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<   2015年 08月 ( 17 )   > この月の画像一覧

『M:I5 ローグ・ネイション』と『トゥーランドット』の三つの謎


くもり空ながら次第に明るいトーンに~


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昨日、鑑賞しました
映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』は
久々に面白くて楽しかったです~

その中で、ウィーンのオペラ座の場面が
素晴らしく印象的だったので
その辺のところをもう少し、ちょこっと調べたこともふくめて
鑑賞後の確認メモです
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初めのシーンで、“アリババ”の文字が出てきた時点で
アラっ?中国資本がパラマウントに出資なのかと思いながら

場面は、中国とモンゴルの国境か?と思わせるような草原に
大きな梱包された化学物質を輸送しようとする
まさに飛び立ち離陸してしまう飛行機に、
トム・クルーズが無謀にも飛び乗りしがみつきます!
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これスタントマンなしのCGナシの本物だそうです
命の危険を顧みずガンバってしまうトム・クルーズさんて
ホント涙ものです

で、今回登場のレベッカ・ファーガソン演じる美しくて強い
女性スパイの名まえは、イルサ・ファウスト

この謎に包まれた雰囲気アリアリの美貌の
女スパイのイルサさんは、美しくもあり大変強くて
3度、トム・クルーズ=ハントの窮地を救うのですが
別れ際に、イーサン・ハントが問いかけようとすると

「あなたなら、また捜せるでしょ?」

と、微笑とともに謎めいた
一言セリフを残して去ってしまう

イーサンは捜して、モロッコのカサブランカへ跳びます
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ここで、カサブランカと言えば、イングリット・バーグマンの
映画「カサブランカ」を思い出します
この時のイングリット・バーグマンの役の名まえが
イルザ・ラント といい、同じ「イルサ」なんです
とは、今知ったんですけどね

映画『カサブランカ』については、前にブログ
書いたことあったのですが、青山光子の息子
“EUの父”と呼ばれた青山栄次郎こと
リヒャルト・クーデンホフ・カレルギー伯爵が
モデルになっているそうです

しかも、イルサ役のレベッカ・ファーガソンさんは
スウェーデン生まれだそうです

カサブランカのイルサ役のイングリット・バーグマンも
スウェーデンの女優さん

この辺のところ、あの美人さんは何人かしら?と
チラッと思ったのですが
もっと、ピーンとくればよかったのですが
レベッカ・ファーガソンさんが、スウェーデン生まれとは
鑑賞後知りました

そして、ウィーンのオペラ座での素晴らしいシーン

中国風の豪華なセットの舞台に
豪華な衣装を纏った男性オペラ歌手の
歌声が響きわたります~ゾクゾクするシーンでした
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このオペラがヤッパリ~『トゥーランドット』でした
そうかなと思ったのですが、詳しくないので
今、調べて分かりました

第3幕「誰も寝てはな­らぬ」の部分らしい

あの『蝶々夫人』でも知られるプッチーニの歌劇で
カルロ・ゴッツィの寓話劇『トゥーランドット』の作品

中国北京の紫禁城前の広場を舞台にしている

絶世の美女でありながら、氷のように冷たい心を持つ
冷酷な中国皇帝の姫トゥーランドットが

「3つの謎を解いた者を、夫として迎えるが
その謎を解けなかった者は斬首の刑」とする

という、凍りつくような残酷なお話です

冷酷なトゥーランドットと結婚したいと
姫の美貌に惹かれ、我こそはと謎解きに挑戦する

その三つの謎とは?

一、毎夜に心によみがえるのは?     「希望」
二、燃え上がるが火ではないのは?   「血潮」
三、火をつける氷とは?     「トゥーランドット」

みごと、カラフのダッタンの王子がすべて解き
めでたく結ばれる
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ウィーン オペラ座にて 2013、2

この謎解き、かなり、心理的な❤の問題で
物理的な事象面の問題ではないので唖然としました

まあね、結婚する相手さがしですから
なんていったって、❤面で一致しなくては
話になりませんからね
一国の姫君たるもの、冷酷な半面、熱い情熱をも
持ち合わせていたのですね!

恐るべしトゥーランドットだわ!

冷酷な半面、熱い情熱を持つのは
イザとなったら敵をも殺す女スパイ
イルサとダブります

さて、映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』ですが
この北京の紫禁城を舞台にした“トゥーランドット”の
3つの謎かけと3つの解答をストリー展開の
見えないキーワードにしているのかも知れない

イーサンはイルサの残した
「あなたなら、また捜せるでしょ?」というセリフに導かれ
次なる居場所を捜していくというストーりーが
ツーランドットの3つの謎かけと重なるのです

イルサとイーサン・ハントの二人ですが
イーサンは見事不可能なミッションをクリアし
イルサは自由をえることができました~

最初、アリババだから、気を使って中国風なのかしら?
と勘繰りましたが
オペラ『ツーランドット』を知る人こそ
楽しめるドラマが隠されていたのですね

ウィーン オペラ座の壁にあった
スポンサー、トヨタのレクサスのプレート
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2013.2

そして、『カサブランカ』のイルサ役を
もダブらせてスウェーデン生まれの
レベッカ・ファーガソンが演じている

なかなか凝っていますね
今回は、アクション満載ではありますが
かなり大人の映画ですね

イーサン・ハントの所属するIMFは
CIAより、無事解散の危機を免れます

CIAの存続のプロパガンタとも見られます

そして、どうしても、IMFというと国際通貨基金ですよね
笑っちゃうよね~


@ちょうど
『ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション』(8月7日)公開直後に
天津の化学工場の爆発事件(8月12日)が起こっているのは
なんだか気になります
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by caramel24carat | 2015-08-31 14:25 | 本・映画・音楽

「ミッション: インポッシブル/ローグ・ネイション」



朝からシッカリ雨でした~



雨の日曜日、庭の草取りもできないし

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映画「ミッション: インポッシブル/ローグ・ネイション」を観てきました
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ハラハラドキドキ、とってもオモシロカッタです!
なにしろ、トム・クルーズが頑張っている姿をみてると
ほんと元気がでます
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カメラのアングルや映像もとっても美しいし
今回出演している俳優さんもイヤな人いなくて
ホント楽しかった~

