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Caramel 24 Carat

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カテゴリ:旅行・建築・アート( 125 )

ダーティ・ワークと明治の牛丼屋とあめや




久しぶりのポツポツとしたアメで涼しい~



ところで
つい最近〝ブルゾンちえみ”という
吉本の芸人さんのこと知りました

チラッとTVでは見たことあったのですが
YouTubeでチャンとしたのを見てみました

一人ではなく
WithBというイケメン2人(後輩)とのユニットらしい

コントに使われている曲が
なんと「ダーティ・ワーク」という
アメリカで人気の歌手オースティン・マホーンが
歌っているものらしい

ダーティといえば
≪ダーティ・ハリー≫をつい思い浮かべる世代ですが
≪ダーティー・ワーク≫といえばそのまま「汚い仕事」ってこと?

世の中には
キレイなお仕事もあれば
誰もやりたがらないシンドイお仕事もあるわけですが
そうだわ政治家ってのはドッチなのでしょうか?

まあ必殺仕事人やゴルゴ13のようなお仕事は
ドラマや映画だけでなくホントにあるのでしょうか?

相手が牛や豚だったりその皮を鞣す職人も
きっと我々が想像する以上に
ダーティー・ワークなのかも知れない

ところで

NY,メトロポリタン美術館に

なんと

牛丼屋の店先の絵がありました
明治の中頃の銀座か有楽町界隈らしい

日本では
牛肉を食べたという古い記録では
フランシスコ・ザビエルが
復活祭の牛を振舞ったことがあったらしい

明治になって
福沢諭吉が「牛肉のススメ」みたいなことを言って流行ったらしい

それまでは日本では家畜は食べなかったとか
主に鹿やイノシシだったらしい

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ブルーム≪あめや≫の部分ですが

店先の赤いのれんに牛丼(牛めし?)?と読めます
明治の牛丼屋でしょうか

店先には首の長い白い鳥が!?
上の置物?が
ブレーメンの音楽隊のようにも見えます??

車やさんもたばこで一服
ねじり鉢巻きのおっちゃんも見えます


牛肉、豚肉を売っている肉やには
なんと
肉の大きな塊がいくつもぶら下がっている気配

お姉さんが子供をおんぶして
何かに気を取られています

やっぱり
左端に描かれているのは
ブレーメンの音楽隊に見えてしまう??




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≪The Ameya≫

1893年

タイトルは≪あめや≫


たすき掛けのブルーの着物のお兄さんは
あめ売りなんですね
白足袋を履いているところが
きっとオシャレなんでしょうね

子守のお姉さんや子供に人気のようです

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メトロポリタン美術館にて、2017.2



Robert Blum
(1857~1903)

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ブルームさんの描いた絵は
当時の庶民生活の百科事典のようで
とても詳しく丁寧に描かれていて素晴らしい

画集も出版されていて
≪花売り≫の作品がとても素敵です
(シカゴ万博で金賞を受賞)

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ちょんまげのお兄さんが
荷車や籠で売っていたんですね

大田区に花市場があるらしいですが
ひょっとしたら当時のそのあたりかしら?



とても詳細に市民生活が描かれていて
なんとなく懐かしい一面もあり
ロバート・ブルームさんの
市井の人々への優しいまなざしが感じられる
作品ばかりです



制作者のロバート・・フレデリック・ブルームさんは
ドイツ系の移民でアメリカ生まれ


なんと

アメリカ、NYの
老舗チャールズ・スクリブナー・サンズ出版社から
明治中期の日本へ派遣された
挿絵画家でした



このチャールズ・スクリブナー・サンズ出版社は
以前NY旅行で
5番街をブラブラしていた時に眺めたビルでした

ヘミングウェイやフィツジェラルドを世に出した有名な出版社だったのですね
前に記事にしてました



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2017.2 NY


ロバート・ブルームは

チャールズ・スクリブナー・サンズ出版社の
企画〝日本紀行”の
お仕事のため来日し

最初は築地居留地のホテルに滞在していたが
もっと市井の生活に密着したくて
有楽町に日本家屋を借りて滞在し
取材したようです

写真を撮りスケッチもし
事細かに当時の市民レベルの風俗を記録したらしい




ところで
日本の牛の産地には
当然
必殺仕事人もいるわけですよね
例えば三重の松坂牛でも

見えないダーティ・ワークがあるのですね
















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by caramel24carat | 2017-07-27 12:22 | 旅行・建築・アート

曲げわっぱのお弁当箱@MET



今朝もセミしぐれが暑苦しいわ~♫


最近、エキサイトブログトップに
人気ブロガーさんの
キレイな宝石箱のようなお弁当の写真を
よく見かけます

どれもこれも手の込んだ美味しそうな
お料理ばかりで感心しますが

その宝石箱のようなお弁当箱は
木目が美しい
楕円形の”曲げわっぱ”じゃないかと思うのですが

ちょっと検索してみますと
秋田杉を使った伝統工芸品の
大館の曲げわっぱが特に有名らしい

しかしお値段にビックリ
1万円ほどするんですね!

