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Caramel 24 Carat

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カテゴリ:旅行・建築・アート( 133 )

モルガナイトとホープダイヤモンドとモルガンお雪




気持ちのいい快晴~☀

昨夜はほんの少し雨風がありました


本日は月曜日ですが
敬老の日の振り替え休日
ずーっと9月15日だったはず
じょうずに3連休になるようフレキシブルになったのですね

しなやかに生きるってイイですね



ところで

前回

金融王JPモルガンの膨大なコレクションを展示した
モルガンライブラリーのこと書きましたが

モルガンのコレクションは書籍やレアな楽譜や図版だけに
とどまらず実は宝石のコレクターでもあった、という

キタ~~💎

なんせ金融王ですから
やっぱりキラキラ光る宝石は外せなかったのでしょうか

まばゆいばかりのジュエリー
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ワシントンD.C. スミソニアン博物館にて
2017.2



でも、モルガンライブラリーには
そんな宝石の展示はなかったような

情報としてティファニーの宝石なんかも
コレクションしていたという
(ティファニーの屋敷が燃えてしまったのは謎ですが)

いったいぜんたいそのモルガンの宝石コレクションの全貌を
知りたいものだけど



宝石がとれる鉱石の中で緑柱石がある、らしい

スミソニアン博物館の鉱石の展示室にて
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2017.2


緑柱石
(緑柱石(りょくちゅうせき、: berylベリル)は
ベリリウムを含む六角柱状の鉱物金属元素のベリリウム)

緑柱石の仲間には
エメラルド、アクアマリン、モルガナイトがあるらしい

その中でピンク色のモルガナイト(morganite

なんと
JPモルガンの名前からとって
モルガナイト
と呼ぶそうだ


その名前の由来については宝石学の権威GPクンツが命名した、という

”1910年に宝石学の権威
G. P. クンツGeorge Frederick Kunz)が
宝石コレクターであったモルガン財閥の創始者ジョン・モルガン
功績をたたえて命名した”


このモルガナイトの大きな宝石を
実は、ワシントンD.C.の
スミソニアン博物館の一つ国立自然史博物館で
見ていたのを思い出しました~

大きなピンクのモルガナイト
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その時はそんな由来のアル宝石だとは知らず
何気なく撮ったのでしたが

そんなモルガナイトがJPモルガン由来であったとは
驚きですが

この時は
ブルー・ダイヤモンドで大変有名な

≪ホープ・ダイヤモンド≫

見たくて出かけたのでした


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スミソニアン博物館の国立自然史博物館にて


所蔵されている45.50カラットの
ブルー・ダイヤモンド
( クラリティはVS1)

ホープ・ダイヤモンドは
あのディカプリオとケイト・ウィンスレット主演で有名な
映画≪タイタニック≫(1997年)で

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架空のヒーローとヒロインのロマンチックなお話ですが
ローズが身に着けていたブルーの大きなペンダントは
このホープ・ダイヤモンドをモデルにしていたとか




≪タイタニック≫といえば
前回書きましたが
JPモルガンは実質的なオーナーでした


ところで

今回さらに驚きましたのが

〝モルガンお雪”

モルガンお雪については
そう言えば昔聞いたことがありました
今回、JPモルガンについて書いてて
思い出しました

お雪さんは京都の芸子さんでしたが
京都に観光(失恋旅行中)に来ていた
J.P.モルガンの甥っ子に
一目ぼれで見染められ
結婚した女性だそうだ

まさに超セレブ婚!

1901年(明治34年)
当時30歳のアメリカ人の富豪ジョージ・デニソン・モルガン
(George Denison Morgan. J・P・モルガンの甥)と出会う

1904年(明治37年)1月20日
当時4万円という莫大な身請け金によりモルガンに引き取られ
横浜で結婚

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モルガンと日本人妻・雪の米国到着を伝える新聞記事。1904年

なんとあっけなく

1915年(大正4年)、34歳のとき、夫ジョージが44歳で心臓麻痺で死去


と短い間の結婚生活だったようです

その後は
遺産相続で一族と裁判沙汰になるも勝利し
莫大な遺産を手に

フランスへ渡り

1916年(大正5年)新しい恋人の陸軍士官で
言語学者のサンデュルフ・タンダール(Sandulphe Tandart)と
マルセイユに移り、同棲、結婚はせず
ジョージから受け継いだ莫大な遺産を
タンダールの学問援助に費やす

タンダールと再婚しなかったのは
再婚すると遺産をモルガン家に没収される可能性があった
ためではないかと言われている

ニースの別荘で暮らしていたが

しかしまたしても

1931年(昭和6年)、タンダールが心臓麻痺で死去



晩年は振り出しに戻って
生まれ故郷の京都で過ごされたようです

人生いろいろですね

















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by caramel24carat | 2017-09-18 12:47 | 旅行・建築・アート

