ブログトップ

Caramel 24 Carat

caramel24c.exblog.jp

カテゴリ:歴史・人物( 69 )

ハッピー・ロックフェラーとフィトラーのロープ製作会社



あっついデス~☀


前々回
Amazon制作のドラマ『はぴまり』について書きましたが
ディーン・フジオカさんが出ているので
この際ということで観ました~

原作は少女漫画だったのですね
なんか
「アレッ~~?」とか
「どうしてそうクルの?」とか
「そこでそのセリフはナイデショ!?」と
突っ込みどころ満載で面白かったわ

「ディーン」さんの意味って
「クレイジー」だったとは
驚きました!

ところで

ヒッチコックの映画に
『ロープ』ってありましたが
ヒッチコック独特のミステリアスなサスペンスで
コワかったこと思い出しました

b0209886_15143918.jpg



と前後脈絡なく

ヒッチコックの『ロープ」がどうしたんだ!?

ん?



やや
ディーン気味ですが

実は

前々回
NY、近代美術館にある
アンリ・ルソーの大作≪夢≫が

ネルソン A・ロックフェラーの寄贈だったと知りました


そして分かったことは

そのニューヨーク州知事ネルソン・ロックフェラーの
奥様になった女性の名前がなんと

ハッピー・ロックフェラー

とおっしゃるんですね

b0209886_16104095.jpg
1963年のネルソンとハッピー


Happyの動画があって
なんとトランプ夫妻が登場

b0209886_16072761.png



本名は
マーガレッタ・ラージ・フィトラー・マーフィー”ハッピー”ロックフェラー
Margaretta Large Fitler Murphy "Happy" Rockefeller
(June 9, 1926 – May 19, 2015)

このハッピー・ロックフェラーの結婚相手
ネルソン・ロックフェラーの弟が

2017年3月20日に101歳で逝去された
デヴィット・ロックフェラー

情報によれば
この長寿を全うした大富豪は7回の心臓手術を受け
(オーガニックに拘っていて)
外食は一切しなかったらしい
というから驚きです!



可愛い名前の奥さま

ハッピーですが

Wikiの情報によれば

ハッピーの両親について
気になる一文がありました
「ロープ製造会社から相続した」とある

ロープですって!

そもそも「タカタ」からの連想で
高田賢三にたどり着き
「ジャングル ジャップ」の壁に
アンリ・ルソーの≪夢≫を描いたと知り
NYのMOMAに展示されていた
ルソーの≪夢≫を思い出し
そのルソーの大作≪夢≫が
ネルソン・ロックフェラーから寄贈されたと知りました

タカタ→高田賢三→ロックフェラー
を繋ぐものは
「ロープ」じゃないかしら?

若干ワクワクしながら
さらにちょこっと調べると


ネルソン・ロックフェラーの奥様の
実家が「Fitler」でロープ製造会社と縁があることが分かりました
予想通り
ロープで見事つながりました!

ちなみに
ロープの原材料になるものには
大麻やジュートやマニラ麻やシュロや木綿などがありますが
南国で見かけられる植物ですよね


彦根で高田武三が創業した
エアーバックやロープを製作してた「タカタ」
そして「フィトラー」のロープ製作会社

おまけにフィトラー家の娘「ハッピー」は
リンドバークが大西洋横断した時に名つけられている

(飛行機とパラシュート)

ネルソンロックフェラーの奥様ハッピーは二度目の結婚でしたが
Margaretta Large Fitler Murphy "Happy" Rockefeller

名まえについて見ますと
左から
フィトラーは両親の家名
マーフィーは最初の夫の家名
そしてロックフェラーは再婚の家名と並んでいる

(女性の場合、姓名を並べるのはいい方法かも)

「ハッピー」は当時1歳だった彼女が
リンドバークの大西洋横断飛行を祝うニュースをラジオで聴いていて
非常に「Happy」な表情をしたことで
「ハッピー」と呼ばれるようになった、というが

いや、しかし、この「Happy」由来も
なんとなく、とってつけたようで
釈然としないわ~

で、「フィトラー家」の両親の情報について
ロープ製造会社から遺産相続したとあるが


🎀


「Happy]の両親名をみますと

父親はウィリアム・ワンダリー・フィトラー・ジュニア
母親はマーガレッタ・ラージ・フィトラー
(ハッピーは第二子として出生した)


両親名にWikiはリンクされてなく
もう少し知りたいと調べてみるがイマイチ判らない?

当時のニューヨーク州知事の奥様になった
両親の情報がない!?というのも

これまた釈然としないわ~

と「Fitler」で検索しますと

ありました!

ウィーバー、フィトラーロープ製造会社
Weaver, Fitler & Company (Philadelphia Cordage Works).


「Cordeage」は「索具(サクグ)」

聞きなれない「索具」ですが
船で使われる
帆綱ロープ、や 網具のことらしい

b0209886_15063926.png
「索具」の画像検索で
どんなものがあるか
なんとなく分かりました

チラッと
思うのは

「Fitler」は「Hitler」じゃないか?と
(異母兄弟がいたらしい)

名まえを移民した国に合わせて
その国風に変えて呼ぶこともあったんじゃないかしら?


