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Caramel 24 Carat

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<   2016年 03月 ( 20 )   > この月の画像一覧

ヴァルドルフとSAP


いよいよ3月もおしまい~❀



前回、NY不動産王でもと毛皮商人だった
ジョン・ジェイコブ・アスターが

ドイツのバーデン地方のヴァルドルフの出身者だと知り
昨年、ドイツ旅行もしたこともあって、懐かしい思いで
GoogleMapでヴァルドルフ(Walldorf)の街を捜してみました

[Walldorf]って街の名まえドイツ語でヴァルドルフというらしんだけれど
なんとWallで始まっているね
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ジョン・ジェイコブ・アスターがマンハッタンのWall街あたりも買い占めた
といいますが、由来は[Walldorf]ってことはないのかしら


昨年は、フランクフルトからカールスルーエ経由で
バーデンバーデンへ行ったこともあり

カールスルーエの駅 カールスルーエ工科大があるらしい
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なんとなく一丁前に“あああの辺か”と知ったかぶりで地図を眺めてみると
鉄道と並行して走っているアウトバーン5沿いに街はある
ヴァルドルフというジャンクションもある

車でフランクフルトからならすぐかも
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アウトバーン5はバーゼルまで続いているみたい
フランクフルトからICEでもバーゼルまで行けったっけ

ヴァルドルフは大変豊かな財政で知られ
ヨーロッパで最も裕福な都市の一つであり

ICE車内 ビジネスマンが多かった
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ドイツで最も経済的に魅力ある街として
たびたび表彰もされているいうから驚き

なんと、街には、あの超優良企業のSAPの本社があるので
その恩恵があるのかしらね

SAPは、もとIBMのドイツ法人の社員が創業した会社のようです
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“SAPはSystemanalyse und Programmentwicklung(「システム分析とプログラム開発」の意味のドイツ語)という社名で、1972年にIBMドイツ法人を退社した5人のエンジニアによって創業された。”



明日から4月だわ~
春爛漫でどこか行きたいけどね
テロがアッチャッコッチャで多発しているから
思いとどまった方がいいかしら~











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by caramel24carat | 2016-03-31 15:56 | 街と風景

リップ・ヴァン・ウィンクルという名の水仙


八重の水仙が咲いた~❁




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ちょっと花びらがクシュクシュした水仙ですが
名まえもちょっと変わっていて

<リップ・ヴァン・ウィンクル(Rip Van Winkle)>というらしい

宿根草なので、毎年咲くのですが、2,3年前、偶然、名まえが
<リップ・ヴァン・ウィンクル(Rip Van Winkle)>と知りました

初めてそのことを知った時も記事
に書いてました


また水仙と同名のアメリカのワシントン・アーヴィングの短編小説に
『リップ・ヴァン・ウィンクル』があることも驚きましたが
(浦島太郎のようなお話です)

なんと、ワシントン・アーヴィングのサニーサイドの住まいが
幕末、日本に黒舟でやって来て開国をせまった
ペリー提督のお隣だった!
というのもビックリでした~

なんとも世の中狭いですね!(なんちゃってね~笑)

この方、ワシントン・アーヴィングは、アメリカの元祖不動産王アスターの
依頼でオレゴン州の『アストリア』という毛皮商人のことを書いた本も出版している

と、今回、アーヴィングがペリーだけでなくアスターとも
深いお付き合いがあったと知った



アスター(ASTER)はギリシャ語、ラテン語で「星」の意味があるそうです

はなにらが満開です
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アメリカの元祖ミリオネラーで不動産王アスターこと元毛皮商人の
ジョン・ジェイコブ・アスター(英: John Jacob Astor)は
ドイツ生まれの移民らしい

NYのマンハッタンにある高級ホテル<ウォルドルフ=アストリア(The Waldorf-Astoria)>は
アスター家のホテルという
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ちなみに、「ウォルドルフ」とはドイツ語で「ヴァルドルフ=森の村」という意味らしい

以下wikiより

“ウォルドルフとは、アメリカ屈指の大富豪アスター家の初代であるジョン・ジェイコブ・アスターの出身地、ドイツのヴァルドルフに由来する。1893年にアスター家の4代目ウィリアム・ウォルドルフ・アスターが建設した13階建ての「ウォルドルフ・ホテル」と、その隣に従兄弟のジョン・ジェイコブ・アスター4世が1897年に建てた17階建ての「アストリア・ホテル」がその起源である。