モルガンライブラリーと意外だったイサム・ノグチの作品があのビル内に



小雨がしとしと降る土曜日~☔


今日から3連休らしい
はて?何の日かしら
(3日目は敬老の日の振替らしい)


何はともあれやっと涼しくなりました
室温25℃、湿度65


ところでモグラたたきのように
どこでテロ等が起きるか予測不能な昨今ですが

またまた楽しかったNY(2月)の話
(まだでしたので)

🍎

金融王として名高いJPモルガンの
豪壮な邸宅と図書館がモルガンライブラリーとして
公開されているので行ってまいりました


場所は
マジソン街225番地にある
225 Madison Ave, New York, NY
http://www.themorgan.org/

まさにライブラリー図書館ですが
ちょっとした宮殿のような佇まい

ちょっとウィーンの美術史美術館のような
優雅さも感じられる歴史的な建物です

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いくかの部屋の四方の壁の書架には
お宝コレクションの図書がビッシリ並んでました

JPモルガンの私設司書グリーンさんが管理していた
それにしても膨大な蔵書だわ


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今から110年ほど前の1902~1907年に
ペンシルバニア出身の
ハーバードやエコール・デ・ボザールで学んだ
チャールズ・フォーレン・マッキム(1847~1909)設計で
新古典主義様式で建てられた



その当時1903年
1ブロック離れたモルガンの娘のために
建てられた屋敷も含まれている
(東33丁目~36丁目)


1924年
JPモルガンのジュニアが開設したらしい

豪壮な建物及び調度類にはさすが
金融王JPモルガンの財力がもろ感じられる

美しく素晴らしいロトンダ

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最初に入った
モルガンの赤い壁の書斎

ちょうどツアー客かあるいは
ギャラリートーク中だったのか
たくさんの人でいっぱい

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以前にも見たことがあった



ジョン・ピアモント・モルガンの
肖像画が架かってました


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モルガンはレアなものがお好きなようで


聖書の彩色本や楽譜や手紙などいろいろあったけど
改めてキチンと調べて書きたい
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ここモルガンライブラリーは
2006年に
あのレンゾ・ピアノによって部分的に改築されている


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この女性の肖像画は
ジョン・ピアモント・モルガン・ジュニアの奥さま

≪マダムX≫でも有名な
肖像画画家
ジョン・シンガー・サージャント 
1906年の制作


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サージャントといえば
≪マダムX≫の肖像画を発表し
スキャンダルに巻き込まれ

パリを逃れてロンドンへ逃亡したのでしたが
そのロンドンのお友達の家に逃れたあと
なんとお友達は
あのタイタニック号の沈没の犠牲になったと
前に知ったことがありました

そのタイタニック号は
モルガンが実質的なオーナーであり
初航海の1912年4月14日に乗船予定だったが
直前キャンセルし
まさかの沈没事故から逃れたという

タイタニックは陰謀論でも有名ですよね

💎

ベンジャミン・フランクリンの胸像もありました
1778年

ヒュードン作

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Houdon作と言えば
サンクトペテルブルグのエルミタージュに
ヴォルテールの寝間着姿の像がありました

1778年4月7日
駐仏大使としてパリにやって来た
ベンジャミン・フランクリンは
ヴォルテールをフリーメイソンに入会させた、という



人気の観光スポットらしく
たくさんの観光客でごった返していました

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新旧並んだ建物 ライブラリーの入口

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ところで
前回

イサム・ノグチの作品≪レッド・キューブ≫が
ウォール街のそばのハリマンビル前にあったことについて
書きましたが


なんと

イサム・ノグチの作品は
NYには他にもいくつもあって

チェース・マンハッタン銀行の地下には
≪竜安寺の石庭のような庭=沈床園≫
あるらしい

あの石庭については
ワタクシは密かに”尖閣諸島”を
真似て造ったんじゃないかと妄想しているのですが

今回

驚きの発見だったのは
ほかにもある中で

イサム・ノグチの作品ですが
★666 5th Avenue, Waterfall & Ceiling 
滝と天井デザイン 1957

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Interior lobby design in wood and metal
1956 - 1958
≪ロビーの天井デザイン≫

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なんとこの作品が

あのトランプの娘イヴァンカさんのご主人がオーナーという
 666 Fifth Avenueビルの
1Fにあるという事実!


ほんと驚きました!















