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Caramel 24 Carat

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<   2017年 11月 ( 13 )   > この月の画像一覧

おまけのファーバックとソフトバンクと海援隊とオーストリア





今日も温かいが日が差したりかげったり~⛅



昨日、「GLOW」一月号の付録に
ネイビーのファーバックがおまけについてくる
というのでさっそく買いました


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深い~ネイビーのファーは
子ネコちゃんのように柔らかくて
肌触りが抜群~




≪ジャーナルスタンダード≫とのコラボで
ゴールドのロゴが光ってます
2本の肩ひもは20㎝弱で肩掛けOK
大きさはA4サイズ

↑は二つに畳んだもの

ちょっとお買い物にも重宝しそう

パラパラ捲っていたら本の間に
来年度のカレンダーも挟んでありびっくり
(ニコライ・バーグマンのお花の写真)
920円
ホント今の時代お金をかけなくても
それなりに楽しめていい時代だわ



今の時代はいい時代だわ~
のナンバーワンといえば
Wifiでドコでもネットが繋がることだと思いますが

あのソフトバンクのロゴの
シルバーの二本線だけど


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前々から
オーストリアの国旗に似ているわ
となんとなく思っていたのですが

オーストリア国旗

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先ほど
そのソフトバンクのロゴについて
ちょっとググってみて驚きました!

なんと

坂本竜馬の海援隊の旗印
真似ていたんですね

海援隊というと真っ先には
「こら、鉄矢なんばしよっと!」を
つい思い出してしまいますが

海援隊旗
二曳(にびき)と呼ばれていた


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これは驚きだワ!!

オーストリアの国旗と
竜馬の海援隊の旗印がソックリとは!

最近のニュースに
坂本龍馬が教科書から消える
と読みましたが

竜馬の海援隊の旗印は
オリジナルではなかったのでしょうか

フリーメイソンスタイルの写真からも窺えますが
長崎の武器商人グラバーのお弟子さんだったのですよね

意外だったソフトバンクのロゴと
海援隊の旗印

さらにオーストリアの国旗とそっくりな
海援隊の旗印

竜馬の海援隊の旗印の二曳(にひき)は
勝海舟が咸臨丸でアメリカへ行った際
何かを参考にして作ったものかしら

ソフトバンク=海援隊=オーストリア

この辺の関係非常に気になります

ちなみに旗の赤字に真ん中の白い帯は
第3回十字軍に参加したオーストリア公レオポルド5世が
敵の返り血を浴びて
ベルトをしていた部分が白く残ったというのが由来とか



以前の10月の記事で
オーストリア共和国の首相に
国民党のセバスティアン・クルツ氏という
若干31歳の首相が誕生したというニュースを読んで
その貴公子然とした風貌から
ハプスブルク家の末裔ではないかしら?
と妄想したのですが



Wikiより転載

オーストリアの国旗について

オーストリア国旗は、13世紀にオーストリア公であったバーベンベルク家(Babenberg)のフリードリヒ2世(喧嘩公)が、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世に対し反乱を企てたときに制定されたものである。スイスの国旗とともに現在でも使用されている世界最古の国旗のひとつとされる。

第3回十字軍に参加したオーストリア公レオポルト5世が敵の返り血を浴びて全身赤く染まったが、ベルトのため腰の部分だけ白く残ったという故事が有名。ただし実際は十字軍以前から使われていたらしく、レオポルト5世の母親のテオドラ・コムネナの実家であるコムネノス家に由来するという。[要出典][1]











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by caramel24carat | 2017-11-29 14:17 | 暮らし・ハイ句

NY,11 East 62nd streetファブリメゾンが日本政府所有の国連大使公邸




今日は温かい~☀

朝、晴れ渡った空高く飛行機が飛んで行った
飛行機雲ナシだった




NYの鉄道王ヴァンダービルト一族は
非常にたくさんの豪邸をアッチコッチに建てていらして
驚愕するのですが

その辺のとこ興味深々でもう少し調べてみました

前回、初代コーネリアス・ヴァンダービルトの孫
ウィリアム・キッサム・ヴァンダービルドの邸宅
≪プチ・シャトー≫が
現在ではクシュナー氏の≪666 Fifth Avenue≫のビルが建っている
場所にあったと知りましたが

ウィリアム・キッサム・ヴァンダービルト(初代の孫)の姉に
マーガレット・ルイーズ・ヴァンダービルド・シェパード(初代の孫娘)という女性いまして

1864年、エリオット・フィッチ・シェパード

(Elliott Fitch Shepard)という
弁護士で銀行家でもあった男性と結婚し
4人の娘と1男をもうけた

彼らの娘である次女エディス・シェパード(1872年生)は
イタリア移民で上流階級に属するエルネスト・ファブリと結婚する
というので

母親マーガレット・ルイーザ・ヴァンダービルド・シェパード
祖父(初代コーネリアス・ヴァンダービルト)から贈られていたタウンハウス
の場所にフランスのボザール様式の華麗な邸宅を建て
ウェディングプレゼントした、という