ところでそんな現代の
人気ブロガーさんご愛用の曲げわっぱですが

なんと

NY,メトロポリタン美術館で
静物画に描かれていて
かなり驚いたことがありました



≪Still Life with Shells and a Chip-Wood Box≫

Sebastian Stoskopff
(French, Strasbourg 1597–1657 Idstein)
late 1620s
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メトロポリタン美術館にて 2017.2 

お弁当のフタを開けてみたいですが
中身はお魚と砂糖漬けの果物らしい

貝はインド産か

曲げわっぱが日本のものならば

彼は当時とても珍しい貴重な
貝や曲げわっぱを描いたことになる

1620年代後半ですからね

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この作品を描いたのは

フランス、ストラスブール、アルザス地方出身の方なんですね
(ルター派)

ストラスブール(Strasbourg)というのは
ストラスブルグでもあるわけで
語源はドイツ語で「街道の街」

ドイツとフランスの国境の街で
ライン川の要衝でもあり
戦争によってドイツ領になったりフランス領になったり
歴史の波に翻弄された地でもあった

前にナンシーへ行く途中
ちょっと降りたことがあったけど

そんな国境の街
ストラスブール出身の画家

セバスチャン・ストーソープフ
Sebastian Stoskopff
(1597年~1657年)

名まえがスペインっぽく
姓がスウェーデンかロシア人みたいな?

この方が
日本人にもなじみの深い
曲げわっぱの静物画を描いてた!?

作品の制昨年はなんと1620年代後半です

ということは
今から400年ほど前

徳川家康の息子の秀忠の時代
1623年からは3代将軍家光ですが
家光の娘千代の婚礼家具と同じ
京都の漆芸工房幸阿弥家10代長重らが
制作したらしい

マザランの櫃が
フランスで発見されたことがあって驚きました


そもそも
フランス国王ルイ14世の食卓に
お醤油がのっていた

という意外な情報を得て

まさかね!?

徳川とルイ14世に接点があったとは
と疑心暗鬼だったけれど
その後ポツポツと接点が発見され

唸るばかりなんですが

今回の
メトロポリタン美術館で観た
セバスチャン・ストーソープフさんが
大事そうに描いてた曲げわっぱが

そもそも日本の伝統工芸品にもなっている
秋田の大館の曲げわっぱかどうかというのは
まったく分かりませんが

楽天より引用

美しいですね!

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ですが

ここで
ふと思い出すのが
秋田の佐竹氏
プーチン大統領からネコを贈られたあの佐竹秋田県知事




秋田の佐竹氏のルーツは秀吉側についていたため
天下をとった家康によって
秋田に転封されたのでした

京都聚楽第に大名屋敷(黄金の瓦)を構えていたんですね



ちょうど
ルイ14世の宰相マザランが
京都のマザランの櫃を手に入れた前後のころ

セバスチャン・ストーソープフさんは

パリへと活動拠点を移している
(1622年~1641年)

制作年代は1620年代後半


ということは

曲げわっぱが
秋田の大館のものではないと
100%否定はできないんじゃないかしら

東インド会社の船荷に
あるいは
船員のお弁当に使われていたものかも知れない

ひょっとして
紀州南高梅の
梅干しなんかが入っていたかしら

🌼


妄想全開


メトロポリタン美術館の
この作品は
ラ・トゥールの≪マグダラのマリア≫と≪占い師≫の
間に展示されていました
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by caramel24carat | 2017-07-25 11:56 | 旅行・建築・アート

ゴッホの≪キョウチクトウ≫と夾竹桃のオレアンドリンについて




カラっとした夏の日~☀




炎天下で咲く
ピンクの華やかな夾竹桃は
街路樹や公園などでよく見かけられますが
インド原産らしい

今回もNY
メトロポリタン美術館の収蔵作品から

あの夏の花「ひまわり」で有名なゴッホさんですが
夏の花「夾竹桃」も描いてました

ゴッホ≪Oleanders≫
1888年8月


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2017.2




マヨルカの壺に活けた夾竹桃
そして
テーブルの上には
聖書と
エミール・ゾラの小説『生きる歓び』が
置かれている


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「oleanders オレアンダー」は「夾竹桃」のこと

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名まえの由来は
お花が桃に似て葉っぱが竹に似ているところから
「夾竹桃」らしい
「夾 きょう」は両側からハサムの意味


アルル時代の作品で

この時

≪ラ・ムスメ≫も描いている

ムスメは日本の娘のことを指し
ゴッホがピエール・ロティの『お菊さん』をイメージして
描いた作品とは
前にも記事にしてました

ゴッホ≪ラ・ムスメ≫
1888年7月
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娘の手には夾竹桃の枝が描かれています



ところで

夾竹桃のこと「oleanders」というらしいですが

なんと
驚きの事実を知りました!

夾竹桃は「オレアンドリン」という
強い毒をもった植物だという!