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by caramel24carat | 2017-09-16 13:20 | 旅行・建築・アート

ウォール街と赤いサイコロ



風が吹いて若干涼しい~


もう9月も中旬


モウ~モウ~と言いながら
光陰矢の如しだわ

(もう9月だというのにまだアップしてなかった)
ウォール街のお馴染み
ニューヨーク証券取引所

2017.2

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ちょっと勾配のある狭い通りに面してました
カメラを構えた観光客ばかり

その場に立ち振り返ると

古典様式のフェデラル・ホールが建っている
(ウォール街26番地)


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連邦公会堂は

もともとはアメリカ合衆国議会議事堂があったところで
ワシントンに移った後

1812年に解体され
1842年に合衆国税関として再建された建物、らしい

現在は記念館として観光名所

この時も一目見ようと
カメラを持った観光客ばかりでした

中央銅像は
初代大統領ジョージ・ワシントン



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”1789年3月4日、第一回合衆国議会がこの議事堂で開催され
権利章典が採択され、このとき、この議会で
ジョージ・ワシントンが初代アメリカ合衆国大統領に選出され
1789年4月30日にこの建物のバルコニーで就任演説を行った”



ちょーどフランス革命の時期と同時期だわ
(4か月後の7月14日バステューユ襲撃)



先ほど歩いてきた狭い横町の正面には
トリニティー教会が見えました

19世紀中ごろ最も高いタワー(高さ281フィート =85.6 m)で
ニューヨーク港に入ってくる船舶の目印だった、という

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Wikiによれば

”映画ナショナルトレジャーでは
フリーメーソンの莫大な宝物が地下に眠っていた”

って情報がありますが
ニコラス・ケイジの『ナショナル・トレジャー』
そういえば見たことありました
なかなか面白かったわ

💎


ウォール街から
グランド・ゼロの方へ向かいますと

高いビル前広場に
赤いサイコロが転がってました~

レッドキューブ
(1968年)
このオブジェは
あの日本でも有名な
イサム・ノグチの作品

倒れそうで倒れない~


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ビルは「BROWN BROTHERS HARRIMAN」

イサム・野口氏は
なんと
医学部に入り医者を目指していたそうですが
野口英世の一言で
芸術の道に進んだらしい
そして
さらに驚いたのですが

元女優であり国会議員の山口叔子こと李香蘭
ご結婚されていたという
へぇ~そうだったんですね




今日は9月11日
2001年から16年も経つのね

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2月のNY

9/11メモリアルにて


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この16年の間に
テロが
ヨーロッパやアジアで広がったような
そんな気がしますが








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by caramel24carat | 2017-09-11 16:23 | 旅行・建築・アート

JAGUAR E‐Typeとペンタゴンの≪Ada≫



最高のお出かけ日和~☀



といいながらおウチで
片付けしたり

世の中には
いろんなモノが溢れていますが
身の回りのモノでも
いつの間にかドンドン古くなっている
世の中新陳代謝が激しいのかしら



ところで

ニューヨーク近代美術館には
パーマネントコレクションの素晴らしく綺麗な車



JAGUAR(E‐Type)
がドーンと展示されてました


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2017.2

”Eタイプ
E-type )はイギリスの高級車メーカージャガーより
1961年から1975年の間販売されたスポーツカー”


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ジャガーの車なんてまじかに初めてみましたが
美しく光彩を放つブルーメタリックのカラーや
流線型の風をつんざくような妖しいボディラインに見惚れました~

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細部のすべてがほんと美しい



美しさに加えて
なんといっても単なる飾り物ではなく
動く車であるということに感動~

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あの久米宏氏は
愛車がジャガーだったことも!

「ジャガー」でヒットしました


このジャガーのデザイナーは
元航空機デザインを手掛けていた人物で
イギリス人のマルカム・セイヤーという人物、らしい

マルカム・セイヤー

Malcolm Sayer
(1916~1970)(aged 53)
(Heart attack)
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当時のMOMAの主任学芸員であったテレンス・ライリーは

永久保存決定の理由について

「美しさ、フォルムのクオリティ、機能性、
そして自動車のデザイン全般に与えた影響の大きさを考えれば、
Eタイプというのは "歴史的な設計物"の基準を完璧に満たすクルマなのです」

と述べている

マルカムは航空機の工業デザイナーであったらしく

ジャガーのEタイプをデザインする際には
平面の鉛筆デッサンではなく

すべて複雑な数式と計算から導き出した
数百本の曲線
シルエットを創り出し設計したらしい

その曲線は
対数などの数学を用いて描かれた
空気の流れだった

空気の流れとはスゴイ!

元飛行機デザイナーならではの発想だったのでしょうね
平面の鉛筆デッサンでは表現できない曲線だからこそ
眺めていてもアキない美しさがあるのでしょうか

難しい数式から計算された曲線を
クルマに応用したのは超画期的だったわけね

(ザハ・ハディド女史の曲線はどうだったのかしら?)

