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Caramel 24 Carat

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カテゴリ:建物・アート( 156 )

虎ノ門ヒルズのジャウメ・プレンサの≪ルーツ≫と≪NOMADE(遊牧民)≫




青空のもと風が吹いて心地いい~☀


昨日のたっぷりのあめで
樹木が生き生きしている



ジャウメ・プレンサ(Jaume Plensa)作
≪ルーツ≫ 
2014年

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虎ノ門ヒルズ、オーパル広場にて
2015年12月


この巨大なアート《ルーツ》ですが
膝を抱えてうずくまる人型に形成された
ステンシルをまるめたかのようなオブジェには
日本語、中国語、アラビア語、ヘブライ語、ラテン語
ギリシャ語、ヒンディー語、ロシア語の
8種の言語が使われている、らしい

この作品のタイトルは
≪ルーツ≫ですが

虎ノ門ヒルズ森ビルと
この八つの言語との関係は?
どうなんでしょうね


以前の虎ノ門ヒルズの記事

2015,12

この≪ルーツ≫の制作者は
スペインのバロセロナ出身の
ジャウメ・プレンサ(Jaume Plensa)という方で
世界的に有名なアーチストらしい

ところで
いきなりジャウメ・プレンサの作品≪ルーツ≫を
思い出して冒頭に載せましたが


前回
ピカソの≪白い服の女≫について書いた時

アンティーブの
グリマルディ城・ピカソ美術館について
ちょっと画像を眺めてましたら

おお~っ!とビックリ

以前
虎ノ門ヒルズでミタ
ステンシルの人型アートと同じものが
アンティーブにあると知って
ビックリでした

アンティーブにある
ジャウメ・プレンサ(Jaume Plensa)作は
≪Nomade≫

「nomade」は「遊牧民」らしい

透けた白いオブジェが
アンティーブの海にとても似合っているわ

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遠目からみますと
鎌倉の大仏みたいね

この≪Nomade≫は
2007年にアンティーブの他に場所に設置されたが
2009年の展覧会「1998~2009 ジャウメ・プレンサ」に合わせて
ミッテラン元大統領の甥フレデリック・ミッテラン元文化相らの
来賓の合意のもと
グリマルディ城(ピカソ美術館)敷地内に移されたらしい

同じ作者による
虎ノ門ヒルズの森タワーにあった
≪ルーツ≫ですが

森ビルはスペインとゆかりがあるのかしら

もともと毛利家のお屋敷のあった場所

六本木ヒルズの森タワーには
≪ママン≫という巨大なクモの彫刻もありました

≪ママン≫は
バスク地方のビルバオのグッケンハイムにもあったけど

ピカソもプレンサもスペインの
やはりなにか縁があるのでしょうか

仏アンティーブのピカソ美術館になっている
グリマルディ城ですが

中世には司教たちの住居だったグリマルディ家の歴史ある城塞で
1928年より市立美術館として使われていた
その後
1966年ピカソ美術館としてオープンし

2008年7月19日、2年半におよぶ改装工事後
リニューアルオープンしている

ピカソの主な作品は≪生きる喜び≫

そもそも
ピカソ美術館になった経緯ついては

1946年9月~11月ごろ
ピカソはフランソワ・ジローとともに
大作制作のため海の見えるグリマルディ城の一部分を
アトリエとして借りていたことが縁で
そのお礼に制作した作品を寄贈したらしい

グリマルディ城塞のピカソ美術館

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現在の
モナコ王室は
このグリマルディ家らしい
という情報もあり
ビックリ!

現モナコ国王アルベールは
TOKYOオリンピック?



ところで
ちょっとある事件を思い出しましたワ

数年前に
その要塞のようなピカソ美術館(グリマルディ城)について
リニューアルオープンしたと
ブログに書いたことがあったのですが

なんとその翌日
韓国のノムヒョン元大統領が
から転落死したと
ネットニュースを読み驚いたことがありました
(D,2009年5月23日)

グリマルディの城塞と崖が
妄想ボンドで
くっついて記憶されてました~



話は思いっきり飛んでしまいますが

いつも韓国の大統領の末路は
なんだか悲惨ですね

というわけで
ジャウメ・プレンサの≪ルーツ≫と≪遊牧民≫
アレコレでした








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by caramel24carat | 2017-08-08 14:33 | 建物・アート

リュートの調べとハルシュタット




爽やかな夏空が広がっている~☀



相変わらずのセミ時雨が続いてますが

今朝は静かなリュートの調べにウットリ~しました♫


前回、セバスティアン・ストースープフの
≪夏あるいは五感≫
を眺めながら
マンドリンのような楽器は何だろう?
と気になって調べますと
リュートでした

一見ラグビーボールのよう

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この拡大した部分の絵をよく見ますと
窓の外には後ろ向きの人物が立っている

リュートを抱えているんですね
演奏しているのでしょうか
そして
そばのワンコはジッと聴いているのでしょうか

17世紀といえばバロック音楽
リュートは大衆も愉しんだ楽器なのですね

ギターの原型のようで
指で奏でるので
ヴァイオリンのようにボウを使わないところが
案外易しいのかも知れない




そう言えばリュート
結構絵画に登場してます

カラバッジョの
≪リュートを弾く若者≫
1590年頃

この作品は何枚かあって
サンクトペテルブルグのエルミタージュと
NYのメトロポリタンにあるらしい
(そうだったのか!?)

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セバスチャンと似たモチーフが描かれているわ
セバスチャンは1633年だから後
赤い柄の織物もよく似てる!