ネット情報によれば

夾竹桃の木は毒があって
根の張っている周りの土壌も危険らしい

そんなオソロシイ情報ですが、
今回、初めて知りましたが
なんと
実際、死亡事故があったらしい

かつて東名高速道路の建設現場で
お昼のお弁当の箸代わりに枝を折って使用し
3人が死亡したという
(仕出し弁当だったのかお箸が付いてなかった)

1975年、フランスではバーベキューで
夾竹桃の枝を折って串代わりにしたが
串焼きされた毒物オレアンドリンが染みた焼けた肉等を
食べた7人が死亡

1980年、千葉では夾竹桃の葉っぱを食べた(飼料として)乳牛
20頭のうち9頭が毒で死亡

今回、初めて知りましたが
めちゃくちゃ危険な植物ですね

毒性オレアンドリン
というか
夾竹桃
気をつけたいです

💔


一方

「毒には毒を以って制す」
じゃありませんが

広島では
原爆で焼かれた跡に
最初に咲いたのが夾竹桃だったので
復興のシンボルになっているらしい

夾竹桃に含まれる毒性のオレアンドリンは
熱に強く分解されにくいという
生木を燃やした煙も有毒らしい

そんな危険な夾竹桃ですが

復興のシンボルとして
広島の市花に指定されている、という


市の花として採用しているのは
他にもあって

千葉市
尼崎市
鹿児島市

とあります!?

長崎の佐世保市も指定されていたが
危険なので取りやめたらしい

まあ、驚きだです!

千葉市、尼崎市、広島市、佐世保市、鹿児島市

これらの市の共通点は
海に面した港があったりするのでしょうか
外国からの船が寄港するという共通点もアリでしょうか


なんとなく納得してしまう共通項で括られる5つの市ですが
ピエール・ロティの≪お菊さん≫は
長崎で船の修繕のため逗留していた時に
執筆されたものでした

1888年7月に
ゴッホは≪ラ・ムスメ≫を描いて
その2年後精神病院へ移り自殺しています

ゴッホの絵を見る限り
とても精神に異常をきたした人間とも思えませんが

夾竹桃の毒性オレアンドリン

なんか怪しいですね



ところで


拾った情報ですが

かつての台湾の指導者だった蒋経国総統(蒋介石総統の息子)の言葉がありました

「花が咲いても実にならない。夾竹桃のようなものになるな」


そういえば
蓮舫議員の二重国籍問題が問題視されてるみたいですが
ネット情報によれば
日本の宮家のやんごとなき血統の方みたいですね
(この際ハッキリと知ったほうがいいかしら)

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日本海軍大佐
伏見宮博義王(40歳没)


母は徳川慶喜の9女徳川経子


外交的な忖度に守られているのでしょうか






 










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by caramel24carat | 2017-07-21 14:22 | 旅行・建築・アート

マティスの金魚鉢



真っ青な空に真っ白の綿あめのような雲が浮かんでいる~☀


今朝、この夏初めてセミの鳴き声聴きました


夜空に打ちあがる花火の轟音を聞きながら
浴衣にカランコロンと下駄はいて
夜店で金魚すくい
水槽につけるとすぐ破れるうす~い紙の張ったチャッチイな道具
笑えて来るようないい加減さ
ああ~懐かしいわ


マティスの金魚鉢
1921~1922
メトロポリタン美術館にて
2017.2

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↑ こんな小さな画面でみると
何がなんだかサッパリワケわかんないですね

しかし
マティスさまの作品ですからね



マティスの金魚は
あっちこっちににあって

モスクワのプーシキン美術館の別館
にもありました

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2014.9

マティスは
モロッコへ行ったとき
現地の人が
ガラス鉢に金魚を入れて愉しんでるのを見かけ
パリに帰ってからさっそくアトリエに
金魚鉢を置き
お気に入りになったようです



ところで
今日7月14日はパリ祭
(フランスの革命記念日なんですね)

この日を記念してシャンゼリゼで
軍事パレードが行われるらしいですが

何かと物議をかもしているトランプ大統領ですが
マクロン大統領の招待に応じたらしい

そんな大統領のツーショットというか
メラニア夫人とブリジット夫人の方のツーショットを眺めてみたいわ

追記

ちょっと
メラニア夫人のパリでのファッションはどんなかしら?

メラニア夫人+Paris
で検索すると

なんと
真っ赤なスーツ姿のメラニア夫人にヒット!

赤ですよ!

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(13日小児専門病院訪問で)


ウフフ






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by caramel24carat | 2017-07-14 12:08 | 旅行・建築・アート

アンドリュー・ワイエスの≪クリスティーナの世界≫と意外だった3.11の話




今日も暑くなるのかしら~⛅



イヤになるくらい草が元気がいい


前回に引き続き

NY,近代美術館に
展示されていた作品の中で

独特の世界観が漂う
アンドリュー・ワイエスの代表作がありました

(日本でも何回か展覧会が開催されていますが)

アンドリュー・ワイエスの
≪クリスティーナの世界≫
1948年
テンペラ

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MoMAにある
≪クリスティーナの世界≫は
エレベーターを昇って
5階に到着したかと思うと

突然
幅の広い通路にデ~~ンと飾られていて
ほんとビックリしましたが

同時に
ワイエスの代表作に
心構えもなくひょっこり出会えて
戸惑いながらも感動でした!

(大きな作品はガラスでカバーされていて
写真に撮ると反射してしまいました)


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作品のできた背景は

アメリカ北東部メイン州クーシングにある
夏の別荘に訪れていた
ワイエス家は
近所に住むオルソン姉弟と親しくしていた

1940年~1968年
長年にわたりモデルとして姉弟を描いてた

オルソン家の障害を持つ姉のクリスティーナと
漁師をしていた弟アルヴァロ・オルソン姉弟には

ワイエス自身が
小さいころから虚弱体質で
家庭教師や父親から教育や絵を学んでいた
という生い立ちや境遇もあり
共感を覚えていたらしい



オルソン家は
名まえからすると
北欧からの移民かしら?

