ブログトップ

Caramel 24 Carat

caramel24c.exblog.jp

カテゴリ:旅行・建築・アート( 140 )

JAGUAR E‐Typeとペンタゴンの≪Ada≫



最高のお出かけ日和~☀



といいながらおウチで
片付けしたり

世の中には
いろんなモノが溢れていますが
身の回りのモノでも
いつの間にかドンドン古くなっている
世の中新陳代謝が激しいのかしら



ところで

ニューヨーク近代美術館には
パーマネントコレクションの素晴らしく綺麗な車



JAGUAR(E‐Type)
がドーンと展示されてました


b0209886_11142596.jpg

2017.2

”Eタイプ
E-type )はイギリスの高級車メーカージャガーより
1961年から1975年の間販売されたスポーツカー”


b0209886_11134100.jpg


ジャガーの車なんてまじかに初めてみましたが
美しく光彩を放つブルーメタリックのカラーや
流線型の風をつんざくような妖しいボディラインに見惚れました~

b0209886_11201875.jpg

細部のすべてがほんと美しい



美しさに加えて
なんといっても単なる飾り物ではなく
動く車であるということに感動~

b0209886_11213220.jpg
あの久米宏氏は
愛車がジャガーだったことも!

「ジャガー」でヒットしました


このジャガーのデザイナーは
元航空機デザインを手掛けていた人物で
イギリス人のマルカム・セイヤーという人物、らしい

マルカム・セイヤー

Malcolm Sayer
(1916~1970)(aged 53)
(Heart attack)
b0209886_11591891.jpg
当時のMOMAの主任学芸員であったテレンス・ライリーは

永久保存決定の理由について

「美しさ、フォルムのクオリティ、機能性、
そして自動車のデザイン全般に与えた影響の大きさを考えれば、
Eタイプというのは "歴史的な設計物"の基準を完璧に満たすクルマなのです」

と述べている

マルカムは航空機の工業デザイナーであったらしく

ジャガーのEタイプをデザインする際には
平面の鉛筆デッサンではなく

すべて複雑な数式と計算から導き出した
数百本の曲線
シルエットを創り出し設計したらしい

その曲線は
対数などの数学を用いて描かれた
空気の流れだった

空気の流れとはスゴイ!

元飛行機デザイナーならではの発想だったのでしょうね
平面の鉛筆デッサンでは表現できない曲線だからこそ
眺めていてもアキない美しさがあるのでしょうか

難しい数式から計算された曲線を
クルマに応用したのは超画期的だったわけね

(ザハ・ハディド女史の曲線はどうだったのかしら?)

マルカムは第二次大戦中は
ブリストル飛行機会社で働いた

1948年、設立されたバグダッド大学の工学部で働くことになり
イラクへ行った

そこでカーブとドイツ人教授の出会いがあったらしい

1950年英国に戻り

1951年にジャガーに入社し
工業デザイナーとして貢献した

なんと
53歳で心臓発作で逝去

💛

今なら
コンピューターで
思いのままの3Dのモノ創りが可能みたいですが



ところで

前回、イギリスの詩人バイロンの一人娘であった
エイダ・ラブレスが

元祖コンピュータープログラマーだと知りましたが

アメリカ国防総省(ペンタゴン)に
採用されている防衛システムソフト作成で
使用される

プログラム言語が「Ada」という、らしい


”Ada(エイダ)は
強力な言語機能を豊富に持ち、高度な型の体系をもつ
プログラミング言語の一つである。構文はAlgol系である。

史上初のプログラマとされる
エイダ・ラブレスの名前にちなんでAdaと命名されている”

1979年、アメリカのペンタゴンが
信頼性・保守性に優れた、主として組み込みシステム向けの言語を作りたいという意図のもと、
国際競争入札を行い4社(赤、黄、青、緑)に発注したが
この入札で優勝したのは緑のフランス人チームだった
(公平を期すため選定時には色を使った)
そういう理由でイメージカラーは緑であるらしい

フランス人チームってのは
アメリカのペンタゴンなのに違和感ありだけど

そのプロブラミング言語「Ada」は
おもにペンタゴンの発注であったことから
兵器の開発に使われたらしい


利用例では
Wiki参照

最近の利用例としては、F-22戦闘機97式魚雷などがある。
ただしこの分野でもAdaの陳腐化が進んでおり、
F-35戦闘機以降はC++へ移行している。

民生品ではあまり利用されていないが、
信頼性を重視する航空機の制御ソフトウェアに利用されることがある。
例としては
ボーイング777など。”








[PR]
by caramel24carat | 2017-09-09 13:01 | 旅行・建築・アート

邸宅美術館フリック・コレクションのアングルの≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫



9月入りし もう4日ですね~薄曇り


昨夜は冴え冴えとしたお月さまが輝いてました
(9月6日が満月なので少し欠けてました)


バタバタしているとブログ脳にリセットするのに
ちょっと静かに瞑想でもしなくちゃならないわ


ところで

先日のTVドラマ『黒革の手帖』の放映はなかったので
ガッカリでしたが
なんと主演の武井咲さんがその日の報道で
ご結婚されたようで
ほんとビックリしました!
さらに来春には早々に赤ちゃん誕生らしく
「母子手帳」もお持ちのようです