ついつい
妄想が膨らんでしまいました

b0209886_15190264.jpg

アッツイ時にはスイカ
美味しい~








[PR]
by caramel24carat | 2017-07-10 15:20 | 歴史・人物

チャーチルとブレナム宮殿



昨日につづき今日も快晴~☀



青空に飛ぶ飛行機をキャッチ

b0209886_14144545.jpg



とは言え、今朝は氷が張ってました

b0209886_14165403.jpg



氷が解けると
水というより春かな
(いえもう少し先かな)



ところ
トランプ新大統領になって
ホワイトハウスの執務室が模様替えになって
ゴールドのカーテンに交換された

他に

キング牧師の胸像に取って代わって
ウィンストン・チャーチルの頭部像が
ブッシュ以来
再び飾られた、らしい

下の画像(Wikiより)はヤルタ会談での
チャーチルとルーズベルトとスターリン


b0209886_14265119.jpg

”ヤルタ会談(ヤルタかいだん、: Yalta Conference)は、
1945年2月4日11日
当時のソ連クリミア自治ソビエト社会主義共和国ヤルタ近郊で行われた
アメリカイギリス、ソ連による首脳会談。”

クリミア半島の黒海に臨んだヤルタは
温暖な気候で
当時の貴族や上流階級の別荘の並んだ
リゾート地だったらしい

ロマノフ家のアレクサンドル3世皇帝や
ニコライ2世の宮殿も建っていた

ヤルタ会談の
行われたその会場は
ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世の

夏の離宮であったリヴァディア宮殿だった

b0209886_14520191.jpg

1911年
ニコライ2世統治の時代に
白亜のリヴァディア宮殿が建造されたもの



トランプ大統領がホワイトハウスの執務室に飾った
チャーチルの頭部像だけど

W・チャーチルは
世界遺産にもなっている
ブレナム宮殿で誕生している

初代ジョン・チャーチル(総司令官)が
スペイン継承戦争でドイツのブレンハイムで
フランス軍に勝利したご褒美に
当時のアン女王から贈られたんですね

黄金のドレスのアン女王
b0209886_15240136.jpg
アン: Anne Stuart, 1665年2月6日 - 1714年8月1日)は、
最後のイングランド王国スコットランド王国君主
(女王、在位:1702年4月23日 - 1707年4月30日)で、
最初のグレートブリテン王国君主(女王、在位:1707年5月1日 - 1714年8月1日)、
及びアイルランド女王。ステュアート朝最後の君主でもある


ウィンストン・チャーチル首相は
故ダイアナ妃とも親戚らしい

ちょっとググってみますと
ややこしいですが

初代マールバラ公ジョン・チャーチルの
奥さまになったサラ・チャーチル(Sarah Churchill)は
アン女王の女官も務め
夫の出世にも貢献した有能な女性だったらしい

このジョンとサラ・チャーチルの間の子どもに
ヘンリエッタとアンがいますが

次女ヘンリエッタは女性ながら第2代マールバラ公となり
3女アンはチャールズ・スペンサーと結婚し
同名の息子が第3代マールバラ公となった

この第3代のマールバラ公チャールズ・スペンサーの
直系の子孫がイギリス元王太子妃ダイアナである、らしい



チャーチル首相が生まれた
ブレナム宮殿


歴代のマールバラ公爵ファミリーに混じって
親戚のスペンサー家の
ダイアナ妃の肖像画も飾られているとか


b0209886_16203032.jpg



ホワイトハウスなんかより
世界の王様の宮殿かのような
広大な敷地に建つ
絢爛豪華なお城ですが

なんと

現在も

故ダイアナ元妃の従兄弟にあたる
マールバラ公爵が住んでいるらしい
(宮殿の一部に)


驚き!

Duke of Marlborough
第12代マールバラ公爵









2017年1月20日スタートした新トランプ政権だけど


メイ英首相とトランプ大統領とプーチン大統領の
現在の世界のトップ3首脳?は
なんだか意気投合しそうな
そんな気配








[PR]
by caramel24carat | 2017-01-25 16:43 | 歴史・人物

黄金のカール大帝とアーヘン大聖堂とプロビデンスの目



朝は雪が舞ったり午後からはお天気になったりと
目まぐるしい~⛄~☁~☀




とっても冷え込んだので
温かいお茶入れて飲みました

🍵

もったいないと仕舞いこんでいた・・
マリアージュのアール・グレイを開けて
淹れました

b0209886_15562891.jpg


いい香り~

(箱裏のピカピカのゴールドが撮りたかったんだけどね)



ところで
いよいよホワイトハウス入りした新トランプ米大統領

さっそく
トランプカラーのゴールドがインテリアに採用らしい

オバマさんの去ったあと数時間で
大統領執務室のカーテンは
ゴールドのものに交換されたようです

トランプタワーで見慣れていますので
違和感ないです

b0209886_16064148.jpg


結構なお値段$なんでしょうか?
きっと聞いてびっくりするような代物かしら
下々は知らない方がいいかしら


ところで
天下の秀吉も
黄金の茶室を造ったり
ピカピカ好みだったようですが

前に
15・6世紀ごろにフランスで作られた
トランプ(カード)のハートのキングのモデルが
シャルルマーニュことカール大帝だと知りました




そのカール大帝は
ベルギーのリエージュ近郊のエルスタルが生誕地だったけれど

カール大帝の黄金の像が
亡くなって埋葬された
ドイツのアーヘン大聖堂にあった

b0209886_16441182.jpg

見事な素晴らしい黄金のカール大帝
アーヘン大聖堂宝物館、1349年以降)

カール大帝は
自分は「ローマ帝国の統治者」であるといった
その帝国の中心はローマではなく
アーヘンであった

そしてカール大帝の黄金像が収められている
アーヘン大聖堂は
「皇帝の大聖堂」と呼ばれる、という

大帝が786年に建設を始め
814年に亡くなると埋葬された大聖堂だった

綺麗なガラスの礼拝堂

b0209886_17080361.jpg


その後も

歴代の皇帝たちの戴冠式が
行われた

”アーヘン大聖堂は
936年から1531年にかけての約600年間に
神聖ローマ帝国の30人の皇帝たちの戴冠式
執り行われた場所でもある”

実は

ここになんと

あの≪プロビデンスの目≫があるのですね!


b0209886_17125301.jpg
アーヘン大聖堂に施されたプロビデンスの目の装飾
下側にローマ数字で「MDCCLXVI」(1766年)と書かれている


1766年とは?