カラバッジョを明らかに意識してるのかな

広げられた楽譜とリュート
ヴァイオリン、笛、小さな鍵盤楽器(これは何でしょう?)

曲は何でしょうか?

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他にも
カラヴァッジョの
若者が合奏している作品もありました

カラヴァッジョは
イタリア、ペルガモ県のカラヴァッジョ村で
幼少期育ったんですね
(ミラノ生まれ)
ダ・ヴィンチ村のダ・ヴィンチのように
村の名前なんですね

≪若者の合奏≫
1595~96年

NY,メトロポリタン

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メトロポリタンでは見逃したのイイっぱいあるわ



リュート、バロック音楽で検索しましたら
YouTubeに
とてもよくまとまったものがありました

John DOWLAND - Galliards - Paul O'DETTE.avi




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リュートが登場する作品には
あのフェルメールの作品にもありました

≪リュートを調弦する女≫
1662年 - 1663年
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NY,メトロポリタン

(このフェルメールの作品もMETで
観てませんでした)

ところで

フェルメールの作品には
背景の壁に地図が描かれているのですね

オランダ黄金時代に活躍した
フェルメールですが

当時とても貴重であっただろう
地図

描いているのですね

日本で綱吉に謁見した
ドイツ人ケンペルは
2年の滞在の間に
素晴らしい日本地図を作成していたんですね



そうタイトルのハルシュタットですが
オーストリアの湖水地方にある町で
とても風光明媚な観光地らしい

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あの
映画「サウンドオブミュージック」の撮影地らしい

つい先日
どうしてもヴァイオリンを弾いてみたいと
大それた思いに憑りつかれ

ハルシュタットという1万円ほどの
オモチャのようなヴァイオリンを買ってしまった
(動画で独学でも弾けるというのがあって)

Ahaha

いちまんえんのまいヴァイオリン
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1日でギブアップ



ザルツブルグにも近い
古代ローマ時代からの古い街
ハルシュタット(Hallstatt)には

(ハルはHallでケルト語の塩という意味らしい
シュタットは場所)

岩塩抗があって

なんと
ナチス、ヒトラーは
強奪した美術品のコレクションを
連合軍の目を避けて隠していたんですね

その中には
フェルメールの
≪絵画芸術≫があった、という
















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by caramel24carat | 2017-08-04 12:00 | 建物・アート

セバスチャンの≪夏あるいは五感≫



今日は風が吹いて涼しい~⛅



8月に入ったばかりなのに
何かしら季節の移ろいを感じます



セバスチャンの

≪夏あるいは五感≫

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1633年、ストラスブルグ


前にメトロポリタンで観ました静物画
≪曲げわっぱのお弁当箱≫について
ちょっと書きましたが



同じ画家セバスチャンの作品に
≪夏あるいは五感≫という
とてもセンスの良いタイトルの作品があって
驚きました

Stoskopff
≪L'été ou Les cinq sens≫
(Summer or the Five Senses)
1633

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Sebastien Stoskopff

(b. 1597, Strasbourg, d. 1657, Idstein)



この作品について眺めてみますと

部屋の中央には
若い女性が
採れたてのモモやブドウがたくさん盛られた籠を
抱えて立っている

さらに部屋の中を眺めてみますと

手前の赤い模様の織物の掛かったテーブルには

花瓶があり

モノクロのチェス盤のケース

マンドリンのような楽器と
広げられた楽譜

丸いテーブルには星座儀

壁にはヴァイオリン!や

黒い扉付きの壁掛け?

とさまざまなものが
精細に描写されている

(ある程度の富裕層の持ち物かしら)





この作品のタイトル

≪夏あるいは五感≫

の意味するところは

それぞれの描かれたオブジェが
五感を表現している、という

楽器:聴覚
花:臭覚(匂い)
チェスのテーブル:タッチ(触覚)
果物:味覚
星座儀:視覚


研ぎ澄まされた感覚をモノへ集中させ
彼流に表現したのですね

窓の外の森と湖
さらに
後姿の人と一匹のワンコ

夏の静かな情景が描かれている

セバスチャン素晴らしい!

当時の文化レベルや風俗も手に取るように分かって
とても興味深い絵画だわ

セバスチャンの作品
このほかにも
たくさ~んあって興味が尽きない

セバスチャン・ストースーープフの出身地
(読み方がいまいち?)
ストラスブルグのノートルダム美術館所蔵

この作品は1633年ですから
384年前に描かれたものになる

(日本では3代将軍徳川家光の時代)

そういえば
「シックスセンスっ」てありました
第六感のことかな

五感を超えるものを指しており
理屈では
説明できないある感覚、らしい






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by caramel24carat | 2017-08-02 15:00 | 建物・アート

もみじの花とザハ・ハディドの≪新666 Fifth Avenue≫の完成想像図




とても気持ちのいい日~



芽吹いた新緑にまじって
もみじの赤い小さな花が咲いてます
ほんと可愛い

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ところで

以前偶然知った
ジャレッド・クシュナー氏の
NY 5番街の
666 Fifth Avenueビルですが

再びリンク
中国の不動産開発を手掛けている
アンバン保険とは

どうやら交渉は暗礁に乗り上げていたらしい
いや先月の終わり頃には撤退したとも
報じられたようですが



驚くことに
60年前の1957年に建設された
≪666 Fifth Avenue≫ビルの
再開発計画が

2015年から進められていたようだ

その建築設計は
なんと驚くことに

日本の東京オリンピックの
新国立競技場(最初の案)を設計してた
ザハ・ハディド氏だった

新≪666 Fifth Avenue≫ビルの
完成想像図

超超高層タワービルだわ

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2015年スタートしたプロジェクトらしいですが
ザハ・ハディドは
2016年に亡くなってしまいましたね