ワイエスは
死後発覚するが
フィンランドドイツ系の女性
ヘルガーも描いていた

(男爵イモの方思い出しました)


ある夏の終わり
ペンシルバニア州フィラデルフィアのチャッズ・フォードから
メイン州クーシングの夏の別荘にやってきていた
ワイエスは

姉のクリスチーナが身をよじりながら
やせ細った両腕で
寂寥とした草原の大地を
掴み

足を引きずり這いながら
丘の上の自宅へ戻ろうとしている

その懸命な姿に心を打たれ
創作意欲を掻き立てられたという

クリスティーナは
手足に麻痺障害がありながらも
他人に頼らず独立しようと懸命に
健気げにつつましくしかし逞しく生き抜いていた

そんな美しい生命力に溢れる姿を

ワイエスは
感動をもって眺め作品に描き留めた

そんな作品らしい

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クリスティーナはこの時55歳という


髪には数本の白髪や
緻密精細克明に描かれた草原の草一本一本を
目の当たりにし気が遠くなりました~

ワイエスの凄まじい描写力に驚嘆する!


(全然うまく撮れてない)

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アンドリュー・ワイエス
(Andrew Wyeth,1917年7月12 - 2009年1月16日)

アラ、驚き!
今、年譜打ちながら気が付いたけど
今日は7月12日
アンドリュー・ワイエスのお誕生日だわ
1917年生まれということは
生誕100周年ですね!


作品に登場する別荘のあるメイン州のクーシングを

Googleマップで
位置関係確認しましたが

ボストンからさらに北上した
冬場はとても寒い厳しい気候のところかな

ワシントンD.C.からボストン行きの
アムトラックに乗れば
フィラデルフィアも経由しNYも通りボストンまで行けるかな


丘の上のオルソン家は観光名所になっているようです

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ところで

作品のモデル
クリスティーナ・オルソンは

見た通りの障害を持つ女性ですが
以前はポリオじゃないかといわれていたけれど

最近の研究結果では

シャルコー・マリー・トゥース病らしい

シャルコー・マリー・トゥース病
Charcot-Marie-Tooth disease: CMT


聞きなれないCMTとは

ポリオは罹った時のままで成長しても病状は変わらないらしいですが
CMTとは年とともに病状も進むようです
”下腿と足の筋萎縮と感覚障害を特徴とし
進行すると上肢や手にも障害を生じる
神経原性筋萎縮である”

クリスティーナは自立心が強く
車いすの寄付の申し出を断っていた
という情報もあり

あるがままの自分を受け入れ
精一杯生きる喜びの方を選択したのでしょうか



この作品≪クリスティーナの世界≫は
MoMA初代館長アルフレッド・バーが

マンハッタンのマクベス画廊で観て
即1800ドルで購入したらしい

バーはこの作品をアメリカ美術の象徴として位置づける
その後人気の出てきた作品は
外部に貸し出されることは稀だった、という

ところが

なんと
日本人なら忘れることのできない
東日本大震災の起こったとき
2011.3.11
福島近代美術館に貸し出されていたという!

たまたま
ひょんなことから検索し現れた画面に

≪クリスティーナの世界≫が
東日本大震災の起きた時
2011年3月11日に

なんと
大震災のあった福島の近代美術館に
貸し出され

ちょうど
アンドリュー・ワイエス展が開催されていたという!

慌てた
NYでは
放射能のこともあるし
MoMAからは
展覧会を即刻中止して
作品を返還してほしい、という
厳重なお達しがあったという

ヘエッ~~!?
そうだったの!?



そんなことがあったのか
それは知らなかったわ~


「クリスティーナの世界≫の検索で
たまたま開いた画面をビックリしながら
読み進んでいきました

前に
バイオリンのストラディバリウスが
まさに3.11の時
東京にあり修繕中だった、と
知ったこともあり

そういうこともあるんだ、と
最後まで読んでいくと

なんかオカシイ?

イヤだ
この話ってフィクションでしたワ~

原田マハさんという方の
『中断された展覧会の記憶』という小説でした!
(原田マハさんは初めて知りました)

AHAHA~

まあ、人騒がせな
というか

自分が
おっちょこちょいなだけですけどね

いや~フィクションて
何でもありで
ある意味コワいですね

(ちなみに福島近代美術館というのはないらしい)


2017.2 NY近代美術館にて

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by caramel24carat | 2017-07-12 13:43 | 旅行・建築・アート

ジャングル・ジャップの壁はルソーの≪夢≫そしてセブン&アイのCMソングは≪レーヴ≫



明日はもう七夕ですね~⛅


ロマンチックな彦星と織姫のお話ですが
かつては短冊に一杯お願い事を
書いたりしましたが
そんな他力本願な他愛もないことって
癒されるわ~

☆彡

NY
近代美術館(MOMA)には

アンリ・ルソーの作品があり
≪眠るジプシー≫は前にUPしましたが

南国のジャングルに横たわる女性が印象的な
とても有名な作品がありました

≪夢≫

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2017.2

税関務めのルソーは
南国へは行っておらず
パリの植物園や自然史博物館でスケッチしたものを元に
絵画制作しました

まさに夢を描いたような作品


Henri Rousseau
≪The Dream≫
1910


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MOMAにて 2017.2



上のキャプションを見ますと

ネルソン A. ロックフェラー氏が
1954年にMOMAに寄贈されたようですね

Wikiによれば
”ネルソン・アルドリッチ・ロックフェラー
(Nelson Aldrich Rockefeller)
1908年7月8日 - 1979年1月26日)は、ニューヨーク州知事
およびアメリカ合衆国第41代副大統領
愛称は1ロッキーRocky)。”

