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Caramel 24 Carat

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2017年 11月 13日 ( 1 )

豊臣秀頼の書と黄金の茶室と赤い羅紗@MOA



薄曇りから日が差してきました~⛅~☀



この時期はやっぱり
赤い色が相応しいワ

お花も赤いポインセチアやシクラメンが華やか

先日訪れた熱海のMOAにある
秀吉の自慢の
黄金の茶室(復元)は

ゴールドと真っ赤の粋で豪華な設え
緋もうせんのような畳表と
障子の張地の布は羅紗を漉き込んだ手の込んだもの

黄金の茶室
MOAにて 2017.11

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今でこそ夜には電燈が灯りますが

透けた障子から射し込んだ光が
惜しげもなく使われた茶室内の黄金に反射し
妖しく光り輝く極上の空間は

黄金と緋色を見事にバランスよく計算された
コンパクトな空間(約3畳)だが

極楽浄土の世界へ誘う

秀吉ならではの傑作かしら


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天下を取った派手好きの
秀吉の意気込みと財力を顕示した
黄金の茶室ですが

黄金の茶道具一式と全体で金60㎏を使用しているという

しかも折り畳みができる
プレハブ式で

京都御所や名護屋城へも持ち運ばれたというから

秀吉の豪快かつ豪華なおもてなし術には
感服でござる!


黄金の天目茶碗と棗
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やっぱり千利休が制作に関わったのかしら
でもワビの利休とは対極のキンキラだけど?



この復元されたMOAの黄金の茶室は
現代でも
夏には掛川の二の丸美術館へ貸し出されたりしているんですね


ところが残念なことに

実物は
大坂夏の陣の際に消失してしまった、という
(金60kgは残った?)

金(ゴールド)好きな秀吉ですが
実際、金がたくさん採れてたんでしょうね

以前の記事ですがスペインのZARAの創業者にも負けない
当時の世界ナンバーワンの
富豪だったのかも知れない


秀吉の黄金の茶室が
大坂城の夏の陣で焼失した
その戦いでは

秀吉と茶々(淀殿)の息子
豊臣秀頼

徳川家康に攻められて自害した、という

MOAの黄金の茶室には
なんと
その秀頼の毛筆の真書
掛けられていて
驚きました!

秀頼 8歳の書


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どこかのお寺かが所蔵していたらしいですが

MOAでは秀吉の茶室に
息子の秀頼の書を展示してました

「豊国大明神」

実に大らかで達者
とても8歳の子どもの書とは思えません!

腕を大きく構え
筆を持った手がしなやかな感じ

成人した秀頼は巨漢で
196㎝、160㎏
と言われていますが

ひょっとして日本人じゃないDNAが入っているんのかしら?

(例えば、ロシア人のピョートル1世が2m、リンカーンも193cm)

書を書いた8歳でもうすでに大きい子供だったのかしら

家康は秀頼に二条城で初めて会った時
非凡なサマの秀頼がコワくなったという

家康は心中穏やかではなかった、とか
(これはマズいマゴマゴしてはいられない)

秀頼は帝王学をシッカリと学んでいたようです

そのダイジェスト版の教科書のようなものが
狩野派の絵師の美しい挿絵入りで作成されていた


秀頼版≪帝監図説≫慶長11年(1606年)

後に家康も作っているんですね




ところで

当時の南蛮屏風にも風俗が描かれていますが

とってもオシャレな衣装を纏っていて
感心するのですが
(ポルトガル=スペイン・ハプスブルク家伝来か)

黄金の茶室の
赤とゴールドの障子の
赤の部分は
羅紗が漉き込まれている手の込んだものでしたが

羅紗というのは高級品で

安土桃山時代に南蛮貿易で入ってきた
舶来の毛織物の中でも高級品の羅紗はぜいたく品

信長や秀吉などの最高権力者が
陣羽織等として愛用していた
というから驚きです!

猩猩緋羅紗地葵紋付陣羽織(東京国立博物館蔵)
Wikiより

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ビロードのような赤いボルドー色の羅紗で作られ
シルバーの葵のご紋が背中に刺繍され
さらには袖口には毛皮がトリミングされている
とっても素敵な陣羽織!

こんなのあったら欲しいです
(自分ちの家紋入りで)

けっこう欲しい人沢山いるんじゃないかしら!?

この陣羽織の赤味の強い赤紫色は
(ボルドー色のような)
猩々緋色(しょうじょうひいろ)
と呼ばれ
いわゆるエンジ色と区別される

猩々緋色は要するに
ポルトガルやスペインから入ってきた
舶来色
なんですね

なるほどね!










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by caramel24carat | 2017-11-13 13:06 | 旅行・建築・アート