膨大な建設費で揉めていた渦中の
訃報でしたので
ビクッリしましたけど

ホテルといえば
すぐ隣に
バカラホテルが最近オープンしたばかり


新≪666 Fifth Avenue≫ビルの
再開発プロジェクトには
上層階にホテルもあって

ちょうど
中国アンバン保険は
マンハッタンの老舗ホテル
ウォルドルフ・アストリアも買い
改修に突入しているし

クシュナーの≪≪666 Fifth Avenue≫ビルの
すぐ隣には

あのBaccratの
バカラ ホテルもつい最近オープンしたばかりだし

ひょっとしたら
ちょっと
アンバンも躊躇したのかも知れない?


なにしろ巨額の投資だけれど

それとも
アンバン保険Gは
そんなのヘッチャラなのかしら?

高層タワーホテルは
見晴らしはいいけれど

宿泊するには
エレベーターがいくら速いといっても
ちょっと時間がかかって
まどろっこしいです

そういえば

グランドセントラル駅
隣に
ヴァンダービルドのビルも
竣工してましたね




















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by caramel24carat | 2017-04-14 15:03 | 建物・アート

サンリオの名前の由来とトランプのハートのキングについて




明日は大寒ということでさすが冷えます~⛅





2017年の年賀はがきの当選発表があって
4等の切手シート2枚もらいました



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52円と82円切手のセット
(下2けた、45、51)

なかなか可愛いシートでしたわ


ところで
キティちゃんの年賀はがきを出したのですが
(逆さに刷った失敗分)

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可愛いキティちゃんのキャラクターで誰もが知る
サンリオ
って名前の由来何だろう?

とちょっと調べてみると

なんと
山梨王(サンリオ)
が由来らしい

創業者が山梨の出身で
その「「を目指す
という意味合いと

「オー」という
語尾の響きもいいから
ということらしい

そうだったんだね
私はまた「リオさん」をひっくり返したのかしら
と思ったけどね

もう一つスペイン語「聖なる河(San Rio )」とも

その他に

もともとあった
「山梨シルクセンター」のブランド名「サンリオ」から
昭和48年ごろに使用するようになった、とも
(まあ、どれが本当でしょうか?)



ところで

いよいよ明日、1月20日は
第45代トランプアメリカ大統領の誕生
ある意味”世界の王さまの戴冠式”のような
微妙なムードも感じられるわ



そもそもトランプ家の名まえの由来って
興味深々なのですが

いわゆるゲーム用のトランプカードについては
15世紀ごろにはトランプカード製造者がいたらしい

英国では
チャールズ1世と2世(1649年~1660年)のころは
トランプ製造は違法だった

主にフランスで製造されたトランプカードには
絵札にそれぞれ歴史や神話上の人物を
充てるようになった、という

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それぞれのキングについては

♠ スペードのキングが ダヴィテ
❤ ハートのキングが シャルル(シャルルマーニュ)
 ダイヤのキングが シーザー
♣ クラブのキングが アレクサンドロス大王

いや~知らなかったわ
改めてトランプのキングを眺めてみたい

聖書や歴史上の人物が描かれたキングカードですが
ハートのキングのシャルルマーニュは
カール大帝

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このカール大帝という偉大な人物は

なんと

742年、ベルギーのリエージュ州の
エルスタル(Herstal)に生まれている

「リエージュ」といえば
つい最近の
東京オリンピックに絡み
ベルギーのリエージュ劇場の
エンブレム盗作問題があったあのリエージュかしら!?

ハートのキングにカール大帝が選ばれたのは
生誕地エルスタルに因むらしい
なるほど!
エルスタル「Herstal」はフランス語読み
英語読みだとハースタル
つまって「ハート」なのかしら

エルスタル(Herstal)は、
ベルギーの自治体。
ワロン地域リエージュ州に属し、すぐ近くをマース川が流れる。
古くはエリスタル(Heristal、Héristal)と呼ばれたほか、
英語風にハースタルとも表記される。

なかなか西洋の歴史って
オモシロいけど
ややこしい







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by caramel24carat | 2017-01-19 14:53 | 建物・アート

ダーシャ・ズコバとモスクワの現代美術館≪GARAGE≫




本日も穏やかな師走の一日~☀





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万両と
ダイソーの100均の木目調のトレー


昨日ボンドを買いに行って見つけた
あまりにも綺麗で軽くて100均とは思えなく
つい買ってみたトレー
侮れない

赤い実の「万両」と「千両」の違いは
細長い葉っぱが万両で
赤い実が下に付いたのが万両のようです
(千両は葉の上に付く)




ところで、昨日
ロシアの大富豪ロマン・アブラモビッチの
3番目の奥さまがモスクワで現代美術館
≪GARAGE≫
を設立したと知って驚きました

オランダのロッテルダムの建築家
レム・コールハース設計による
ガレージ

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旧ソ連時代に建てられた

廃墟同然だったストラン「四季」の建物を
改修して現代美術館に蘇らせたという

左からロマン・アブラモビッチとダーシャ・ズコバ(夫人)
右端は建築家レム・コールハース氏
ハーバードの建築科の教授でもあるらしい
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日本では博多にある
1991〜1992年に竣工したネクサスワールドの
レム・コールハース棟があるらしい