レベッカ・ファーガソンという女優さん、初めてみましたが
大変素敵な美しい女性なのに、超迫力あるアクションもこなしてしまう
バイクのシーンなんか凄かったです!
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ウィーンのオペラ座なんかも登場して
ああ、ここ行ったことアルアル~と
嬉しくなっちゃたりして、いや~ホントよかったです

ローグ・ネイション=ROGUE NATIONの意味ってわかんないですよね
「悪の国家とかならず者の国家」と言う意味らしい


予告で、[007 スペクター」やってましたけど
12月4日公開。

まだまだ先ですが、楽しみだわ~
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by caramel24carat | 2015-08-30 20:45 | 本・映画・音楽

ロマネ・コンティとシトー会修道院と明治神宮


鈴虫や一雨ごとの涼しさや~
ハイクのつもりデス




きっと、思うに、ワインも飲むほどに、お料理と一緒にいただくと
さらに味わい深くなる、ちょっと大変な飲み物なのかも知れない

ところで、バスで走った思い出のボーヌからディジョンへの
グラン・クリュ街道沿いに、お城が見えてたんですね
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ちょと気になってて、地図をみると、
シャトー・デュ・クロ・ド・ヴージョChâteau du Clos de Vougeotという
元シトー会修道院の古いアベーでした

シトー会とはキリスト教の一派みたいです
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そもそもワインは修道士たちによってつくられ
生活の糧にしていたのでしょうか

“12世紀初頭、シトー会の修道士たちによってこの地に修道院がたてられ、ブドウ栽培及びワインの醸造が始められたことに遡ります。12世紀に建てられた修道院は、フランス革命がおこるまでシトー会修道士が所有していました。革命後には、修道院は国財となり、その後、何度も所有者が変わり、1944年、ドメーヌの持ち主だったエティエンヌ・カミュゼが、建物の所有権を利き酒騎士団(Confrérie des Chevaliers du Tastevin)に譲渡したことで、クロ・ド・ヴージョは現在、ワイン関連の博物館になっています”

一時、ソムリエさんが人気だったですが
日本からも、ソムリエの試験に合格すると
このシャトーに行かれ利き酒騎士団から
叙任されるのですね

春に、明治神宮に行った時、参道に
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ブルゴーニュ・ワインのたくさんの樽が
並んでいて、驚いたことがあります
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明治神宮は、なにかブルゴーニュと深い関係が
あるいは、シトー会と何か繋がりがあるのでしょうか?
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まあ、単に、結婚式のお祝いの席でワインが飲まれるからですかね

ヴォーヌ=ロマネ (Vosne-Romanée)村あたりの
地図を眺めながら、ワイナリーの畑の位置をみますと
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ボーヌ城をワインセラーにしているブシャール・ペール・エ・フィス社の
Bouchard Père et Fils≪La Romanée≫が採れる畑は
かの有名なRomanée-Contiの同じグラン・クリュ=特級畑と
“隣同士”なんですね、かつて分割された畑だったらしい
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@ロマネ・コンティの畑は1.8haの一ヶ所のみで、
画像の濃いピンクの一ヶ所だけのようです

所有者が売却のため分割したのかもしれない

ブルゴーニュ・ワインの代表、ロマネ・コンティの
名まえの由来をみてみますと、なんと、2000年前に遡る

Romanée-Contiの、「Romanée=ロマネ」の由来は

ローマ人がこの地で、ブドウ栽培をしていたという
2000年に遡る歴史があり、
ボーヌ・ロマネ村に広がる極上のブドウ畑に
感謝をこめて「Romanée ロマネ」とぃう名を贈ったらしい

ひょっとしたら、初代ローマ皇帝アウグストスも
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ボーヌ・ロマネ村のワインを飲んだのかも知れない
まあ、ロマンチックだわ~

それにしても、2000年来のブドウ畑とは凄いです!
日本なら、きっと宅地に分譲されていたり
へんな工場が建っていたりしてます

豊かな国土に恵まれているからこそとは思いますが
フランス人は、恐れ多いほどの
カタクナな美学をもった人たちかしら

「Romanée ロマネ」の方はローマ人由来で
「Conti コンティ」の方は?

ルイ15世の時のフランス・ブルボン朝期の軍人・貴族コンデ公に由来するらしい
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ルイ・フランソワ1世・ド・ブルボン
(Louis François I de Bourbon, 1717年8月13日 - 1776年8月2日)
ルイ・アルマン2世の息子でコンティ公(prince de Conti)(在位:1727年 - 1776年)

コンデ公ルイ・フランソワ1世は、売りに出されていたブドウ畑を
ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人と争奪戦の末
1760年、競り合い8万ルーブルで手に入れたらしい

ルイ15世の軍人だったコンデ公とポンパドール夫人とは
愛妾だったにも関わらず、政界にポンパドール派を形成し
なにかと干渉し権勢をふるったので
あまり仲が良くなかったらしい

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ポンパドゥール夫人Madame de Pompadour
1721年12月29日 - 1764年4月15日


コンデ公が勝って手に入れたボーヌ・ロマネ村(Vosne-Romanée)に
ある自分の畑に、石の十字架を建て
“ブルゴニューの首飾りの中心の真珠”
と呼んだらしい
今もドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)の指標として
残っているようです


ポンパドール夫人のサロンには、プロイセンのフリードリヒ大王や
ロシアのエカテリーナ2世とも交流のあった
あの啓蒙作家ヴォルテールも集い啓蒙思想を広めている

コンデ公が勝って買った畑は、その後のフランス革命には国有財産として
没収され、革命後、ブシャール家などに払い下げられた、というわけですね
ロマネ・コンティの畑は、当主の祖先であるヴィレーヌ氏が
当時の価格で33万フラン金貨で買い取ったのだそうだ


さて、コンデ公といえば、シャンティイ城に柿右衛門の写しの陶磁器をつくっていましたが
ポンパドール夫人も、負けないで、セーヴルに王立磁器製作所を設立

ルイ15世の息子の妃は、ドレスデンでマイセンを開発したアウグスト強王の息子
アウグスト3世の娘でした

シャンティイ城もルイ15世もドレスデンも日本と繋がっていたんですね
日本に運ばれたワインの樽は、有田焼きや柿右衛門など陶器等の
運搬にちょうど良かったのかもしれない
妄想ですが。。アラ?オチが樽とは。。


@追記

ちょっとヒット。。
伊万里に、シトー会の修道院があるらしい
“祈り、働け”がモットーらしい
衣服は染めの要らない白!

