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Caramel 24 Carat

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カテゴリ:旅行・建築・アート( 140 )

クリムトの≪黄金のアデーレ≫とベルヴェデーレ宮殿とノイエ・ギャラリーとローダー家




今日は土曜日だというのに雨空~☂
昨日は温かいとてもいい日でしたが

そんなわけで
PC立ち上げると
Windows10の更新メッセージが表示されていたので
OKすると、なんと2時間もかかってしまったわ
(こまめに更新しなかったからかしら)



ところで
先日、NYのクリスティーズで
まさかのレオナルド・ダ・ヴィンチの作品
サルバトール・ムンディ=Salvator Mundi (救世主)≫が

500億で落札された、という

一体誰が落札したのか気になるところですが
ダ・ヴィンチの作品があったなんて驚きですね!




ダ・ヴィンチと言えばルーブルにある≪モナリザ≫ですが

オーストリア、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿にも

かつて
オーストリアのモナリザと称された
名画が飾られていた、という

そのベルヴェデーレ宮殿へは
もう4年前に訪れたことがありました

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なだらかな丘陵地に建っていました

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広大な庭園に置かれた真っ白な彫像が美しかった

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ウィーン、ベルヴェデーレ宮殿
2013、2


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(このベルヴェデーレ宮殿はブログ初めて)


かつてオーストリアのモナリザと称された名画が
クリムトの≪黄金のアデーレ≫と呼ばれる
≪アデーレ・プロッホ=バウアーの肖像≫


クリムトの黄金時代の傑作、1907年

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私が訪れた時は
同作家クリムトの傑作≪接吻≫が展示されていました
(中は撮影禁止でした)

免税店で買ったクリムト≪接吻≫のお酒のパッケージ


ウィーン世紀末芸術の分離派と呼ばれる
退廃的な絵画
ギュスターブ・クリムト制作(1907年)
≪黄金のアデーレ・プロッホ=バウアーの肖像≫
≪接吻≫以前には
ベルヴェデーレ宮殿に飾られていたわけですが

オーストリア政府が”オーストリアのモナリザ”と称えてきた

このギュスターブ・クリムトの名画は

注文者のアデーレの夫で
製糖会社で財を成したフェルディナンド・フロッホ氏の
ウィーン、エリザベート通りにあった豪華な屋敷から

ドイツ・ナチが侵攻してきて
オーストリアを併合した時
フロッポ氏等ユダヤ人から
何もかも没収してしまったという


おもしろいことに
ウィーンで受験に失敗したヒトラーは
この絵は退廃的で要らないといったとか
(ひょっとして苦い思い出があったからかしら?)

アデーレが付けている
首の豪華なネックレスは
ヒトラーの部下のゲーリングの妻のものになったという

エリザーベト通りからすぐのとこにある
ウィーン美術アカデミー

(ヒトラーが失敗したところ)
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この学校の前には公園があって
シラーの銅像がたっていた

銅像の前方がエリザベート通りだから
アデーレの住んでいた宮殿のような屋敷もその近辺にあったということかな




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この時ナチから逃れたユダヤ人は
アメリカへ多く渡ったらしい

遅れましたが
この名画≪黄金のアデーレ≫の映画をつい最近
アマゾンプライムで観ましての記事です

フィクションじゃない実話なので面白いです


富裕層に属したアデーレはウィーン社交界の主要人物であり
クリムトらのパトロンだった

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冒頭のクリムト制作シーン

金箔を筆で
貼り付けていましたが
興味深かったわ~







2006年1月に
ロサンゼルスに住んでいたマリア・アルトマンは
(1916~2011)
(ウィーンで結婚後、ナチから逃れ夫とともに移住)

GAGAより借用

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肖像画のアデーレの姪にあたる親族であった
マリア・アルトマンという高齢の女性が
遺言と法に従ってアメリカで訴訟を起こし

奇跡的に

オーストリア政府から
本来の持ち主に返還される裁判に勝訴し

この時のマリアと組んだ青年弁護士は
やはりウィーン出身のユダヤ人で
作曲家のシェーブルクの孫でした
(彼の執念の裁判の勝訴には155億の40%の報酬が支払われたらしい)