モスクワの≪ガレージ≫は昨年の一年前
2015年6月12日のオープンだったようです

ここの1階の入場料は無料で
商業目的は追求せずむしろ啓蒙活動を目指している

エルミタージュとは全く正反対の
シンプルな外観ですが
中には図書館やカフェもあり
親子で気軽に楽しめる施設のようだ




設立者のダーシャ・ズコバさんは
2008年ごろから構想を練っていたようだ
ちょうどロマン・アブラモビッチさんとの
出会いがあった頃でしょうか

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元モデルと富豪のカップルはメラニアさんとトランプ氏もいますが

元モデルのダーシャ・ズコバさんは
やはりロシア人の父親がオリガルヒの富豪で
アレクサンダー・ズコバ氏といい
1993年からロンドン在住で
2001年からは英国市民権取得

しかし
ロシアでは投資を行っていて
輸送や道路建設事業や食品や冷凍倉庫やアイスクリームやと

様々の事業を幅広く行っているみたい

2001年には
ウクライナから旧ユーゴスラビアへ武器密輸の容疑で
イタリアで逮捕されたこと(数か月)もあった、との情報もあり
奥さまとは離婚している

 
Alexander Borisovich Zhukov Александр Борисович Жуков
(born June 13, 1954)



いろいろと文化的な活動をやっておられますが
ダーシャ・ズコバさんは
すでに2児の母のようです

将来的には知名度もアリ
まさかの大統領夫人も?

サンクトペテルブルグの旧海軍の施設のあった
三角島に「新オランダ島」の建設も
着々と進んでいるようですが

直ぐ近くのネヴァ川には豪華客船が停泊していました

ロマン・アブラモビッチは
世界第2位の豪華ヨット「エクリプス(eclipse)」を所有しているそうだが
建設当時は1位だった

現在は
ドイツで建造されていた世界最大級のスーパーヨット「アッザム」らしい
(中東の富豪)



ヨットにはあまり関心はありませんが

トランプ夫人のメラニアさんが
豪華客船の命名者だったのを思い出したものだから

なにか接点のようなものがあるのかしら?



























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by caramel24carat | 2016-12-19 16:39 | 建物・アート

9年前のオークションで落札されたロスチャイルドのエッグ時計




今日もいいお天気~☀


師走とはいえ
なんて過ごしやすいのでしょうか



電線にスズメが2羽チュンチュンと囀ってました
一羽は飛んでいきました~

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ところで

前回、プーチン大統領が
2年前、エルミタージュ美術館250周年の記念に
ロスチャイルドのエッグ時計と
アレクサンドル3世夫妻の結婚記念の時計の
2点を寄贈した記事を載せましたが


そのうちの1点
ロスチャイルドのエッグ時計と
ひょっとしたら同じかも知れないと思われる!?

ファベルジェの華麗なエッグ時計が

今から9年ほど前の
2007年、11月29日に

ロンドンのクリスティーズのオークションで

なんと

ロシア人によって落札されていました!?

その時のマイブログ記事
その時の不明のロシア人によって
800万ポンド(約18億2000万円手数料抜き)で
落札されのは
100年間ほどの間、ロスチャイルド家の秘蔵だった
ピンクの華やかなファベルジェのエッグ時計

卵のフタが開き
おんどりが時を告げるらしい


こんなの欲しいです

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このロスチャイルド家秘蔵のエッグ時計の
来歴についてちょっと調べてみると



ファベルジェにこのエッグ時計の制作を依頼したのは

ロスチャイルド家のアゼルバイジャンにおける石油権益の代理人
エドゥアルド・エフルッシ(Edouard Ephrussi)だというが

(この人物が調べてもよく分からない?エドゥアル?・エフルッシ(Edouard Ephrussi)
取りあえずということで



このファベルジュのエッグ時計は

1905年に結婚をした
エドゥアール・ド・ロスチャイルド(Edouard de Rothschild)と
ジェルメーヌ アルファン(Germaine Halphen)の
婚約祝いの贈り物として

エフルッシから
ジェルメーヌ アルファン(Germaine Halphen)に
贈ったらしい



ちなみに

エドゥアール・ド・ロスチャイルドは
パリ、ロスチャイルド家の3代目当主

エドゥアール・アルフォンス・ジェームス・ド・ロチルド男爵(: Le baron Édouard Alphonse James de Rothschild, 1868年2月24日 - 1949年6月30日)は、フランスの銀行家、馬主、貴族。

エドゥアール・ド・ロスチャイルドの息子(次男)で
4代目のギー・ド・ロスチャイルドがいましたが

2007年に亡くなっている

その時に
エッグ時計はオークションに出品されたのかも知れない

ギー・エドゥアール・アルフォンス・ポール・ド・ロチルド男爵: Le baron Guy-Édouard-Alphonse-Paul de Rothschild1909年5月21日 - 2007年6月12日




ちなみに
エドゥアール・ド・ロスチャイルドと結婚した
奥様ジェルメーヌ・アリス・アルファン(Germaine Alice Halphen)については


Germaine Alice de Rothschild (Halphen)

Birthdate:
Birthplace:Paris 75008, France
Death: Died in France
Immediate Family:

Daughter of Emile Salomon Georges Halphen and Louise Halphen
Wife of Edouard Alphonse James de Rothschild
Mother of Alphonse Edouard Emile Lionel de Rothschild; Baron Guy Edouard Alphonse Paul de Rothschild; Jacqueline Piatigorsky and Bethsabée de Rothschild
Sister of Alice Emilie Antoinette de Brémond d'Ars




💛

また、約100年後の
2007年11月29日のオークションで落札した
不明のロシア人については

ロシアの収集家アレクサンドル・イワノフ氏だった

この方の名まえで検索すると
同じ名前がいくつか出てきますが

たぶん

ロシアの美術収集家、ディーラー、1962年生の
アレクサンドル・イワノフ氏のことかしら?