ブルゴーニュのワインのラベルは
白地に文字だけのシンプルなもの
修道女のシルエットのように、瓶も、なで肩です

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“伊万里の聖母トラピスチヌ修道院の創立は
1089年のフランス シトー修道院創立までさかのぼります”
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by caramel24carat | 2015-08-29 18:09

ボーヌの街とD974・グラン・クリュ街道をトランスコに乗って



ほんと涼しくなりました~


旅の記録は、ブルゴーニュのボーヌへ
ディジョンから日帰りで行った電車とバスのプチ旅行

初めに告知です~
残念ながら、ボーヌと言えばワインなのだそうですが
試飲もツアーにも参加してなく、一滴も飲まなかったんです
サッパリ分からないワインについては、これを機会に
少し楽しめるようになればいいな~と思ってます

ボーヌからディジョンへの帰り
トランスコのバスの車窓からの眺め
見渡す限り葡萄畑がつづいてました
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行きは、ディジョン駅から電車に乗って

Ter893007,12時12分発、“Nevers”行
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ボーヌBeaune駅には20分程で到着
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ボーヌBeaune駅前
ほんと可愛い街
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ちょうど、駅前広場のHOTEL FRANCE前に
“TRANSCO"のバスが止まっているのを発見!
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即、バスに駆けより開いていたドアからマダム!の運転手に

「ディジョンに帰りたいんだけれど、このバスは行きます?」
と聞いてみる。
「ウイ、2時〇〇分にあるよ。乗り場は向うの方よ」と
大らかなマダム運転手に返事をもらい、お礼を言って
時間と帰りのバス停(ディジョン行き)を確認する
(駅と平行しているAvenue Des Lyonnais沿いに少し離れてあった)

観光案内所の建物  Porte Marie de Bourgogne
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あぁ、よかったわ~
取りあえず、帰りの交通手段を確保と言うか確認したので
一応のんびりと街を見学できます

まあね、のんびりといっても2時間弱ですけれど
一人旅ですから、欲張らないんです
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Transcoのバスが、葡萄畑の道を走るらしい
とちょっと読んだことがあったのを思い出し
帰りはバスもいいな~という考えもあったので
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ちょうどいいタイミングでした

小さな街では思ったより本数が少ないことも多々あるので
用心して早めの決断!をしてみました

駅前から城塞までは
“1944年9月8日通り Avenue du 8 Septembre 1944”
を進んでいきました


通りの名まえは、WWⅡの時ドイツ軍から解放された日なのかな?
もし、そうなら日本より1年早いわ

やがて、城塞の中に入る
壁に描かれた撮影隊

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ローマ時代からの古い街のようで
石畳を歩いて行くと城塞が見えました
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あら!?ここは、なんでしょうか?
かなり凝った紋章が壁に掛かってます
犬(オオカミ?)が2匹。。
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ちょっと中を覗いてみると
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ガラ~ンとして静かです
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建物には“Bouchard Pere et Fils”の文字が
読めましたので、今調べてみますと
ワイン醸造家の有名どころのようです
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ブシャール・ペール・エ・フィス
Bouchard Père & Fils.
ムリムリ、知らんね~~
ロマネ・コンテくらいしか知りません

ここのHPの歴史によると
ボーヌの地に、1731年創業したBouchard Père et Fils
(ブシャール家のPère & Filsは父と息子か)は
1775年には、さらに畑を増やしていき
フランス革命後には、国に没収されてた貴族らの
付加価値の高いコート・ドールCôte d’Orの葡萄畑を
さらに購入、拡張してきた、9世代、280年の
歴史ある最も古い家なのだそうだ

また、ルイ11世~ルイ12世~ルイ15世らが建てた
古代からのボーヌ城Château de Beauneを
1820年、ベルナール・ブシャールBernard Bouchardが
フランス革命後、国に没収されていたのを払い下げてもらった

と言うことは、地上に見える城塞が
その由緒あるボーヌ城で、ブシャール家の
プロパティということかしら
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ワインの寝所としては、なるほど理想的なピッタリの所ね
地下カーブのワインセラーには
ごろごろワイン瓶が転がっているのですね

一本ド~~ンと
残暑お見舞いに≪La Romanée≫をどうぞ
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と、気前よく言ってみたいですが、なんと
Bouchard Père et Fils 1998≪La Romanée≫
って一本数万円するのですね
庶民には縁がないわ
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しかし、上には上があって、こんなニュースにヒットした
2015,8,18、とは、最近のことみたい


“世界一高価なワイン、仏ブルゴーニュ産190万円
mardi 18 août 2015 09:00

【パリ 8月18日付】フランス経済紙レ・ゼコー、主要紙ル・モンドなどによると、ワイン専門サイト「ワインサーチャー」は、世界の高価な年代物ワイン上位50位のランキングを発表した。1位はフランスのブルゴーニュ産の「リシュブール・グラン・クリュ」で、価格はボトル1本当たり1万5195ドル(約190万円)だった。
今回のランキングのうち、ブルゴーニュ産ワインは40品を占めた。仏ワイン以外は、米カリフォルニア産1点と、ドイツ産4点が入るにとどまった”


恐るべしワイン!
ホント庶民には異次元の話だわ

素朴な疑問ですが
ワインって本当に美味しいのかしら?
保存料の入った安ものだと渋くてえぐみがあってどうも苦手
むしろ、シャンパンの方がいいし
美味しい桃100コの方がさらに嬉しい
えっ~~何言ってんのか?だって。。
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ブシャール家も畑の格付けで最上級のGrand Cruを12ha
クリュは74ha、他に合わせて
Côte d’Orに130ha持っているらしい