マルカムは第二次大戦中は
ブリストル飛行機会社で働いた

1948年、設立されたバグダッド大学の工学部で働くことになり
イラクへ行った

そこでカーブとドイツ人教授の出会いがあったらしい

1950年英国に戻り

1951年にジャガーに入社し
工業デザイナーとして貢献した

なんと
53歳で心臓発作で逝去

💛

今なら
コンピューターで
思いのままの3Dのモノ創りが可能みたいですが



ところで

前回、イギリスの詩人バイロンの一人娘であった
エイダ・ラブレスが

元祖コンピュータープログラマーだと知りましたが

アメリカ国防総省(ペンタゴン)に
採用されている防衛システムソフト作成で
使用される

プログラム言語が「Ada」という、らしい


”Ada(エイダ)は
強力な言語機能を豊富に持ち、高度な型の体系をもつ
プログラミング言語の一つである。構文はAlgol系である。

史上初のプログラマとされる
エイダ・ラブレスの名前にちなんでAdaと命名されている”

1979年、アメリカのペンタゴンが
信頼性・保守性に優れた、主として組み込みシステム向けの言語を作りたいという意図のもと、
国際競争入札を行い4社(赤、黄、青、緑)に発注したが
この入札で優勝したのは緑のフランス人チームだった
(公平を期すため選定時には色を使った)
そういう理由でイメージカラーは緑であるらしい

フランス人チームってのは
アメリカのペンタゴンなのに違和感ありだけど

そのプロブラミング言語「Ada」は
おもにペンタゴンの発注であったことから
兵器の開発に使われたらしい


利用例では
Wiki参照

最近の利用例としては、F-22戦闘機97式魚雷などがある。
ただしこの分野でもAdaの陳腐化が進んでおり、
F-35戦闘機以降はC++へ移行している。

民生品ではあまり利用されていないが、
信頼性を重視する航空機の制御ソフトウェアに利用されることがある。
例としては
ボーイング777など。”








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by caramel24carat | 2017-09-09 13:01 | 旅行・建築・アート

邸宅美術館フリック・コレクションのアングルの≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫



9月入りし もう4日ですね~薄曇り


昨夜は冴え冴えとしたお月さまが輝いてました
(9月6日が満月なので少し欠けてました)


バタバタしているとブログ脳にリセットするのに
ちょっと静かに瞑想でもしなくちゃならないわ


ところで

先日のTVドラマ『黒革の手帖』の放映はなかったので
ガッカリでしたが
なんと主演の武井咲さんがその日の報道で
ご結婚されたようで
ほんとビックリしました!
さらに来春には早々に赤ちゃん誕生らしく
「母子手帳」もお持ちのようです




2月の話ですが

NY,五番街70丁目の角に
邸宅美術館フリック・コレクションがありました
(2or3階建て)

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館内の中庭は撮影可で
その他は禁止だったものだからついつい
書きそびれていました



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2月だというのに
中庭にはキレイな白い花が咲いていて
観終わったあと
お花眺めてましたら
ついついベンチで居眠りしてしまいました~



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ここフリック・コレクションには
あの日本で人気の高い
フェルメールの作品を3点所蔵している

≪中断された音楽の稽古≫

≪夫人と召使≫

≪士官と笑う娘」≫


これら3点のフェルメール作品
たぶん見たとは思いますが
あまり記憶に残っていない

それより


新古典派の巨匠
ドミニク・アングルの
≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫がありました

中庭よりパシャ
ドアの向こうにチラッと見えてます
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≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫
(Comtesse d'Haussonville) 1845年
(La Vicomtesse d'Haussonville)
Jean-Auguste-Dominique Ingres (1780−1867)


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ブルーのシルクサテンのドレスが美しいし
後ろの濃紺のあたりに並べられた詳細なモノが
興味深いわ


(画像はWikiより引用)

ドーソンヴィル伯爵夫人は
1845年当時26歳

1836年10月10日に
フランスの外交官で政治家の
ドーソンヴィル伯爵ジョゼフ・オトゥナン・バーナード・ド・クレロン
と結婚した

ドーソンヴィル伯爵はフランスアカデミー会員で
名門貴族なのだそうだ

彼女の名前は
ルイーズ・アルベルティーヌ・ド・ブロイ
(1818年―1882年)

(ということは今から200年ほど前に生まれた方なんですね)

1818年5月25日に
ルイーズは
フランスの政治家であった
ブロイ公アシル・レオンス・ヴィクトール・シャルル・ド・ブロイの
娘として生まれる


1836年10月10日に
外交官で政治家のドーソンヴィル伯爵
ジョゼフ・オトゥナン・バーナード・ド・クレロンと結婚

1843年に
長男のガブリエル・ポール・オトゥナンが誕生

1869年に夫のドーソンヴィル伯爵がアカデミー会員になる

ルイーズは自由主義で独立心が旺盛で文学や音楽に関心が高く
バイロンの伝記も執筆した
とても知的な女性だったようです

ルイーズの実の弟は政治家で
第34代と第39代の首相や外務大臣を務めた

第4代ブロイ公爵ジャック=ヴィクトル=アルベール
(1821年6月13日~1901年1月19日)

このルイーズの弟ジャックの奥さまがポーリーヌというが
ポーリーヌ・ド・ガラール・ド・ブラサック・ド・ベアルンは
(まさに貴族らしい長ったらしい名まえ)

第4代ブロイ公ジャックと
1845年6月18日
結婚している

ルイーズの義理の妹となったポーリーヌは
ブロイ公妃となった

そのポーリーヌの美しい肖像画を
アングルが描いている

≪ブロイ公妃ポーリーヌ・ド・ガラード・ド・ブラサック・ド・ベアルン≫
1853年制作
(28歳)