アレクサンドル・イワノフ氏って
すごい富豪なんですね!


主に皇帝の注文で約50個ほど制作された
ファベルジュの卵で

もともと民間ではあまり数がなく(12個とか)
機械仕掛けの時計が組み込まれたエッグは
3つしかないらしい




まあ、2007年の
クリスティーズのオークションで落札したのは
プーチンさんではなかったけれど
エルミタージュに寄贈したのは
2014年ですから

ひょっとしたら何らかの形で
イワノフ氏からプーチン氏へ託されたものかもしれない

まあ、妄想ですけれどね

なんとなく思うに

プーチンさんが
20億の美術品をオークションで落札するような人物には
見えませんけどね








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by caramel24carat | 2016-12-11 14:21 | 建物・アート

≪インフェルノ≫と≪Dr.ポッツィ≫とDr.ハマー




秋の穏やかな日~☀


今朝は早くから公園の掃除でした
といっても落ち葉を少し拾っただけだったわ



先日の銀座

マロニエ通りに面したプランタンって
閉店(営業終了)するんですね

アンジェリーナのモンブラン食べたかったのに
その時は思いつかなかったw

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昨日は
SONY配給の

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トム・ハンクス主演のラングドン教授の第3弾
≪インフェルノ≫をみてきたけれど

すっかり老けちゃったトム・ハンクスの
浮腫んで苦痛にゆがんだ顔ばかりが印象の
まったくタイトル通りのムゴイ映画でした

💛

途中不覚にも居眠りしてしまったけれど
もう少しタイトル≪インフェルノ(地獄)≫に忠実にならなくても
楽しませて★かったわ

せっかく美しい観光名所
フィレンツェやヴェネチアやイスタンブールで
撮影しているのにもったいないわ

というのは
単に個人的な願望ですが

意外だったのは
ボッティチェリが≪地獄≫を描いていたと知り
驚きでした!

美しい『春』や『ヴィーナスの誕生』だけではなかったのね


ちなみに
漏斗状の地獄は
9コに分かれているらしい

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第1圏=洗礼拒否、第2圏=好色、第3圏=大食、第4圏=貪欲、
第5圏=憤り、第6圏=異端、
第7圏=暴力、第8圏=悪意、
第9圏=裏切


💛


ボッティチェリも

パトロンだったメディチ家のロレンツォが亡くなった以後
宗教画を描くようになったのね


1492年、メディチ家当主ロレンツォ・デ・メディチの死後、ドメニコ会の修道士サヴォナローラがフィレンツェの腐敗を批判し、市政への影響力を強めた。そのためボッティチェッリも神秘主義的な宗教画を描くようになる”



映画≪インフェルノ≫ですが

ダンテの≪神曲の地獄篇≫が
テーマになってるらしいのですが



映画では

逆放物線状に増加するらしい世界人口

だからか
やたら観光名所が人人で
溢れかえっていた

その削減計画を企てた大富豪
その大富豪なりの存在感を
もっと出して欲しかったのに
しょぼいし

(ドクター・ハマーくらいのスケールの大きさが欲しい)

出てくるなり
あっさりやられているし~

あはは



ところで

前回、ジョン・シンガー・サージェントの作品≪マダムX≫について
TVドラマ≪ドクターX≫からの連想で書いたのですが

その≪マダムX≫ことゴードロー夫人の愛人が
ドクター・ポッツイ(Dr.Pozzi)というお医者さんで

なんとサージェントは
全身の肖像画を描いてました!



等身大の赤いガウンを着た肖像画です

≪Dr.Pozzi≫ 1881年

 サミュエル・ジャン・ポッツイの自宅で

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紅いガウンから見える白いフリルのシャツからもうかがえますが
とてもオシャレでやや華奢で素敵な男性ですこと



このサージェントの≪Dr.Pozzi≫の作品ですが

なんと

あのドクター・ハマーのコレクションを所蔵した
ハマー美術館のものでした

ドクター・ハマーこと
アーマンド・ハマーは美術品のコレクターで
アメリカの大富豪実業家



「ドクター・ハマー」という
名前だけは聞いたことがあったのですが
美術品のコレクターとは

やはり
大富豪はコレクションしたがるのですね


アーマンド・ハマーArmand Hammer, 1898年5月21日 - 1990年12月10日)は
アメリカの大富豪で、美術品収集家。ドクター・ハマーの愛称で知られる。

ロシアユダヤ人の熱烈な共産主義者で、アメリカ共産党の元となった社会主義労働党の創設者であるジュリアス・ハマーの子としてニューヨーク州マンハッタンに生まれた。「アーマンド・ハマー」という命名の由来は、アメリカ社会主義労働党の象徴である腕とハンマー(arm and hammer)である。1924年コロンビア大学医学部を卒業し、医師の資格を持つ事から、以降「ドクター・ハマー」と呼ばれるようになる。

赤い資本家

大学卒業後に、父親のつてで当時ロシア革命により成立したばかりのソビエト連邦との貿易ビジネスを開始し、フォード車のソ連への輸出や穀物類のアメリカへの輸出、鉛筆の生産などのビジネスを行う。また、父親からの紹介を受けて知り合ったソ連の指導者であるウラジミール・レーニンの信頼を得て、アメリカやカナダとソ連との貿易を一手に担う事になった。”

この方、ロシア革命で倒れた
ロマノフ王朝の財宝もコレクションしていたんですね!