その他の作品とともに
マリア・アルトマンに返還されたという



そして
高齢だったマリアは2006年の返還後
その年の6月には売却している

その額155億円

もともとオーストリア政府がマリアへの返還の条件として
多くの人々に鑑賞させることが条件だったため

その155億円で購入したロナルド・ローダー氏

NY,五番街にノイエ・ギャラリーを開設し展示
現在も多くの来場者が訪れているらしい





ちょうど、2月に五番街を歩き前を通ったんですが
(メトロポリタンの近所)
よく知らなかったので、残念だったわ

この≪黄金のアデーレ≫を155億円で買い取った
ロナルド・ローダー氏はあの化粧品や香水でお馴染みの
エスティー・ローダー社の社長だった!

なるほどね!

ロナルド・ローダー(Ronald Lauder)はエスティの息子で
駐オーストリア大使だったらしい

そういうワケだったのね

父親のレナード・エスティ氏
ホワイトハウスの顧問、議長でもあったらしい

何々!?

マリアとオーストリア政府の返還条件でもあった

美術館で公開するため開設された

NY.五番街にあるノイエ・ギャラリーですが

なんと
以前にも記事にしたことがありましたが



ジャクリーヌ・オナシス・ケネディ夫人と
ベルギー出身のダイヤモンド商モーリス・テンペルスマンが
晩年住んでいた豪華アパートのすぐ隣みたいなんです


セントラルパークを見下ろす抜群の場所でしたが
メトロポリタンのテンドール神殿からもアパートのビルが見えましたが
豪華アパートの隣なんですね

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ちなみにノイエ・ギャラリーの「ノイエ」は「新」でドイツ語ですか
そう言えば、ベルギーにノイエというチョコありましたけど


NY、五番街のノイエ・ギャラリーには
カフェやレストランもあって

Café Sabarskyでは
ウィーンの名菓ザッハトルテも食べれるらしい



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ウィーンのザッハトルテ
(かなり甘かった記憶)











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by caramel24carat | 2017-11-18 16:33 | 旅行・建築・アート

豊臣秀頼の書と黄金の茶室と赤い羅紗@MOA



薄曇りから日が差してきました~⛅~☀



この時期はやっぱり
赤い色が相応しいワ

お花も赤いポインセチアやシクラメンが華やか

先日訪れた熱海のMOAにある
秀吉の自慢の
黄金の茶室(復元)は

ゴールドと真っ赤の粋で豪華な設え
緋もうせんのような畳表と
障子の張地の布は羅紗を漉き込んだ手の込んだもの

黄金の茶室
MOAにて 2017.11

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今でこそ夜には電燈が灯りますが

透けた障子から射し込んだ光が
惜しげもなく使われた茶室内の黄金に反射し
妖しく光り輝く極上の空間は

黄金と緋色を見事にバランスよく計算された
コンパクトな空間(約3畳)だが

極楽浄土の世界へ誘う

秀吉ならではの傑作かしら


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天下を取った派手好きの
秀吉の意気込みと財力を顕示した
黄金の茶室ですが

黄金の茶道具一式と全体で金60㎏を使用しているという

しかも折り畳みができる
プレハブ式で

京都御所や名護屋城へも持ち運ばれたというから

秀吉の豪快かつ豪華なおもてなし術には
感服でござる!


黄金の天目茶碗と棗
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やっぱり千利休が制作に関わったのかしら
でもワビの利休とは対極のキンキラだけど?



この復元されたMOAの黄金の茶室は
現代でも
夏には掛川の二の丸美術館へ貸し出されたりしているんですね


ところが残念なことに

実物は
大坂夏の陣の際に消失してしまった、という
(金60kgは残った?)

金(ゴールド)好きな秀吉ですが
実際、金がたくさん採れてたんでしょうね

以前の記事ですがスペインのZARAの創業者にも負けない
当時の世界ナンバーワンの
富豪だったのかも知れない


秀吉の黄金の茶室が
大坂城の夏の陣で焼失した
その戦いでは

秀吉と茶々(淀殿)の息子
豊臣秀頼

徳川家康に攻められて自害した、という

MOAの黄金の茶室には
なんと
その秀頼の毛筆の真書
掛けられていて
驚きました!