2月の話ですが

NY,五番街70丁目の角に
邸宅美術館フリック・コレクションがありました
(2or3階建て)

b0209886_13191774.jpg



館内の中庭は撮影可で
その他は禁止だったものだからついつい
書きそびれていました



b0209886_13233566.jpg


2月だというのに
中庭にはキレイな白い花が咲いていて
観終わったあと
お花眺めてましたら
ついついベンチで居眠りしてしまいました~



b0209886_12510751.jpg



ここフリック・コレクションには
あの日本で人気の高い
フェルメールの作品を3点所蔵している

≪中断された音楽の稽古≫

≪夫人と召使≫

≪士官と笑う娘」≫


これら3点のフェルメール作品
たぶん見たとは思いますが
あまり記憶に残っていない

それより


新古典派の巨匠
ドミニク・アングルの
≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫がありました

中庭よりパシャ
ドアの向こうにチラッと見えてます
b0209886_13404672.jpg




≪ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像≫
(Comtesse d'Haussonville) 1845年
(La Vicomtesse d'Haussonville)
Jean-Auguste-Dominique Ingres (1780−1867)


b0209886_13570332.jpg



ブルーのシルクサテンのドレスが美しいし
後ろの濃紺のあたりに並べられた詳細なモノが
興味深いわ


(画像はWikiより引用)

ドーソンヴィル伯爵夫人は
1845年当時26歳

1836年10月10日に
フランスの外交官で政治家の
ドーソンヴィル伯爵ジョゼフ・オトゥナン・バーナード・ド・クレロン
と結婚した

ドーソンヴィル伯爵はフランスアカデミー会員で
名門貴族なのだそうだ

彼女の名前は
ルイーズ・アルベルティーヌ・ド・ブロイ
(1818年―1882年)

(ということは今から200年ほど前に生まれた方なんですね)

1818年5月25日に
ルイーズは
フランスの政治家であった
ブロイ公アシル・レオンス・ヴィクトール・シャルル・ド・ブロイの
娘として生まれる


1836年10月10日に
外交官で政治家のドーソンヴィル伯爵
ジョゼフ・オトゥナン・バーナード・ド・クレロンと結婚

1843年に
長男のガブリエル・ポール・オトゥナンが誕生

1869年に夫のドーソンヴィル伯爵がアカデミー会員になる

ルイーズは自由主義で独立心が旺盛で文学や音楽に関心が高く
バイロンの伝記も執筆した
とても知的な女性だったようです

ルイーズの実の弟は政治家で
第34代と第39代の首相や外務大臣を務めた

第4代ブロイ公爵ジャック=ヴィクトル=アルベール
(1821年6月13日~1901年1月19日)

このルイーズの弟ジャックの奥さまがポーリーヌというが
ポーリーヌ・ド・ガラール・ド・ブラサック・ド・ベアルンは
(まさに貴族らしい長ったらしい名まえ)

第4代ブロイ公ジャックと
1845年6月18日
結婚している

ルイーズの義理の妹となったポーリーヌは
ブロイ公妃となった

そのポーリーヌの美しい肖像画を
アングルが描いている

≪ブロイ公妃ポーリーヌ・ド・ガラード・ド・ブラサック・ド・ベアルン≫
1853年制作
(28歳)

b0209886_14443089.jpg

ブロイ公妃ポーリーヌ(1825年―1860年)
(なんと35歳で没)

レースやブルーのシルクサテンのドレスが
ほんと美しい
質感が見事に描かれている
ブルーと椅子のゴールドとの対比も素晴らしい

身につけている
ゴールドのアクセサリーや宝石類も見事

名門貴族の公妃としての上品な美しさや豊かさが表現された夫人だが
アングルならではの物思いに憂うるポーズが
未来をフッと予言しているかのようだわ

ブロイ公妃ポーリーヌ・ド・ガラード・ド・ブラサック・ド・ベアルン 

1825年に生まれる

1845年6月18日に
ルイーズの弟であった
オルレアン王朝派の政治家で歴史家の
ブロイ公ジャック・ヴィクトール・アルベール・ド・ブロイと結婚

アングルの肖像画は1853年制作
ということは
ポーリーヌ28歳


ブロイ公(duc de Broglie)は
イタリア、ピエモンテに起源持つフランスの貴族で
ブルボン朝時代の1643年にフランスへ移住したらしい
フランスではあまり見られない姓らしい