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ブロイ公妃ポーリーヌ(1825年―1860年)
(なんと35歳で没)

レースやブルーのシルクサテンのドレスが
ほんと美しい
質感が見事に描かれている
ブルーと椅子のゴールドとの対比も素晴らしい

身につけている
ゴールドのアクセサリーや宝石類も見事

名門貴族の公妃としての上品な美しさや豊かさが表現された夫人だが
アングルならではの物思いに憂うるポーズが
未来をフッと予言しているかのようだわ

ブロイ公妃ポーリーヌ・ド・ガラード・ド・ブラサック・ド・ベアルン 

1825年に生まれる

1845年6月18日に
ルイーズの弟であった
オルレアン王朝派の政治家で歴史家の
ブロイ公ジャック・ヴィクトール・アルベール・ド・ブロイと結婚

アングルの肖像画は1853年制作
ということは
ポーリーヌ28歳


ブロイ公(duc de Broglie)は
イタリア、ピエモンテに起源持つフランスの貴族で
ブルボン朝時代の1643年にフランスへ移住したらしい
フランスではあまり見られない姓らしい



前回

ギメ美術館のエミール・ギメの父親
ジャン=バティスト・ギメ(1795-1871)が
人工のウルトラマリン(ギメ・ブルー)を
1826年、発明したと知りましたが

フェルメールは
天然のアフガニスタンで採れた高価なラピスラズリの粉末の
天然顔料ウルトラマリンを多く使っていることで
大変有名ですが

ドミニク・アングルの上記の
肖像画2枚は
人工のウルトラマリンが使われた
という情報もありました

1845年のルイーズの肖像画のドレス
1853年のポーリーヌのドレス

美しいブルーのドレスは高貴な佇まいが感じられて
ほんとうに素敵です






ここフリック・コレクションは
ピッツバーグで石炭のコークスで財をなし
後に鉄鋼王カーネギーのパートナーとなった
ヘンリー・クレイ・フリックの邸宅であり


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そのコレクションを展示している


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フィフスアベニューに
面したフリック・コレクションの邸宅ですが

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ふと足元を見ますと


メイド・イン・インディアのどぶ板でした~
でもインド産のどぶ板って不思議だわ
(ほんとつまらんとこ撮ってます)

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ヘンリー・クレイ・フリックは
鉄鋼の街ピッツバーグの石炭のコークスを採る事業をやっていて
鉄鋼王カーネギーにコークスを供給していたようだ



八幡製鉄には
三池炭鉱から石炭供給していた、というし

月が出たでたあ~三池炭鉱に月がでた~♪
なんて古いね

昨夜のお月さま

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軍艦島も石炭掘っていたんですかね





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by caramel24carat | 2017-09-04 15:13 | 旅行・建築・アート

ゴッホの≪ひまわり≫と上海租界からペルリンへと




なんだかムシムシと暑苦しい~⛅



夏の花と言えばひまわりですが
この夏はところによっては日照不足でパッとしなかった
というような情報もありました

🌻

ひまわりと言えば
ゴッホさん☀

NY

メトロポリタン美術館には

ゴッホの≪ヒマワリ≫がありました
例の何本か花瓶に挿されたあの≪ヒマワリ≫とは違って

夏の終わりによく見かける
種がビッシリの花ガラ~

ゴッホ≪ヒマワリ≫
1887年

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NY メトロポリタン美術館にて 2017.2

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ゴッホさんですが
≪ヒマワリ≫と並んでとても馴染みのある作品と言えば
アルル時代の≪アルルの跳ね橋≫だけれど


ところで
ほんと個人的な連想なんですが
アルルといえばヒロシです~


そう
アルルのヒロシさん

ブロガーさんですが
数年前によくブログを読んでました
副島道場とセットだったような記憶があります

なぜ
いきなり
アルルのヒロシとか副島さんとか思い出したのかと言えば

前回の記事で

正田富美子(皇后のお母さま)について
ちょっと検索しましたならば
旧姓が副島富美子と知ったからなんだけど

某アルルのヒロシという方と
副島〇×氏は
唐津の副島家と何か関係があるのでしょうか?




(これはちょっと書いていいのかためらいましたが
ネット時代で情報公開されていますので)

なんと
「正田富美子」の中国版Wikiが上のほうにありまして
ビックリしました

Google翻訳で中国語もなんとか読める
でその内容なんですが

(ちょっと関心を持ったのは
以前、五反田から歩いて
正田家のチューダー様式の屋敷のあとの
「ねむの木公園」に
行ったことがあったもんで)


🌻

正田富美子は上海生まれで
19歳で正田英三郎と結婚した、という

父親は副島綱雄というが
上海に赴任していたことがあった

佐賀の名士副島綱雄は「国策会社」の理事として
上海にいたことがあった
「国策会社」の後は「江商」上海支店長だった
「江商」というのは「兼松江商」の合併前の会社名らしい

1923年9月
東京に戻って双葉女子高に入る
教会の集会で英三郎の母と出会う

正田富美子(舊名副島富美子,1909年~1988年)

副島富美子が正田英三郎と19歳で結婚ということは
1928年頃かしら?