秀頼 8歳の書


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どこかのお寺かが所蔵していたらしいですが

MOAでは秀吉の茶室に
息子の秀頼の書を展示してました

「豊国大明神」

実に大らかで達者
とても8歳の子どもの書とは思えません!

腕を大きく構え
筆を持った手がしなやかな感じ

成人した秀頼は巨漢で
196㎝、160㎏
と言われていますが

ひょっとして日本人じゃないDNAが入っているんのかしら?

(例えば、ロシア人のピョートル1世が2m、リンカーンも193cm)

書を書いた8歳でもうすでに大きい子供だったのかしら

家康は秀頼に二条城で初めて会った時
非凡なサマの秀頼がコワくなったという

家康は心中穏やかではなかった、とか
(これはマズいマゴマゴしてはいられない)

秀頼は帝王学をシッカリと学んでいたようです

そのダイジェスト版の教科書のようなものが
狩野派の絵師の美しい挿絵入りで作成されていた


秀頼版≪帝監図説≫慶長11年(1606年)

後に家康も作っているんですね




ところで

当時の南蛮屏風にも風俗が描かれていますが

とってもオシャレな衣装を纏っていて
感心するのですが
(ポルトガル=スペイン・ハプスブルク家伝来か)

黄金の茶室の
赤とゴールドの障子の
赤の部分は
羅紗が漉き込まれている手の込んだものでしたが

羅紗というのは高級品で

安土桃山時代に南蛮貿易で入ってきた
舶来の毛織物の中でも高級品の羅紗はぜいたく品

信長や秀吉などの最高権力者が
陣羽織等として愛用していた
というから驚きです!

猩猩緋羅紗地葵紋付陣羽織(東京国立博物館蔵)
Wikiより

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ビロードのような赤いボルドー色の羅紗で作られ
シルバーの葵のご紋が背中に刺繍され
さらには袖口には毛皮がトリミングされている
とっても素敵な陣羽織!

こんなのあったら欲しいです
(自分ちの家紋入りで)

けっこう欲しい人沢山いるんじゃないかしら!?

この陣羽織の赤味の強い赤紫色は
(ボルドー色のような)
猩々緋色(しょうじょうひいろ)
と呼ばれ
いわゆるエンジ色と区別される

猩々緋色は要するに
ポルトガルやスペインから入ってきた
舶来色
なんですね

なるほどね!










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by caramel24carat | 2017-11-13 13:06 | 旅行・建築・アート

眺めのいいMOA美術館とヘンリー・ムーアの≪王と王妃≫




今日もあったかいいい日~☀



東京からの帰り道
熱海で途中下車

最近リニューアルした
MOA美術館に寄ってきました

お天気もよかったので高台からの眺めが素晴らしい


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前方には相模湾
右手には伊豆半島のシルエット

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高台の広場には

ヘンリー・ムーアの≪王と王妃≫のブロンズ像



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キングとクィーンが仲良く並んで
ベンチに座り相模湾を眺めている

そう言えば

東京にはトランプ大統領夫妻が
来日中ですが

昨夜11月5日のディナーは
銀座の「うかい亭」で
なんと
ドクターXのロケに使われていた
高級鉄板焼きのお店だったんですね

(前に聖ローレンツのシンボル鉄板について書きましたが)
トランプは兵器も買ってちょうだい
と言ったようです







数年前に来たときは
ルーシー・リーの≪器≫展やってました

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MOA美術館は
MOA=Museum of Art(旧:熱海美術館)らしいですが

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ここの創立者は岡田茂吉で
世界救世教の教祖さま!

世界救世教って?