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セントラル・パーク沿いの五番街からマジソン街の方へちょっと入った
11東62丁目(11 East 62nd Street、NYC)に位置する

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プラザホテルからも数ブロック離れた
抜群の場所

2017.2

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しかし二人は仕事上か海外が多く
1911年頃にはエディスとファブリは
パリに移り住んでいたので

1912年、母親から贈られた邸宅は売却した

しかし
1914年に欧州で第一次世界大戦が勃発すると

NYに戻り新たに家を建てた

今度はイタリア・ルネッサンス様式で
1916年に完成した

場所は
7 East 95th Street
House of the Redeemer.

一方空き家になったFabbri Mansion買ったのが
チャールズ・スティール(Charles Steele )とナニー(nannie)夫妻
チャールズ・スティール(1856-1939)は
J・P・モルガン&カンパニーのパートナーだった

1939年8月5日、83歳でチャールズは亡くなるが
不動産の評価は$30 millionだったらしい

彼の葬儀は聖トーマス教会で執り行われたという
五番街の
元≪プチ・シャトー≫の≪666 Fifth Avenue≫
の前に建ってました

彼は教会や聖歌隊やパイプオルガンに
多大な寄贈をしたらしい

大変な人格者でもあった

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その後

1941年
Fabbri-steele Mansionは貯蓄銀行に差し押さえられ

1943年
the Johnson O'Connor Research Foundationによって購入される

そして

1998年12月
(12月の終わりは急に円高約113)

なんと

日本政府が$21 million(約24億円)で購入したという
そして改修費には約11億円を要したらしい

気合が入った高額のお買いモノ~

約35億!

ブルゾンの
ダーティー・ワークじゃありませんが

アハハ~

いや~バブルの頂点だったんですね

あっ、でも現在の評価額はいくらなんでしょうね?

購入後は国連大使邸として現在も使われているが
維持費もかかるがなにしろ手狭ではあるらしい
(大使の住まい兼外交的な役目を果たす事務所としては)

このボザール様式のFabbri-Steele Mansionの購入時期
の国連大使は小和田恒氏となっている
が1999年退官している

小和田恆:1994年(平成6年)4月 - 1998年(平成10年)10月)

当時のニューヨーク不動産市場取引において
史上最高額だったらしい

当時の日本は今の中国みたいだったのね













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by caramel24carat | 2017-11-27 13:48 | 建物・アート

メプラのお鍋とフライパン



今日は気持ちのいい快晴~☀



日中はそれほど寒くないですが
(日向だと20℃ほど)

夜はそれなりに冷え込みますね


昨日、お香典返しでいただいた
カタログの中から選んでた
お鍋とフライパンのセットが届いた




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16㎝のソースパンと
20㎝のフライパンのセット

MEPRA
というイタリアのもので
ピッカピッカのオシャレなモノで超嬉しい

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お香典返しの品物っていうのもアレですが
カタログから一品選ぶのも面倒だけれど
有効期限の3か月ギリギリで
とりあえず選んでみたが

毎日使うもの選んでやっぱりよかったかな

とりあえずお鍋で
お湯を沸かしてみました~

🍵

このカタログ掲載の沢山の商品の中には

ハンカチ2枚セット

というのもあって

主婦目線で見れば
どうも玉石混合だと思うのですが








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by caramel24carat | 2017-11-25 13:45 | 暮らし・ハイ句

ヴァーガンディとヴァンダービルト家の五番街660番地のプチ・シャトーとクリュニー修道院



昨夜の雨も上がりしっとりと気持ちのいい晴天~☀


冬は乾燥しがちなので
気を付けたいわ

先日もアップしたアイスバーグ

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ビロードのような花びらのヴァーガンディ
実物はもっと深~い気高い色

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未だに外にも出さず部屋に置いたまま
ウットリ眺めています
ほんと素敵なバラ


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実は地植えにする際の土の問題ですが
この美しいバラを来年咲かせるためには
土をどうすればいいのかしら?
自信がないのです

🌹

ところで
前回
五番街1048番地に建つ現ノイエ・ギャラリーが
元鉄道王ヴァンダービルト一族の
コーネリアス・ヴァンダービルト3世の夫人の邸宅と知りましたが

初代コーネリアス・ヴァンダービルトの孫にあたる
ウィリアム・キッサム・ヴァンダービルト(1849年~1920年)は
(兄が亡くなった後の第3代当主)

1883年
ニューヨークの五番街660番地にタウンハウス
≪プチ・シャトー"Petit Château"≫と呼ばれる
パリのクリュニー中世美術館に一部似せながらも
金ピカの邸宅を建てていた

残念なことに1926年取り壊されたんですね


660 Fifth Avenue NYC
(角地だからやっぱり666でいいんじゃないかしら)
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現在、この五番街660番地には何が建っているんだろうと

グーグルでチェックしてみますと

なんと
以前書いたことがあった
≪666 Fifth Avenue≫ビル
のあたりなんですね!?


