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Caramel 24 Carat

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イケめんロレンツォと美女シモネッタ・ベスプッチ



日ごとに芽吹きや花やと春の訪れを発見~☼


ところで、先日食べましたパスタが
とっても美味しかったのでそのことを

MEMO

@イケてる美味しいメン(パスタ)ということで
〝イケめん“ 

もう食べちゃって実物ナシなんですが
(自分でお料理したものだけどね)

で、改めて何だったんろう?と

ラベルがあったので調べてみますと
Lorenzo il  Magnifico [TARTUFO]
と書かれている

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パッと読めない「TARTUFO」って何?

と翻訳ツールでクリックすると、なんと「トリフ」!
ああ、そうかパスタの生地にトリフが混ぜ込んであったのね
なるほど~このパスタほんと美味しかった
(いつもは、明治屋とかポポロなんで)

じゃ、Lorenzo  il Magnifico  ってなんのこと?
(やっぱりパッとみて分からない)

イタリア語なのか、まだピンとこない
さらに、調べると、「ロレンツォ・イル・マニフィコ」でした
「Lorenzo il Magnifico」は、イタリア、ルネサンス期の
あのメディチ家の兄弟の兄の方のロレンツォ
「豪華王ロレンツォ」のことでした

ロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de' Medici, 1449年1月1日 - 1492年4月8日)

@そう言えば「華麗な=マニフィックmagnifique」ってフランス語があったワ


このジョルジオ・バザーリの絵が元になっているのね

よく見ると、寓意的な絵なのか陰謀が
渦巻いているかのようなコワい絵
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A posthumous portrait of Lorenzo by Giorgio Vasari (16th century)

Lorenzo de' Medici (1 January 1449 – 9 April 1492)


取りあえず、パスタのラベルのマーク
やっとこ判明してよかったわ
あはは、そうかそうか、そうだったんだ~
(ホントご苦労だわワタシ )


このパスタはバーデンバーデン旅行中
成城石井みたいな食料品店で
急いでいて、なんとなくラベルの“顔”に
気を取られ手にとって買った記憶がある

その時点で「TARTUFO」なんて読めてませんし
帰って、そのままキッチンの棚にほおり込んで忘れていた

まあ、でも、Lorenzo il Magnifico こと「豪華王ロレンツォ」は

はっきり言って、そんなハンサムではなかったのですね
でも、意志が強く誠実な方のようにみうけられますが
色黒で鼻もひしゃげていますし、とても「イケメン」には
程遠いですね 

一方、フィレンツェの富豪であり銀行家のメディチ家兄弟の
弟のジュリアーノは兄弟とはいえハンサムだったようです

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ジュリアーノ・デ・メディチの肖像(ボッティチェッリ)
Giuliano de' Medici (25 March 1453 – 26 April 1478)

ジュリアーノは兄よりずっとイケメンでスポーツも得意で
ゴールデンボーイだったが、弱冠25歳でなくなっている

(ローマ教皇クレメンス7世はジュリアーノの遺児らしい)
Pope Clement VII (26 May 1478 – 25 September 1534)


ある時、馬上槍試合が行われた
優勝した者へは勝利の冠が贈られる
その冠を被せる“勝利の女神”役として
当時、フレンツェ一の美女として、プラトン・アカデミーのマドンナとして
人気のあったシモネッタ・ヴェスプッチが選ばれていた
(探検家アメリゴ・ヴェスプッチの遠縁にあたるらしい
アメリゴの名まえは、アメリカ大陸発見により、アメリカの由来)

シモネッタ・カッタネオ・ヴェスプッチ
(Simonetta Cattaneo Vespucci:1453年〜1476年)


シモネッタは15歳ですでに結婚していたが
ジュリアーノの愛人でもあったらしい
絶世の美女シモネッタは人気があり
ルネサンスの芸術家たちのパトロンだった
メディチ家のサロンに出入りする画家や錚々たる芸術家たちの
マドンナ的存在だった、らしい

パトロンとしてのメディチ家兄弟はもとより
≪春 プリマベーラ≫や≪ヴィーナス誕生≫を描いた
サンドラ・ボッテチェリもいた
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この2つの大作の絵のモデルはシモネッタとよく似ている
絵が制作された時にはすでになくなっているが
メディチ家の依頼でもあったようだ

ジュリアーノの愛人でもあったシモネッタは
若くして22歳でジュリアーノの死より以前に亡くなったわけですが
その後になくなったジュリアーノを偲んでの依頼だったのかもしれない

シモネッタも可哀そうだが、ジュリアーノも2年後暗殺されてしまう

隆盛を極めていた教皇庁の金融も担当していたメディチ家に
恨みをもっていたのか、やはり銀行業を営む
古くからの貴族パッツッ家の陰謀で暗殺されてしまう

なんと、ジュリアーノの身体には23ヶ所もの槍の傷痕があったという
1478年4月26日の日曜日だった

このおぞましい事件のことをレオナルド・ダ・ヴィンチやボッテチェリが
デッサンし書き残しているらしい


サンドラ・ボッテチェリの作品には美女シモネッタが多く登場する
ボッテチェリも彼女にはプラトニックラブだったのかもしれません

シモネッタ・ヴェスブッチをモデルにした作品が沢山存在する

フランクフルトのシュテーデル美術館でも
ボッテチェリのシモネッタの肖像画を見ました

このシモネッタの肖像画は≪春プリマベーラ≫の
女神たちとよく似てます ドレスも似てます

2015.7 シュテーデル美術館にて
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シャンティイ城のコンデ美術館のトリビューンにある
至宝のコレクションには
絶世の美女クレオパトラにヒントを得た
シモネッタの肖像画がある
(ちょっとコワいんですけれど)

2012.7 シャンティイ城のコンデ美術館のトリビューン
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≪ 美しきシモネッタ・ヴェスプッチ ≫
1480、コジモ Piero di Cosimo
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by caramel24carat | 2016-03-05 12:00 | 旅行・建築・アート
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