ところで唐突ですが
ドラマの話です

ちょっと気にかかります

キムタクのオペしたという
ベルギーの王様の弟の奥さまって
いやにリアルな名指しなんですが

ちょっと調べてみますと

2006年~2016年の間のベルギーの王様は

リエージュ公であった
元アルベール2世国王(在位:1993年8月9日 - 2013年7月21日
この王さまには弟はいなく兄がいた

この方の奥さまなら
絶世の美女パオラ王妃(元リエージュ公妃
1937年9月11日~)

あるいは
元アルベール2世国王の息子の
現フィリップ国王(在位2013年7月21日 - )
を指して王さまなら

その弟という方なら
ロラン王子かしら?

で、その奥さまなら・・




FNハースタル(FN Herstal)?










[PR]
by caramel24carat | 2017-01-23 17:55 | 歴史・人物

サン・ジェルマン伯爵と不老不死の秘薬エリクシール



今日は雨降り~☔


昨日より気温が温くなったのでしょうか

一昨夜はとても冷え込みが強く
昨日の朝には水場に氷が張ってました

b0209886_13481606.jpg



今朝は確認しましたが
氷は張ってませんでした




ところで

プーシキンの『スペードの女王』を読んだのですが




お祖母さんが60年前
カルタの必勝法を
サン・ジェルマン伯爵から教えてもらって
大勝利したことがあった
ということからお話は展開していくのですが


お祖母さんこと
ロシアのアンナ・フェドトブナ伯爵夫人は
若かりしころには
「モスクワのヴィーナス」と呼ばれ
パリのヴェルサイユで行われたカルタ会にも
出かけていた、という



前回オルレアン公に
大負けたした借りを返すため

またもヴエルサイユの
「王妃のカルタ会=au jeu de la Reine」に出て
見事、大勝利するのですが

実はその前に
大負けで借金をつくってしまった
当時のモスクワのヴィーナスさんは
大いに困り
サン・ジェルマン伯爵をモスクワへ呼びつけ
オルレアン公に負けの借りを返済したいので
お金を貸してくださいと申し出ると
借金では返済の負担がありよくない
もっといい方法があります





カルタに勝つ必勝法を教えますから
その通りにやってね
と言われ

ヴェルサイユの
王妃のカルタ会に臨んだのでした
親はオルレアン公でした

そして
「モスクワのヴィーナス」は
サン・ジェルマン伯爵に教えられたとおりに
賭けて見事大勝利したのでした



ここで

そのサン・ジェルマン伯爵とは
一体全体何者か!?



俄然興味が沸いて
ちょこっと調べてみますと

なんと
驚くことに実在の人物でしたわ


サンジェルマン伯爵(サンジェルマンはくしゃく、Comte de Saint-Germain、1691年あるいは1707年? - 1784年2月27日)は、18世紀ヨーロッパを中心に活動したと伝えられる人物である
b0209886_14591112.jpg


この方については
いろいろの伝説や証言がたくさん出てきますが

その中でも

あのヴォルテールフリードリッヒ2世に宛てた手紙では
(1760年4月15日付)

「決して死ぬことがなく、すべてを知っている人物」であると書き
フリードリヒ2世も彼を
「死ぬことのできない人間」と評している

嘘か誠かマコトかウソか!?

まあ、ヴォルテールさんが書いたと言うのであれば
ひょっとしたら愉快犯的に書いたのかな?

なんて妄想ですが

ここで
ヴォルテールとフリードリッヒ2世とくれば
サン・ジェルマン伯爵も
フリーメイソンだったのかしら?




オルレアン公
1771年にはフランス・フリーメイソンのグランドマスターとなり
二年後にフランス・グラントリアンフランス語版を創設した

なるほど


時空を超えた不老不死の不思議な紳士
サン・ジェルマン伯爵は

ダ・ヴィンチの二重らせん階段で有名な
空き家状態だったシャンポール城で
化学実験をしていたこともあったようだ

ニュートンが錬金術にはまっていたように
サン・ジェルマン伯爵も
錬金術や長寿薬に
どうやら没頭していたらしい


Wikiによれば
スペイン王妃とマリー=アンヌ・ド・ヌブール (Marie-Anne de Neubourg) と
貴族メルガル伯爵 (comte de Melgar)と の私生児だったらしい

音楽、芸術、化学に限らず様々の分野で知識が豊富で
さらには経済的にも安泰だったのは
スペイン王室(スペイン・ハプスブルク家)のおかげだったとも



ルイ15世の愛妾ポンパドール夫人とも交流があり
パリ社交界で活躍していた、という

まあ
大ホラ吹きでペテン師風な人物でもあったらしい

1760年になって漸く、サン・ジェルマンをスパイ容疑で告発することによって宮廷から厄介払いした)

その話の内容からは
アレクサンダー大王やイエス・キリストとも会ったというから
時空を超える不老不死の長寿の秘薬を飲んでいるらしい
と巷では噂された、らしい

その秘薬とは「エリクシール」という

ほんとうにそんな秘薬があれば
”ちょっとだけ”試したみたい気がしますが

フフ



そいえば「エリクシール」って
資生堂にそんなのあったね

ところが驚くことに

その長寿の秘薬らしき「エリクサー」100本余りが
2014年5月
NYのホテルの建設現場から
発見されたというから
驚きだわ

なんということでしょうか!?