トランプ大統領の娘イヴァンカさんの
ご主人ジャレット・クシュナー氏所有のビルが
建っていたんですね

たぶん≪666FifthAvenue≫ビルの敷地は
660番地も含まれているのかな

(1階のテナントZARAの店舗あたりが660と表示される)

イヴァンカさんは結婚にあたって
クシュナー氏のユダヤ教に改宗したらしいですが

Temple Emanu-EL
という改革ユダヤ教のシナゴークも
もう少し先の五番街に建ってました


90年前だけど取り壊されたのは
その辺の事情かしら?




クリュニーといえば


カルチェ・ラタンの
サン・ミッシェル大通りに面した
クリュニー中世美術館

で有名なのは
≪貴婦人と一角獣≫のタペストリーですよね

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実は今回知ったのですが

そもそもクリュニー修道院というのは

ブルゴーニュ地方のソーヌ=エ=ロワール県クリュニーにあったもので
(ブルゴーニュ地方のリヨンとディジョンの中間の地)

909年9月11日(9月10日とも)

アキテーヌ公ギヨーム1世により創建された
ベネディクト会修道院だったらしい

(フランス革命まで存続)



じゃ、カルチェ・ラタンにある
クリュニー中世美術館との関係は?
についてですが

ブルゴーニュのクリュニー修道会
パリの拠点として
ローマ時代の浴場の跡に建てられた
修道院長の別邸でした

”その後19世紀前半に
中世美術に魅せられたアレクサンドル・デュ・ソムラールが
この館を買い取りソムラールの死後
1843年に国立美術館として公開に至る”


ヴァーガンディ・アイスバーグの名まえ
ヴァーガンディはブルゴーニュの英語名でしたが


≪貴婦人と一角獣≫のタペストリーも
ヴァーガンディ色とは!?
偶然なのかしら?

この≪貴婦人と一角獣≫については
シャルル7世の有力な側近であったジャン・ド・ヴィストが
注文者として見られている人物で
リヨンの出身だったらしい

リヨンは織物の街ですが
タペストリーはベルギーのゴブラン織りらしい

*追記
そう言えば思い出したわ
リヨンの織物装飾美術館にあった
ソファですが
まさに
ヴァーガンディ色でした~


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リヨンも歴史ある街で
丘の上には
ローマ時代の円形劇場の遺跡がありました



素敵でもあり高貴な雰囲気も醸し出している
ヴァーガンディ色ですが

ヨーロッパの宮殿のカーテンや壁紙にも
見られますね



ナポレオン王戴冠式の肖像画
(いや、この色味はちょっと違うかな)
Jean-Auguste-Dominique Ingres
1806

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ナポレオンは王ではなく皇帝でしたね
それにしても素晴らしい衣装ですこと!









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by caramel24carat | 2017-11-23 14:25 | 建物・アート

五番街の元ヴァンダービルト邸とテンプル・エマニュエルとジェイコブ・シフと和喜子



今日は青空にお日さまが笑っている~☀

昨日はひんやりしてましたが風がなかったので
外回りの作業をイロイロとやり運動になったけど
今日は抜群の日かな

出来ることならドラえもんに頼んで
冬のNYの五番街まで連れて行って欲しい~




めっきり寒くなって温かいコーヒー飲みながら
”五番街のマリー”って誰なのかしら?
とふと思った

この歌はスキ~♪


「五番街へ行ったならば マリーの家へ行き
どんな暮らししているのか 見て来てほしい
五番街は古い街で 昔からの人が
きっと住んでいると思う 訪ねてほしい」

この秀逸な歌詞だけど
ほんとリアル感があって
ぜひマリーのその後どうしているか知りたいと思う

ふふ

2017.2 五番街にて

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ところで

前回、NYの五番街のアッパーイーストにある
ノイエ・ギャラリー(1048 Fifth Avenue)と
ジャックリーン・O・ケネディ夫人の住んだアパート
(建物は1920年代に完成。ジャクリーン夫人は1994年まで住んだ)が
(1040 Fifth Avenue)
すぐご近所だと知りましたが

ストリートビューで確認してみました
(ちょっとしたドコでもドアみたいだけどね)

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ノイエ・ギャラリー(NEUE GALERIE)(ロナルド・ローダー氏1994年取得)は
1914年完成したミセス.コーネリアス・ヴァンダービルト3世の元屋敷だったらしい
どうりで女性らしいバラ色の外観のこじんまりした邸宅だったわけですね

