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Caramel 24 Carat

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2017年 11月 21日 ( 1 )

五番街の元ヴァンダービルト邸とテンプル・エマニュエルとジェイコブ・シフと和喜子



今日は青空にお日さまが笑っている~☀

昨日はひんやりしてましたが風がなかったので
外回りの作業をイロイロとやり運動になったけど
今日は抜群の日かな

出来ることならドラえもんに頼んで
冬のNYの五番街まで連れて行って欲しい~




めっきり寒くなって温かいコーヒー飲みながら
”五番街のマリー”って誰なのかしら?
とふと思った

この歌はスキ~♪


「五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんな暮らししているのか 見て来てほしい
五番街は古い街で 昔からの人が
きっと住んでいると思う 訪ねてほしい」

この秀逸な歌詞だけど
ほんとリアル感があって
ぜひマリーのその後どうしているか知りたいと思う

ふふ

2017.2 五番街にて

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ところで

前回、NYの五番街のアッパーイーストにある
ノイエ・ギャラリー(1048 Fifth Avenue)と
ジャックリーン・O・ケネディ夫人の住んだアパート
(建物は1920年代に完成。ジャクリーン夫人は1994年まで住んだ)が
(1040 Fifth Avenue)
すぐご近所だと知りましたが

ストリートビューで確認してみました
(ちょっとしたドコでもドアみたいだけどね)

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ノイエ・ギャラリー(NEUE GALERIE)(ロナルド・ローダー氏1994年取得)は
1914年完成したミセス.コーネリアス・ヴァンダービルト3世の元屋敷だったらしい
どうりで女性らしいバラ色の外観のこじんまりした邸宅だったわけですね

ジャックリーン夫人の住んだアパートより数年前に建っていたんですね
このころの移り行く五番街を歩いて見たかった~


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アメリカの大富豪鉄道王ヴァンダービルト一族はアッチコッチに
大豪邸をいくつも所有していたというが
アトランタ近郊のアッシュビルのビルトモアの豪邸は
ロワール川沿いに建つフランソワ1世のシャンポール城のようだ

2月にはアトランタの空港まで行ったのに
うまく日程と予算が合わなくて断念しましたが
行けるものならクリスマスを迎えるこの時期に行きたいわ

当時の富の集中というのは現代からは想像できないスケールですね

🔔


NYのセントラルパーク沿いの
憧れのアッパーイストにある五番街には

ホントに歴史上に名を残した古い人たちが住んでいた

日本と関りのあったクーン・ローブ商会
娘と結婚していたジェイコブ・シフの邸宅もあったようです

965 Fifth Avenue にあったジェイコブ・シフの屋敷(1901年完成)

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Jacob Henry Schiff、1847年1月10日 - 1920年9月25

ジェイコブ・シフはフランクフルトのアパートで
ロスチャイルド一家と住んでいたらしい

クーン・ローブ商会はロスチャイルドのアメリカ代理店で
ユダヤ人だったジェイコブ・シフは銀行家として働いていた

そこへ、当時、日銀の副総裁だった高橋是清は
日露戦争(1904~1905)の戦費調達にやって来て
結果、巨額の戦費を借りることができたという
ですが

この戦費の返済に利子を含めてその後日本は85年間かかったという
ということは1990年ころに完済したということになる
うっかり、借金したばかりに、孫の時代までも返済したという

でも、現代に生きている我々はそんな借金があったことすら知らないし
むしろ、驚くような経済発展を遂げた奇跡のような日本に
住んでいる恩恵を受けていると、そんな風に思う

この日本に日露戦争の戦費を調達した
銀行家のジェイコブ・シフはロスチャイルドと同じユダヤ人で
とても信心深かった

日本への戦費調達がご縁で高橋是清とは親交を結び
なんと是清の娘和喜子が15歳の時に
NYのジェイコブ・シフ宅に
ホームステイし3年間留学した、という

このジェイコブ・シフの晩年の写真
懐手のフリーメイソンスタイルかしら
(jacob・schiffと和喜子でヒット)

左の文面には、965 Fifth Avenue の屋敷は
シフが1920年の死後、1938年に取り壊されたことや
是清の娘和喜子が15歳でやって来たことなどが書かれているが

ひょっとして是清の娘高橋和喜子はアレかしら
ひょっとしたら人質みたいなものだったのかも知れないと
勘ぐってしまいました

1867年、高橋是清は勝海舟の息子小鹿と
アメリカへ留学したことがあったらしいですが
散々で奴隷のような待遇で牧童や
ブドウ畑で働いたことがあったという
その後運よく帰国し、1873年森有礼と知遇を得る

その後総理大臣までなったという時代にも驚きますが


(Wikiによれば)


ジェイコブ・シフは敬虔なユダヤ人だったらしい

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そもそも日本が勝っても賠償金がもらえなかったという
日露戦争は
ロシアのユダヤ人を救出するための
代理戦争的なものだったとも


NYの五番街を歩いてますと
TEMPLE EMANU-ELと読める
重厚な建物に遭遇しました


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独特のオーラを放っている教会のような
どっしりした建物
見上げるとバラ窓も正面に見えました

この建物はユダヤの教会シナゴークで
1847年建てられた
世界でも有数の大きなシナゴークらしい

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歩道にせり出したテントには
「TEMPLE EMANU-EL」と書かれていますが

えっ?エマニュエルって、あのエマニュエル夫人を
思い出してしまったわ
アハハ

「EMANU-EL」とはヘブライ語で
「我らは神(EL)とともにいる」という意味のようだ

エマニュエルは人名にも使われていますよね
エマニュエル・ウンガロという
フランス人デザイナーもいましたわ


≪TEMPLE EMANU-EL≫
ドイツ系ユダヤ人による
改革ユダヤ教らしい

アッパーイーストの五番街は
ドイツ系ユダヤ人が多く屋敷を構えていたというのも
テンプル・エマニュエルへ通うためだったのかも知れません

というか
アメリカ、NYでもっとも力のある富豪たちは
ドイツ系ユダヤ人が占めていて
五番街に陣取った、ということかしら




日露戦争では

日本は賠償金はもらえなかったが
さっさと戦争終わらせてよかったとも


ロシアのユダヤ人を救出するための
代理戦争的なものだったかも知れないというが
ユダヤ人の銀行家の作戦にまんまと引っかかったのか


その後は中国をけん制し日本人を緩衝帯として満州に
配置したのかも知れない

🍎

高橋是清は1936年の2・26事件で暗殺されましたが

高橋是清の娘高橋和喜子は
紀尾井坂の変で暗殺された
大久保利通の8男大久保利賢と結婚し
大久保和喜子となった

その息子大久保利春の名前は
昭和のロッキード事件で元総理田中角栄と共に
逮捕された人物で記憶にありますが。。

そう言えば
この時被告が裁判で尋問されると
「記憶にございません」と答弁したのが
流行語にもなった~

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メモ

◆大久保利賢
1878年 誕生
横浜正金銀行取締役
横浜正金銀行副頭取
1936年 横浜正金銀行頭取
1958年 死去
 父:大久保利通
 母:
 妻:高橋和喜子(内閣総理大臣 高橋是清の娘)






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by caramel24carat | 2017-11-21 14:05 | 建物・アート