以下ネットより引用転載

2014年5月、ニューヨークのチャイナタウンで、ホテル建設現場から
19世紀の古い瓶100本余りが発掘されました。
考古学者たちは、そのうちの1本が、不老長寿の霊薬「エリクサー」だった可能性があるとみて、
その成分の再現に着手しています。
見つかった多数の瓶は150年ほど前のもので、当時の飲み物や食べ物の習慣をよく伝えています。
瓶が出土した建設現場は以前、ドイツ風のビアガーデンと音楽ホール「アトランティック・ガーデン」
(1858年設立)があった場所でした。

出土品の1つである緑色がかった小さな瓶を詳しく調べたところ、かつてこの瓶の中に、
飲むと寿命が延びるとされる飲料が入っていたことが分かってきました。
そこで、考古学者チームは、この飲料が実際のところ何だったのか突き止めようと考えました。
考古学分野のコンサルティング会社「クリサリス・アーケオロジー」社長アリッサ・ルーリャさんは、
「この飲料が実際にどんな味だったのか知りたいと思った」と言います。

彼らは、ある医療手引書をもとにレシピを特定。
この飲料には今も使われているいくつかの原料が含まれていたことを解明しました。
エリクサーとされる飲料に含まれていたのは、数種類のハーブと多量のアルコールでした。
その飲み方は、がぶ飲みするのではなく、1回に1滴が適量とされていたようです。
エリクサーのレシピは次のとおり。

アロエ … 13g
ルバーブ … 2.3g
リンドウの根茎 … 2.3g
ガジュツ(ホワイトターメリック) … 2.3g
スペイン産サフラン … 2.3g
水 … 114ml
穀物アルコール(ウォッカ、ジン) … 240ml
 
アロエ汁をしぼり、取り分けておく。ルバーブ、リンドウ、ガジュツ、スペイン産サフランをつぶし
(調理用ミキサーを使っても良い)、アロエ汁、水、アルコールと一緒に混ぜる。
この混合液をたびたび振って混ぜながら3日間おく。チーズクロスまたはコーヒーフィルターを使って
混合液をろ過して飲む。サフランの色で手や調理具が染まるので液の取り扱いに注意すること。


以上転載終了


















[PR]
by caramel24carat | 2017-01-08 16:39 | 歴史・人物

鳥居さんとお重箱



大晦日の今日も穏やかな晴天なり~☀
雲も見当たらず真っ青



時々行きます神社は
150段ほどの階段を登る


b0209886_10100928.jpg




足腰鍛えるには階段の上り下り
来年もそれなりにガンバリましょう



今日はいよいよ大晦日

といっても
毎日が穏やかなお天気なので
半ばお正月気分でもあります




大晦日恒例の
お正月を迎えるための
日本伝統のおせち料理なんてのも
だんだん省略

温かいお料理の方が
美味しいですもんね



マイ二段のお重箱を出してみましたが
何を詰めましょうか

b0209886_10344392.jpg



改めて眺めてみますと
黒と赤の漆塗りが
ほんとうに
美しいわ



ダンゴより花でいい




来年も思うがまま
気ままにブログを続けられたらいいな


皆さま
良いお年をお迎えください








[PR]
by caramel24carat | 2016-12-31 10:53 | 歴史・人物

クナイプビオ オイルとロマン・アブラモヴィッチの新オランダ島




今日も穏やかな大掃除日和あるいはお出かけ日和~☀



冬の乾燥や寒さにはオイル
油断大敵!



とてもサラッとしてベタつかず
浸透力もいい

クナイプビオ オイル ローズ

b0209886_14240062.jpg


先日、マツモトキヨシでみっけた
小さい瓶入りなので携帯にもいいかな




ところで
ちまちましたオイルから
話はジャンプして

超大富豪のロシアの石油王で
チェルシーのオーナーのオリガルヒである

ロマン・アブラモビッチさんですが

名まえが「ロマン」があって「アブラ」とは
まさに孤児から石油王にまでなった人物にふさわしいわ



ところがこのかた
奥様と離婚されていて
なんと大富豪だけに慰謝料も半端なく
2007年3月、世界最高額の
60億ポンド(日本円で1兆3,500億円)だったらしい

💔

そう言えばプーチンさんも離婚されてますが
ロシア人の離婚率は50%とかいう情報もありますから
2組のうち1組だけということかな


ところで、プーチン大統領は
サンクトペテルブルグの出身ですが

なんと、ロマン・アブラモビッチさんは
サンクトペテルブルグに
「新オランダ島」という
現代美術館もあるレジャーランドを建設してらしい

”場所となる三角島は
もと海軍の軍事施設があった由緒ある場所で
これまでへ閉鎖されていた半軍事島であった”

一昨年ですが
サンクトペテルブルグで散歩中

b0209886_15255064.jpg
豪華客船が停泊していた

地図を確認すると
新オランダ島からすぐそばのようでした
2014.8

b0209886_14571239.jpg




”島は当初、
ピョートル大帝の指示で1704年に起工された
海軍省造船所のものだった。
当初、島には真のオランダの造船所の雰囲気が漂っていた。
オランダの造船者と運河から、この場所は新オランダと名づけられた。

 島には18世紀に船庫がつくられ、19世紀に海軍刑務所がつくられた。
1894年にはロシア初、世界6番目の模型船や模型潜水艦の試験プールもつくられた。
島にはバルチック艦隊の倉庫もあったことから、2004年まで閉鎖されていた”

ロシアNOWの記事より引用転載

b0209886_14421561.jpg


”2010年に
ロシアの大富豪ロマン・アブラモヴィチの会社「ミルハウス」が
島の改修を落札し
アブラモヴィチの夫人でモスクワの現代美術館「ガレージ」の創設者である
ダリア・ジュコワ氏が、プロジェクトのキュレーターになった。
2011年から2013年まで夏季限定で試験運営され、
今年8月27日、新装オープンした。

ミルハウスの関係者ジョン・マン氏によれば、
このプロジェクトには60億ルーブル(約90億円)が投じられており、
作業が完全に終了するのが2025年ごろの予定だという。

島では現在、児童向けに
歴史的なフリゲート艦「ピョートルとパーヴェル」風の木製の遊具が、
大人向けにパビリオンがオープンしている。
パビリオンでは9月25日まで、
ガレージ美術館企画の若手芸術家の展覧会「感覚的な経験」が開催されている”


このロシアNOWの記事によれば
ロマン・アブラモビッチさんの奥様は
モスクワの現代美術館「ガレージ」の創設者である、らしい

アブラモビッチ夫人でありプロジェクトのキュレーターでもある
ダリア・ジュコワさんとは
3番目の奥さまなんでしょうか?