両親がロシア系のユダヤ人だったのですね

90歳を超えても自家用ジェット機ガルフストリーム IIIで世界中を飛び回っていた、とは!


広瀬 隆著の本
ちょっと読んでみたいかな

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タイトルからそれますが

サージェントはパトロンに恵まれたのか
なんと

1903年にセオドア・ルーズベルト大統領の肖像画も
描いてる
(ホワイトハウス所蔵)

テディベアの愛称で親しまれた大統領で
アメリカ初のノーベル平和賞を受賞している



日露の調停役だったらしい

1905年には日露戦争で日本・ロシア間の調停をつとめ、停戦からポーツマス条約での和平交渉に尽力した。この和平交渉の斡旋によってルーズベルトは1906年ノーベル平和賞を受賞した。”




ドクター・ポッツイの紅いガウンですが
ヴァチカンの司祭やトルコのスルタンにも見えるのは気のせいか

昨日の映画≪インフェルノ≫の最後のシーンは
イスタンブールのアヤソフィアも登場しましたが

なんと
サージェントは≪アヤソフィア≫も描いてる

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トルコのイスタンプールといえば
お菊さんのピエール・ロティ

いろいろ繋がっているのかしらね















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by caramel24carat | 2016-10-30 16:31 | 建物・アート

ドクターXからレントゲンとマダムXの肖像について




今日は秋雨が降ってます~☂



先日の東急プラザ内の 「KIRIKO LOUNGE」を見上げる
江戸切子をイメージしているのかな

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(写真撮りだめの在庫一掃~)




昨夜は楽しみにしていた
ドラマ≪ドクターX≫が
50分も遅れました~が
ガンバって起きててみましたわ

今回は「ガーゼオーマ」という
聞きなれない病名でした

病気というか「オーマイゴッド!」なミスで

手術の際
ガーゼをそのまま体内に忘れて閉じてしまったものらしい



”ガーゼオーマ和製英語: gauzeoma)とは
手術の際、術野に置き忘れたガーゼが放置されたために発生する
腫瘤状変化に対して付けられた名称である”


レントゲン写真に巨大な影が発見された
元銀座ホステスのマダムが患者ですが

都知事選出馬のためだという
最後の口止め料の巨額な小切手などには
笑えました~

あはは


しかしながら

TVドラマを楽しみにしている庶民には
想像もつかない

銀座の夜の世界があるのですね!



かつてスペイン・ハプスブルク家の植民地だった
来日中のフィリピン大統領ですが


(フィリピンの麻薬撲滅運動で
大虐殺をしたと報道がありましたが)

来日中には側近の方々やマダムらが
銀座のゴージャスな一夜も楽しまれたようです



とは、さも物知り顔で書いてますが

もうずいぶん前から
「銀座クラブ高嶋りえ子さんのブログ」の愛読者でして
(以前にも書いたことありましたが)

その御一行様の記事を読んだのですけれどね




ところで

ドラマでは元銀座のホステスも
人間ドックで撮ったレントゲン写真ですが


鉛のエプロンをかけて
放射線をあびるのを避けるX線ですが

透過性の高いX線の発見は
医学に応用されたため
私たちは多大な恩恵を受けているのね



なんと
アインシュタインも貰ったノーベル物理学賞ですが

すでに1901年には
最初のノーベル物理学賞がレントゲンに贈られている


気になる「X」とは
”数学の未知の数をあらわす「X」の文字を使い
仮の名前としてX線と名付けた”


学会にも提出したらしい
レントゲンが撮った「指輪をした手」が
とても有名らしいです


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1896年1月23日にレントゲンが撮影したアルベルト・フォン・ケリカーの手のX線写真



上の指輪をしたX線写真は
奥様の手だと思っていたのですが
解剖学者のスイス人学者だったのですね

この方をたどると
シーボルトさんもでてくる
ドイツ人オソルベシだわ


💛

ところで「X」繋がりですが

≪マダムXの肖像≫
(メトロポリタン美術館)

という作品があります
以前、マイブログでも書いたことあったのですが


ジョン・シンガー・サージェント(John Singer Sargent)が
フランス人銀行家のピエール・ゴートロー夫人を描いたものでした

美しい夫人は社交界の花でしたが
サロンに出品した夫人の絵は
批評家たちの評判が悪くスキャンダラスなものでした

サージェントのパトロン(注文者)であった
産婦人科医ポッチ氏の愛人だったというのが
巷で噂されたようです


💛

これはイカン
「オーマイゴッド」というわけで

サージェントはすぐ修正したらしい
その修正後の作品が
メトロポリタンのものらしい


≪マダムXの肖像≫はX線写真でみますと
サロン出品後のスキャンダルの後
垂れていた肩ひもが修正されてました



パリ社交界はなかなか煩いらしく

サージェントもスキャンダルに巻き込まれ
パリを避けてロンドンへ引越ししますが

身を寄せた先のコッツウォルズの別荘の主人

マサチューセッツのプリマス生まれの
アメリカ人画家フランシス・デイヴィス・ミレーさんは

なんと
1912年4月14日のタイタニック号に乗っていて帰らぬ人
となったらしい



















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by caramel24carat | 2016-10-28 13:15 | 建物・アート