ネルソン・A・ロックフェラーの
祖父は石油王(スタンダードオイル)の
ジョン・ロックフェラーで
一人息子のジョン・ロックフェラー2世の奥様である
ネルソンの母親はMOMAの設立に貢献している

ネルソン A・ロックフェラーの
息子マイケルは人類学者で
探検先のニューギニアで行方不明になったという

マイケルが世界各地でコレクションした美術品は

MOMAに寄贈されたらしい



そんなロックフェラー家のコレクションだった
アンリ・ルソーの名画
≪夢≫ですが

なんと

前回、パリのファッションデザイナー
KENZOについて
書きましたが

高田賢三氏が初めてパリでブティックを開いたのが
パレ・ロワイヤルに近いギャラリー・ヴィヴィエンヌでした

そこにお店を借りた経緯には
幸運な運命的な出会いがあった、という

ギャラリー・ヴィヴィエンヌのオーナーであった
マダム・スパングレーに
蚤の市で出会ったことがきっかけで
お店を借りることができたらしい

さっそく夢を叶えるべく第一歩は
日本へ帰国し
トラックいっぱいの着物の反物や浴衣生地などを
パリに持ち込んだらしい(なるほど)

そして
「ジャングル ジャップ」と名付けられた
お店の壁に

アンリ・ルソーの
≪夢≫を
ペンキで描いたそうだ

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ルソーの原画とつい見比べてしまうわ

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ケンゾーブランドの原点は
アンリ・ルソーの≪夢≫だったんですね




しかし
蚤の市で偶然にあったという
マダム・スパングレーの
人を見る目も
不思議ですし

1968年ころの
賢三氏のアパルトマンは
なんと
バルコニーに囲まれた気持ちのいい
ペントハウスだったらしい

LVMHに自社ブランドKENZOを売却し

フリーになった高田賢三氏は
バカラの仕事もしていたという情報がありましたが

NY,MOMAのすぐ前には
バカラのホテルがありました!

なにか関係があるのでしょうか?


高田賢三氏は

2016年6月2日
フランスの名誉あるレジオン・ドヌール勲章の
シュヴァリエを授与されている

憲法評議会のプレジデントのローラン・ファビウス( Laurent Fabius)から
憲法評議会の荘厳な建物の中で授与された そうですが

その勲章の授与式が行われた荘厳な建物の広間は
パレ・ロワイヤルの庭園に面しているらしい

なんと
パレ・ロワイヤル!

フリーなられた高田賢三氏は
日本でも活躍中

セブン&アイホールディングスのPBで
デザイナーを務めたらしい
(2015~2016はジャンポール・ゴルチエだったとか)

2016年から一年間の期間限定
(2016年08月18日発表)

「SEPT PREMIÈRES by Kenzo Takada」

(「Sept」は「7」)

ケンゾー氏の好きなシャクヤクがモチーフらしい

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このTVのCMソングがあって

なんと

タイトルは
「rever」(レーヴ)「夢」でした!

小室哲哉氏が作曲してるんですね



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なんとなく

白洲次郎や薩摩治郎八と重なります~
気のせいかしら









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by caramel24carat | 2017-07-06 13:51 | 旅行・建築・アート

タカタとケンゾーとタヒチでの作品ゴーギャンの≪イア・オラナ・マリア(アヴェ・マリア)≫



ああ~日本の夏だわ~蒸し暑い


そしてキンチョウの夏 
カの季節 ~ 🐝
(チカラではなく蚊ですねん)


ところで

先日

タカタが経営破綻というニュースがありましたが
タカタというのは
あの彦根が創業地らしい

彦根は伊藤忠や薩摩治郎八ゆかりの地でした

創業者高田武三が織物製造を始め
軍需物品のパラシュートやなんかを作っていたらしい

その後時代とともに
車のシートベルト等を製造していた、という

タカタといえば
連想で思い浮かべるのは

KENZO

パリで大成功したファッションデザイナー
高田賢三氏!

ちょっと前々から気になっていたので
この際メモします

以前、モスクワのデパートに
KENZOのブランドショップがあってビックリしましたが
ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシーの傘下なんですかね

率直に言って特に好きなブランドではないのですが
(そもそもブランド品は縁がないのだけれど)

この方のテキスタイルって
昭和ノスタルジーのようなプリント生地なんで
なんでかな?