前の奥さまとは2007年の離婚で
新オランダ島のプロジェクトの話が2010年
の3年後

ということは3番目のパートナーかしら?

アメリカの大富豪トランプ氏と同じだわ!

ロマン・アブラモビッチも
未来のロシア大統領の可能性もありかしら?

アハハ

妄想全開な師走のひと時~















[PR]
by caramel24carat | 2016-12-18 15:15 | 歴史・人物

サザンカとティアラとウォルツスキー



今日は風が冷たいけれど快晴~☀


梅の木と太陽

b0209886_11252314.jpg




近所の生垣の
サザンカの香りがほのかに漂っている~

b0209886_11295464.jpg



サザンカの香りは好きなのよね



本日もコリンシアHのメールに
サンクトペテルブルグのカザン聖堂の
美しいクリスマスツリーの飾られた写真があった


b0209886_11371863.png


サンクトペテルブルグ出身の
プーチン大統領が本日来日するらしい

ところで
ふとプーチンファミリーのこと
ちょこっと気になって
検索すると

なんと
次女さんがフォーブス誌(ロシア版)の
富豪ランキング第4位の男性と結婚されているらしい

アメリカ次期大統領のトランプ氏の
才媛イヴァンカさんみたいですね



家族のプライバシーの報道に関しては
絶対タブーというお達しがあるらしいですが
昔の帝政ロシアの皇帝ではないので
多少の許されるはず
でもプーチンさんだとなんとなくコワいかな




ところで
アレクサンドル3世が皇后マリア・フョードロヴィナに贈った
インペリアル・イースター・エッグの
ファベルジュの卵ですが

ロンドンのアンティークジュエリーを扱う
高級老舗宝飾店「ウォルツスキー」が
鑑定し匿名の人物に売ったらしい
(いやいや、そうではなく元の持ち主ロシアにそのまま返還なの?)


このウォルツスキーも
ドクター・ハマーと同じように
ロシア革命後のロシアへ行き
王族や貴族の財宝(国が没収)を
財政難の新ソ連から安く買い取ったらしい

このウォルツスキーは
英王室御用達で
キャサリン妃やカミラ妃の指輪も作っているらしい

ちなみに
アレクサンドル3世妃とエドワード7世妃は
元デンマークの王女で仲良し姉妹なんですね

b0209886_13115735.jpg




ファベルジュの金の卵ですが
やっぱり
ロシア政府が接収したものかしら?
2014年にプーチン大統領がエルミタージュに寄贈したわけですから

ひょっとしたら
その匿名の人物はロンドンに亡命して逮捕されたり投獄されたり
或いは★にされてしまった
ロシアのオリガルヒの一人だったのかしら?
噂の34億円で買える人物なんて
そうそういませんものね

チェルシーを買ったロマン・アブラモビッチは
オリガルヒの一人で有名でしたね

ところで
(三日月型のカザン聖堂をみてましたら)
お姫さまにはティアラですよね

アレクサンドル3世の弟にウラジミール大公がいらして

その妃のウラジミール大公妃(宝石大好き)のティアラが
現在エリザベス2世女王に受け継がれているらしい


元はしずく型の真珠が下がっていたが

Vladimir Tiara


b0209886_12242337.jpg




メアリー王妃(ジョージ5世妃、エリザベス2世女王の祖母)は
エメラルドにリメイク

b0209886_12275136.jpg



The Royal Collection Vladimir Tiara

ほんとドッチモきれいだけど
やがてキャサリン妃がかぶるのかしらね
















[PR]
by caramel24carat | 2016-12-15 12:37 | 歴史・人物

ヴォーリズ設計の松方ハウスとハル夫人とライシャワー雑感




昨夜のあめも上がり日が差している~



隣家の南天
ヒヨドリがとまっていたのですが
撮ろうとしましたら飛んでいきました


b0209886_14293678.jpg




昨日はキューバのカストロが亡くなられたそうだ、90歳!
そして、その訃報は
カストロの弟で現議長のラウル・カストロ氏によって知らされた

(ちなみに、カストロさんて背が190㎝!)

まあ、しかし、驚きます!

ごく普通に考えて
高齢の兄弟がいまだに国家元首の座に座っているなんて
独裁国家じゃないの?

よくは解りませんが
なんか英雄の扱いのようですが


トランプ氏が「独裁者が亡くなった」と言ったらしいですが
それもなんとなくハズレではないような気もする



ところで

前回、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの
近江兄弟社の「メンソレターム」についてちょっと書きましたが

ヴォーリズは建築設計事務所もやっていて
近江の豊郷小学校(薩摩治兵衛や伊藤忠のゆかりの小学校)や

東京元麻布にある松方ハウスなども設計している

松方ハウスというのは
明治の首相松方正義の息子さん松方正熊氏邸で

戦争中は松方一家が軽井沢へ疎開していた間
スウェーデン大使館として使われていたらしく
焼け残ったたしい

松方ハウスは、その後は、松方正熊の3女松方種子が
西町インターナショナルという学校を開いた

ここ西町インターナショナルの卒業生に
なんと、ジャニーズ事務所のメリー喜多川のムスメ
藤島 ジュリー景子ふじしま ジュリーけいこ1966年7月20日 - )がいました
詳しいことは知りませんが
ジャニーズ事務所と言えば