“ジョン・ジェイコブ・アスター(英: John Jacob Astor、生まれた時はヨハン・ヤーコプ・アストアあるいはアストル(共にドイツ語読み)独: Johhan Jakob Astor、1763年7月17日-1848年3月29日)は、アスター一族の初代となる著名な一員であり、アメリカ合衆国では最初の百万長者になった。アメリカでは初めてトラストを創設し、毛皮貿易、不動産およびアヘンからその資産を築いた[1]。

アスターはドイツの貧しい家の出であり、ロンドンに、続いてアメリカ独立戦争後のアメリカに移民した。五大湖やカナダに跨る毛皮貿易帝国を作り上げ、後にはアメリカ合衆国西部や太平洋岸まで拡大した。1800年代初期、ニューヨーク市の不動産を手掛け、後には美術の著名なパトロンになった。

1848年に亡くなったとき、アスターはアメリカ合衆国で最も富裕な人物であり、少なくとも2,000万ドル相当と見積もられる資産を遺した。フォーブスのランキングに拠れば、これは2007年の米ドル換算で1,150億ドルに相当し、ジョン・ロックフェラー、アンドリュー・カーネギー、コーネリアス・ヴァンダービルトに次いで、アメリカ史上4番目にリッチな人物となっている。”

@あのタイタニックでなくなった乗船客の一人に
ジョン・ジェイコブ・アスター(John Jacob Astor)4世がいたそうだ









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by caramel24carat | 2016-03-29 17:33 | 植物といきもの

ロシアのアラスカ売却




桜はまだ蕾~~❀


近所の公園の今日の桜はまだ蕾でした
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昨日は久しぶりにデパートへおでかけ
どこも人混みでごった返してたワ
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そんな中、綺麗な生花が華やかでした

デパートってイザ獲物にロックオンすると
あまりまわりのことも気にならないのが不思議だわ
(可笑しいね)

全く縁がありませんがエルメスのショウィンドウ
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よく見るとオオカミと尾長鳥がプリントされている
黄色と白で初夏っぽい
(入り口の2Fに入るとブランド店舗を一周する動線なんだけどね)

ところで、サンダース氏圧勝したアラスカ州って
もとロシア領アメリカだったのですね

ロシア人は毛皮資源を求めて厳寒のシベリア大陸を
東へ東へと移動していったようです

ベーリング海峡を隔てたアラスカまで交易資源を求めて
露米会社を設立して盛んに毛皮取引したらしい

(露米会社:極東と北アメリカでの植民地経営と毛皮交易を目的とした、
ロシア帝国の国策会社)


モスクワのツム百貨店にて ショーウィンドウのヒョウ柄の毛皮
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2014.9

高価な黒テンとかさまざまの毛皮は「柔らかい金」とも呼ばれたという
ラッコの毛皮もあったというのは意外

@そういえば、大黒屋光太夫の伊勢志摩には
愛らしい“ラッコのショウ”があってみたことあります
(貝を両手にもって上手に割って食べる)

こぞって毛皮商人がアラスカの毛皮資源を乱獲し
やがて獲れなくなり不毛地帯と化してしまった
また、凍てつく大地はベーリング海峡を渡った辺鄙なところでもあり

当時のクリミア戦争で財政が逼迫していたロシア帝国は
まあ、あまり得るものはない、むしろ管理が大変だ

また、イギリスを牽制したいこともあって
もし、今後、イギリスに戦争で負けてとられるくらいなら
いっそアメリカに売ってしまおう、と

当時のお金で720万㌦で売却したらしい

モスクワの百貨店 夏っぽいエルメスのショーウィンドウ
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2014.9

でも、しばらくすると、アラスカにも金鉱脈が発見されて
アメリカはゴールドラッシュに沸いたそうだ

ロシアにとって厳冬の時期の不凍港は大事ですが
ほんと、国土は広いけれど哀しいよね

日本のようにゆたかな海に囲まれた国は恵まれていますね

で、この後、ロシアは英仏のように産業を発達させて近代化を目指そう!
ということで資源の産出地と工業地帯を短時間で結ぶ
シベリア鉄道を建設するようになるわけなんですね

ロシア革命でたおれたニコライ2世が日本にやって来たのは
その後、1891年5月31日、ウラジオストックで行われた
シベリア鉄道の起工式に立ち会うためだったらしい

@ロシアって大変だったんですね!なんと全長9300キロとは!

