十字とシャルル・ド・ゴール




気温は低いけれど明るい陽がさしてます


前々回で、豊臣秀頼の巨漢に驚いたのですが
(あくまでネット情報によればですが)




旧古河庭園にて バラ シャルル・ド・ゴール メイアン 1974
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背が高くて横姿しか撮れませんでした



ちょこっと知っている歴史上の人物で大柄な人をあげるなら
サンクトペテルブルクを建都したロシアの
ピョートル1世は210cmほどの身長があったり

フランスのシャルル・ド・ゴールもやっぱり2mほどの大柄な人物だったらしい

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そいう言えば、アメリカのリンカーンも6フィート4インチ (193 cm) だった、らしい

2人の大統領の名まえは、それぞれ
フランス、アメリカの原子力空母の名まえにもなっている

偶然見つけた画像ですが、シリア戦でペルシャ湾?にて活躍中?らしい

エイブラハム・リンカーン空母(奥)と
シャルル・ド・ゴール原子力空母(手前)
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@ところで、「ロレーヌの十字」って聞いたことはあったのですが
ナンシーでみかけました
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タテ棒にヨコ棒が2本入った「ロレーヌ十字」の
@その由来は第1回十字軍のリーダーの旗印だったんですね

下ロートリンゲン公ゴドフロワ・ド・ブイヨンは
エルサレムの初代聖墓守護者となる
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ゴドフロワ、15世紀のフレスコ画

後世、「ロレーヌ十字」は、“自由フランス”のシンボルとなったようだ

イギリスとの百年戦争で戦いオルレアンを解放した
有名なジャンヌ・ダルク(1412~1431)のシンボルにもなっている
ナンシーには、そのジャンヌ・ダルクの広場があって
ジャンヌの像も建っていました
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“第二次世界大戦中には、ロレーヌ十字は
シャルル・ド・ゴールの下の自由フランス(仏:France libre)の
公式なシンボルとして採用される

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フランスの国旗に赤いロレーヌ十字が特徴の自由フランスの旗

以前書いた、サンテーブル教会に隣接した
ド・ゴール将軍広場から

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サンテーブル教会の方へアール状のド・ゴール門のアーチをくぐると
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なんと、シャルル・ド・ゴールの記念碑が掲げられていました
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アラ、なんで?ナンシーにシャルル・ド・ゴールがいらっしゃるの?
全くその時は、その歴史的な背景が分からず戸惑いました

@ナンシーとド・ゴールとの関係が明快に”これだ”とはよく分かりませんが
第一回十字軍のリーダーロードリンゲン公からはじまり
またイギリスの侵略からフランス・オルレアンを解放したジャンヌ・ダルク
そして、第二次世界大戦でナチ・ドイツの侵略から解放したド・ゴール将軍

とそれぞれの英雄たちの活躍で勝ち取った自由フランス国の
シンボルが「ロレーヌ十字」であった、ということなのかな

@第二次大戦中、ド・ゴール将軍の掛け声とともに
フランス・レジスタンス組織が結成され活躍した人物の中に
ナンシー・ウェイク (Nancy Wake)さんという勇敢な
女性スパイがいたという記事にヒットした

@ナンシー繋がりで知ったナンシーさんの記事
http://blogos.com/article/20617/

ナチ・ドイツ軍が、ボーヌの施薬院も占領していた写真を
以前見たことがあったけれど
ナンシーも占領「し陣営を置いていたのかしら

1940年6月18日のド・ゴール将軍によるレジスタンス宣言の碑
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シャルル・アンドレ・ジョゼフ・ピエール=マリ・ド・ゴール
Charles André Joseph Pierre-Marie de Gaulle
1890年11月22日 - 1970年11月9日
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第二次世界大戦時、1940年6月15日、ヒトラー率いるナチ・ドイツ軍により
首都パリが陥落し、ド・ゴール将軍はロンドンに亡命することになる

イギリス軍の協力を求めロンドンへ渡った
ド・ゴールは亡命政府「自由フランス」を結成する

@それで、碑文は「1940年 6月18日 ロンドン」になっているんですね

ロンドンのBBCラジオを通じて、対独抗戦の継続と中立政権ではあるものの
親独的なヴィシー政権への抵抗をフランス国民に呼びかけた

イギリス議会や閣僚は事を荒立てることを恐れ、それを中止させようとしたが
イギリスのウィンストン・チャーチル首相の指示によって放送は強行された、という

@ド・ゴールの外交上の信条として
“他国に依存しない国家”があった

“ド・ゴールの国際政治における主要な主張は国家の独自性であり、その思想の実践としてNATOや欧州経済共同体 (EEC) のような国際組織に対して、ある程度反対の立場を取った。その基本的な信条は、「フランスの存続のためにフランスは外国に依存すべきではなく、フランスはいかなる外国の圧力に対しても従属すべきではない」というものだった。

この信条に基づき、ド・ゴール政権下のフランスは独自の核抑止力を作り、アメリカ合衆国への過度の従属を避けるためにNATO軍事機構からの脱退を行うこととなった”
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by caramel24carat | 2016-01-08 14:00 | 旅行・建築・アート
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