前回

ギメ美術館のエミール・ギメの父親
ジャン=バティスト・ギメ(1795-1871)が
人工のウルトラマリン(ギメ・ブルー)を
1826年、発明したと知りましたが

フェルメールは
天然のアフガニスタンで採れた高価なラピスラズリの粉末の
天然顔料ウルトラマリンを多く使っていることで
大変有名ですが

ドミニク・アングルの上記の
肖像画2枚は
人工のウルトラマリンが使われた
という情報もありました

1845年のルイーズの肖像画のドレス
1853年のポーリーヌのドレス

美しいブルーのドレスは高貴な佇まいが感じられて
ほんとうに素敵です






ここフリック・コレクションは
ピッツバーグで石炭のコークスで財をなし
後に鉄鋼王カーネギーのパートナーとなった
ヘンリー・クレイ・フリックの邸宅であり


b0209886_08565877.jpg


そのコレクションを展示している


b0209886_13122855.jpg



フィフスアベニューに
面したフリック・コレクションの邸宅ですが

b0209886_13063705.jpg


ふと足元を見ますと


メイド・イン・インディアのどぶ板でした~
でもインド産のどぶ板って不思議だわ
(ほんとつまらんとこ撮ってます)

b0209886_13110524.jpg



ヘンリー・クレイ・フリックは
鉄鋼の街ピッツバーグの石炭のコークスを採る事業をやっていて
鉄鋼王カーネギーにコークスを供給していたようだ



八幡製鉄には
三池炭鉱から石炭供給していた、というし

月が出たでたあ~三池炭鉱に月がでた~♪
なんて古いね

昨夜のお月さま

b0209886_15075873.jpg


軍艦島も石炭掘っていたんですかね





[PR]
by caramel24carat | 2017-09-04 15:13 | 旅行・建築・アート

ゴッホの≪ひまわり≫と上海租界からペルリンへと




なんだかムシムシと暑苦しい~⛅



夏の花と言えばひまわりですが
この夏はところによっては日照不足でパッとしなかった
というような情報もありました

🌻

ひまわりと言えば
ゴッホさん☀

NY

メトロポリタン美術館には

ゴッホの≪ヒマワリ≫がありました
例の何本か花瓶に挿されたあの≪ヒマワリ≫とは違って

夏の終わりによく見かける
種がビッシリの花ガラ~

ゴッホ≪ヒマワリ≫
1887年

b0209886_14260603.jpg


NY メトロポリタン美術館にて 2017.2

b0209886_14293080.jpg


ゴッホさんですが
≪ヒマワリ≫と並んでとても馴染みのある作品と言えば
アルル時代の≪アルルの跳ね橋≫だけれど


ところで
ほんと個人的な連想なんですが
アルルといえばヒロシです~


そう
アルルのヒロシさん

ブロガーさんですが
数年前によくブログを読んでました
副島道場とセットだったような記憶があります

なぜ
いきなり
アルルのヒロシとか副島さんとか思い出したのかと言えば

前回の記事で

正田富美子(皇后のお母さま)について
ちょっと検索しましたならば
旧姓が副島富美子と知ったからなんだけど

某アルルのヒロシという方と
副島〇×氏は
唐津の副島家と何か関係があるのでしょうか?




(これはちょっと書いていいのかためらいましたが
ネット時代で情報公開されていますので)

なんと
「正田富美子」の中国版Wikiが上のほうにありまして
ビックリしました

Google翻訳で中国語もなんとか読める
でその内容なんですが

(ちょっと関心を持ったのは
以前、五反田から歩いて
正田家のチューダー様式の屋敷のあとの
「ねむの木公園」に
行ったことがあったもんで)


🌻

正田富美子は上海生まれで
19歳で正田英三郎と結婚した、という

父親は副島綱雄というが
上海に赴任していたことがあった

佐賀の名士副島綱雄は「国策会社」の理事として
上海にいたことがあった
「国策会社」の後は「江商」上海支店長だった
「江商」というのは「兼松江商」の合併前の会社名らしい

1923年9月
東京に戻って双葉女子高に入る
教会の集会で英三郎の母と出会う

正田富美子(舊名副島富美子,1909年~1988年)

副島富美子が正田英三郎と19歳で結婚ということは
1928年頃かしら?

なんと驚きなんですが
その前後ごろ
副島富美子と正田英三郎は
ベルリンへ行っていたんですね!

長男正田厳はベルリン生まれ、という
正田巌
1931年 誕生
日本銀行国債局長
1985年 日本銀行監事


1930年頃のベルリンと言えば
ヒトラーのナチ党が大躍進だったらしい


1930年9月14日に選挙がおこなわれ、選挙の結果、
ナチ党が12議席から107議席に大躍進し、社民党に次ぐ第2党となった。
この背景は世界恐慌による不況で国民が急激な変化を求めており、
左右両極が伸びやすい状態になっていたことがある。
共産党よりもナチ党が顕著に躍進したのは、
ナチ党のヤング案アメリカ合衆国が提案したドイツ賠償方式)
反対運動が国民の共感を集めたことが大きい

1933年2月には
ベルリンの連邦国会議事堂は謎の火事で焼失



その後の1936年に日独防共協定が調印された、らしい

ここで面白い写真がありました
ナチと言えばヒトラー

なんと
ヒトラーの紋付羽織袴姿があったんですね!


b0209886_16252470.jpg
以前にも見たことがあったのですが
コラージュでしょうか!?

家紋が凝ってます!