シベリア‐てつどう〔‐テツダウ〕【シベリア鉄道】

ウラル地方のチェリャビンスクに発し、シベリア南部を東西に横断してウラジオストクに至る世界最長(全長7416キロ)の鉄道。1916年全通。現在では、その他の路線も含めたモスクワとウラジオストクとを結ぶ、全長約9300キロの鉄道をいう。


@つい長くなってしまいましたが
露米会社なんてあったんですね!?











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by caramel24carat | 2016-03-27 18:00 | 歴史・人物

Kitty O'Shea's とミツバ



風もなく穏やかな日~☼


手間いらずのスノーフレークは
春を告げる可愛いお花ですが

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最強の手間いらずで年がら年中
青々と繁茂しているのが“三つ葉”なんです

ホント不思議な植物~!?

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ずい分前スーパーで買ってきたミツバを食べた後
試しに根っこの部分を庭に植えたことがあって
それ以来、増殖を続けていてる
(隣との境界の塀際の半日陰が居心地がよかったのかしら)

茎を伸ばし白い小さな花はやがて
ケシ粒ほどの種をたくさんつけて飛び散るようです

最近では、あまり摘むこともなく見向きもしてないけれど
ふと思いついて“家庭菜園”から調達することもあります


ところで、先日、ジャック・カルティエのありし日
4年ほど前の姿をUPしたことがあったのですが
(Hallo Kitty と一緒に撮ったワケの分かんない写真)
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その翌日2016.3月22日にブリュッセルでのテロがあり大変驚きましたが
実は、もっとビックリ仰天したのが

爆発のあった地下鉄マルベーク(Maelbeek)あたりの
現場中継映像の中のビルに“Kitty 〇〇〇。。”の文字を発見した時です

えっ~~~“Kitty”ってなんなの!?

いやいや驚きましたが、ちょっと調べてみますと

ベルギー、ブリュッセルのEU本部の側にある
≪Kitty O'Shea's ≫というアイリッシュ・パブのレストラン名でした
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トリップアドバイザーよりお借りしました

シャルルマーニュ通り42
Address : Boulevard Charlemagne 42 1040 Brussels Belgium


ほんと、キティ・オシーズ≪Kitty O'Shea's ≫の界隈は
EU本部とかスゴイ建物が建ち並ぶ欧州連合の心臓部
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ランチに欧州委員会の高官等が立ち寄ったりするレストランらしい

キティ・オシーズ≪Kitty O'Shea's ≫はブリュッセルの他に
パリとボストンにあるらしい

@ちなみに、EU本部がパリでなくベルギーにあるのは
当時、シャルル・ド・ゴールが、パリにあると危ないから
ベルギーへ移動させた経緯があったらしい、とも
(アメリカの標的になる危険性を予測していた)



ベルギーにアイリッシュ・パブがあるのもおもしろいですが

そのお店の名前の由来はキャサリン・オシェイ Katharine O'Shea という女性からのようだ
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キャサリン・オシェイはロンドン主市長マシュ・ウッドの孫娘にあたり
キャプテンでアイルランド議会のメンバーだったウィリアム・ヘンリー・オシェイと結婚する

で、この名前がレストランの<Kitty O'Shea>のようだ
でも、その後、チャールズ・スチュワート・パーネルとも交際し
オシェイとは離婚したようだ

チャールズ・スチュワート・パーネルという方は、富裕な地主の生まれで
アイリッシュ・ナショナリストとして名を馳せた英国下院の議員だったようだ

キャサリンはパーネルとの伝記を出版しているのも驚きです
“Kitty”から思いがけない人物が登場してきていろいろ!なのですが
アイルランドの歴史も出てきたりしてとっても難しいので
また機会があれば調べて見たいわ

Katharine O'Shea (née Wood; 30 January 1846 – 5 February 1921), known after her second marriage as Katharine Parnell, and usually called by friends Katie O'Shea and by enemies Kitty O'Shea, was an English woman of aristocratic background, whose decade-long secret adultery with Charles Stewart Parnell led to a widely publicized divorce in 1890 and his political downfall.