ちなみに、Côte d’Orは黄金の丘と言うらしい
たわわに実った葡萄畑の景色もさることながら
実に黄金の価値をもたらすのですね

ちなみに、葡萄畑の格付けは
県道D974号線を境に分かれるらしい


帰りは、県道D974号線をバスに乗って
心地よい揺れと葡萄畑を眺めながら
とても癒される心地よい時間を過ごしました
何度も言ってますがホント楽しかった~
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お天気が良かった今年のワインの出来はどうなのかしら?
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石灰の地層の良しあし、風の流れ、南の斜面
堆積土の厚さなどなど
微妙な生育環境条件がヨシアシを決めるらしい
そして醸造家のたゆまぬ努力もあるのでしょうね

ワイン販売所にて
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ボーヌのオスピス(ホスピス, 施療院)
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“1443年にブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランが創設したもので、貧しい人たちに無料で医療を施した。入院の条件は、貧者であることただひとつだった。王侯貴族から寄進されたブドウ園とそこから生産されるワインで、費用は埋め合わされていた”

宰相ニコラ・ロランはルーブルにある
≪宰相ロランの聖母≫で知られている
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ブルゴーニュのオータンにある
ノートル・ダム・ドュ・シャテル教会のために
1435年頃、ヤン・ファン・エイクに依頼したもので
ロランが左画面に描かれている


さて、サァ~~と見学し駅前のトランスコの
バス停に戻って帰りました

今、どこをどう走ったのか調べてみますと
ボーヌ駅前からディジョン駅前までは
県道D974号線、通称グラン・クリュ街道を走ったようです
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夏の昼下がり、車窓から、どこまでも続く葡萄畑を眺めながら
うつらうつらとバスに揺られながらの時間は
とてものんびりとして癒されました

その時撮った楽しい思い出の動画
(見にくいですが)


ボーヌ駅からディジョンの駅前に到着
ハッキリ覚えてないのですが
1時間ほどかな 運賃はたったの2€でした
(バスに乗った時、運転手さんに
10€紙幣と2€コインを差出して選んでもらいました)
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途中バスストップでの停車は、2回くらいだったような
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by caramel24carat | 2015-08-27 18:33 | 旅行・建築・アート

サンスーシ宮殿 ポツダムにて





急に涼しくなりました~




旅の記録はポツダムのサンスーシ宮殿

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中央の階段の両側には、葡萄畑が広がり
見下ろす噴水広場には、真っ白の彫像が並んでいた

サン・スーシ宮殿のテーマは“葡萄”!?

フリードリヒ大王の瀟洒なロココ様式の住まいサン・スーシの意味とは
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仏語のSans Souciで、「心配ない、憂いなし」という意味らしい
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ベルリンの憂鬱な宮殿から逃避するため
ヴェルサイユ宮殿をちょっと意識した離宮


太陽と楽器の飾りが印象的なガーデン・パビリオン
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宮殿内部の見学は、案内所で定員のアキのある
ツアーに申し込んでからになり
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待ち時間の間、共通チケットがあって絵画館へ行く
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細長い紙を丸めて腕輪にする撮影許可証
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プロイセン王国時代の1745年から1747年にかけて
短い期間に建設された平屋建ての
王の住まいとしてはこじんまりしていた

きっと、このこじんまりした大きさが
居心地がよかったのでしょうね

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宮殿の王道スタイル、ロココ様式の華やかな内装
手前のケースの中には、フリードリヒ大王の
愛用のフルートが展示されていた
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宮殿中心にある楕円形の広間はパンテオンのイメージ
イタリア、カッラーラ産の大理石柱だそうだ
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当時のフリードリヒのお気に入りの仲間と集う様子
同じ部屋のようです
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大理石床には、大好きな?葡萄の模様
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この広間から戸外へ出て眺める景色は
高台なので、葡萄畑と噴水とギリシャ彫刻を望め
眺望抜群でしょうか

と、目の前の女の子の足にビックリ~!
こんなカレンダーみたいな刺青初めてみたわ~
旅行中にはたくさんのタトーを入れた子見かけましたが
例えば、女の子でうなじに「妹」とか、唸りました~
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最後の部屋には、あのヴォルテールさんの胸像が
飾られていました
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ヴォルテールは、プロイセンのフリードリヒ大王とも交友があり
ロシアのエカテリーナ2世だけではなく、各国の王と
積極的に接触していたんですね!
前回で知ったのですが、スウェーデンのカール12世のことについて
本も執筆している
啓蒙作家ヴォルテールさんはフリーメイソンだったんでしょうね

宮殿の出口に飾られている
アンディ・ウォーホルのフリードリヒ大王の肖像画
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マイセンらしき大きな壺
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見学を終え宮殿をでると、裏側にでる
取り壊しを逃れた風車小屋が建っていて
馬車に乗らないかと勧誘されましたが
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馬車とか苦手なので、時間がない
急いでいるのでとお断りしました

ついでに、バス停の場所をお聞きしましたら
すぐそばにありました

バス停の目印は“H”
ポツダム駅へは、X15か695なので
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やがてやって来た695に乗って帰りました

行きは、ベルリン中央駅からは電車に乗って30分ほどで
ポツダム駅に到着。駅を降り、バス停4番から
X15シュロス・サンスーシSchloss・Sanssuci行きに乗り
10分ほどだったか乗車


門の見えるところで降り
街を見学しながら歩いて行きました

この凱旋門は、ベルリンのブランデンブルグ門より
20年早く造られたそうだ
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“プロイセン王フリードリヒ大王がオーストリアとの戦いに勝ち、7年戦争の記念として1770年に建てられた。ベルリンよりも20年早く出来ている。規模こそ小さいものの、ギリシャ神話に登場するヘラクスやマーキュリーの彫刻が飾られている立派な門である”

凱旋門をくぐると、ポツダムのメインストリート
“ポツダムのブロードウェイ”ブランデンブルク通りがあった
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ポツダムはとてもいい所でした
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ブランデンブルグ通りを背にして反対側を
噴水広場を横切ってしばらく歩くと
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豪華な門があり
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中へ入るとサンスーシ宮殿へ向かう並木道がありました