ジャックリーン夫人の住んだアパートより数年前に建っていたんですね
このころの移り行く五番街を歩いて見たかった~


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アメリカの大富豪鉄道王ヴァンダービルト一族はアッチコッチに
大豪邸をいくつも所有していたというが
アトランタ近郊のアッシュビルのビルトモアの豪邸は
ロワール川沿いに建つフランソワ1世のシャンポール城のようだ

2月にはアトランタの空港まで行ったのに
うまく日程と予算が合わなくて断念しましたが
行けるものならクリスマスを迎えるこの時期に行きたいわ

当時の富の集中というのは現代からは想像できないスケールですね

🔔


NYのセントラルパーク沿いの
憧れのアッパーイストにある五番街には

ホントに歴史上に名を残した古い人たちが住んでいた

日本と関りのあったクーン・ローブ商会
娘と結婚していたジェイコブ・シフの邸宅もあったようです

965 Fifth Avenue にあったジェイコブ・シフの屋敷(1901年完成)

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Jacob Henry Schiff、1847年1月10日 - 1920年9月25

ジェイコブ・シフはフランクフルトのアパートで
ロスチャイルド一家と住んでいたらしい

クーン・ローブ商会はロスチャイルドのアメリカ代理店で
ユダヤ人だったジェイコブ・シフは銀行家として働いていた

そこへ、当時、日銀の副総裁だった高橋是清は
日露戦争(1904~1905)の戦費調達にやって来て
結果、巨額の戦費を借りることができたという
ですが

この戦費の返済に利子を含めてその後日本は85年間かかったという
ということは1990年ころに完済したということになる
うっかり、借金したばかりに、孫の時代までも返済したという

でも、現代に生きている我々はそんな借金があったことすら知らないし
むしろ、驚くような経済発展を遂げた奇跡のような日本に
住んでいる恩恵を受けていると、そんな風に思う

この日本に日露戦争の戦費を調達した
銀行家のジェイコブ・シフはロスチャイルドと同じユダヤ人で
とても信心深かった

日本への戦費調達がご縁で高橋是清とは親交を結び
なんと是清の娘和喜子が15歳の時に
NYのジェイコブ・シフ宅に
ホームステイし3年間留学した、という

このジェイコブ・シフの晩年の写真
懐手のフリーメイソンスタイルかしら
(jacob・schiffと和喜子でヒット)

左の文面には、965 Fifth Avenue の屋敷は
シフが1920年の死後、1938年に取り壊されたことや
是清の娘和喜子が15歳でやって来たことなどが書かれているが

ひょっとして是清の娘高橋和喜子はアレかしら
ひょっとしたら人質みたいなものだったのかも知れないと
勘ぐってしまいました

1867年、高橋是清は勝海舟の息子小鹿と
アメリカへ留学したことがあったらしいですが
散々で奴隷のような待遇で牧童や
ブドウ畑で働いたことがあったという
その後運よく帰国し、1873年森有礼と知遇を得る

その後総理大臣までなったという時代にも驚きますが


(Wikiによれば)


ジェイコブ・シフは敬虔なユダヤ人だったらしい

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そもそも日本が勝っても賠償金がもらえなかったという
日露戦争は
ロシアのユダヤ人を救出するための
代理戦争的なものだったとも


NYの五番街を歩いてますと
TEMPLE EMANU-ELと読める
重厚な建物に遭遇しました


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独特のオーラを放っている教会のような
どっしりした建物
見上げるとバラ窓も正面に見えました

この建物はユダヤの教会シナゴークで
1847年建てられた
世界でも有数の大きなシナゴークらしい

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歩道にせり出したテントには
「TEMPLE EMANU-EL」と書かれていますが