Katharine published a biography of Parnell in 1914 as "Katharine O'Shea (Mrs Charles Stewart Parnell)"









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by caramel24carat | 2016-03-26 10:40 | 街と風景

ビーバーハット



風に揺れるバンジーが可愛い~☼




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カナダのセント・ローレンス川流域に棲むビーバーは
外敵と凍りつく川から身を守るため
ダム建設をする名人として有名ですが

前歯が愛らしいビーバーですが、その毛皮が
フランスやイングランド等の毛皮商人に大変人気だったとは
カナダへの探検家ジャック・カルティエから知りました

でも、なぜ、そんなにビーバーの毛皮が人気だったのかしら?

ちょこっと調べますと

当時のヨーロッパで爆発的な人気だった紳士や淑女が
被っていたフェルト帽子の材料として使用されたという

ビーバーの毛皮の内側の細かい毛がフェルト加工に
最も適した素材で最上級のフェルト帽子が作られた

@フェルトは毛をむしって蒸気で圧縮加工して作っていたんですね



ビーバーの毛を100%使用した最高級のビーバーハットは

海賊ジョニー・デップ
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しっとりとつややかな輝きを保ち
もともと 水中に生息しているビーバーの毛は水をはじきやすく
軽量で耐久性、防水性に優れているそうです

ダンディな麻生大臣も
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2013.2.15

ビーバーの最上級のハットならば
きっとビックリするくらいお高いのでしょうね


@ところで、「ビーバーエアコン」って
なぜビーバーなの?

霧ヶ峰っていうのもあったけれど

う~ん、ビーバーが三菱重工製品で
霧ヶ峰が三菱電機で同じ三菱でも別会社と判明








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by caramel24carat | 2016-03-24 16:10 | 暮らし・ハイ句

黄水仙と<Prime Star>と毛皮について



水仙が咲きました~☼


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この黄水仙の葉っぱは松葉のように細長い棒状で
ちょっと変わっているわ
ふつう平たいですよね


@ベルギーで酷いテロがあったんですね
いつ何時どこで何があるか分かりませんね
ホントにコワいデス


前の記事で、モスクワでお寿司の海苔巻きを買った

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クズネツキー・モスト通りの<прайм>というお店は
Prime Starというチェーン店と分かりました
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「прайм=Prime プライム」なんだそうです

リンゴにスター印の<Prime star>は
コンビニと書いてシマッタのですが

テイクアウトもできるオーガニック素材使用のファストフード店で
高級レストランも展開しているNOVIKOVグループ
やっているらしい
Vogue cafeも同グループらしい
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@ところで、フランス人探検家ジャック・カルティエによって
発見されたカナダですが

クズネツキー・モスト通りのカルティエのお店
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セント・ローレンス川(フランス語はサン・ローラン)
及び湾はあたりは毛皮の豊富な絶好猟場で
フランス人入植者と先住のインディアン達との毛皮交易が盛んに行われ
ビーバーをはじめさまざまな毛皮は重要な交易品でヨーロッパへ運ばれ
高額商品として人気があったようだ

フランス、イングランド、オランダ、ロシア等が毛皮を求めて
19世紀中ごろまで競り合ったらしい

モスクワのクズネツキー・モスト通りには
エカテリーナ2世に保護された
フランスの商人たちが店を並べていた歴史があったようです





唐突ですが、伊勢白子の廻船船頭大黒屋光太夫って方は
アリューシャン列島あたりを漂流している時
ロシアの毛皮商人に助けられている

この方、サンクトペテルブルグまで行き
エカテリーナ2世に謁見してやっとこ
鎖国中の日本へ帰国を果たしているんですね


極寒のロシアではやっぱり“デルス・ウザーラ”みたいな
毛皮ファッションかな
(あら、突然、“デルス・ウザーラ”とか出てきちゃった)

@本日のニュースにおもしろいのがあったわ

アルマーニが毛皮を使用したファッションは作らないと
宣言したようです

ZARAの隣にBOSSのお店もありましたが
ドイツメンズファッションのヒューゴ・ボスも
毛皮反対らしいです
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素朴な疑問だけれど
あのね、毛皮は可哀そうだからって言ってるけれど
皮革やお肉は、うん、どうなんでしょうか?