と思ったことがあったんだけど

パリにブティックをオープン当初は
安い生地を日本から持ってきて制作したと
(お布団の生地なんかもあったみたい)
読んだことがありました

(高田賢三氏は姫路出身ということですが
淡路島とも縁があるらしい)


パリのパレ・ロワイヤル近くの
ギャラリー・ヴィヴィエンヌに
「ジャングル・ジャップ」ってお店を出したころ
「ELLE」誌の目に留まって
大人気になったらしい


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そして
≪ケンゾー≫ブランドの
日本、中国、アジア、東欧、インドなんかの民族衣装のような
エスニックなフォークロア・ファッションが流行り
パリで大成功したようです

パリに豪華な大邸宅を建て
(今はもう売却されたようです)

≪ケンゾー≫ブランドを公私ともに支えた
グザヴィエ・ドュ・カステラ氏と
長年パートナーとして一緒に
豪邸に暮らしていたそうです

この関係は
イヴ・サンローランと似てますね

賢三氏のパートナーであった
グザヴィエ・ドュ・カステラ氏は
名まえからしてフランスの貴族っぽいですが

なんと
フランス国王ルイ14世から伯爵を授かったという

カステラはキャッスルで
訳せば「お城のグザビエさん」というから
やっぱりお城持ちだったのでしょうか
(スイス・ベルギー人)

フランス国王ルイ14世は
パレ・ロワイヤルに育ち
のちにヴェルサイユ宮殿を造って引越しした
最強の太陽王でした

京都から輸入した
宰相リシュリューのマザラン櫃もありました

ケンゾーさんが開いたブティックは
パレ・ロワイヤルから
すぐ近くの
ギャラリー・ヴィヴィエンヌ

(ここは以前行ったことあって
ギャラリー・ヴィヴィエンヌとパレ・ロワイヤルはすぐ近く
その後パレ・ロワイヤルの角にある
ヴィクトル・ユーゴーの住まいへ行ったことがありました)

日本が誇るパリで大成功した
ファッションデザイナー高田賢三氏ですが

ケンゾー氏とグザヴィエ・ドゥ・カステラ氏の出会いは
どうだったのか分かりません



敢えて妄想するなら
パレ・ロワイヤル関係かしら!?

以前ルイ14世の食卓に
お醤油がのっていたという情報を知り
とても驚いたことがありました


そんなこんなで
ひそかに
高田賢三氏は
やんごとなき出自の方じゃないかしら
と妄想いたしております


KENZOのエスニックなプリントは
どこか昭和ノスタルジーな雰囲気を醸し出していて

タヒチのパレオを連想し


あのフランスの巨匠
ポール・ゴーギャンのタヒチで制作された作品を
思い出します

タヒチといえばゴーギャン
ゴーギャンと言えばタヒチ

NY
メトロポリタン美術館には


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ゴーギャンの
≪ イア・オラナ・マリア(Ia orana Maria)≫
(アヴェ・マリア)
1891年

がありました

赤いパレオを纏っている女性は聖母マリアを表し
肩に乗っている子はイエス・キリスト表現しているんだとか

マリアとキリストにお祝いを述べている
左側の女性2人の後ろには
そのことを告げた
黄色い翼の天使が描かれている

≪ イア・オラナ・マリア(Ia orana Maria)≫と
作品の左下の黄色い帯に文字が描かれているが

現地語で
「おめでとう マリア」の意味なんですって
つまり
≪アヴェ マリア≫

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2017.2

ゴーギャンは
この作品の出来上がりにとても満足していたようです


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日本でもお馴染み
ゴッホと喧嘩別れした後
ゴーギャンは晩年タヒチへ移り住み
そして
現地の女性を描いた作品がとても有名なんですね

時代は前後しますが

あのナポレオンの2番目の妹ポーリーヌは
夫の赴任でタヒチへ行き数年暮らしている
(夫は黄熱病で死亡)

KENZOのブティックって
マドレーヌ寺院のそばにもありました
(今現在は分かりませんが)



タヒチはカトリック教徒が多い
フランスの植民地だったようです




シャルル・ド・ゴール大統領の時は
核実験が行われたようです














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by caramel24carat | 2017-07-04 15:41 | 旅行・建築・アート

見晴らし抜群なジャクリーン・ケネディ・オナシスのアパートとセントラルパークの貯水池



梅雨空にアガパンサスの花がよく似合う~⛅


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スッと伸びた茎に咲く華やかなお花は
曼殊沙華にも似ているが

なんと
南アフリカ原産らしい

アガパンサス「Agapanthus」は

ギリシャ語の
agape(アガペ =愛)+anthos(アントス= 花)
から名付けられたようです

まあ、愛の花なんですね

今ググって初めて知りましたわ



ところで

前回
NYのメトロポリタン美術館の
デンドール神殿について書きましたが

展示室には
デンドール神殿の故郷をイメージして
エジプトのナイル川に見立てた池もあって
パピルスが植えられてました

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ナイル川上流にアスワンハイダムが造られたことによってできた
貯水池はナセル湖(琵琶湖の8倍らしい)
と呼ばれるらしいですが

メトロポリタン美術館の建つ
広大なセントラルパークには
実は
大きな貯水池があったんですね

ナセル湖の連想から思い出したのですが

1994年
ケネディ夫人が亡くなられ
池の周りをジョギングしていた夫人を称えて

ジャクリーン・ケネディ・オナシス貯水池

と名付けられたそうだ

もともと上水として131年間使われていて
1993年に
汚染等の理由から役目を終えたらしい


メトロポリタンの北側にあり
周囲は1.58マイル(2.54㎞)ある
かなり大きな池ですね

青い△がデンドール神殿の展示室(メトロポリタン)
赤いマークが
ジャクリーン・ケネディ・オナシス夫人の
晩年過ごした超高級アパート
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というわけで
J・K・O夫人のアパートと
夫人の名前の貯水池と
メトロポリタンのデンドール神殿
の3つの位置関係をマップで確認してみました~

というのは

ジャックリーン夫人のアパートが
デンドール神殿を眺められるところにある
というか
デンドール神殿はジャクリーン夫人の
希望を叶える場所に位置していた!