≪テュルプ博士の解剖学講義≫とシーボルト展のこと



急に寒くなりました~
室温16℃


欅の木といえば大木ですが
これはケヤキの盆栽

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ちょっとかわいそうな気がしました





秋の夜長はドラマが楽しみ
とはいっても生TVで見るのは

「石川五右衛門」と「ドクターX」
外科医のドラマらしく
「ドクターX」のある部屋の壁には

レンブラントのお馴染みの作品
≪テュルプ博士の解剖学講義≫飾られていたわ

レンブラント1632年≪テュルプ博士の解剖学講義≫


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この作品はオランダのデン・ハーグの
マウリッツハウス(マウリッツハイス)美術館の所蔵

マウリッツという名前の由来は
ここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツ
(1604年 - 1679年)にちなむ、とのこと

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ヨハン・マウリッツは
代々オランダ総督を務めてのちに王家となったオラニエ=ナッサウ家の傍系で
当時植民地であったオランダ領ブラジルの総督を務めた人物である


築地に聖路加病院がありますが
聖ルカは医者や画家の守護聖人とされる




忠臣蔵の赤穂藩の江戸上屋敷の
あった場所らしいです

というのは
以前にもブログで書いたけれど

どうも赤穂藩取り潰しで
上屋敷を取り上げたのは
ちょうど
カピタンが江戸城に参府する際
いろいろと便利な場所だったからと
ひそかに思っているのですが




描かれているのは
ニコラス・テュルプ博士が腕の筋肉組織を
医学の専門家に説明している場面である

死体は
矢作り職人アーリス・キント(Aris Kindt)のもので
その日の午前、持凶器強盗の罪で絞首刑になった

見学者の一部は
絵に描いてもらう代金を支払った医者たちである



当時17世紀では解剖講義は社交イベントであり
解剖劇場だったというから驚き

その頃より150年ほど前の
天才レオナルド・ダ・ヴィンチは
ひそかに解剖してデッサンしていたらしいが

劇場型のオープンなイベントとして
解剖学が認知されていったというのは
興味深いわ



ところで

先日東京では江戸東京博物館で開催中の
≪シーボルト展≫をのぞいてきました



総武線で両国駅に降りたのは初めて
お相撲の国技館の隣でした

ちょっとそれますが

お相撲で思い出しました

昔の大鵬さんの銅像が
ウクライナのオデッサに
建っているらしい

大鵬のお父さんが
マルキャン・ボリシコといって
ウクライナ人のコサック騎兵隊将校だったらしい

オデッサというのは黒海に面した街で
≪戦艦ポチョムキン≫の映画で有名なところでした

(実はお相撲のはっけよいはキライなんですけどね)




江戸東京博物館では
特別展のシーボルトだけ見ました


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まあ、日本の美術館は
写真撮影禁止のところが多いですが
この時もそうでした


ほんとせこいというかつまんないです



シーボルトさんは
1866年、ミュンヘンで亡くなったのですね

つい先日の
ネットニュースでは

シーボルトの死因は
当時の手術した際の衛生環境が悪く
感染死だったらしい




バイエルンの名門貴族の医師の家に生まれる
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シーボルト肖像画(川原慶賀筆)



シーボルトさんはあの有名な
長崎の鳴滝塾の外科医ですが
(といってもよく知りませんが)

鳴滝塾では≪テュルプ博士の解剖学講義≫のように
解剖講義をしたのでしょうか?



どうも
超人的なシーボルトさんですが

日本への来日目的は
偵察&徹底調査!?

そして
その調査報告とそれらに関した膨大なコレクションを
持ち帰ること

そんなミッションがあったらしい説もあり




以下wiki参照しながらメモ


フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトPhilipp Franz Balthasar von Siebold, 1796年2月17日 - 1866年10月18日)は、ドイツ医師博物学者。標準ドイツ語での発音は「ズィーボルト」だが、日本では「シーボルト」で知られている。出島の三学者の一人。

バイエルンの名門貴族の医師の家に生まれた
シーボルトは医師として終わることを望ます

東洋医学を志して

1822年オランダのハーグへ行き
オランダ国王ウィレム1世の侍医から斡旋を受け

7月にオランダ領東インド会社の陸軍病院の外科少佐となる

その後、1823年3月、バタヴィア(ジャカルタ)を経て
8月、長崎の出島のオランダ商館医になる

近年の調査により、バタヴィアの蘭印政庁総督に宛てたシーボルトの書簡に「外科少佐及び調査任務付き」の署名があることや、江戸城本丸詳細図面や樺太測量図、武器・武具解説図など軍事的政治的資料も見つかっていることから、単なる医師・学術研究者ではなかったと見られている[5]

日本へ[編集]




シーボルトとエンゲルベルト・ケンペルカール・ツンベルグとの3人を
「出島三学者」などと呼ばれる

ケンペルさんは
将軍綱吉の時
江戸城に参府し謁見している




シーボルトが来日した1823年年の秋には
『日本博物誌』をはや脱稿


出島内において開業の後
1824年には出島外に鳴滝塾を開設し
西洋医学(蘭学)教育を行った





展示会場ですが
非常にたくさんの資料や
おどろきのコレクションの数々が展示されていて

会場内では
ちいさな驚きの声とかずかなうめき声とが
チラホラ聞かれました

とうのはチョッとオーバーかな

それにしても
オソルべしドイツ人シーボルト!


シーボルトの実に几帳面で勤勉で緻密で
整然と作成された膨大なコレクションのリスト等は
生コンピューターのようでしたわ




シーボルトさんは
当時のプロシア政府から派遣された
日本の内情探索を命じられた”上級のスパイ”のようだったのかしらね

日本の植物に関しても
徹底していて
1825年には出島に植物園を作り
日本を退去するまでに1400種以上の植物を栽培した

なんと、1400種とは!