「卍」と「ワシ」でしょうか!
b0209886_16265523.jpg
(この画像は拾いました)

特別誂えの紋付羽織ですね



”ヒトラーの和装姿は、
1936年に大日本帝国とナチス・ドイツの間で
調印された日独防共協定(のちに枢軸体制へと発展)
を記念して撮影されたと考えられている”




维基百科,自由的百科全书より引用


早年生活

出生於中國上海,在滬生活十六年,通中文
父親副島纲雄是日本「國策會社」理事,也是「江商」上海支店店長。
1923年9月歸國,居東京,就讀麴町雙葉女子高等學校
在雙葉高女的「禮拜」集會中、
為正田英三郎的母親相中,19歲完婚。

婚姻生活

富美子與英三郎婚後曾旅居德國兩年,在柏林生下長子,
返日後又陸續添了一男兩女。美智子皇后是她的長女。
她曾被社交圈譽為「有明治時代古雅端莊氣質的貴夫人」,
但卻因為女兒美智子入宮而飽受精神折磨。
在美智子婚事發佈後,就有旁系皇族與舊華族群起攻擊她在上海生活的經歷,
又不斷有消息傳來美智子在宮中受到欺壓,身心重創。
為了杜絕莫須有的抹黑,富美子幾乎未再涉足社交圈。

かつての上海租界は
共同租界(イギリス・アメリカ)と
フランス租界に分けられていたらしい

共同租界は金融
フランス租界は高級住宅地らしい

かつて

上海租界には
ロシア革命(1917年)の後
国を離れた
ロシアの貴族やなんかも流れていたらしい
約半分はロシアからの移民だったとは
意外です

アジアの純真って
ベルリン~バラライカって変な歌詞なんですが
上海租界のことなの?



上海へは一度も行ったことがないのですが
う~んちょっと行ってみ
たいかな











[PR]
by caramel24carat | 2017-08-22 16:40 | 旅行・建築・アート

ピカソの≪白い服の女≫とオルガあるいはサラ・マーフィー




夏 夏 夏~☀


外出中の熱中症に気をつけねば



ところで

ピカソの≪白い服の女≫が
メトロポリタンにありました

Picasso
≪Woman in White≫
1923年

b0209886_16573671.jpg


分解特異なキュビズムから
原点に戻ったような作品で

白い衣を纏ったギリシャ彫刻のような
骨格のしっかりした女性が腕を組み座っている

b0209886_16590843.jpg


メトロポリタンにて
2017.2



いわゆるピカソらしからぬ
大変爽やか作品、だと思います

この作品は
ピカソがフランスのリビエラ
キャップアンチーブでの休暇を終え
パリに戻って9月に制作した、という

この女性のモデルは
奥さまのロシア貴族出身の
バレエダンサーだった
オルガ・コクローヴァという説と

b0209886_17135194.jpg


作品の≪白い服の女≫のモデルは
裕福なジェラルド・クルリー・マーフィの
奥さまサラ・マーフィーという説もあるようです

オシャレなマーフィー夫妻
アンチーブの海岸にて
1923年

b0209886_17360268.jpg


ジェラルドのボーダーシャツは
バスクボーダーといわれるもの

パンツは麻のショーツ

船乗りの靴エスパドリーユ

頭にはに鈍黄色のターバン

ブラック・バンブーのステッキ

このスタイル
今では
夏のリゾートファッションの定番ですよね

もともとジャラルドさんの
このオシャレなファッションを
真似て流行したらしい

Sara Sherman Wiborg (November 7, 1883 – October 10, 1975)
Gerald Clery Murphy (March 25, 1888 – October 17, 1964)

NY,パリそして
キャップアンチーブと住まいを移り構えた
富裕なマーフィー夫妻は
アーチストたちのパトロンだった

アンチーブでは
ジェラルドとサラのサークルには

フッツジェラルドやその妻のゼルダや
ヘミングウェイ、そして
ピカソがいた、という


改めて作品≪白い服の女≫を
眺めてみますと
ヤッパリ
奥さまオルガのように思います

バレエダンサーだったのですから
美しい姿勢が作品から窺えます

ピカソの新古典主義時代の作品の中の一枚
原点に戻った清々しい作品ですね

追記



ピカソのバスクシャツ姿

b0209886_07093359.jpg


1952年

テーブルの上のおちゃめなパンに注目!








[PR]
by caramel24carat | 2017-08-06 17:48 | 旅行・建築・アート

H・マティスの≪窓辺の少女≫



今日から8月~☀


先ほどスーパーで見かけましたが
南アフリカ産のグレープフルーツがあって
ビックリしました!

まあ、あまり食べたいとも思いませんが
この時期はやはり
すいかがいいかな

しかし
どんだけ遠いところから
ハルバルやってくるのかしら!

同じ南アフリカ産なら
ダイアモンドならよかったのに
ahaha
スーパーでダイヤモンドってアリ?



アンリ・マティス(Henri Matisse)の
窓辺の少女

1921年

b0209886_15022784.jpg




2017.2

NY,メトロポリタン美術館にて










[PR]
by caramel24carat | 2017-08-01 15:08 | 旅行・建築・アート

ダーティ・ワークと明治の牛丼屋とあめや




久しぶりのポツポツとしたアメで涼しい~



ところで
つい最近〝ブルゾンちえみ”という
吉本の芸人さんのこと知りました

チラッとTVでは見たことあったのですが
YouTubeでチャンとしたのを見てみました

一人ではなく
WithBというイケメン2人(後輩)とのユニットらしい

コントに使われている曲が
なんと「ダーティ・ワーク」という
アメリカで人気の歌手オースティン・マホーンが
歌っているものらしい

ダーティといえば
≪ダーティ・ハリー≫をつい思い浮かべる世代ですが
≪ダーティー・ワーク≫といえばそのまま「汚い仕事」ってこと?