えっ?エマニュエルって、あのエマニュエル夫人を
思い出してしまったわ
アハハ

「EMANU-EL」とはヘブライ語で
「我らは神(EL)とともにいる」という意味のようだ

エマニュエルは人名にも使われていますよね
エマニュエル・ウンガロという
フランス人デザイナーもいましたわ


≪TEMPLE EMANU-EL≫
ドイツ系ユダヤ人による
改革ユダヤ教らしい

アッパーイーストの五番街は
ドイツ系ユダヤ人が多く屋敷を構えていたというのも
テンプル・エマニュエルへ通うためだったのかも知れません

というか
アメリカ、NYでもっとも力のある富豪たちは
ドイツ系ユダヤ人が占めていて
五番街に陣取った、ということかしら




日露戦争では

日本は賠償金はもらえなかったが
さっさと戦争終わらせてよかったとも


ロシアのユダヤ人を救出するための
代理戦争的なものだったかも知れないというが
ユダヤ人の銀行家の作戦にまんまと引っかかったのか


その後は中国をけん制し日本人を緩衝帯として満州に
配置したのかも知れない

🍎

高橋是清は1936年の2・26事件で暗殺されましたが

高橋是清の娘高橋和喜子は
紀尾井坂の変で暗殺された
大久保利通の8男大久保利賢と結婚し
大久保和喜子となった

その息子大久保利春の名前は
昭和のロッキード事件で元総理田中角栄と共に
逮捕された人物で記憶にありますが。。

そう言えば
この時被告が裁判で尋問されると
「記憶にございません」と答弁したのが
流行語にもなった~

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メモ

◆大久保利賢
1878年 誕生
横浜正金銀行取締役
横浜正金銀行副頭取
1936年 横浜正金銀行頭取
1958年 死去
 父:大久保利通
 母:
 妻:高橋和喜子(内閣総理大臣 高橋是清の娘)






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by caramel24carat | 2017-11-21 14:05 | 建物・アート

クリムトの≪黄金のアデーレ≫とベルヴェデーレ宮殿とノイエ・ギャラリーとローダー家




今日は土曜日だというのに雨空~☂
昨日は温かいとてもいい日でしたが

そんなわけで
PC立ち上げると
Windows10の更新メッセージが表示されていたので
OKすると、なんと2時間もかかってしまったわ
(こまめに更新しなかったからかしら)



ところで
先日、NYのクリスティーズで
まさかのレオナルド・ダ・ヴィンチの作品
サルバトール・ムンディ=Salvator Mundi (救世主)≫が

500億で落札された、という

一体誰が落札したのか気になるところですが
ダ・ヴィンチの作品があったなんて驚きですね!




ダ・ヴィンチと言えばルーブルにある≪モナリザ≫ですが

オーストリア、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿にも

かつて
オーストリアのモナリザと称された
名画が飾られていた、という

そのベルヴェデーレ宮殿へは
もう4年前に訪れたことがありました

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なだらかな丘陵地に建っていました

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広大な庭園に置かれた真っ白な彫像が美しかった

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ウィーン、ベルヴェデーレ宮殿
2013、2


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(このベルヴェデーレ宮殿はブログ初めて)


かつてオーストリアのモナリザと称された名画が
クリムトの≪黄金のアデーレ≫と呼ばれる
≪アデーレ・プロッホ=バウアーの肖像≫


クリムトの黄金時代の傑作、1907年

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私が訪れた時は
同作家クリムトの傑作≪接吻≫が展示されていました
(中は撮影禁止でした)

免税店で買ったクリムト≪接吻≫のお酒のパッケージ


ウィーン世紀末芸術の分離派と呼ばれる
退廃的な絵画
ギュスターブ・クリムト制作(1907年)
≪黄金のアデーレ・プロッホ=バウアーの肖像≫
≪接吻≫以前には
ベルヴェデーレ宮殿に飾られていたわけですが

オーストリア政府が”オーストリアのモナリザ”と称えてきた

このギュスターブ・クリムトの名画は

注文者のアデーレの夫で
製糖会社で財を成したフェルディナンド・フロッホ氏の
ウィーン、エリザベート通りにあった豪華な屋敷から

ドイツ・ナチが侵攻してきて
オーストリアを併合した時
フロッポ氏等ユダヤ人から
何もかも没収してしまったという


おもしろいことに
ウィーンで受験に失敗したヒトラーは
この絵は退廃的で要らないといったとか
(ひょっとして苦い思い出があったからかしら?)

アデーレが付けている
首の豪華なネックレスは
ヒトラーの部下のゲーリングの妻のものになったという

エリザーベト通りからすぐのとこにある
ウィーン美術アカデミー

(ヒトラーが失敗したところ)
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この学校の前には公園があって
シラーの銅像がたっていた

銅像の前方がエリザベート通りだから
アデーレの住んでいた宮殿のような屋敷もその近辺にあったということかな




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この時ナチから逃れたユダヤ人は
アメリカへ多く渡ったらしい

遅れましたが
この名画≪黄金のアデーレ≫の映画をつい最近
アマゾンプライムで観ましての記事です

フィクションじゃない実話なので面白いです


富裕層に属したアデーレはウィーン社交界の主要人物であり
クリムトらのパトロンだった

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冒頭のクリムト制作シーン

金箔を筆で
貼り付けていましたが
興味深かったわ~







2006年1月に
ロサンゼルスに住んでいたマリア・アルトマンは
(1916~2011)
(ウィーンで結婚後、ナチから逃れ夫とともに移住)

GAGAより借用

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肖像画のアデーレの姪にあたる親族であった
マリア・アルトマンという高齢の女性が
遺言と法に従ってアメリカで訴訟を起こし

奇跡的に

オーストリア政府から
本来の持ち主に返還される裁判に勝訴し

この時のマリアと組んだ青年弁護士は
やはりウィーン出身のユダヤ人で
作曲家のシェーブルクの孫でした
(彼の執念の裁判の勝訴には155億の40%の報酬が支払われたらしい)