なんと驚きなんですが
その前後ごろ
副島富美子と正田英三郎は
ベルリンへ行っていたんですね!

長男正田厳はベルリン生まれ、という
正田巌
1931年 誕生
日本銀行国債局長
1985年 日本銀行監事


1930年頃のベルリンと言えば
ヒトラーのナチ党が大躍進だったらしい


1930年9月14日に選挙がおこなわれ、選挙の結果、
ナチ党が12議席から107議席に大躍進し、社民党に次ぐ第2党となった。
この背景は世界恐慌による不況で国民が急激な変化を求めており、
左右両極が伸びやすい状態になっていたことがある。
共産党よりもナチ党が顕著に躍進したのは、
ナチ党のヤング案アメリカ合衆国が提案したドイツ賠償方式)
反対運動が国民の共感を集めたことが大きい

1933年2月には
ベルリンの連邦国会議事堂は謎の火事で焼失



その後の1936年に日独防共協定が調印された、らしい

ここで面白い写真がありました
ナチと言えばヒトラー

なんと
ヒトラーの紋付羽織袴姿があったんですね!


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以前にも見たことがあったのですが
コラージュでしょうか!?

家紋が凝ってます!

「卍」と「ワシ」でしょうか!
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(この画像は拾いました)

特別誂えの紋付羽織ですね



”ヒトラーの和装姿は、
1936年に大日本帝国とナチス・ドイツの間で
調印された日独防共協定(のちに枢軸体制へと発展)
を記念して撮影されたと考えられている”




维基百科,自由的百科全书より引用


早年生活

出生於中國上海,在滬生活十六年,通中文
父親副島纲雄是日本「國策會社」理事,也是「江商」上海支店店長。
1923年9月歸國,居東京,就讀麴町雙葉女子高等學校
在雙葉高女的「禮拜」集會中、
為正田英三郎的母親相中,19歲完婚。

婚姻生活

富美子與英三郎婚後曾旅居德國兩年,在柏林生下長子,
返日後又陸續添了一男兩女。美智子皇后是她的長女。
她曾被社交圈譽為「有明治時代古雅端莊氣質的貴夫人」,
但卻因為女兒美智子入宮而飽受精神折磨。
在美智子婚事發佈後,就有旁系皇族與舊華族群起攻擊她在上海生活的經歷,
又不斷有消息傳來美智子在宮中受到欺壓,身心重創。
為了杜絕莫須有的抹黑,富美子幾乎未再涉足社交圈。

かつての上海租界は
共同租界(イギリス・アメリカ)と
フランス租界に分けられていたらしい

共同租界は金融
フランス租界は高級住宅地らしい

かつて

上海租界には
ロシア革命(1917年)の後
国を離れた
ロシアの貴族やなんかも流れていたらしい
約半分はロシアからの移民だったとは
意外です

アジアの純真って
ベルリン~バラライカって変な歌詞なんですが
上海租界のことなの?



上海へは一度も行ったことがないのですが
う~んちょっと行ってみ
たいかな











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by caramel24carat | 2017-08-22 16:40 | 旅行・建築・アート

ピカソの≪白い服の女≫とオルガあるいはサラ・マーフィー




夏 夏 夏~☀


外出中の熱中症に気をつけねば



ところで

ピカソの≪白い服の女≫が
メトロポリタンにありました

Picasso
≪Woman in White≫
1923年

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分解特異なキュビズムから
原点に戻ったような作品で

白い衣を纏ったギリシャ彫刻のような
骨格のしっかりした女性が腕を組み座っている

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メトロポリタンにて
2017.2



いわゆるピカソらしからぬ
大変爽やか作品、だと思います

この作品は
ピカソがフランスのリビエラ
キャップアンチーブでの休暇を終え
パリに戻って9月に制作した、という

この女性のモデルは
奥さまのロシア貴族出身の
バレエダンサーだった
オルガ・コクローヴァという説と

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作品の≪白い服の女≫のモデルは
裕福なジェラルド・クルリー・マーフィの
奥さまサラ・マーフィーという説もあるようです

オシャレなマーフィー夫妻
アンチーブの海岸にて
1923年

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ジェラルドのボーダーシャツは
バスクボーダーといわれるもの

パンツは麻のショーツ

船乗りの靴エスパドリーユ

頭にはに鈍黄色のターバン

ブラック・バンブーのステッキ

このスタイル
今では
夏のリゾートファッションの定番ですよね

もともとジャラルドさんの
このオシャレなファッションを
真似て流行したらしい

Sara Sherman Wiborg (November 7, 1883 – October 10, 1975)
Gerald Clery Murphy (March 25, 1888 – October 17, 1964)

NY,パリそして
キャップアンチーブと住まいを移り構えた
富裕なマーフィー夫妻は
アーチストたちのパトロンだった

アンチーブでは
ジェラルドとサラのサークルには

フッツジェラルドやその妻のゼルダや
ヘミングウェイ、そして
ピカソがいた、という


改めて作品≪白い服の女≫を
眺めてみますと
ヤッパリ
奥さまオルガのように思います

バレエダンサーだったのですから
美しい姿勢が作品から窺えます

ピカソの新古典主義時代の作品の中の一枚
原点に戻った清々しい作品ですね

追記



ピカソのバスクシャツ姿

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1952年

テーブルの上のおちゃめなパンに注目!