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ここの素晴らしい眺めを見たくて
また来たいと思います


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by caramel24carat | 2017-11-06 17:28 | 旅行・建築・アート

モネの≪積みわら≫と雑感




青空が広がり陽だまりがあったかい~☀



なんとも心地いい日ですが

2月のメトロポリタンで観ました
モネの積みわら

≪Haystacks (Effect of Snow and Sun)≫1891


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メトロポリタン美術館、2017.2


モネは
ジベルニーの家の近所の野原で刈り取り積まれた干し草を
朝、昼、日没時と何点も描いてますが



この作品は
雪の朝、お日様が干し草を照らしながら
移ろいく光と影の様子を追いながら
描いたようです

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お日様に照らされた雪化粧の積みわらの色合いとフォルムが
アイスクリームかモンブランのようで
なんだか美味しそう~

そういえばモンブラン食べたいわ



ちょっと愚痴ってみる

日頃、ネットでお買い物&決済に慣れているので

ちょっと用事あって役所や銀行でのリアルな業務対応が
なんとも時間がかかってカッタルクテ若干怒れてきます


役所でも銀行でもリアルな人間のやることって
結構ストレス感じました


あの
話は飛びすぎて恐縮ですが
トヨタまゆこ議員さんの秘書さんて
どんだけな事務処理能力があったのかしら?

昼下がりの雑感でした~













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by caramel24carat | 2017-10-27 15:28 | 旅行・建築・アート

ニュルンベルグの聖ローレンツ教会とフラウエン教会とニュルンベルグ法



今日もアメです~☔


前回につづき
ニュルンベルグの聖ローレンツ教会のこと等の記録


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いきなりですが

ニュルンベルグの名物といえば
焼き網でこんがり焼いた
ニュルンベルガーと言われるドイツソーセージ

ワタシもカイザーブルグ見学の後
おビールと一緒にいただきました~

(レストランはどこもかしこもニュルンベルガー)


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ブリキのような年季の入ったお皿に
ちょっとひるみました

ここで素朴な質問。。

どうしてニュルンベルクの名物がソーセージなのか!?



今回
聖ローレンツ教会のことちょっと調べていて
聖ローレンツってダレなんでしょうか?
と基本中の基本がわかりませんでした


殉教者セントローレンスで調べますと

なんと
焼き網に乗せられ
火あぶりの刑にされたらしいです
(鉄格子に乗せられて)

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そして
片身が焼けると
半ば生身の聖ローレンツは
なんと自ら奇跡の言葉を発したという

「こっち側が焼けたから、ひっくり返していいよ」
と言ったとか!

仰天
なんというオゾマシサ
殉教者はツライねどころではありませんが
そんな鉄格子の上で焼かれた

聖ローレンツは
料理人やコメディアンの守護聖人
なんだとか
そして
シンボルはなんと鉄格子(金網)ですって!

そんなわけで
名物のソーセージであるニュルンベルガーは
殉教者聖ローレンツに由来があるんじゃないかと
1人合点
妄想しながらもギョッとしました

ここでで気を取り直して

朝一番で訪れた聖ローレンツ教会で撮った
オルガンの動画がありましたので
聴いてみたいと思います

なぜか画面がなんでだろう?
横になってます




そんなわけで
1人ニュルンベルガーと聖ローレンツ教会の
おぞましい因果関係に納得し
その歴史背景についてちょっと調べてみました


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3世紀半ばごろ
まだローマ帝国だったころ

教会の名前にもなっている
聖ローレンツはローマ教皇シクストュス2世の執事で
教会の財産管理等任されていたらしい



軍人で元老院に近い
ローマ皇帝バレリアヌスが
教会の財産等をこっちによこせよ!
というわけで
あっさりローマ教皇シクストゥス2世(258年8月6日死)を
処刑してしまった

その三日後には聖ローレンツら7人の執事達も
火あぶりの刑にされてしまった

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一方
ローマ教皇と聖ローレンツ等を処刑した後

259年
軍人でもあったローマ帝国皇帝バレリアヌスValerianus
軍勢を率いてペルシャに攻め込んだ

だが
シャブール1世率いるペルシア軍との戦いに敗れて捕虜になり
カワハギの刑にされたという一説もあるらしい

ローマ帝国の皇帝自らが
敵国の捕虜となった失態は前代未聞のことであった

というなんともオゾマシイ話なんですが


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パイプオルガンの調べは
どうやら電子オルガンで制御されているようでした



この聖ローレンツ教会の内部には
非常にたくさんの祭壇画や装飾彫刻が
アッチコッチに飾られていて
よくよく見ますと本当に驚きます!
今になって知ったことなのですが

最後の晩餐のレリーフや
教会を建てたアダム・クラフト自身の彫刻もあるという


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ところで
網焼きされた聖ローレンツの名を冠した教会の他に