世の中には
キレイなお仕事もあれば
誰もやりたがらないシンドイお仕事もあるわけですが
そうだわ政治家ってのはドッチなのでしょうか?

まあ必殺仕事人やゴルゴ13のようなお仕事は
ドラマや映画だけでなくホントにあるのでしょうか?

相手が牛や豚だったりその皮を鞣す職人も
きっと我々が想像する以上に
ダーティー・ワークなのかも知れない

ところで

NY,メトロポリタン美術館に

なんと

牛丼屋の店先の絵がありました
明治の中頃の銀座か有楽町界隈らしい

日本では
牛肉を食べたという古い記録では
フランシスコ・ザビエルが
復活祭の牛を振舞ったことがあったらしい

明治になって
福沢諭吉が「牛肉のススメ」みたいなことを言って流行ったらしい

それまでは日本では家畜は食べなかったとか
主に鹿やイノシシだったらしい

b0209886_11135343.jpg

ブルーム≪あめや≫の部分ですが

店先の赤いのれんに牛丼(牛めし?)?と読めます
明治の牛丼屋でしょうか

店先には首の長い白い鳥が!?
上の置物?が
ブレーメンの音楽隊のようにも見えます??

車やさんもたばこで一服
ねじり鉢巻きのおっちゃんも見えます


牛肉、豚肉を売っている肉やには
なんと
肉の大きな塊がいくつもぶら下がっている気配

お姉さんが子供をおんぶして
何かに気を取られています

やっぱり
左端に描かれているのは
ブレーメンの音楽隊に見えてしまう??




b0209886_11153154.jpg



≪The Ameya≫

1893年

タイトルは≪あめや≫


たすき掛けのブルーの着物のお兄さんは
あめ売りなんですね
白足袋を履いているところが
きっとオシャレなんでしょうね

子守のお姉さんや子供に人気のようです

b0209886_11175917.jpg


メトロポリタン美術館にて、2017.2



Robert Blum
(1857~1903)

b0209886_11195332.jpg



ブルームさんの描いた絵は
当時の庶民生活の百科事典のようで
とても詳しく丁寧に描かれていて素晴らしい

画集も出版されていて
≪花売り≫の作品がとても素敵です
(シカゴ万博で金賞を受賞)

b0209886_12115103.jpg


ちょんまげのお兄さんが
荷車や籠で売っていたんですね

大田区に花市場があるらしいですが
ひょっとしたら当時のそのあたりかしら?



とても詳細に市民生活が描かれていて
なんとなく懐かしい一面もあり
ロバート・ブルームさんの
市井の人々への優しいまなざしが感じられる
作品ばかりです



制作者のロバート・・フレデリック・ブルームさんは
ドイツ系の移民でアメリカ生まれ


なんと

アメリカ、NYの
老舗チャールズ・スクリブナー・サンズ出版社から
明治中期の日本へ派遣された
挿絵画家でした



このチャールズ・スクリブナー・サンズ出版社は
以前NY旅行で
5番街をブラブラしていた時に眺めたビルでした

ヘミングウェイやフィツジェラルドを世に出した有名な出版社だったのですね
前に記事にしてました



b0209886_11434501.jpg

2017.2 NY


ロバート・ブルームは

チャールズ・スクリブナー・サンズ出版社の
企画〝日本紀行”の
お仕事のため来日し

最初は築地居留地のホテルに滞在していたが
もっと市井の生活に密着したくて
有楽町に日本家屋を借りて滞在し
取材したようです

写真を撮りスケッチもし
事細かに当時の市民レベルの風俗を記録したらしい




ところで
日本の牛の産地には
当然
必殺仕事人もいるわけですよね
例えば三重の松坂牛でも

見えないダーティ・ワークがあるのですね
















[PR]
by caramel24carat | 2017-07-27 12:22 | 旅行・建築・アート

曲げわっぱのお弁当箱@MET



今朝もセミしぐれが暑苦しいわ~♫


最近、エキサイトブログトップに
人気ブロガーさんの
キレイな宝石箱のようなお弁当の写真を
よく見かけます

どれもこれも手の込んだ美味しそうな
お料理ばかりで感心しますが

その宝石箱のようなお弁当箱は
木目が美しい
楕円形の”曲げわっぱ”じゃないかと思うのですが

ちょっと検索してみますと
秋田杉を使った伝統工芸品の
大館の曲げわっぱが特に有名らしい

しかしお値段にビックリ
1万円ほどするんですね!