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by caramel24carat | 2017-08-06 17:48 | 旅行・建築・アート

H・マティスの≪窓辺の少女≫



今日から8月~☀


先ほどスーパーで見かけましたが
南アフリカ産のグレープフルーツがあって
ビックリしました!

まあ、あまり食べたいとも思いませんが
この時期はやはり
すいかがいいかな

しかし
どんだけ遠いところから
ハルバルやってくるのかしら!

同じ南アフリカ産なら
ダイアモンドならよかったのに
ahaha
スーパーでダイヤモンドってアリ?



アンリ・マティス(Henri Matisse)の
窓辺の少女

1921年

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2017.2

NY,メトロポリタン美術館にて










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by caramel24carat | 2017-08-01 15:08 | 旅行・建築・アート

ダーティ・ワークと明治の牛丼屋とあめや




久しぶりのポツポツとしたアメで涼しい~



ところで
つい最近〝ブルゾンちえみ”という
吉本の芸人さんのこと知りました

チラッとTVでは見たことあったのですが
YouTubeでチャンとしたのを見てみました

一人ではなく
WithBというイケメン2人(後輩)とのユニットらしい

コントに使われている曲が
なんと「ダーティ・ワーク」という
アメリカで人気の歌手オースティン・マホーンが
歌っているものらしい

ダーティといえば
≪ダーティ・ハリー≫をつい思い浮かべる世代ですが
≪ダーティー・ワーク≫といえばそのまま「汚い仕事」ってこと?

世の中には
キレイなお仕事もあれば
誰もやりたがらないシンドイお仕事もあるわけですが
そうだわ政治家ってのはドッチなのでしょうか?

まあ必殺仕事人やゴルゴ13のようなお仕事は
ドラマや映画だけでなくホントにあるのでしょうか?

相手が牛や豚だったりその皮を鞣す職人も
きっと我々が想像する以上に
ダーティー・ワークなのかも知れない

ところで

NY,メトロポリタン美術館に

なんと

牛丼屋の店先の絵がありました
明治の中頃の銀座か有楽町界隈らしい

日本では
牛肉を食べたという古い記録では
フランシスコ・ザビエルが
復活祭の牛を振舞ったことがあったらしい

明治になって
福沢諭吉が「牛肉のススメ」みたいなことを言って流行ったらしい

それまでは日本では家畜は食べなかったとか
主に鹿やイノシシだったらしい

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ブルーム≪あめや≫の部分ですが

店先の赤いのれんに牛丼(牛めし?)?と読めます
明治の牛丼屋でしょうか

店先には首の長い白い鳥が!?
上の置物?が
ブレーメンの音楽隊のようにも見えます??

車やさんもたばこで一服
ねじり鉢巻きのおっちゃんも見えます


牛肉、豚肉を売っている肉やには
なんと
肉の大きな塊がいくつもぶら下がっている気配

お姉さんが子供をおんぶして
何かに気を取られています

やっぱり
左端に描かれているのは
ブレーメンの音楽隊に見えてしまう??




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≪The Ameya≫

1893年

タイトルは≪あめや≫


たすき掛けのブルーの着物のお兄さんは
あめ売りなんですね
白足袋を履いているところが
きっとオシャレなんでしょうね

子守のお姉さんや子供に人気のようです

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メトロポリタン美術館にて、2017.2



Robert Blum
(1857~1903)

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ブルームさんの描いた絵は
当時の庶民生活の百科事典のようで
とても詳しく丁寧に描かれていて素晴らしい

画集も出版されていて
≪花売り≫の作品がとても素敵です
(シカゴ万博で金賞を受賞)

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ちょんまげのお兄さんが
荷車や籠で売っていたんですね

大田区に花市場があるらしいですが
ひょっとしたら当時のそのあたりかしら?