[ミラノ 22日 ロイター] - イタリアの有名ファッションデザイナー、ジョルジオ・アルマーニ氏(81)は22日、技術の進歩によって動物を苦しめる正当性はなくなったとして、2016年秋冬シーズンからすべての商品で毛皮の使用を停止するとの声明を発表した。

アルマーニ氏は、この決定は「環境および動物に対する保護と配慮の視点という重要な問題」に注意を払っているためと説明した。
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by caramel24carat | 2016-03-23 19:30 | 暮らし・ハイ句

ジャック・カルティエとヌーベルフランス



なんだかツカレッチャッタ~☼

昨日は拘束高速渋滞で
高速なのに縦列パーキング状態地帯を
どうにか抜けてやっとスイスイでしたが
ICの出口でビックリ!
ETCゲートはガラガラなのに
一般ゲートが行列でした!
(人気の行楽地最寄りのICではもっと凄かったかも
ひょっとしたら、これが、渋滞の一因だったのか?)

庭で一年中元気なローズマリー
薄紫のお花がいっぱい咲いた
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う~ん~そうなのか~
3連休でパパさん日ごろ走らない高速へ
家族サービスで行楽地へ行ったのね

ところで、アメリカ大陸発見というとコロンブスとか
アメリゴ・ベスプッチという人物が思い浮かぶのですが
(最近みた“ダ・ヴィンチ”のドラマで若かりし頃(25.6歳)の
ダ・ヴィンチがペルーのインカ帝国までベスプッチの船で行っていて
ドラマ(フィクション)とは言え、びっくり仰天でした)

前にアイオワ州からヌーベルフランスを知り、大航海時代に
フランスの探検家も北米大陸を目指していたことにビックリ

そのフランス人探検家で航海者にジャック・カルティエがいました
ほんと知らなかったわ

でもね、ジャック・カルティエという名の薔薇は
ウチの庭にもありました
特徴として首が短く細かいトゲがビッシリで
ちょっと扱いにくかった印象がありました
(今は消えてしまいました)

4年ほど前のありし日のジャック・カルティエ(たぶん)
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キティのマウスパッドは100均で
(可愛いの使っていたのね あはは)

オールドローズ(OR) ポートランド系 1868年 フランス
花径8cm、ピンクの花びらはクシュクシュのロゼット咲き、
中心にボタン・アイを持ちステムが短く
葉っぱの上に花が咲く 姿が特徴、オールドローズ香強香

フランスの探検家ジャック・カルティエに捧げられたバラ


ピンクの中輪の薔薇で、ルイーズ・オディエとよく似てるけれど
ジャック・カルティエが、探検家の名まえだったとは知りませんでした
(カルティエというからには宝飾品の方かと)

こちらの方がフランス、サン・マロ出身の探検家
ジャック・カルティエ(Jacques Cartier)
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”ジャック・カルティエ(Jacques Cartier)は
(1491年12月31日 - 1557年9月1日)
フランス・ブルターニュ地方サン・マロ出身のブルトン人探検家・北米への侵略者。1534年、ジャックはフランス国王フランソワ1世の命を受けてフランス出発し、セントローレンス湾とセントローレンス川岸にヨーロッパ出身者として初めて到達、「領土宣言」し、そのイロコイ族の「カン ナータ」という言葉からその周辺の土地を「カナダ」と名付け記述したことで知られる”

“北米大陸へ3度の探検を行い、プリンス・エドワード島やセントローレンス河口に到達、現在のケベックに上陸し、後のフランスによるカナダ領有の基礎を築いた”


前にアメリカのアイオワ州が元フランスの植民地であった
ヌーベルフランスに属していたことを知ったことは
冒頭にも述べましたが

ヌーベルフランスで調べると、ビックリ仰天!
アメリカの広大な面積を占めている

Wikiより

1750年の北アメリカ地図
青の部分がヌーベルフランス(Nouvelle-France)
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“これは七年戦争(1756年-1763年)と呼ばれる世界的な紛争の一部であるフレンチ・インディアン戦争前のものである。ピンクはイギリス、青はフランス、橙はスペイン領を示す。”

ヌーベルフランスについて  (コピペ)