そういえばSMAPのゴタゴタ解散騒動はどうなったのでしょうね

💔

そんなこんなで世の中いろいろ繋がっているのね


ちょっとジャニーズにそれましたが

ハル・松方・ライシャワーさんの
お母さまである

松方正熊の美代子夫人は
”生糸貿易の先駆者で元横浜生糸会社会長の新井領一郎の孫”にあたる

新井領一郎(群馬桐生出身)はニューヨークへ渡り
日米絹貿易に尽力したその道のパイオニアだったらしい

新井領二郎の息子が新井米男という

(アメリカで生まれたから米男さんなのかしら)

その”息子の新井米男[5]はハーバード大学を卒業し、東京海上火災保険会社(現東京海上日動火災保険)アメリカ支社総支配人、ジャパン・ソサエティ副会長を歴任し、第二次世界大戦後はニューヨーク山一證券会社取締役会長を務めた。米男は、アメリカ東海岸で生まれた最初の日本人といわれている。娘の美代は松方正義の息子の松方正熊に嫁いだ。美代はアメリカ東海岸で生まれた帰国子女第1号といわれている。孫の松方春子は、駐日本アメリカ合衆国大使エドウィン・O・ライシャワーの妻ハル・松方・ライシャワーとなった。同じく孫の松方種子は、西町インターナショナルスクールの創設者である。”



まあ、驚き!
華麗なる一族なのですね
トランプファミリーみたいだわ!

そんなわけで、松方正熊夫人美代さんは
帰国子女だったのですね



松方正熊と美代夫妻の次女のハルさんが
ライシャワーと結婚したわけですが




近江八幡でキリスト教の伝道師として活動する一方
メンソレータムの代理店近江兄弟社や
建築設計事務所をやって広岡家や松方家の邸宅も建てた
ヴォーリズさんですが

同じくヴォーリズが設計したという明治学院で布教活動していた
オーストリアからの移民でアメリカ人宣教師の両親のもとに
親日家として知られるライシャワーさんは
生まれている

ライシャワーさんの風貌からは
オーストリア人というのも納得
(最初はスウェーデン人かなとも思った)



ライシャワーさんは14歳まで
日本育ちで当時”築地”にあったアメリカンスクールに通っていたらしい

それまでは全くアメリカは知らなかったという
また、一般日本人との接触はあまりなかった、らしい

ライシャワーさんは
一度、パリ大学学生だったアドリエン (Adrienne Darnton)という女性と
東京で結婚するが3人の子供を残して亡くなってしまい

この後、このライシャワーさんの奥様になったのが
松方ハウスと呼ばれる私邸を建てた
松方正熊の次女松方ハルという女性

松方ハルさんはライシャワーさんとは反対に
ずっとアメリカで育った

つまりアメリカの文化に違和感がない二人の出会いだったのですね

そしてハル・ライシャワー駐日大使夫人となったわけですね

明治の大物政治家で日銀の設立者でもあった
松方正義のお孫さんにあたるわけですから

以前にブログに書いた川崎造船で財を成した松方幸次郎は
そして、松方コレクションでも有名な
松方幸次郎は松方正熊の兄にあたるので

ハル・ライシャワーさんの伯父にあたるわけですね
(松方Fは兄弟がたくさんいてオモシロいですね)

松方ファミリーと親戚になったライシャワーさんですが

昨日90歳で亡くなられたカストロの
1961年のキューバ危機のころ
ケネディ大統領から駐日大使に任命(1961年)されている

キューバ危機はソ連がキューバに核施設を作るぞ!といったので
アメリカ大統領のケネディが慌てたという

結局、その2年後、1963年11月22日にJ・Kは暗殺されましたが


ライシャワーさん

”エドウィン・オールドファザー・ライシャワー英語: Edwin Oldfather Reischauer, 1910年10月15日 - 1990年9月1日)は、アメリカ合衆国東洋史研究者である。ハーバード大学教授。1955年昭和30年)から1963年(昭和38年)までハーバード燕京研究所所長、1961年(昭和36年)から1966年(昭和41年)まで、駐日アメリカ大使を務めた。大使退任後はハーバード大学日本研究所所長として歴史に限らず日本研究を推し進め、後進の指導にも尽力した。その功績から同研究所は1985年(昭和60年)にライシャワー日本研究所と改称されている。”

ところで

ライシャワーの奥様の「ハル」といえば女優の「波留」さんだわ




そして、ふと思い出した言葉ですが
「ハル・ノート」ってありましたよね

以下読みますと、アメリカの正式な通称は
”主に1941年11月26日アメリカ提案[9]、あるいは"Ten Points"と呼ばれる”
とあり、「ハル・ノート」は日本での通称らしい

1941年11月26日とは
(日本時間では11月27日とは!)
ちょーど、今から75年前ですね!


ちょっとWiki引用転載

”ハル・ノート(Hull note)は、太平洋戦争開戦直前の日米交渉において、1941年(昭和16年)11月26日日本時間11月27日[1][注釈 1])にアメリカ側から日本側に提示された交渉文書である。交渉のアメリカ側の当事者であったコーデル・ハル国務長官の名前からこのように呼ばれている。正式には合衆国及日本国間協定ノ基礎概略(Outline of Proposed Basis for Agreement Between the United States and Japan)と称する[2]

冒頭に「厳秘 一時的且拘束力ナシ」[3](Strictly Confidential, Tentative and Without Commitment)という但し書きがあり[注釈 2]、アメリカ政府の正式な提案ではなく、ハルの「覚書」という側面がある[7]。日本で「ハル・ノート」という通称が用いられるようになった時期は明らかではないが、戦後の極東国際軍事裁判前後だと考えられる[8]。アメリカでは「ハル・ノート」ではなく、主に1941年11月26日アメリカ提案[9]、あるいは"Ten Points"と呼ばれる[10]。”

よく詳しいことはわかりませんが
アメリカが日本に対して最後通告をしたということらしい

資源のない日本は生きる道を探っていたのに
無慈悲な最後の言葉だったらしい

パフィの「これが私の生きる道」♪
や「アジアの純真」の歌詞って
ワケわかんなかったけれど
けっこう意味深いのかしら?