ところでそんな現代の
人気ブロガーさんご愛用の曲げわっぱですが

なんと

NY,メトロポリタン美術館で
静物画に描かれていて
かなり驚いたことがありました



≪Still Life with Shells and a Chip-Wood Box≫

Sebastian Stoskopff
(French, Strasbourg 1597–1657 Idstein)
late 1620s
b0209886_09585712.jpg


メトロポリタン美術館にて 2017.2 

お弁当のフタを開けてみたいですが
中身はお魚と砂糖漬けの果物らしい

貝はインド産か

曲げわっぱが日本のものならば

彼は当時とても珍しい貴重な
貝や曲げわっぱを描いたことになる

1620年代後半ですからね

b0209886_10072520.jpg



この作品を描いたのは

フランス、ストラスブール、アルザス地方出身の方なんですね
(ルター派)

ストラスブール(Strasbourg)というのは
ストラスブルグでもあるわけで
語源はドイツ語で「街道の街」

ドイツとフランスの国境の街で
ライン川の要衝でもあり
戦争によってドイツ領になったりフランス領になったり
歴史の波に翻弄された地でもあった

前にナンシーへ行く途中
ちょっと降りたことがあったけど

そんな国境の街
ストラスブール出身の画家

セバスチャン・ストーソープフ
Sebastian Stoskopff
(1597年~1657年)

名まえがスペインっぽく
姓がスウェーデンかロシア人みたいな?

この方が
日本人にもなじみの深い
曲げわっぱの静物画を描いてた!?

作品の制昨年はなんと1620年代後半です

ということは
今から400年ほど前

徳川家康の息子の秀忠の時代
1623年からは3代将軍家光ですが
家光の娘千代の婚礼家具と同じ
京都の漆芸工房幸阿弥家10代長重らが
制作したらしい

マザランの櫃が
フランスで発見されたことがあって驚きました


そもそも
フランス国王ルイ14世の食卓に
お醤油がのっていた

という意外な情報を得て

まさかね!?

徳川とルイ14世に接点があったとは
と疑心暗鬼だったけれど
その後ポツポツと接点が発見され

唸るばかりなんですが

今回の
メトロポリタン美術館で観た
セバスチャン・ストーソープフさんが
大事そうに描いてた曲げわっぱが

そもそも日本の伝統工芸品にもなっている
秋田の大館の曲げわっぱかどうかというのは
まったく分かりませんが

楽天より引用

美しいですね!

b0209886_11594663.jpg



ですが

ここで
ふと思い出すのが
秋田の佐竹氏
プーチン大統領からネコを贈られたあの佐竹秋田県知事




秋田の佐竹氏のルーツは秀吉側についていたため
天下をとった家康によって
秋田に転封されたのでした

京都聚楽第に大名屋敷(黄金の瓦)を構えていたんですね



ちょうど
ルイ14世の宰相マザランが
京都のマザランの櫃を手に入れた前後のころ

セバスチャン・ストーソープフさんは

パリへと活動拠点を移している
(1622年~1641年)

制作年代は1620年代後半


ということは

曲げわっぱが
秋田の大館のものではないと
100%否定はできないんじゃないかしら

東インド会社の船荷に
あるいは
船員のお弁当に使われていたものかも知れない

ひょっとして
紀州南高梅の
梅干しなんかが入っていたかしら

🌼


妄想全開


メトロポリタン美術館の
この作品は
ラ・トゥールの≪マグダラのマリア≫と≪占い師≫の
間に展示されていました
b0209886_10191459.jpg


















[PR]
by caramel24carat | 2017-07-25 11:56 | 旅行・建築・アート

ゴッホの≪キョウチクトウ≫と夾竹桃のオレアンドリンについて




カラっとした夏の日~☀




炎天下で咲く
ピンクの華やかな夾竹桃は
街路樹や公園などでよく見かけられますが
インド原産らしい

今回もNY
メトロポリタン美術館の収蔵作品から

あの夏の花「ひまわり」で有名なゴッホさんですが
夏の花「夾竹桃」も描いてました

ゴッホ≪Oleanders≫
1888年8月


b0209886_13022212.jpg
2017.2




マヨルカの壺に活けた夾竹桃
そして
テーブルの上には
聖書と
エミール・ゾラの小説『生きる歓び』が
置かれている


b0209886_13105287.jpg


「oleanders オレアンダー」は「夾竹桃」のこと

b0209886_13043868.jpg

名まえの由来は
お花が桃に似て葉っぱが竹に似ているところから
「夾竹桃」らしい
「夾 きょう」は両側からハサムの意味


アルル時代の作品で

この時

≪ラ・ムスメ≫も描いている

ムスメは日本の娘のことを指し
ゴッホがピエール・ロティの『お菊さん』をイメージして
描いた作品とは
前にも記事にしてました

ゴッホ≪ラ・ムスメ≫
1888年7月
b0209886_13333374.png

娘の手には夾竹桃の枝が描かれています



ところで

夾竹桃のこと「oleanders」というらしいですが

なんと
驚きの事実を知りました!

夾竹桃は「オレアンドリン」という
強い毒をもった植物だという!