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かなり歩いたような気がして
やっと、宮殿がみえた時はホッとしました
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お天気も良くてポツダム楽しかったです
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by caramel24carat | 2015-08-25 13:20 | 旅行・建築・アート

二人の天使とラファエロの≪システィーナの聖母≫


少しづつ涼しくなっているとはいえ
まだまだ残暑が~~



どこか待ちぼうけを食ったような表情の
可愛らしい2人の天使

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とても有名なこの2人の天使については
マリアの女性モデルの子どもが見学に来たのを描いた、
いや、ラファエロがパンやの店先で出会った子どもだった、
とも言われてる


旅の記録は、鉄とガラスの街ナンシーから
もう一度ドレスデンに戻って


破壊されたドレスデンの修復再建された建物は
黒っぽく変色していて古都をより雰囲気の
ある街にしていますが

どうも、黒っぽいのは、サガン!のせいらしい
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あの、悲しみよこんにちは~ではありませんが

ザクセン・スイスの砂岩サンドストーンの石を
切り出して積み上げているからだそうだ

サンドストーンは加工しやすい利点があるが
鉄分を多く含んでいて時間と共に黒ずむらしい
そう言えば、砂の中に磁石を垂らすと砂鉄がくっつきました


綺麗に再建された聖母教会の内部
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そのサンドストーンの産地はドレスデン近郊にあった
日帰りで行けるザクセン・スイス国立公園には
砂岩ゆえなのか、奇岩や絶景が広がる素晴らしい自然があるらしい

画像を見てますと、アリエナイ凄い所に
キレイなアーチの橋が掛かっていて驚き!
バスタイ橋といい1800年代に建設されたらしい
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Nationalpark Sächsische Schweiz, Basteibrücke

もし機会があれば、登山靴を用意して行ってみたい

この不思議な原始古代を連想する浸食され風化した奇岩がある
絶景地に、かつて坑道が作られたらしい

その坑道に、第二次大戦の戦火や、敵の目を避けて
美術品の作品を運び入れ保管していたようです

しかし、ドレスデンが陥落し、ソ連軍に占拠された後
坑道にあった他の美術品とともに
ラファエロのお宝≪システィーナの聖母≫は、発見され
モスクワに持ち去られ、プーシキン美術館で保管・展示されていたらしい


アルテ・マイスター美術館の最も主要な目玉作品

ラファエロの≪システィーナの聖母≫1513-14.
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RAFAEL - Madonna Sixtina
(Gemäldegalerie Alter Meister, Dresde, 1513-14. Óleo sobre lienzo, 265 x 196 cm)


タイトルの「システィーナ」は
カトリックの総本山、ローマ教皇の公邸であるバチカン宮殿にある
システィーナ礼拝堂のことではないようです


モスクワのプーシキン美術館にて
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2014.9 ひょっとして戦利品も多いのかしら


戦後の10年後、1955年、ヨシフ・スターリン亡きあとに
ドイツ、ドレスデンの国立美術館に返還されたという
現在、ドレスデンのツヴィンガー宮殿内の
アルテ・マイスターの目玉コレクションとして
展示されてます
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このラファエロのお宝≪システィーナの聖母≫ですが
ザクセン王兼ポーランド王アウグスト3世が、1754年に
110,000 - 120,000フランで購入したらしい

娘がフランス国王ルイ15世と結婚したお祝いにナンシーに
スタニスラス広場を造った元ポーランド王スタニスラスから
ポーランド王位を引き継いだアウグスト3世

そのポーランド王を巡っては因縁の関係でありましたが

スタニスラスはフランス王ルイ15世の義父になり
アウグスト3世はルイ16世の祖父になっている

ルイ15世の長男ルイ・フェルディナンは
父の国王より早く亡くなり、その息子の後のルイ16世が
フランス国王に就いている

年譜を眺めますと

次期フランス国王となるはずだったルイ15世の長男
ルイ・フェルディナン・ド・フランスは
Louis Ferdinand de France
1729年9月4日 - 1765年12月20日

そのルイフェルディナンの妃マリー=ジョゼフ・ド・サクスは
(ポーランド王兼ザクセン選帝侯アウグスト3世の娘)
1731年11月4日 - 1767年3月13日

二人とも幸か不幸か早死にしてます

フランス革命で処刑された二人の長男ルイ16世は
1754年、に誕生している
ルイ16世 Louis XVI、1754年8月23日 - 1793年1月21日

アウグスト3世が、1754年、ラファエロの≪システィーナの聖母≫を
コレクションに加えた年は
後のルイ16世が誕生した年でもある

ひょっとしたら、フランス国王の世継ぎ誕生のお祝いに
ラファエロの聖母子≪システィーナの聖母≫を購入したのでしょうか

アルテ・マイスターの階段
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聖母子に描き加えられた“2人の天使”が
とっても意味深く思えます


先代アウグスト2世強王からの、膨大な芸術品のコレクションが
ツヴィンガー宮殿には所蔵されている

工事中のツヴィンガー宮殿
所蔵品の印刷されたボード柵が
分かりやすかったわ~
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@フェルメールの≪手紙を読む女性≫はひっそりと3階にありました
ジャン・エチエンヌ・リオタール(1702-1789)の
マイセンカップが描かれた≪チョコレートを運ぶ女性≫もありました




作品についてのメモ

システィーナのマドンナ「La Madonna Sistina」の
システィーナは、聖システィーナ(サン・シスト) San Sistoのことで

マドンナの絵は、当時の教皇ユリウス2世が
自分の故郷である、北イタリア、ピアチェンツァにある
ベネディクト修道院・サン・シスト聖堂の祭壇画として
ラファエロに注文したもの

バチカンの「システィーナ」は、ユリウス2世の叔父
シクストゥス4世が建造したのでそう呼ばれるらしい

ラファエロは、25歳から死去する37歳まで
教皇ユリウス2世から、ローマに呼ばれ
ヴァチカンの宮廷画家として栄華を極めたという

画面左は聖シクストゥス2世で右は聖バルバラ
聖シクストゥスはユリウス2世を表わし
聖バルバラはユリウス2世の姪を表わしている
(ジュリア・オルシーニ又はルクレツィア・デラ・ローヴェレ)