という情報を知り
さっそくグーグルマップで検索したわけですが

確かにデンドール神殿を見下ろす抜群の場所でした
もちろんセントラルパークを一望に見渡せる
素晴らしい住まいだったんですね



ワタシの撮った写真にも
なんと
チャンと写ってましたわ!

白く見えるビルで上部が特徴ある形をしている

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2017.2

この日はいいお天気で
ガラスのピラミッドのような窓から
外の景色を眺めながら

こんなところに住みたいわ~
と思ったりしましたが


セントラルパークを眺められる抜群のロケーションにある
五番街のアパートは超高級物件で
ちなみにジャクリーン夫人の

住まいは10億~だとか!

Ahaha

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建物はもう古いのに場所がいいですかね

1930年に建てられた超高級アパートの住所
1040 Fifth Avenue

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ちなみに間取り
↓がセントラルパーク側

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ジャクリーン夫人の
晩年のパートナーはモーリス・テンペルマンという
ラザールダイヤモンドの会長でした


また

ジャクリーン夫人と言えば
ケネディ元大統領との娘である
キャロラインさんですが

2017年1月まで
駐日大使として赴任されてました

(そういえば後任の駐日大使は?)

キャロライン・ケネディ・シュロスバーグさんの
ご主人さまは
メトロポリタン美術館の関係者であることは
以前偶然知りましたけれど



ジャクリーン夫人はケネディ大統領が暗殺されたあと
ギリシャの海運王オナシスと再婚して
さらにオナシスが亡くなった後
モーリス・テンペルスマンと暮らし始めたようです

ふと思うのですが
ギリシャの海運王であった
オナシス
デンドール神殿の運搬に関わっていたのかしら?







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by caramel24carat | 2017-06-29 12:11 | 旅行・建築・アート

サックラー家と鎮痛剤オキシコンチンとヌビア遺跡のデンドール神殿@MET



室温25℃といやに過ごしやすい~⛅



誰も病気になんかなりたくないし
ましてやガン闘病なんて
耐えられない

いい人とかワルイ人とか関係なく
神さまは試練を与えるのかしら

ガン末期の痛みは大変なものらしい
鎮痛剤のモルヒネは聞いたことがありますが

オキシコンチンって初めて知りました

🌹

NY
メトロポリタン美術館には
エジプト美術最大の展示物
ヌビア遺跡のデンドール神殿(Temple of Dendur)
がありました

2017.2

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ヌビア (Nubia)というのは
エジプト、ナイル川上流に建設された
アスワン・ハイダムによって
沈没してしまった地方の名前で

エジプト南部アスワンあたりからスーダンあたり

先月、帰国した
日本の自衛隊がPKOでスーダンに派遣されていた
だいたいそのあたりかな?

ヌビアは鉱物資源の豊富なところで
古代エジプト語で「金」のことを「ヌブ」と言ったことから
やって来たローマ人はその地方のことをヌビアと呼んだらしい


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そのヌビアは紀元前15年ころ
初代ローマ皇帝アウグストスのエジプト遠征で征服された

アウグストゥスは
そのヌビアに
古代エジプトの神ペテイシパホルを祀る
デンドール神殿を造ったという

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時代は下ってエジプトのナセル大統領のとき
(エジプトとシリアからなる初代アラブ連合共和国の大統領)

海外(ソ連)からの支援で建設された
アスワン・ハイダムはナイルの氾濫防止や電力を供給でき
エジプトの近代化に貢献したというわけですが

素晴らしい遺跡群がちょうど水没してしまうという
危機があった
そのままの位置では
ダム貯水湖に沈んでしまうというわけで

ヌビア遺跡群のアブシンベル神殿等は
ユネスコの資金と大がかりなプロジェクトで解体され移築し
世界遺産として残された

そして初代ローマ皇帝アウグストゥスの造った
デンドール神殿は解体し運搬され
約2000年後に
NY、メトロポリタン美術館に収まったという

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デンドール神殿はアブシンベル神殿等を救った
返礼だったらしい

メトロポリタン美術館の
エジプト美術の展示室を歩いていると
大きなガラスの展示室に
巨大な神殿が現れて感動するのですが

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このデンドール神殿の展示されているギャラリーには

≪The Sackler Wing≫
≪サックラー翼≫
のプレートが掲げられている



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プレートには

サックラー家の3兄弟の名前が刻まれている

アーサー、モーティマ、レイモンド

(現在はレイモンドのみ生存中)



≪サックラー翼≫
というワケですが
(ルーブルでも≪リシュリュー翼≫なんてありました)

一体「サックラー」さんとは誰なんでしょうか?