その他の作品とともに
マリア・アルトマンに返還されたという



そして
高齢だったマリアは2006年の返還後
その年の6月には売却している

その額155億円

もともとオーストリア政府がマリアへの返還の条件として
多くの人々に鑑賞させることが条件だったため

その155億円で購入したロナルド・ローダー氏

NY,五番街にノイエ・ギャラリーを開設し展示
現在も多くの来場者が訪れているらしい





ちょうど、2月に五番街を歩き前を通ったんですが
(メトロポリタンの近所)
よく知らなかったので、残念だったわ

この≪黄金のアデーレ≫を155億円で買い取った
ロナルド・ローダー氏はあの化粧品や香水でお馴染みの
エスティー・ローダー社の社長だった!

なるほどね!

ロナルド・ローダー(Ronald Lauder)はエスティの息子で
駐オーストリア大使だったらしい

そういうワケだったのね

父親のレナード・エスティ氏
ホワイトハウスの顧問、議長でもあったらしい

何々!?

マリアとオーストリア政府の返還条件でもあった

美術館で公開するため開設された

NY.五番街にあるノイエ・ギャラリーですが

なんと
以前にも記事にしたことがありましたが



ジャクリーヌ・オナシス・ケネディ夫人と
ベルギー出身のダイヤモンド商モーリス・テンペルスマンが
晩年住んでいた豪華アパートのすぐ隣みたいなんです


セントラルパークを見下ろす抜群の場所でしたが
メトロポリタンのテンドール神殿からもアパートのビルが見えましたが
豪華アパートの隣なんですね

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ちなみにノイエ・ギャラリーの「ノイエ」は「新」でドイツ語ですか
そう言えば、ベルギーにノイエというチョコありましたけど


NY、五番街のノイエ・ギャラリーには
カフェやレストランもあって

Café Sabarskyでは
ウィーンの名菓ザッハトルテも食べれるらしい



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ウィーンのザッハトルテ
(かなり甘かった記憶)











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by caramel24carat | 2017-11-18 16:33 | 旅行・建築・アート

バーガンディアイスバーグと韓国ドラマから知った怖い話




今日は穏やかないい日~☀



なので
レースのカーテンを洗い
脱水かけて再びレールに掛けて干しました~


前回
秀吉の黄金の茶室について書いてました時
猩々緋色について知り記事
にした後


たまたま用事があって
ホームセンターに行った際

なんとその店先で
ボルドー色のような
ビロードの花びらが美しい香りのいいバラ
に出会ってしまって

長くしなやかに伸びた枝に咲いている姿は
特に好き

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深いワイン色のフリルのような花びらも好み

タグを見ますと

≪バーガンディ・アイスバーグ≫

なるほど
初心者にも易しい白のアイスバーグなら
前に植えてたことがありましたが

バーガンディ色のアイスバーグがあったのですね!




バラはもうやめてアジサイで行こう~と
決めていましたが

ヤッパリ諦めきれなくて
次の日
買いに走りました

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それにしても
一瞬にして魅了されてしまった


バーガンディ色のアイスバーグ

バーガンディー(英: burgundy)というのは
フランスのブルゴーニュ(Bourgogne)の
英語名らしい

かつてのブルゴーニュ公国の首都ディジョンには
ナンシーのあと行ったことがあったので
なおさら愛着がわきました



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ちなみに
ディジョンはパリのエッフェル塔をつくった
エッフェルの出身地でした



🍷

ブルゴーニュ地方はワインの産地として大変有名ですが
そのワイン色のことヴァーガンディという、らしい

フランスのボルドーもワインの産地として有名ですが
そのワイン色はボルドー色、と云うらしい

2つの色は
微妙に違いがある!のですね

ボルドー色の方が若干明るいらしい





とこで
バラの名前の
「アイスバーグ」は「氷山」のことですが
「冷酷な奴」というような意味もあるんだとか


美しいバラの話からついでに
アイスバーグ絡みで

コワい話をちょっと

アイスバーグは氷山ですが

獲ったお魚は氷の箱に並んでますが
さらに
採れたての新鮮なお魚の鮮度を保つために
血抜きして氷締めにする
という方法があります

いきなりで怖いですけど



先月発覚した
座間で女子高生たちら9人の命を奪った冷酷非道な奴の
事件がありましたが

最初、奴は「内臓は捨てた」と話していたのが
非常に印象的だったのですが

このセリフでふと思い出したのが
韓国ドラマ

以前、韓国ドラマで
まず氷水で血抜きをして〇×という
残酷な臓器売買のマフィアの話があって

コワいもの見たさで
その手口を仰天しながら見たことがあったのですが

何が言いたいかと言えば
韓国ドラマも知らない世界の勉強になる

つまり

座間の事件は臓器売買の裏社会に脅迫されていて
嵌められたか
あるいは共犯者だったか。。

要は
オソロシイ臓器売買のマフィアの絡んだ事件じゃないか

と言いたかったのです、たぶん
9人とは異常!