画面上部左右に描かれる半開の幕は
当時の墓碑を真似たものであると推測されており
一部の研究者たちからは教皇ユリウス2世の墓碑に掲げる為に
制作されたとの説も唱えられている

この教皇ユリウス2世という方

ルネサンス期の芸術家のパトロンとしてだけでなく
教皇領を守るため、政治、軍事面でも頑張った人物だったようです
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Pope Julius II在位1503~1513年
ラファエロ・サンティ - National Gallery, London

バチカンにあるカトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂は
ユリウス2世の時、新しく建て直したというから
凄い偉業を成し遂げた教皇なんですね



この日も暑かった~
過ぎてみれば、真っ青な空とともに
いい思い出になりました
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by caramel24carat | 2015-08-23 18:30 | 旅行・建築・アート

モネの≪エトルタの日没≫など、ナンシー美術館にて





ユリの花が咲きました~
蕾と合わせて一本に12コもつけてる





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こっちは3本分で豪華なユリのシャンデリア~
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前回のドレスデンの記事から
ちょっと気分転換してナンシーへとんでみる
えっ~まだ続くの?とか思ってます
まだ、ニュルンベルグとミュンヘンとボーヌもまだですし
ノンビリやります


ルイ15世の義父スタニスラフの名前を冠したスタニスラフ広場にて
向こう正面は市役所、中心にはロレーヌ公の像

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午後7時過ぎ 取りあえずカフェに陣取ってみる

広場に面して、ナンシー美術館がありました
翌日、見学へ
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そのナンシー美術館の所蔵品の一つ
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モネの≪エトルタの日没≫
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モネは、ノルマンデーの海岸、エトルタへたびたび訪れていたようです
日没の他にもいろいろな印象を描いているようです

それにしても浸食されたのか、不思議な奇岩だわ
  
アルセーヌ・ルパンの『奇岩城』もエトルタとか

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ナンシー美術館の地下は、昔からの城塞の石壁が残っていて
すごくミステリアスな空間でした
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また、ドームガラスのスゴイお宝がたくさん展示されていて
2時間ほどうっとり鑑賞しました 

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あまり人もいなくて静かで落ち付く美術館でした

オルセー美術館の自画像を集めた
企画展もちょうどやってました
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シャンデリアと螺旋階段の手すりの曲線がナンシーらしい
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ネプチューンの噴水
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広場の四隅を飾っている
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スタニスラス広場に面してた
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“Jean Lamour”という
王冠がマークのケーキさん、美味しかった~
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ロレーヌ公スタニスラス元ポーランド王は
スイーツが好きだったらしいとも








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by caramel24carat | 2015-08-21 16:13 | 旅行・建築・アート

幻影の街 ドレスデン




日ごとに涼しくなります~~




フラウエン教会(聖母教会)と
マルチン・ルターの像

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フラウエン教会は1726~1743年に建設されたが
WWⅡで崩壊、2005年寄付で新たに蘇った


記憶が薄れるにつれ、幻影かのように
バロックの聳え立つ黒い塔のシルエットばかりが
印象に残っている

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以下、ちょっと長いメモと旅の記録

ポーランド王も兼ねていたザクセン選帝候アウグスト2世は
王位欲しさにプロテスタントからカソリックに改宗し
ポーランドの聖職者や貴族に賄賂をバラまき
カソリックのポーランド国王になった
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ドイツに始まった宗教改革運動は各国広まったわけですが
ドレスデン近郊の生まれのマルチン・ルターは
聖職者でありながら結婚していたので
イエズス会からは批難され悪口を言われたらしい

結婚のためイギリス国教会をつくったヘンリー8世も
いましたが、宗教ってめんどうだわ~

カソリックの宮廷教会 三位一体大聖堂

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かつてフランスからは、ユグノー戦争なんかがあって
プロテスタントであるユグノーたちが
プロシアへこぞって逃げて移民したらしい
3分の2がフランス人だったこともあったとか
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ポーランド王となったアウグスト2世は、
ワルシャワにもバロック様式の宮殿を
貴族から買って拡張した、それがサスキ宮殿だ
ナチスに壊され柱しか残っていない廃墟となったサスキ宮殿の
「サスキ」はアウグスト2世のザクセン人に由来する

ツヴィンガー宮殿のポーランドの王冠
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この時代、各国が大北方戦争を戦っていたが
アウグスト2世は、スウェーデンのカール12世に退位を迫られ
ポーランド王をスタニスラスに
(スタニスワフ1世レシチニスキ、ポーランド語)譲っている

前後するが、ロシアのピョートル1世は、スウェーデンのカール12世
からサンクトペテルブルクを奪いロシア帝国を建都した

この時代はグチャグチャのめまぐるしい
戦国時代だったのでしょうね

ポーランド王になったスタニスラスはその後
アウグスト2世の息子のアウグスト3世に
再びポーランド王を譲った

ロレーヌ公であったフランツ1世とハプスブルク家の
マリア・テレジアが結婚
スタニスラスは
フランスのものとなったロレーヌ領の
一代限りのロレーヌ公となった

スタニスラスの娘マリー・レクザンスカは
ルイ15世と結婚し、フランス国王妃なった
ルイ15世へのお祝いに、ナンシーにスタニスラス広場を造った

アウグスト2世の息子のアウグスト3世が
再びポーランド王位につく

そして、アウグスト3世の娘のマリア・ヨーゼファが
ルイ15世の長男ルイ・フェルディナンと結婚し
後のルイ16世、ルイ18世、シャルル10世が誕生している

一方、フランツ1世とマリア・テレジアには
娘マリー・アントワネットが誕生していて
ハプスブルグ家からフランスへ嫁ぎ
ルイ16世と結婚した

かなりアバウト・大雑把なつかみで
歴史の流れを追ったので
細部はあいまいだけれど

ドレスデンはフランスと姻戚関係にあったということが
だいたいわかりました~~


あのナンシーのスタニスラス広場へも行きましたが
ドレスデンとも縁があったとは驚きです

やれやれ~~
QFというところで
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ゼンバーオーパー(Semper Oper)
オペラ劇場
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ネオクラッシック様式、1838年から1841年にかけて建造