1534年、ジャック・カルティエがガスペ半島に十字架を建て、この土地が国王フランソワ1世のものであることを宣言した。これがヌーベルフランスの始まりになった。しかし、この地域への入植の試みは当初失敗した。その後はフランスの漁業船隊が大西洋岸からセントローレンス川への航海を続け、先住民との同盟を作っていった。これは一旦フランスが土地を占有するようになると重要なことになった。フランスの商人はヨーロッパで希少になっていた貴重な毛皮動物、特にビーバーがセントローレンス川地域では豊富に獲れることに気付いた。最後はフランス国王がそこを植民地化し、アメリカにおける影響力を拡大する決断をした。

ヌーベルフランス(フランス語: Nouvelle-France、英語: New France)は、1534年にジャック・カルティエがセントローレンス川を探検した時期から、1763年のパリ条約により、スペインとイギリスにヌーベルフランスを移譲した時まで、フランスが北アメリカに植民を行った地域である。その頂点にあった1712年(ユトレヒト条約の前)、領土は東はニューファンドランド島から西のロッキー山脈まで、北はハドソン湾から南のメキシコ湾までに拡大した。この領土はカナダ、アカディア、ハドソン湾、ニューファンドランド(プレサンス[1])およびルイジアナの5植民地に分割され、それぞれに管理政体が置かれた。ユトレヒト条約の結果、本土のアカディア、ハドソン湾およびニューファンドランド植民地に対するフランスの領有権が消え、アカディアの後継地としてイル・ロワイヤル(ケープ・ブレトン島)の植民地が設立された[2][3]。

@もとは毛皮商人かな
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by caramel24carat | 2016-03-21 12:01 | 歴史・人物

モスクワのコンビニ「ПPAЙM 」とファミレス「ЕЛКИ-ПАЛКИ」とお鮨「PECTOPAH」



昨夜からかなりの春雨も上がってきました



光陰矢のごとしで、楽しかったロシア旅行から
ずい分経ちましたが


最近、マイ記事ランクでロシアの記事が入っているので
今さらですが、いろんな写真を撮ってきましたので

そんな中、旅行者にとって便利だったモスクワのコンビニと
ファミレスのことチョコっと思い出したのでメモ

ホテルではパンばかりで、パンも美味しいけれど
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サンクトペテルブルクからモスクワに入ると
グッとアジア系の人が多く見かけられ
ちょっと驚きましたが

とても優しいアジア系のスタッフ
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食べ物も、コンビニにお寿司の海苔まきが並んでいてビックリ!
いやいや、とっても嬉しかったです
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ナチュラルフードでオリジナルのレシピが看板の
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お惣菜系のコンビニ“ПPAЙM”がありました
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お店「ПPAЙM」はなんて発音するのかな?
ちょと読めません

中には、カフェもあり
ホテルがすぐ近くだったのでなかなか便利でした
スープは濃い味でちょっとダメでした


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場所は、前にも書いたZARAのすぐ斜め前にあり
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クズネスキー・モスト通りに面している

すぐ近くは
モスクワの中心部に建つ百貨店もある広場もあり
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その広場にはVOGUEカフェもあり、ボリショイ劇場もすぐ側
交差したネグリンヤ通りをいくとロシア銀行があったりする
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その広場あたりからクズネスキー・モスト通りをのぞむ
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上の写真の右側にチラッと見えるのが
ヨールキパールキ「ЕЛКИ-ПАЛКИ」という
ロシアのファミリーレストランのようなお店
(VOGUE CAFEの斜め角)
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モスクワに着いた日に、ホテルからすぐ近くだったので夕飯を食べました
大きなレストランで座った席の隣のロシア人グループが
陽気に歌っていて賑やかでとっても混んでいましたが
気楽なところです

お店の名前はヨールキパールキ「ЕЛКИ-ПАЛКИ」
なんと、ロシア語でヨールキ・パールキは「こん畜生」ですって!あはは

反対方向から広場方向の眺め 
「こん畜生」が左側にチラッと見えています
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カメラ持たずに入ったのですが
店内は暗くごった返してます
注文には写真付のメニュがあって困りません
ですが、この時は注文してから時間がかかりました