(最近パフィの名まえみて驚き!)

💔

「勝ち負けを度外視しても開戦を選択せざるを得ない理由こそがまさに『ハルノート』である。(正式名称、合衆国及び日本国間の基礎概略)開戦前夜の昭和16年11月26日アメリカ国務長官 コーデル・ハルが日本政府に対して通告してきた文書でこれを読んだ日本国はアメリカからの最後通告と解釈したのである。

当時日本はアメリカ・イギリス・支那・オランダによる対日経済封鎖により石油・ゴム・といった資源のほとんどを供給停止されていた為に南方進出を真剣に考えていた。」



ライシャワーさんですが
日米対戦時にはワシントンで
アメリカ陸軍の諜報部で暗号解読をやっていたのですね!



”情報将校としての戦時の活躍
 幼少期を日本で過ごし、その後、アメリカに帰ったライシャワーは、オーバリン大学を卒業後、ハーバード大学院に入り、平安期の仏教の研究で博士号をとっている。そして一九四一年、ハーバード大学極東言語学部で日本語の専任講師となった。
 この年末、パールハーバーがあり、日米は開戦するが、その直前の数カ月間、彼は国務省極東課に調査分析官をつとめている。ワシントン暮らし初体験であった。
 そして翌四二年、陸軍省の要請で、ワシントン郊外において暗号解読と翻訳のための暗号要員学校の組織と運営にあたる。その後いったんハーバードに帰るが、四三年九月から陸軍諜報部(G2)のスペシャル・ブランチに所属し、連絡将校として活躍。そのときの地位は少佐だった。
 ブランチの首脳部は、解読した日本語暗号を素早く選別するかれの仕事ぶりに注目し、最優先で部下を選ぶ権利を与えた。かれは自ら育てた暗号将校に指示し、日本軍や政府の暗号文書で、アメリカ側が傍受した重要文書の解読を指揮した。
 「日本陸軍の一般暗号を解読しかけていたとき、思わぬ幸運が舞い込んだ。1944年1月、ニューギニア北岸を進んでいた米軍が、日本軍の暗号簿をそっくり手に入れたのである。解読の苦労は、一挙になくなった。以後は解読機械が滝のように情報を吐き出し、私たちは宝の山に埋もれそうになった」
 「戦争末期の1年半ほどの私の仕事ほど面白いものは、あの大戦中にも例が少ないだろう。日本陸軍やその配置に関する情報は、すべて私の手を通り、外交電報もほとんどを見た私は、日本の立場から戦争全体を眺めることができた」(以上、『自伝』) ”  以上文春記事





ついつい長くなってしまいました
イロイロメモ







[PR]
by caramel24carat | 2016-11-27 13:30 | 歴史・人物

メンソレータムとヴォーリズと近江兄弟社




青空をバックに黄金のイチョウ並木がきれいでした~☀
ちょっと出かけてきましたが
昨日とは一変しポカポカとあったかい!
(残念だけど車だったので写真はないのですが)




ところで
可愛いバームクーヘンのお菓子の箱みてましたら


b0209886_12401280.jpg

中はイチョウ型に切れた
一口サイズでした


b0209886_12421210.jpg



昔あった可愛いナースのマークの
「メンソレータム」のこと思い出しました

b0209886_12490096.jpg



冬の乾燥した時期には
ワセリンタイプの軟膏を
ちょっと使ったこともあったような

ユーカリ成分が入っていて
スースーしました



ナースちゃんのマークが
ほんとに可愛いメンソレータムですが

今は
なんとロート製薬に買収されてしまったみたい

このメンソレータムを
日本の代理店として取り扱い始めたのが

なんと近江にキリスト教の伝道師として
やってきたヴォーリズさんだった



「近江兄弟社」という社名については

滋賀県の「近江」八幡にあって
キリスト教の教えでは
人はみんな「兄弟」というところかららしい

リーマンブラザースみたいな本来の兄弟じゃない
ってところがキリスト教伝道師らしいわ


ヴォーリズさんって
建築家としても大変有名で

1500件ほどの建築に携わっているから
驚きです!

あのライシャワーの明治学院もそうらしい


ウィリアム・メレル・ボーゲルさんは
日本人女性一柳満喜子と結婚し
日本名は一柳米来留という

奥さまは昔なら大名家のお姫様で
なんと
ペンシルベニア州の大学へ留学している

ペンシルベニアといえば大学は違いますが
イヴァンカ・トランプさんの大学と同じ州だわ

このあと帰国し
一柳満喜子さんは
兄の養子先の広岡家の改築を依頼されていた
ヴォーリズと出会うことになった

”1918年(大正7年)ヴォーリズは、大阪の豪商・加島屋(加島銀行を設立。今日の大同生命の設立母体)の廣岡家の増改築を依頼された。ちょうどその頃、父の病気を理由に呼び戻されてアメリカから帰国していた“一柳満喜子”と出会うことになる。

廣岡家は、満喜子の兄、一柳恵三の養子(婿入)先であり、9年の長きに渡ってアメリカに留学していた満喜子は、通訳を兼ねて、増改築についての協議に加わることになった。”

以上メンソレータムから引用転載

ああ~そうなんだ!