ゴットフリート・ゼンパーの設計により建設
(Gottfried Semper、1803年11月29日 - 1879年5月15日)
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ヴァーグナーが1843年から1849年まで指揮者

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R・シュトラウスの《薔薇の騎士》が
ここゼンバーオーパーで初演されたらしい

初演:1911年1月 ドレスデン 宮廷劇場

オクタヴィアン伯爵は、アウグスト2世と
初代ローマ皇帝アウグストゥス(オクタウィアヌス)を
もじっているのかしら

入り口の両側には、シラーとゲーテが
いらっしゃいます
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どっちがどっちでしょ

騎馬像のヨハン王が建造しようと提唱

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ドレスデンの地図ですが、Wiki参照
なんと星型要塞に周囲を囲まれている

1750年のドレスデン市街図
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ブランデンブルグ門の時知りましたが
ベルリンも同様の星型城塞でした

やっぱり☆の角には税関門があったのでしょうか

エルベ川沿いのブリュールのテラス Bruehl Terraceにて

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忘れることのできない4度にわたるドレスデン空爆の
爆弾型のモニュメントでしょうか

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ロシア革命で倒れたロシア皇帝ニコライ2世のクリミアの別荘で
1945年2月4日~11日、ヤルタ会談が行われた
その2日後、1945年2月13日~15日に、
ドレスデンの無差別絨毯爆撃が始まったらしい

イギリス・アメリカ空軍のランカスターやデ・ハヴィランド爆撃機の
1300機あまりが、上空から落とした爆弾は3900トンだったらしい
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凄まじい想像を絶する阿鼻叫喚の地獄だわ
人間の集団行動とは空恐ろしい

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この時、ドレスデンは各地から戦争難民が押し寄せていて
ハッキリした当時の住民の数は把握できてなかったらしい

レジデンツの武芸競技場
君主の行列の内側
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アウグストス通りにある、ドレスデンの観光スポット“君主の行列”
ザクセンの歴代の君主がマイセンの陶板に焼かれている
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あの、徳島の鳴門の大塚国際美術館は
マイセンの陶板の技術を使っているのかしら

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大塚薬品はやっぱりドイツと関係が深かったのでしょうか
徳島で、日本で初めて第九が歌われたらしいのもなんだか


マイセンの陶板に転写された
アウグスト2世強王とその子のアウグスト3世の騎馬像
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黒い帽子を被って最後を飾る人物は
作者のW・ヴァルターとか

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なんと、100メートルにも及ぶ「君主の行列」は
奇蹟的にも、全く損傷を受けなかった


もう一人君主の方がいました
通り過ぎて、なんか変!?

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と気がつき、寄付しました
ネクタイが可笑しいでしょ

白いワンちゃんはぬいぐるみでした
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QF(小型のショッピングセンターで観光iもありました)の中に
マイセンのアウトレットのお店
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お馴染みマイセンの双剣の商標は
なんと、アウグスト2世強王の紋章だそうだ

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ツヴィンガー宮殿の中庭
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門上部には双剣の紋章のレリーフ
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時計の両側には
マイセンの鐘が下がっている



アウグストス橋
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エルベ川のゆったりした景色を眺めながら
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いつも堅い表情のドイツ人も
ビール片手に皆さんご機嫌でした
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ビールでヒトリ乾杯~
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by caramel24carat | 2015-08-20 17:00 | 旅行・建築・アート

睡蓮の池とガラスの工場、ドレスデンにて



昨夜からの雨でかなり涼しいわ~




VWガラスの工場前の睡蓮の池



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暑い暑いと言ってた7月、8月ですが
その「July」と「August」については

7月「July」は、あのローマの将軍シーザーこと
ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Cæsar)に由来し

8月「August」」は、カエサル(Caesar)=シーザーの養子で
ローマ帝国の初代皇帝になった
アウグストゥスが、8月19日に亡くなったことに由来する

ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス・アウグストゥス
Gaius Julius Caesar Octavianus Augustus
(紀元前63年9月23日 - 紀元14年8月19日)

皇帝アウグストゥスは「パクス・ロマーナ=ローマの平和」を実現した偉い皇帝だった
アウグストゥスは、ラテン語で「尊厳ある者」を意味するらしい


夏休みの宿題のようにまだまだ終わらない旅の記録
今回は、ドレスデンのVWのガラスの工場

ベルリンのあと、2時間ほど列車に乗ってドレスデンへ行きました
ドレスデンは、とっても素敵な街でほんと楽しかった

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エルベ川沿いに発達した街で、ザクセン王アウグスト強王の時
いわゆる「アウグストゥス時代」に、経済的にも繁栄し
豊かで美しい文化的な街として発展、
バロックの宮殿やお城や教会が建設され
また後年には、オペラ劇場も建てられた
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旧市街はコンパクトに収まっていて散歩していても
アッと驚くような景観に遭遇し、とても楽しかった

泊まったホテルも聖母教会のすぐ横で、ほんと便利でした
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タラレバですが、着いたその日すぐに、VWのガラスの工場へ
行っていれば、ツアーで見学できたのでした
到着日は、つい、浮かれてあっちこっち歩き回り

翌日に延ばして行ったので
ちょうどイベントが始まった日に当たり
ツアーはお休みだったんです
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ドレスデンでのミッションの一つとして
VWのガラスの工場(Die Glaserne Manufaktur)は
楽しみにしていたのに

一応事前に調べてあったのですが
行く直前に、場所などを確認してみると
どうも、お休みっぽい?
まあ、せっかくだから建物だけでも
と、出かけたのでした
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入り口は開いていて、中には、中国人の研修生らしき
若いグループがいました
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恐るべし、チャイナパワー

受付のお姉さんがいらして、ツアーのこと念のため
聞いてみますと、ヤッパリお休みっておっしゃる
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いいや~以前に映像で見たことありますし
ツアーの写真も撮れないことだし。。と慰めてみる
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工場は稼働していて、ロビーからチラッと見えました
ガラスの工場は、いくつものパーツを車体に組み立てる
組み立て専門のようです