彩色されたアジサイなどの植物画もありました

以下Wiki引用転載

”1826年4月には162回目にあたるオランダ商館長(カピタン)の江戸参府に随行、道中を利用して日本の自然を研究することに没頭する。地理や植生、気候や天文などを調査する。1826年には将軍徳川家斉に謁見した。江戸においても学者らと交友し、蝦夷地樺太など北方探査を行った最上徳内高橋景保(作左衛門)らと交友した。この年、それまでに収集した博物標本6箱をライデン博物館へ送る[2]
徳内からは北方の地図を贈られる。景保には、クルーゼンシュテルンによる最新の世界地図を与える見返りとして、最新の日本地図を与えられた。”

シーボルト事件


1828年に帰国する際、先発した船が難破し、積荷の多くが海中に流出して一部は日本の浜に流れ着いたが、その積荷の中に幕府禁制の日本地図があったことから問題になり、地図返却を要請されたがそれを拒否したため、出国停止処分を受けたのち国外追放処分となる(シーボルト事件)。当初の予定では帰国3年後に再来日する予定だった。”

帰国



1830年、オランダに帰着する。日本で収集した文学的・民族学的コレクション5000点以上のほか,哺乳動物標本200・鳥類900・魚類750・爬虫類170・無脊椎動物標本5000以上・植物2000種・植物標本12000点を持ち帰る[2]。滞在中のアントワープで東洋学者のヨハン・ヨーゼフ・ホフマンと会い、以後協力者となる。翌1831年にはオランダ政府から叙勲の知らせが届き、ウィレム1世 (オランダ王)からライオン文官功労勲爵士とハッセルト十字章(金属十字章)を下賜され、コレクション購入の前金が支払われる[2]。同年、蘭領東印度陸軍参謀部付となり、日本関係の事務を嘱託されている。1832年にライデンで家を借り、コレクションを展示した「日本博物館」を開設[2]ルートヴィヒ1世 (バイエルン王)からもバエルン文官功労勲章騎士十字章を賜る[2]。 オランダ政府の後援で日本研究をまとめ、集大成として全7巻の『日本』(日本、日本とその隣国及び保護国蝦夷南千島樺太、朝鮮琉球諸島記述記録集)を随時刊行する。同書の中で間宮海峡を「マミヤ・ノ・セト」と表記し、その名を世界に知らしめた。”

日本学の祖として名声が高まり、ドイツのボン大学にヨーロッパ最初の日本学教授として招かれるが、固辞してライデンに留まった。一方で日本の開国を促すために運動し、1844年にはオランダ国王ウィレム2世の親書を起草し、1853年にはアメリカ東インド艦隊を率いて来日するマシュー・ペリーに日本資料を提供し、早急な対処(軍事)を行わないように要請する。1857年にはロシア皇帝ニコライ1世に招かれ、書簡を起草するが、クリミア戦争により日露交渉は中断する。”


再来日とその後




1854年に日本は開国し、1858年には日蘭修好通商条約が結ばれ、シーボルトに対する追放令も解除される。1859年、オランダ貿易会社顧問として再来日し、1861年には対外交渉のための幕府顧問となる。貿易会社との契約が切れたため、幕府からの手当で収入を得る一方で、プロシア遠征隊が長崎に寄港すると、息子アレクサンダーに日本の地図を持たせて、ロシア海軍極東遠征隊司令官リハチョフを訪問させ、その後自らプロシア国使節や司令官、全権公使らと会見し、司令官リハチョフとはその後も密に連絡を取り合い、その他フランス公使やオランダ植民大臣らなどの要請に応じて頻繁に日本の情勢についての情報を提供する[8]。平行して博物収集や自然観察なども続行し、風俗習慣や政治など日本関連のあらゆる記述を残す[8]。江戸・横浜にも滞在したが、幕府より江戸退去を命じられ、幕府外交顧問・学術教授の職も解任される[8]。また、イギリス公使オールコックを通じて息子のアレキサンダーをイギリス公使館の職員に就任させる[8]1862年5月、多数の収集品とともに長崎から帰国する。
1863年にはオランダ領インド陸軍の参謀部付名誉少将に昇進、オランダ政府に対日外交代表部への任命を要求するが拒否される[9]。日本で集めた約2500点のコレクションをアムステルダムの産業振興会で展示し、コレクションの購入をオランダ政府に持ちかけるが高価を理由に拒否される[9]。オランダ政府には日本追放における損失についても補償を求めたが拒否される[9]1864年にはオランダの官職も辞して故郷のヴュルツブルクに帰った。同年5月にパリに来ていた遣欧使節正使・外国奉行の池田長発の対仏交渉に協力、同行の三宅秀から父・三宅艮斉が貸した「鉱物標本」20-30箱の返却を求められるも三宅の手元には3箱しか送られてこなかった[9]バイエルン国王のルートヴィヒ2世にコレクションの売却を提案するも叶わず[9]。ヴュルツブルグの高校でコレクション展示し「日本博物館」を開催し、1866年にはミュンヘンでも開く[9]。再度日本訪問を計画していたが、10月18日ミュンヘンで風邪をこじらせ敗血症を併発して死去した[9]。70歳没。彼のは石造りの仏塔の形で、旧ミュンヘン南墓地(Alter Münchner Südfriedhof)にある。


以上wiki引用転載







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by caramel24carat | 2016-10-25 13:07 | 建物・アート