ネット情報によれば

夾竹桃の木は毒があって
根の張っている周りの土壌も危険らしい

そんなオソロシイ情報ですが、
今回、初めて知りましたが
なんと
実際、死亡事故があったらしい

かつて東名高速道路の建設現場で
お昼のお弁当の箸代わりに枝を折って使用し
3人が死亡したという
(仕出し弁当だったのかお箸が付いてなかった)

1975年、フランスではバーベキューで
夾竹桃の枝を折って串代わりにしたが
串焼きされた毒物オレアンドリンが染みた焼けた肉等を
食べた7人が死亡

1980年、千葉では夾竹桃の葉っぱを食べた(飼料として)乳牛
20頭のうち9頭が毒で死亡

今回、初めて知りましたが
めちゃくちゃ危険な植物ですね

毒性オレアンドリン
というか
夾竹桃
気をつけたいです

💔


一方

「毒には毒を以って制す」
じゃありませんが

広島では
原爆で焼かれた跡に
最初に咲いたのが夾竹桃だったので
復興のシンボルになっているらしい

夾竹桃に含まれる毒性のオレアンドリンは
熱に強く分解されにくいという
生木を燃やした煙も有毒らしい

そんな危険な夾竹桃ですが

復興のシンボルとして
広島の市花に指定されている、という


市の花として採用しているのは
他にもあって

千葉市
尼崎市
鹿児島市

とあります!?

長崎の佐世保市も指定されていたが
危険なので取りやめたらしい

まあ、驚きだです!

千葉市、尼崎市、広島市、佐世保市、鹿児島市

これらの市の共通点は
海に面した港があったりするのでしょうか
外国からの船が寄港するという共通点もアリでしょうか


なんとなく納得してしまう共通項で括られる5つの市ですが
ピエール・ロティの≪お菊さん≫は
長崎で船の修繕のため逗留していた時に
執筆されたものでした

1888年7月に
ゴッホは≪ラ・ムスメ≫を描いて
その2年後精神病院へ移り自殺しています

ゴッホの絵を見る限り
とても精神に異常をきたした人間とも思えませんが

夾竹桃の毒性オレアンドリン

なんか怪しいですね



ところで


拾った情報ですが

かつての台湾の指導者だった蒋経国総統(蒋介石総統の息子)の言葉がありました

「花が咲いても実にならない。夾竹桃のようなものになるな」


そういえば
蓮舫議員の二重国籍問題が問題視されてるみたいですが
ネット情報によれば
日本の宮家のやんごとなき血統の方みたいですね
(この際ハッキリと知ったほうがいいかしら)

b0209886_14165834.png


日本海軍大佐
伏見宮博義王(40歳没)


母は徳川慶喜の9女徳川経子


外交的な忖度に守られているのでしょうか






 










[PR]
by caramel24carat | 2017-07-21 14:22 | 旅行・建築・アート

マティスの金魚鉢



真っ青な空に真っ白の綿あめのような雲が浮かんでいる~☀


今朝、この夏初めてセミの鳴き声聴きました


夜空に打ちあがる花火の轟音を聞きながら
浴衣にカランコロンと下駄はいて
夜店で金魚すくい
水槽につけるとすぐ破れるうす~い紙の張ったチャッチイな道具
笑えて来るようないい加減さ
ああ~懐かしいわ


マティスの金魚鉢
1921~1922
メトロポリタン美術館にて
2017.2

b0209886_11384737.jpg


↑ こんな小さな画面でみると
何がなんだかサッパリワケわかんないですね

しかし
マティスさまの作品ですからね



マティスの金魚は
あっちこっちににあって

モスクワのプーシキン美術館の別館
にもありました

b0209886_11544554.jpg


2014.9

マティスは
モロッコへ行ったとき
現地の人が
ガラス鉢に金魚を入れて愉しんでるのを見かけ
パリに帰ってからさっそくアトリエに
金魚鉢を置き
お気に入りになったようです



ところで
今日7月14日はパリ祭
(フランスの革命記念日なんですね)

この日を記念してシャンゼリゼで
軍事パレードが行われるらしいですが

何かと物議をかもしているトランプ大統領ですが
マクロン大統領の招待に応じたらしい

そんな大統領のツーショットというか
メラニア夫人とブリジット夫人の方のツーショットを眺めてみたいわ

追記

ちょっと
メラニア夫人のパリでのファッションはどんなかしら?

メラニア夫人+Paris
で検索すると

なんと
真っ赤なスーツ姿のメラニア夫人にヒット!

赤ですよ!

b0209886_13444110.jpg


(13日小児専門病院訪問で)


ウフフ






[PR]
by caramel24carat | 2017-07-14 12:08 | 旅行・建築・アート

アンドリュー・ワイエスの≪クリスティーナの世界≫と意外だった3.11の話




今日も暑くなるのかしら~⛅



イヤになるくらい草が元気がいい


前回に引き続き

NY,近代美術館に
展示されていた作品の中で

独特の世界観が漂う
アンドリュー・ワイエスの代表作がありました

(日本でも何回か展覧会が開催されていますが)

アンドリュー・ワイエスの
≪クリスティーナの世界≫
1948年
テンペラ

b0209886_09194267.jpg


MoMAにある
≪クリスティーナの世界≫は
エレベーターを昇って
5階に到着したかと思うと

突然
幅の広い通路にデ~~ンと飾られていて
ほんとビックリしましたが

同時に
ワイエスの代表作に
心構えもなくひょっこり出会えて
戸惑いながらも感動でした!