ニュルンベルグには
クリスマスマーケットとしても有名な
中央広場に
聖母教会(フラウエン教会)があります
(12時には仕掛け時計でお人形が回るらしい)


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ここには

なんとユダヤ人居住区があって
カール4世の時にユダヤ人の家屋やシナゴークの撤去を命令し
その騒動でユダヤ人が虐殺されたこともあって

そのユダヤ人居住区の跡地に
聖母教会(フラウエン教会)が建てられたらしい

1348年のことらしい
迫害を受けたユダヤ人はプラハへと移住したという

ところで
ニュルンベルグでユダヤ人とくれば
ヒトラーのユダヤ人迫害の
1935年のニュルンベルク法
そして
第二次大戦後
狂気のナチスの戦争犯罪を裁判したニュルンベルク裁判


ヒトラーが選んだ神聖ローマ帝国のお膝元であった
ニュルベルグは
歴史的な史実からも窺える
因縁の街だったのでしょうか



フラウエン教会前の中央広場にあったモニュメント
美しの泉
ですが修復中なのか
シートが被せられていました


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ドイツ旅行では
時間も限られているので
敢えて負の遺産は行きませんでした

お天気に恵まれおビールや
アイスコーヒーがホント美味しかったです



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2015年7月の
二年前の思い出のドイツ旅行から












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by caramel24carat | 2017-10-22 12:51 | 旅行・建築・アート

ニュルンベルグ広場に響く歌声~♪



今日はアメです~☔



前回、突然思い出し登場したニュルンベルグですが


聖ローレンツ教会にて
2015.7

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写真眺めてましたら

聖ローレンツ教会前の広場で撮った動画がありました

いや~ん、なつかしい~



というわけで

思い出にその動画をアップしました


2015.7



シンガーさん発見
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ちょっと見苦しいけれど

バックにきれいな男性の歌声が入ってました
(男性のギターの弾き語り)










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by caramel24carat | 2017-10-21 13:34 | 旅行・建築・アート

神聖ローマ帝国の紋章とニュルンベルグ城




昨夜からアメです~☔



紅葉の進んでいるモミジ
緑から赤へのグラデーションが綺麗


🍃

赤いレンガ色の街並みが印象的だった
中世のままのニュルンベルグのことを記録

デューラーのアトリエの窓から
お向かいに聳え立つニュルンベルグ城の
塔が見えました


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デューラーの住まい&アトリエを見学のあと

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デューラーのお家の前広場には
お城へ通じるトンネルがあり

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くぐって登っていきました

けっこうな石畳の登り坂できつかったです

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いきなり
二年前のドイツ旅行で行った
ニュルンベルグ登場ですが

前回

オーストリアで貴族然とした31歳首相誕生か!

について書いてました時
ハプスブルグ家の紋章である双頭の鷲を
アレンジしたオーストリア共和国の旗について知り

ああ~~それそれ、と

ニュルンベルグ城でミタ
城門に描かれた双頭の鷲のこと思い出しましたので
その時のことをメモ

お城へのかなり急な坂道を
右手に巨大な岩肌を眺めながら
登っていきますと


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途中
大きな門扉が開かれてました

ふと見ると
木の門扉には双頭の鷲が描かれてました


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なかなか迫力があり
印象的でした

代々の神聖ローマ帝国のカイザー(皇帝)が時々住んでいた
カイザーブルグ(皇帝の城=ニュルンベルグ城)の
巨大な門扉に描かれた双頭の鷲ですが

15世紀以降
ハプスブルク家が
神聖ローマ皇帝を独占していたので
ハプスブルク家の紋章でもあったのですね

ちなみに
神聖ローマ皇帝カール4世以降
帝国議会がニュルンベルグ城で100年ほどの間
慣例化されていたようだ

現在、欧州評議会ってあるらしいですが
カール4世以来の帝国議会みたいなものかしら?