と調べてみますと

なんと

サックラー家と
関りがあるらしい
Sackler(財団)と名の付く
美術館や博物館や大学や図書館等がたくさんありますね!
(NY, ロンドン、ワシントンD.C.イスラエル他)

大富豪の芸術への貢献や慈善活動の一端でしょうか

2016年度のフォーブス誌長者番付けでは
19位にのし上がったらしいい


アーサー・サックラーはブルックリン生まれのユダヤ人で
医学を勉強した人物のようで
【オキシコンチン(OxyContin)】の販売戦略に関わったようだ

Arthur Mitchell Sackler
(1913-08-22)August 22, 1913~May 26, 1987(1987-05-26) (aged 73)


3人兄弟だったが
小さな製薬会社を買い取り
現在までに大きくしたようだ


オキシコンチンについて

日本では麻薬で禁止され医薬用だけに販売されている

半合成麻薬の鎮痛剤オキシコンチンは
ペルシアケシというアヘンから抽出した成分でつくる

モルヒネやフェンタニルと並んで
ガン性疼痛治療第3段階に用いられる


アメリカにおけるオキシコンチンの販売者は
パーデュー・ファーマ社(Purdue Pharma)

そのパーデュー・ファーマ社のオーナーが
サックラーファミリーなんだそうだ


”1996年の販売開始以来2016年までに、パーデュー・ファーマ社は総額310億ドル(約3兆1000億円)のオキシコンチンを売り上げている。この成功には、パーデュー・ファーマ社のオーナーであるサックラー家(Sackler family)の3兄弟(3人とも医師免許所持者)が大きな貢献をした。サックラー家(Sackler family)は、2016年の米国の第19番目の大富豪家で、アメリカン・ドリームの代表でもある。”

鎮痛剤は巨大市場なんですね

💛

オキシコンチンは鎮痛剤として
末期ガン患者の激痛を鎮めるのにも使用されるらしいですが
要するに劇薬でもあるようだ

麻薬ですから常用すれば死に至る
というワケですね

💔

商品名【オキシコンチン】のWiki読んでて思い出しましたが

そういえば
一昨年(2015年6月18日)アメリカから
TOYOTAの女性常務役員が
小包に「ネックレス」と偽って国際宅配便を送ったのが
オキシコドン(57錠)(oxycodone)だったんですね

ちなみに
【オキシコンチン(OxyContin)】は商品名で
【オキシコドン(oxycodone)】は化学名















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by caramel24carat | 2017-06-26 17:01 | 旅行・建築・アート

ドガの≪14歳のバレリーナ≫




うす曇りの土曜日~


この時期
うっかり忘れないように気を付けている
庭木への朝夕の水やりですが

🚿


NY
メトロポリタン美術館には

エドガー・ドガの1メートルほどの大きさの
バレエの衣装を着た少女の
彫刻がありました

エドガー・ドガ
≪14歳のバレリーナ(踊り子)≫

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ドガと云えば
パステル画が多いですが
彫刻はごく少ないようです


しかし
あっちっこっちの名だたる美術館に
同じような少女像があるのは
コピーかしら?

ボストン美術館にあるのは
ガラスのケースに入っているようなので
オリジナルなのかな


追記

1881年に生前唯一出品し発表した
≪14歳のバレーリーナ≫
の彫像は

いわゆるマダムタッソー館で見られるような
ろう(ワックス)人形にカツラや衣装を着けたものだったらしい
(明らかに批難されたようです)

ドガの死後ワックスの彫像は
ブロンズ彫刻として甦った
なんと
28体あるらしい!

というわけで

オリジナルはワックス(ロウ)だった為
溶かされ
あちこちに飾られているのは
かたどりされたコピーというわけですね
納得です



ちなみに
モデルの14歳の少女は
ベルギーからの移民の子で
洗濯屋と仕立て屋の両親の娘
マリー・ヴァン・ゴーテム
(Marie van Goethem)
でした

とてもリアルな少女像の
後ろ姿には
髪に大きなリボンが結んであります



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ドガは従軍の際
網膜をやられて”まぶしがり症”で
戸外よりも室内で制作活動をしたようだ

新興ブルジョワの銀行家の息子でもあった
ドガは
上流階級の社交場でもあった
パリオペラ座の会員になって

舞台袖や稽古場などに足繁く通って
練習に励むバレーダンサーを描いたようです

なんとなくうら寂しさを感じる
少女像

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当時のバレエ・ダンサーは
いわゆる舞妓さん的な存在で
紳士たちのパトロンの存在が大きかった、という
(貧しい移民の少女もいたとか)


この絵では
バレエを踊る少女たちの姿を
椅子に座ってふんぞり返って見学している
黒い服の紳士2人はパトロン的な関係者かしら
左側で両手をあげている紳士は
舞台監督かしら


≪舞台のバレエ稽古≫(1874)

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2017.2 メトロポリタン美術館にて


この絵は
とても有名な(油彩)作品ですが

2人の少女がバーにつかまって
稽古に励んでます

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よく見ますと
床にはジョーロが置かれています

稽古場にホコリがたつと
なんと
ジョーロで水撒きをしたのだそうだ!

ドガは1874年
負債を隠してた父親の死後
借金返済のため家財の多くを売り
またそのために
たくさんの作品を描いたという
パステル画が多いのはそのためかしら
(パステル画は制作に時間がかからない)


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ドガの制作魂と踊り子の清らかな美しい魂が
共演しているように感じられる




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by caramel24carat | 2017-06-24 11:17 | 旅行・建築・アート