(大きな作品はガラスでカバーされていて
写真に撮ると反射してしまいました)


b0209886_09185092.jpg



作品のできた背景は

アメリカ北東部メイン州クーシングにある
夏の別荘に訪れていた
ワイエス家は
近所に住むオルソン姉弟と親しくしていた

1940年~1968年
長年にわたりモデルとして姉弟を描いてた

オルソン家の障害を持つ姉のクリスティーナと
漁師をしていた弟アルヴァロ・オルソン姉弟には

ワイエス自身が
小さいころから虚弱体質で
家庭教師や父親から教育や絵を学んでいた
という生い立ちや境遇もあり
共感を覚えていたらしい



オルソン家は
名まえからすると
北欧からの移民かしら?

ワイエスは
死後発覚するが
フィンランドドイツ系の女性
ヘルガーも描いていた

(男爵イモの方思い出しました)


ある夏の終わり
ペンシルバニア州フィラデルフィアのチャッズ・フォードから
メイン州クーシングの夏の別荘にやってきていた
ワイエスは

姉のクリスチーナが身をよじりながら
やせ細った両腕で
寂寥とした草原の大地を
掴み

足を引きずり這いながら
丘の上の自宅へ戻ろうとしている

その懸命な姿に心を打たれ
創作意欲を掻き立てられたという

クリスティーナは
手足に麻痺障害がありながらも
他人に頼らず独立しようと懸命に
健気げにつつましくしかし逞しく生き抜いていた

そんな美しい生命力に溢れる姿を

ワイエスは
感動をもって眺め作品に描き留めた

そんな作品らしい

b0209886_09205550.jpg



クリスティーナはこの時55歳という


髪には数本の白髪や
緻密精細克明に描かれた草原の草一本一本を
目の当たりにし気が遠くなりました~

ワイエスの凄まじい描写力に驚嘆する!


(全然うまく撮れてない)

b0209886_09234508.jpg



アンドリュー・ワイエス
(Andrew Wyeth,1917年7月12 - 2009年1月16日)

アラ、驚き!
今、年譜打ちながら気が付いたけど
今日は7月12日
アンドリュー・ワイエスのお誕生日だわ
1917年生まれということは
生誕100周年ですね!


作品に登場する別荘のあるメイン州のクーシングを

Googleマップで
位置関係確認しましたが

ボストンからさらに北上した
冬場はとても寒い厳しい気候のところかな

ワシントンD.C.からボストン行きの
アムトラックに乗れば
フィラデルフィアも経由しNYも通りボストンまで行けるかな


丘の上のオルソン家は観光名所になっているようです

b0209886_11230144.png



ところで

作品のモデル
クリスティーナ・オルソンは

見た通りの障害を持つ女性ですが
以前はポリオじゃないかといわれていたけれど

最近の研究結果では

シャルコー・マリー・トゥース病らしい

シャルコー・マリー・トゥース病
Charcot-Marie-Tooth disease: CMT


聞きなれないCMTとは

ポリオは罹った時のままで成長しても病状は変わらないらしいですが
CMTとは年とともに病状も進むようです
”下腿と足の筋萎縮と感覚障害を特徴とし
進行すると上肢や手にも障害を生じる
神経原性筋萎縮である”

クリスティーナは自立心が強く
車いすの寄付の申し出を断っていた
という情報もあり

あるがままの自分を受け入れ
精一杯生きる喜びの方を選択したのでしょうか



この作品≪クリスティーナの世界≫は
MoMA初代館長アルフレッド・バーが

マンハッタンのマクベス画廊で観て
即1800ドルで購入したらしい

バーはこの作品をアメリカ美術の象徴として位置づける
その後人気の出てきた作品は
外部に貸し出されることは稀だった、という

ところが

なんと
日本人なら忘れることのできない
東日本大震災の起こったとき
2011.3.11
福島近代美術館に貸し出されていたという!

たまたま
ひょんなことから検索し現れた画面に

≪クリスティーナの世界≫が
東日本大震災の起きた時
2011年3月11日に

なんと
大震災のあった福島の近代美術館に
貸し出され

ちょうど
アンドリュー・ワイエス展が開催されていたという!

慌てた
NYでは
放射能のこともあるし
MoMAからは
展覧会を即刻中止して
作品を返還してほしい、という
厳重なお達しがあったという

ヘエッ~~!?
そうだったの!?



そんなことがあったのか
それは知らなかったわ~


「クリスティーナの世界≫の検索で
たまたま開いた画面をビックリしながら
読み進んでいきました

前に
バイオリンのストラディバリウスが
まさに3.11の時
東京にあり修繕中だった、と
知ったこともあり

そういうこともあるんだ、と
最後まで読んでいくと

なんかオカシイ?

イヤだ
この話ってフィクションでしたワ~

原田マハさんという方の
『中断された展覧会の記憶』という小説でした!
(原田マハさんは初めて知りました)

AHAHA~

まあ、人騒がせな
というか

自分が
おっちょこちょいなだけですけどね

いや~フィクションて
何でもありで
ある意味コワいですね

(ちなみに福島近代美術館というのはないらしい)


2017.2 NY近代美術館にて

b0209886_09254517.jpg





[PR]
by caramel24carat | 2017-07-12 13:43 | 旅行・建築・アート