ほんと気を付けたいです














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by caramel24carat | 2017-11-15 15:17 | 植物といきもの

豊臣秀頼の書と黄金の茶室と赤い羅紗@MOA



薄曇りから日が差してきました~⛅~☀



この時期はやっぱり
赤い色が相応しいワ

お花も赤いポインセチアやシクラメンが華やか

先日訪れた熱海のMOAにある
秀吉の自慢の
黄金の茶室(復元)は

ゴールドと真っ赤の粋で豪華な設え
緋もうせんのような畳表と
障子の張地の布は羅紗を漉き込んだ手の込んだもの

黄金の茶室
MOAにて 2017.11

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今でこそ夜には電燈が灯りますが

透けた障子から射し込んだ光が
惜しげもなく使われた茶室内の黄金に反射し
妖しく光り輝く極上の空間は

黄金と緋色を見事にバランスよく計算された
コンパクトな空間(約3畳)だが

極楽浄土の世界へ誘う

秀吉ならではの傑作かしら


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天下を取った派手好きの
秀吉の意気込みと財力を顕示した
黄金の茶室ですが

黄金の茶道具一式と全体で金60㎏を使用しているという

しかも折り畳みができる
プレハブ式で

京都御所や名護屋城へも持ち運ばれたというから

秀吉の豪快かつ豪華なおもてなし術には
感服でござる!


黄金の天目茶碗と棗
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やっぱり千利休が制作に関わったのかしら
でもワビの利休とは対極のキンキラだけど?



この復元されたMOAの黄金の茶室は
現代でも
夏には掛川の二の丸美術館へ貸し出されたりしているんですね


ところが残念なことに

実物は
大坂夏の陣の際に消失してしまった、という
(金60kgは残った?)

金(ゴールド)好きな秀吉ですが
実際、金がたくさん採れてたんでしょうね

以前の記事ですがスペインのZARAの創業者にも負けない
当時の世界ナンバーワンの
富豪だったのかも知れない


秀吉の黄金の茶室が
大坂城の夏の陣で焼失した
その戦いでは

秀吉と茶々(淀殿)の息子
豊臣秀頼

徳川家康に攻められて自害した、という

MOAの黄金の茶室には
なんと
その秀頼の毛筆の真書
掛けられていて
驚きました!

秀頼 8歳の書


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どこかのお寺かが所蔵していたらしいですが

MOAでは秀吉の茶室に
息子の秀頼の書を展示してました

「豊国大明神」

実に大らかで達者
とても8歳の子どもの書とは思えません!

腕を大きく構え
筆を持った手がしなやかな感じ

成人した秀頼は巨漢で
196㎝、160㎏
と言われていますが

ひょっとして日本人じゃないDNAが入っているんのかしら?

(例えば、ロシア人のピョートル1世が2m、リンカーンも193cm)

書を書いた8歳でもうすでに大きい子供だったのかしら

家康は秀頼に二条城で初めて会った時
非凡なサマの秀頼がコワくなったという

家康は心中穏やかではなかった、とか
(これはマズいマゴマゴしてはいられない)

秀頼は帝王学をシッカリと学んでいたようです

そのダイジェスト版の教科書のようなものが
狩野派の絵師の美しい挿絵入りで作成されていた


秀頼版≪帝監図説≫慶長11年(1606年)

後に家康も作っているんですね




ところで

当時の南蛮屏風にも風俗が描かれていますが

とってもオシャレな衣装を纏っていて
感心するのですが
(ポルトガル=スペイン・ハプスブルク家伝来か)

黄金の茶室の
赤とゴールドの障子の
赤の部分は
羅紗が漉き込まれている手の込んだものでしたが

羅紗というのは高級品で

安土桃山時代に南蛮貿易で入ってきた
舶来の毛織物の中でも高級品の羅紗はぜいたく品

信長や秀吉などの最高権力者が
陣羽織等として愛用していた
というから驚きです!

猩猩緋羅紗地葵紋付陣羽織(東京国立博物館蔵)
Wikiより

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ビロードのような赤いボルドー色の羅紗で作られ
シルバーの葵のご紋が背中に刺繍され
さらには袖口には毛皮がトリミングされている
とっても素敵な陣羽織!

こんなのあったら欲しいです
(自分ちの家紋入りで)

けっこう欲しい人沢山いるんじゃないかしら!?

この陣羽織の赤味の強い赤紫色は
(ボルドー色のような)
猩々緋色(しょうじょうひいろ)
と呼ばれ
いわゆるエンジ色と区別される

猩々緋色は要するに
ポルトガルやスペインから入ってきた
舶来色
なんですね

なるほどね!