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ニュルンベルグ城の中庭

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このニュルンベルグ城ことカイザーブルグ(皇帝の城)は
天然の巨大な岩盤上に代々の皇帝によって増築されて来た
神聖ローマ帝国の皇帝の居城であり要塞ですが

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神聖ローマ帝国の城下町でもあった
歴史あるニュルンベルグの街は



後年

ヒトラーのナチ党の本拠地でもあったらしく
第二次世界大戦では連合軍に徹底的にやられ
街の90%ほどが壊滅してしまったらしい
(ドレスデン同様)

現在の街並みは復興で復元されたものというから驚きです!



ドイツ人の頑固な物創り魂によって
中世の街並みが徹底的に忠実に再現されているのでしょうか

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ワーグナーのオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は
ここが舞台なんですね

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ニュルンベルグには
鉄道博物館やおもちゃ博物館もあって
とっても楽しいところでした



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ドイツ旅行ってホテルもいいしICEも快適だし


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また行けるものなら行きたいけどね


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🍺








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by caramel24carat | 2017-10-19 12:51 | 旅行・建築・アート

モルガナイトとホープダイヤモンドとモルガンお雪




気持ちのいい快晴~☀

昨夜はほんの少し雨風がありました


本日は月曜日ですが
敬老の日の振り替え休日
ずーっと9月15日だったはず
じょうずに3連休になるようフレキシブルになったのですね

しなやかに生きるってイイですね



ところで

前回

金融王JPモルガンの膨大なコレクションを展示した
モルガンライブラリーのこと書きましたが

モルガンのコレクションは書籍やレアな楽譜や図版だけに
とどまらず実は宝石のコレクターでもあった、という

キタ~~💎

なんせ金融王ですから
やっぱりキラキラ光る宝石は外せなかったのでしょうか

まばゆいばかりのジュエリー
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ワシントンD.C. スミソニアン博物館にて
2017.2



でも、モルガンライブラリーには
そんな宝石の展示はなかったような

情報としてティファニーの宝石なんかも
コレクションしていたという
(ティファニーの屋敷が燃えてしまったのは謎ですが)

いったいぜんたいそのモルガンの宝石コレクションの全貌を
知りたいものだけど



宝石がとれる鉱石の中で緑柱石がある、らしい

スミソニアン博物館の鉱石の展示室にて
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2017.2


緑柱石
(緑柱石(りょくちゅうせき、: berylベリル)は
ベリリウムを含む六角柱状の鉱物金属元素のベリリウム)

緑柱石の仲間には
エメラルド、アクアマリン、モルガナイトがあるらしい

その中でピンク色のモルガナイト(morganite

なんと
JPモルガンの名前からとって
モルガナイト
と呼ぶそうだ


その名前の由来については宝石学の権威GPクンツが命名した、という

”1910年に宝石学の権威
G. P. クンツGeorge Frederick Kunz)が
宝石コレクターであったモルガン財閥の創始者ジョン・モルガン
功績をたたえて命名した”


このモルガナイトの大きな宝石を
実は、ワシントンD.C.の
スミソニアン博物館の一つ国立自然史博物館で
見ていたのを思い出しました~

大きなピンクのモルガナイト
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その時はそんな由来のアル宝石だとは知らず
何気なく撮ったのでしたが

そんなモルガナイトがJPモルガン由来であったとは
驚きですが

この時は
ブルー・ダイヤモンドで大変有名な

≪ホープ・ダイヤモンド≫

見たくて出かけたのでした


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スミソニアン博物館の国立自然史博物館にて


所蔵されている45.50カラットの
ブルー・ダイヤモンド
( クラリティはVS1)

ホープ・ダイヤモンドは
あのディカプリオとケイト・ウィンスレット主演で有名な
映画≪タイタニック≫(1997年)で

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架空のヒーローとヒロインのロマンチックなお話ですが
ローズが身に着けていたブルーの大きなペンダントは
このホープ・ダイヤモンドをモデルにしていたとか




≪タイタニック≫といえば
前回書きましたが
JPモルガンは実質的なオーナーでした


ところで

今回さらに驚きましたのが

〝モルガンお雪”

モルガンお雪については
そう言えば昔聞いたことがありました
今回、JPモルガンについて書いてて
思い出しました

お雪さんは京都の芸子さんでしたが
京都に観光(失恋旅行中)に来ていた
J.P.モルガンの甥っ子に
一目ぼれで見染められ
結婚した女性だそうだ

まさに超セレブ婚!