とても詳細に市民生活が描かれていて
なんとなく懐かしい一面もあり
ロバート・ブルームさんの
市井の人々への優しいまなざしが感じられる
作品ばかりです



制作者のロバート・・フレデリック・ブルームさんは
ドイツ系の移民でアメリカ生まれ


なんと

アメリカ、NYの
老舗チャールズ・スクリブナー・サンズ出版社から
明治中期の日本へ派遣された
挿絵画家でした



このチャールズ・スクリブナー・サンズ出版社は
以前NY旅行で
5番街をブラブラしていた時に眺めたビルでした

ヘミングウェイやフィツジェラルドを世に出した有名な出版社だったのですね
前に記事にしてました



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2017.2 NY


ロバート・ブルームは

チャールズ・スクリブナー・サンズ出版社の
企画〝日本紀行”の
お仕事のため来日し

最初は築地居留地のホテルに滞在していたが
もっと市井の生活に密着したくて
有楽町に日本家屋を借りて滞在し
取材したようです

写真を撮りスケッチもし
事細かに当時の市民レベルの風俗を記録したらしい




ところで
日本の牛の産地には
当然
必殺仕事人もいるわけですよね
例えば三重の松坂牛でも

見えないダーティ・ワークがあるのですね
















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by caramel24carat | 2017-07-27 12:22 | 旅行・建築・アート

曲げわっぱのお弁当箱@MET



今朝もセミしぐれが暑苦しいわ~♫


最近、エキサイトブログトップに
人気ブロガーさんの
キレイな宝石箱のようなお弁当の写真を
よく見かけます

どれもこれも手の込んだ美味しそうな
お料理ばかりで感心しますが

その宝石箱のようなお弁当箱は
木目が美しい
楕円形の”曲げわっぱ”じゃないかと思うのですが

ちょっと検索してみますと
秋田杉を使った伝統工芸品の
大館の曲げわっぱが特に有名らしい

しかしお値段にビックリ
1万円ほどするんですね!

ところでそんな現代の
人気ブロガーさんご愛用の曲げわっぱですが

なんと

NY,メトロポリタン美術館で
静物画に描かれていて
かなり驚いたことがありました



≪Still Life with Shells and a Chip-Wood Box≫

Sebastian Stoskopff
(French, Strasbourg 1597–1657 Idstein)
late 1620s
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メトロポリタン美術館にて 2017.2 

お弁当のフタを開けてみたいですが
中身はお魚と砂糖漬けの果物らしい

貝はインド産か

曲げわっぱが日本のものならば

彼は当時とても珍しい貴重な
貝や曲げわっぱを描いたことになる

1620年代後半ですからね

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この作品を描いたのは

フランス、ストラスブール、アルザス地方出身の方なんですね
(ルター派)

ストラスブール(Strasbourg)というのは
ストラスブルグでもあるわけで
語源はドイツ語で「街道の街」

ドイツとフランスの国境の街で
ライン川の要衝でもあり
戦争によってドイツ領になったりフランス領になったり
歴史の波に翻弄された地でもあった

前にナンシーへ行く途中
ちょっと降りたことがあったけど

そんな国境の街
ストラスブール出身の画家

セバスチャン・ストーソープフ
Sebastian Stoskopff
(1597年~1657年)

名まえがスペインっぽく
姓がスウェーデンかロシア人みたいな?

この方が
日本人にもなじみの深い
曲げわっぱの静物画を描いてた!?

作品の制昨年はなんと1620年代後半です

ということは
今から400年ほど前

徳川家康の息子の秀忠の時代
1623年からは3代将軍家光ですが
家光の娘千代の婚礼家具と同じ
京都の漆芸工房幸阿弥家10代長重らが
制作したらしい

マザランの櫃が
フランスで発見されたことがあって驚きました


そもそも
フランス国王ルイ14世の食卓に
お醤油がのっていた

という意外な情報を得て

まさかね!?

徳川とルイ14世に接点があったとは
と疑心暗鬼だったけれど
その後ポツポツと接点が発見され

唸るばかりなんですが

今回の
メトロポリタン美術館で観た
セバスチャン・ストーソープフさんが
大事そうに描いてた曲げわっぱが

そもそも日本の伝統工芸品にもなっている
秋田の大館の曲げわっぱかどうかというのは
まったく分かりませんが

楽天より引用

美しいですね!

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ですが

ここで
ふと思い出すのが
秋田の佐竹氏
プーチン大統領からネコを贈られたあの佐竹秋田県知事




秋田の佐竹氏のルーツは秀吉側についていたため
天下をとった家康によって
秋田に転封されたのでした

京都聚楽第に大名屋敷(黄金の瓦)を構えていたんですね



ちょうど
ルイ14世の宰相マザランが
京都のマザランの櫃を手に入れた前後のころ

セバスチャン・ストーソープフさんは

パリへと活動拠点を移している
(1622年~1641年)

制作年代は1620年代後半


ということは

曲げわっぱが
秋田の大館のものではないと
100%否定はできないんじゃないかしら

東インド会社の船荷に
あるいは
船員のお弁当に使われていたものかも知れない

ひょっとして
紀州南高梅の
梅干しなんかが入っていたかしら

🌼


妄想全開


メトロポリタン美術館の
この作品は
ラ・トゥールの≪マグダラのマリア≫と≪占い師≫の
間に展示されていました
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by caramel24carat | 2017-07-25 11:56 | 旅行・建築・アート