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by caramel24carat | 2017-11-13 13:06 | 旅行・建築・アート

意外に深いコルジリネの根と霧島の恵など





今日は風はあるものの晴れ渡り気持ちのいい日~☀


ほんとガーデン日和でした


ガーデンセンターへ行き
パンジーやアジサイの苗を買って来て植えました

お店でちょっと気になった~赤い鉢のベゴニア

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写真はないのですが
買ったアジサイの苗は

≪霧島の恵≫といい四季咲き

アジサイに四季咲きってあるのですね!
「寒くなるまで咲き続けるエンドレスブーケ」
ですって!

🌼

あと
サヤエンドウの種をまき
ブロッコリーの苗も買ってみました

野菜はうまくいくかな?




それと
赤い剣のような葉っぱのコルジリネですが
大きく育って3メートルのオバケコルジリネになってしまい
剣のような大きな葉が
ドサッ~ドサッ~と落ちてくるので
夏に思いっきり切ってしまったのですが


そのバッサリ切ってたコルジリネの切り株から
わき芽が出ていたので
移植しようと掘り出しましたら

なんとなんと
根が深くて大きくてお手上げ!

白い巨大な大根のような
見たこともない根

ナンテコッタ!


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手ごわいコルジリネについて調べてみますと

なんと

ギリシャ語で「 こん棒」

という意味があるらしい
うまいネーミングで納得!

名付けた人ってスゴイわ!?
植物の名前の由来って
ギリシャ語が多いけれど
なぜなんでしょうか❓

そう言えば
お店にテラコッタがたくさん並んでたわ

ギリシャ クレタ島産
世界最強

ですって!?

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by caramel24carat | 2017-11-11 18:33 | 植物といきもの

てるみくらぶ雑感





昨夜の雨も上がりお日さまがあったかい~☀




熱海のMOA美術館は
非常に高い山に建っていて
熱海駅からはバス(8番)で中腹まで登り

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そこから口を開けたようなエントランスから


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さらにエスカレーター(高低差60m、総延長200mに7基)を
乗り継いで
登っていきますが

途中円形の踊り場があって
見上げると天井には
幻惑されそうな同心円状の万華鏡の映像が映し出されている



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さすが高台にあって
眺望は抜群なのですが



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ここへ至るまでの

上り路のバスに関して言えば


🚌

急な曲がりくねった坂道を上る乗り合いバスが

ホントにこわくて、ブレーキのタイミングがズレれば
バスもろとも落っこちてしまうんじゃないかと
ハラハラドキドキしながら
あ~勘弁して~

内心絶叫しながら

あ~神さま!
どうか無事に着きますようにと
苦しい時の神頼みじゃありませんが

ガラにもなくついそんな風に思ってしまいます

ふふ



ところで

MOAは世界救世教という
岡田茂吉教祖さまが建てた美術館だけど

宗教って一体何なんでしょうね?

昨日は

ホントひどい話だけど
旅行代理店のてるみくらぶの女社長が逮捕されました

相当のアクドイ詐欺師のようで
大手の三井住友も騙され多額の融資をしたらしい

ネット情報によれば
八王子にある大星教会という新興宗教に嵌っていたようです

「てるみくらぶ」というのは
「Tell me Club」のことかな?

旅行者にとって
知らない世界に行った際
よくわからない困ったときには
「教えて~」と尋ねますもんね

そう言えば
「法華クラブ」というのを聞いたことがあったけど
なんだか「てるみくらぶ」を連想するわね?

法華クラブがお手本なのかしら?

そうかも知れない
なんだか臭ってきました~

ちょっと
Wikiの「法華クラブ」見てみますと

”熱心な法華経信者であった小島愛之助により、
京都への参拝者などを対象に
1920年(大正9年)9月12日に京都駅前で創業。”

ちなみに、法華倶楽部は
日本初のビジネスホテルで個室を提供したらしい

なるほどね~!?

てるみくらぶの社長は会社倒産まえには
会長室だかで謎の儀式を行っているのを目撃されている!

お線香をモクモク焚いて
お湯もあっちこっちのポットで
大量に沸かして

「南無妙法蓮華経~~」と唱え
謎の儀式をやっていた、と

ということは「法華経」かしら?

そんなわけで
当時の社員らも
訝しがっていたらしい





宗教にお布施は
もれなくついてくるように思いますが

ひょっとして
てるみくらぶの女社長は
その宗教団体に半ば参加していたのでしょうか

人間の弱みにつけ込んだ
正義ぶったイカガワシイ宗教法人って
ほんとコワいね

洗脳された人間って
世間の常識を逸脱していても
その善悪の判断が麻痺していて
鈍ってくるのかもしれない



宗教って
ほんとうにワケわかんないわ







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by caramel24carat | 2017-11-09 14:05 | ニュース・レキシ