1901年(明治34年)
当時30歳のアメリカ人の富豪ジョージ・デニソン・モルガン
(George Denison Morgan. J・P・モルガンの甥)と出会う

1904年(明治37年)1月20日
当時4万円という莫大な身請け金によりモルガンに引き取られ
横浜で結婚

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モルガンと日本人妻・雪の米国到着を伝える新聞記事。1904年

なんとあっけなく

1915年(大正4年)、34歳のとき、夫ジョージが44歳で心臓麻痺で死去


と短い間の結婚生活だったようです

その後は
遺産相続で一族と裁判沙汰になるも勝利し
莫大な遺産を手に

フランスへ渡り

1916年(大正5年)新しい恋人の陸軍士官で
言語学者のサンデュルフ・タンダール(Sandulphe Tandart)と
マルセイユに移り、同棲、結婚はせず
ジョージから受け継いだ莫大な遺産を
タンダールの学問援助に費やす

タンダールと再婚しなかったのは
再婚すると遺産をモルガン家に没収される可能性があった
ためではないかと言われている

ニースの別荘で暮らしていたが

しかしまたしても

1931年(昭和6年)、タンダールが心臓麻痺で死去



晩年は振り出しに戻って
生まれ故郷の京都で過ごされたようです

人生いろいろですね

















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by caramel24carat | 2017-09-18 12:47 | 旅行・建築・アート

モルガンライブラリーと意外だったイサム・ノグチの作品があのビル内に



小雨がしとしと降る土曜日~☔


今日から3連休らしい
はて?何の日かしら
(3日目は敬老の日の振替らしい)


何はともあれやっと涼しくなりました
室温25℃、湿度65


ところでモグラたたきのように
どこでテロ等が起きるか予測不能な昨今ですが

またまた楽しかったNY(2月)の話
(まだでしたので)

🍎

金融王として名高いJPモルガンの
豪壮な邸宅と図書館がモルガンライブラリーとして
公開されているので行ってまいりました


場所は
マジソン街225番地にある
225 Madison Ave, New York, NY
http://www.themorgan.org/

まさにライブラリー図書館ですが
ちょっとした宮殿のような佇まい

ちょっとウィーンの美術史美術館のような
優雅さも感じられる歴史的な建物です

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いくかの部屋の四方の壁の書架には
お宝コレクションの図書がビッシリ並んでました

JPモルガンの私設司書グリーンさんが管理していた
それにしても膨大な蔵書だわ


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今から110年ほど前の1902~1907年に
ペンシルバニア出身の
ハーバードやエコール・デ・ボザールで学んだ
チャールズ・フォーレン・マッキム(1847~1909)設計で
新古典主義様式で建てられた



その当時1903年
1ブロック離れたモルガンの娘のために
建てられた屋敷も含まれている
(東33丁目~36丁目)


1924年
JPモルガンのジュニアが開設したらしい

豪壮な建物及び調度類にはさすが
金融王JPモルガンの財力がもろ感じられる

美しく素晴らしいロトンダ

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最初に入った
モルガンの赤い壁の書斎

ちょうどツアー客かあるいは
ギャラリートーク中だったのか
たくさんの人でいっぱい

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以前にも見たことがあった



ジョン・ピアモント・モルガンの
肖像画が架かってました


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モルガンはレアなものがお好きなようで


聖書の彩色本や楽譜や手紙などいろいろあったけど
改めてキチンと調べて書きたい
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ここモルガンライブラリーは
2006年に
あのレンゾ・ピアノによって部分的に改築されている


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この女性の肖像画は
ジョン・ピアモント・モルガン・ジュニアの奥さま

≪マダムX≫でも有名な
肖像画画家
ジョン・シンガー・サージャント 
1906年の制作


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サージャントといえば
≪マダムX≫の肖像画を発表し
スキャンダルに巻き込まれ

パリを逃れてロンドンへ逃亡したのでしたが
そのロンドンのお友達の家に逃れたあと
なんとお友達は
あのタイタニック号の沈没の犠牲になったと
前に知ったことがありました