実はNHKの朝のドラマは全くみないのですが

ビックリポンの「あさが来た」の
ドラマの主人公広岡朝子の旦那様の
妹にあたるらしい

広岡家は、満喜子の兄、一柳恵三の養子先でお婿さんなのね

ああ~世の中狭いわ!
(といっても全く関係ない話ですが)
アハハ


参考のため一柳満喜子略歴引用

1884年父・一柳末徳(旧小野藩主・子爵)、母・栄子(クリスチャン)の三女として東京で出生。
1908年1908年 神戸女学院音楽部ピアノ専攻卒業。日本女子大学校で助手となる。
1909年1909年 アメリカ外遊に出る。ペンシルバニア洲ブリンマーにある進学準備学校に入学。
その後ブリンマー大学の奨学生となる。
1910年ブリンマー長老教会にて受洗。
1917年帰国。
1918年実兄の一柳恵三の養子(婿入)先の廣岡家にてヴォーリズと出会う。


近江といえば
以前にブログで、ニコライ2世の大津事件や
近江商人の薩摩治郎八のお祖父さんの出身地や
伊藤忠の本家があったと
いろいろ書いてたので

なかなか興味深いわ



教育にも熱心で
学校法人近江兄弟社学園を設立

現在も幼稚園から高校までがあるらしい



近江八幡の「八幡」の意味って
なにか深い意味があるのでしょうか?












[PR]
by caramel24carat | 2016-11-25 13:53 | 歴史・人物

エラスムスとマロニエと栃の木と



待てば海路の日和あり~


昨日はアッタカかった
今日は湿度が高い~


今朝の実感ですが
「待てば海路の日和あり」
ウフフッ

b0209886_10134749.jpg



ところで

前回、以前泊ったことのあった
今はもうクローズされた
NYのセントラルパークの南西角近くにあった
「メイフラワー」ホテルのこと調べたとき
ワシントンD.C.にもあると知ったのですが

なんと
栃木県にある豪勢な
「メイフラワーゴルフクラブ」がヒットしたものだから
ビックリしました!

ちょうど次期米大統領のトランプさんも
あっちこちゴルフ場いっぱい持っているらしいですし

また、美貌かつ才媛のイヴァンカさんは
ゴルフクラブで結婚式あげたと知ったばかりでしたしね


b0209886_11580633.png


本格的な英国の格調高い香り溢れる
スコットランドの草原風景を彷彿させる
素晴らしいゴルフクラブなので
ウットリしました




「Mayflower Golf Club」
http://www.mayflower-gc.com/

たまにショボイ打ちっぱなしに行くくらいの
ド庶民にとっては
夢のようなところだわ
(散歩でもいいからしてみたい)

しかし
なぜに「メイフラワー」なのかしら?

栃木県にあるらしいのですが
栃木といえば

以前、大分に漂着したオランダ船「エラスムス号」の船尾に飾られていた
人文学者エラスムスさんの木造がお寺に保管されていたと
そのことは以前に書いたことがあったので


ほんと「栃木」で「メイフラワー」の名前には驚きました

400年前漂着した時のオランダ船「エラスムス号」は
三浦按針や「八重洲」の地名の由来にもなった
ヤン・ヨーステンらが乗っていた
「リーフデ号」として知られています

ちなみに「リーフデ」は「愛」という意味らしいです



栃木の龍江院に保管されている≪エラスムスの木像≫は
ウィリアム・アダムスややン・ヨーステンに
大砲?を教えてもらった縁で
牧野氏が所蔵していたらしい

徳川家康がラグーンだった八重洲に
江戸城を築いたのも
オランダをお手本にしたのでしょうか



ニュルンベルグのデューラーさまも
オランダへ行き
エラスムスに会っている

ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の
デューラーの銅版画

b0209886_11443213.jpg



デューラー 「 ロッテルダムのエラスムス 」 1526 |
 銅板 |24.9x19.3cm |ワシントン・ナショナル・ギャラリー



栃木といえば「足尾銅山」がありましたね!

”足尾銅山は1550年(天文19年)に発見と伝えられているが、1610年(慶長15年)百姓二人が鉱床を発見し、幕府直轄の鉱山として本格的に採掘が開始されることになった。足尾に幕府は鋳銭座を設け、銅山は大いに栄え、足尾の町は「足尾千軒」と言われるような発展を見せ、当時の代表的な通貨である寛永通宝が鋳造されたこともある。江戸時代にはピーク時で年間1,200トンもの銅を産出していた。その後一時採掘量が極度に減少し、幕末から明治時代初期にかけてはほぼ閉山状態となっていた。明治4年(1871年)には民営化されたが銅の産出量は、年間150トンにまで落ち込んでいた。”

なるほどね~


このエラスムスさんを知ったのは
エラスムスの 『痴愚神(女神)礼讃』や
ミュンヘンへ訪れた際、アルテ・ピナコテークで見た

マティアス・グリューネヴァルト 1524~1525頃
≪聖エラスムスと聖マウリティウスの出会い≫など
からでした





そんなこんなで
不思議なご縁というか

そもそも

1620年、イギリスから新天地アメリカを目指した
ピューリタン教徒らのメイフラワー号なわけですが

かたやアメリカ新大陸を目指した「メイフラワー号」
そして黄金の国ジパングを目指した「エラスムス号」
即ち「リーフデ号」



ますます興味深いわ


銀座にマロニエ通りがありますが



栃木県の由来は
やっぱり「栃の木」なんでしょうか

「栃の木」はフランス語では
「マロニエ」

織田信長の弟に有楽斎という方がいますが

「有楽町」の名前は「織田有楽斎」が由来とも


そもそも明治政府が
廃藩置県とか言って
藩名を変えて県名にしたところが
ミステリーっぽいですよね


いろいろ雑感をメモしてみました












[PR]
by caramel24carat | 2016-11-21 11:53 | 歴史・人物