VWのガラスの工場(Die Glaserne Manufaktur)の模型
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油っけのない組み立て工場の美しい楓材のウッドフロアは
長時間立って働く人に優しく負担が軽減されるそうだ
“Volkswagen Phaeton”フェートンと言う高級車専門らしい
ロビーからは、工場の雰囲気が、まさにガラス張りで
見ることができましたし
取りあえず入れてよかったわ~
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一応ミッション終了、ということで
建物前のカフェで休憩
ここでも喉の渇きを癒すべくアイスコーヒーを
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ドイツでマイブームだったアイスコーヒーは
たっぷりの量で
すぐエネルギーに変換する糖分も摂れますし

ああ~~~幸せ
パラソルの下は風も吹き心地よかった

“VWのガラスの工場前”には橋が掛かっていて
池には、睡蓮が咲いていた
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モネの庭みたいだわ、とカルガモの泳ぐ様子も眺めながら
ガラスの工場を後にしました

まあ、でも、なぜ、睡蓮だったのかしら?

「君子の行列」の壁の通りにとまっていた車
お馴染み日本企業名が3つも描かれていました
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@ドレスデンは、第二次大戦で
街のほとんどを壊滅的にやられたらしい
今の姿は、戦後、再建修復されたものである


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by caramel24carat | 2015-08-17 13:00 | 旅行・建築・アート

川沿いの十字架とマリー・エリザベト・リューダース・ハウス



盆ジュール!
盆ザメが現れると海水浴もおしまいデス、とはよく言われますが
あぁ~ずい分と凌ぎやすくなりました~




滞っていた旅の記録をやっとこ再開



ドイツ連邦議会議事堂を右手に
連邦首相府を左手に見ながら
シュプレー川の方へ歩きますと


かわいい双子ちゃんのベビーカーに遭遇
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川の両側にモダンな建物が見えてきました


どちらも、シュテファン・ブラウンフェルスの設計で
パウル・レーベ・ハウスとマリー・エリザベト・リューダース・ハウスでした
今、分かったんですけれどね


ほんとに軽やかな建物で全く重圧感がなく浮遊しているかのよう
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(パウル・レーベ・ハウスは全然撮れてません)

2001年完成のパウル・レーベ・ハウスは
連邦議会専門委員会用の建物として
19の会議室、議員用に550室、委員会秘書用に450室の事務室が入居している、らしい
なんと、地階には、連邦議会議事堂へと通じるトンネルがあるという

ああ、そうだったんですね!議員らしき人影の見えない
閑散としてた地上の様子に納得
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パウル・レーベ・ハウスからシュプレー川に橋が掛かっていて
(どちらの建物からも、西⇔東へと)行き来できるらしい

対岸には
2003年完成のマリー・エリザベト・リューダース・ハウスが見えました

建物ガラス壁面前の階段は“スペイン階段”と呼ばれ
日光浴する人たちでにぎわうそうだ

もっとも、この日はだ~れもいませんでしたけれど
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個人の記念館のように
マリー・エリザベト・リューダース・ハウスと名まえが付いているが
議会図書館が入っているらしい
なんと、ワシントン、東京に次いで世界最大規模の蔵書数を誇る!
さらにドイツ議会最大の公聴会会場や600室のオフィスの他
アート展示室も入居している

外観からは、とてもそんな大きな建物には見えなかったんですけどね



橋で両会館を行き来できるようです
この画像の画面下にちょっとモノクロの十字が見えてます
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散策中に何気なく撮った写真を、今眺めていて気付いたのですが
建物前のシュプレー川沿いに“十字架”の描かれたボードが
何枚か立っている!?

なんと、驚くことに、両側の建物の間を流れるシュプレー川が
ちょうどベルリンの壁の位置だったらしい


この数枚の“十字架”の描かれたボードは、ベルリンの壁=川、を渡って
東から西へ逃亡しようとして、見つかって銃殺された人の
慰霊碑なんだそうだ
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しかし、なんとも不条理な時代に、突然
突き落とされた人たちの哀しみと憤慨と忍耐とは
この世にそんな意味不明で
信じられないことがあったなんてオソロシイ


ところで、ベルリンの壁が崩壊した後
改修前の旧ドイツ帝国議会議事堂を
ポリプロピレン布と青のロープで包んでしまう
大がかりな“インスタレーション”があったようだ

ブルガリア生まれの作家クリストによる作品
≪梱包されたライヒスターク(帝国議会議事堂) 1995年≫
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なんと、この意味不明?とも思える
いや忌まわしい歴史の証人でもある
帝国議会議事堂を覆い隠して生まれ変わらせることは
意義があるといえばあるのかも知れませんが
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“わずか2週間に500万人を動員
布やロープも既製品ではなく、作品のために織られ
材料費等の直接経費だけで約7億円がかかった”

えぇ~~~!と驚きます
その巨額の費用のスポンサーはどこか?
税金なのか?
膨大なポリプロピレンとロープのメーカーはどこか?
の方が気になりますが。。

ドイツではみんな自転車で走っていた
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@ところで、議会図書館の入っている
マリー・エリザベト・リューダース・ハウスMarie Elisabeth Luders Hausと名前のついた

マリー・エリザベト・リューダースMarie Elisabeth Lüdersさんとは
一体だれなんでしょうか?

Marie-Elisabeth Lüders (25. Juni 1878 in Berlin; † 23. März 1966 ebenda)
は、ドイツの政治家で女性の権利活動家

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Marie Elisabeth Lüders 1997年発行のドイツ切手

彼女は、プロシアの政府高官の娘で
ベルリンのフンボルト大学で
最初に、政治学博士号を取った女性だった

ウンター・デン・リンデン通りのフンボルト大学前にて
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卒業後は、中央の政府機関で働いたあと
女性の教育の機会均等、メイドの給料などについてや
また、ある時は、戦争中のオフィスや軍需工場で働く
女性労働者の労働条件やその子どもの保育環境改善等について
第二次の戦後は、ドイツ市民と外国人が結婚した時の女性に付与される権利と
子どもの地位等について闘った
女性と子どもの権利獲得のために闘った最も重要な政治活動家だった
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by caramel24carat | 2015-08-15 13:11 | 旅行・建築・アート