そのタイタニック号は
モルガンが実質的なオーナーであり
初航海の1912年4月14日に乗船予定だったが
直前キャンセルし
まさかの沈没事故から逃れたという

タイタニックは陰謀論でも有名ですよね

💎

ベンジャミン・フランクリンの胸像もありました
1778年

ヒュードン作

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Houdon作と言えば
サンクトペテルブルグのエルミタージュに
ヴォルテールの寝間着姿の像がありました

1778年4月7日
駐仏大使としてパリにやって来た
ベンジャミン・フランクリンは
ヴォルテールをフリーメイソンに入会させた、という



人気の観光スポットらしく
たくさんの観光客でごった返していました

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新旧並んだ建物 ライブラリーの入口

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ところで
前回

イサム・ノグチの作品≪レッド・キューブ≫が
ウォール街のそばのハリマンビル前にあったことについて
書きましたが


なんと

イサム・ノグチの作品は
NYには他にもいくつもあって

チェース・マンハッタン銀行の地下には
≪竜安寺の石庭のような庭=沈床園≫
あるらしい

あの石庭については
ワタクシは密かに”尖閣諸島”を
真似て造ったんじゃないかと妄想しているのですが

今回

驚きの発見だったのは
ほかにもある中で

イサム・ノグチの作品ですが
★666 5th Avenue, Waterfall & Ceiling 
滝と天井デザイン 1957

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Interior lobby design in wood and metal
1956 - 1958
≪ロビーの天井デザイン≫

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なんとこの作品が

あのトランプの娘イヴァンカさんのご主人がオーナーという
 666 Fifth Avenueビルの
1Fにあるという事実!


ほんと驚きました!















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by caramel24carat | 2017-09-16 13:20 | 旅行・建築・アート

ウォール街と赤いサイコロ



風が吹いて若干涼しい~


もう9月も中旬


モウ~モウ~と言いながら
光陰矢の如しだわ

(もう9月だというのにまだアップしてなかった)
ウォール街のお馴染み
ニューヨーク証券取引所

2017.2

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ちょっと勾配のある狭い通りに面してました
カメラを構えた観光客ばかり

その場に立ち振り返ると

古典様式のフェデラル・ホールが建っている
(ウォール街26番地)


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連邦公会堂は

もともとはアメリカ合衆国議会議事堂があったところで
ワシントンに移った後

1812年に解体され
1842年に合衆国税関として再建された建物、らしい

現在は記念館として観光名所

この時も一目見ようと
カメラを持った観光客ばかりでした

中央銅像は
初代大統領ジョージ・ワシントン



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”1789年3月4日、第一回合衆国議会がこの議事堂で開催され
権利章典が採択され、このとき、この議会で
ジョージ・ワシントンが初代アメリカ合衆国大統領に選出され
1789年4月30日にこの建物のバルコニーで就任演説を行った”



ちょーどフランス革命の時期と同時期だわ
(4か月後の7月14日バステューユ襲撃)



先ほど歩いてきた狭い横町の正面には
トリニティー教会が見えました

19世紀中ごろ最も高いタワー(高さ281フィート =85.6 m)で
ニューヨーク港に入ってくる船舶の目印だった、という

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Wikiによれば

”映画ナショナルトレジャーでは
フリーメーソンの莫大な宝物が地下に眠っていた”

って情報がありますが
ニコラス・ケイジの『ナショナル・トレジャー』
そういえば見たことありました
なかなか面白かったわ

💎


ウォール街から
グランド・ゼロの方へ向かいますと

高いビル前広場に
赤いサイコロが転がってました~

レッドキューブ
(1968年)
このオブジェは
あの日本でも有名な
イサム・ノグチの作品

倒れそうで倒れない~


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ビルは「BROWN BROTHERS HARRIMAN」

イサム・野口氏は
なんと
医学部に入り医者を目指していたそうですが
野口英世の一言で
芸術の道に進んだらしい
そして
さらに驚いたのですが

元女優であり国会議員の山口叔子こと李香蘭
ご結婚されていたという
へぇ~そうだったんですね




今日は9月11日
2001年から16年も経つのね

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2月のNY

9/11メモリアルにて


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この16年の間に
テロが
ヨーロッパやアジアで広がったような
そんな気がしますが








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by caramel24carat | 2017-09-11 16:23 | 旅行・建築・アート