ズーッと隣のコーラスを聞いてたワ~

ロシアの伝統的な郷土料理なんかがメインのよう
お腹を満たすには十分美味しかったです


コンビニ「ПPAЙM」はクレムリンのすぐ側の通りにもあり
チェーン店のようです

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そのクレムリンの赤の広場のすぐ側には
お鮨がメインの「PECTOPAH」と書かれたレストランがありました
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因みに「PECTOPAHH」とは、ロシア語で「レストラン」のことでした(笑)
ここも写真付のメニューがあって困りません

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わかめとカニのスープは美味しかったけれど
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(他にすればよかったのに)ウナギはちょっと微妙で困った

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箸袋に「ЯПОHCKИE ДРOBA」と書かれているので
調べましたら「JAPANESE WOOD」でしたので
ワリバシのことでした~あはは

店内は北斎、歌麿がかかっていて和風
ロシア人もお鮨を食べるんですね
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ロシアへはまた行ってみたいわ

追記、ドバイ発の飛行機がロシア南部で墜落したみたいね
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by caramel24carat | 2016-03-19 12:51 | 旅行・建築・アート

スゴイいびきにマイッタ



薄紫の可愛いハナニラが咲きました~☼



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先日、ちょっと新幹線に乗ったのですが

後ろの席にジャンボなスーツ姿の小錦さんのような方が
乗ってらしたのですが

しばらくすると、眠りに入ったのか
モノスゴ~~~イ爆音のようなイビキをかきはじめた!

なんなんだ!?いっせいに周りの乗客と顔を見合わせたが
こういう場合は、黙って温かく見まもるしかないのだろう

しかし、波のようにイビキの爆音は止むこともなく
むしろ、ますます車内に響き渡る~~

ニ度ほど車掌さんが、廻って来て
「どこか、具合わるくないですか?」
と声をかけてくださっていた

(まさか、乗客がうるさいので困ります!
とも言えないので
大変お客さんに配慮した声かけでした)


しかし、止む間もなく、信じられないほどの
イビキの砲声が轟き、みんな諦めるしかなかった

@ハナニラの花言葉は≪耐える愛≫なんてのもあったわ


以前には、昨年、東京で山手線に乗った時

吊革につかまって立っていたのですが
(席は埋まり、通路はまばらに人が立っていた)

突然、向うからオジサンがよろけながら
ワタシの方めがけて突進してきた

例えるなら、マラソンで、へとへとになりながら
最後にゴールインしてまだ勢いが残っているような
そんな感じ

なんなんだ!と、危機一髪
吊革につかまりながらヒョイとよけれたが
その拍子にこんどは反対方向へよろけながら
突進していった~~!

かなり不思議!?かつあぶない人物に
まわりにいた乗客は唖然としていた

たくさんの人たちが乗り合う公共の電車や飛行機などは
思いもかけない人的リスクが存在しているわ~と
かなり実感したことがあったのでした


イビキ=鼾 をかくのは
やっぱり相当お疲れだったのでしょうか!?

まあ、しかし、
笑い話で済むくらいのことでよかったけれど
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by caramel24carat | 2016-03-17 11:13 | 暮らし・ハイ句

迂回でグルグルとマイッタ



今日はあめでした~☂




昨日は、名古屋市内は交通規制があって
うっかり知らなくて、車で出かけたものの

迂回→迂回→迂回→通行止め→迂回~と
1時間半ほど
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うんざりするほどグルグル走らされてしまったワ
ハーフマラソンラリー~~みたいな


“名古屋ウィメンズマラソン”とかがあって
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女子ランナーのなが~い行列!

追記:判明したこと

異常に長い参加者の行列にビビりましたが
ワカッタ!そうだったんだ!

完走した参加者全員にティファニーの
オリジナルのペンダントが贈られた、みたいですね
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みんな、マラソンスポーツを楽しむというより
”ティファニのペンダント”が欲しかったのかな?

あはは、動気が不純!?
(完走はきっと苦しかったと思いますよ)


まあ、でも、よくあんな苦しいスポーツやっていると
日ごろ思っていたものだから
ついナナメ目線で眺めてしまうのね


それにしても

女子がウィメンズなら
男子は〝メンズマラソン”とか言うのかしら? 
でも“メンズ”とかいうのは、なんか可笑しいね あはは

「アンタツカレテルネ?」

「ウィ~~」

メインの大通りがギッチリ交通規制されていたので
今後のためにメモ
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2016.3.13
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by caramel24carat | 2016-03-14 18:53 | 暮らし・ハイ句