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Caramel 24 Carat

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ケンとメリー~愛と風のように~スカイライン




今日も晴れて温かい~☀



黄色い小菊が咲いていたので
手折ってお日さまといっしょに

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菊って手で簡単に折れるのですね
菊の香りが芳しい~


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ところで

日産のゴーン氏とケリー氏が
東京地検の特捜に逮捕されたという
衝撃のニュース!

羽田にプライベートジェットで着陸した
そこへ特捜が入ったらしい

事実はドラマよりスゴイわ

以上マイブログでもメモ

後出しじゃんけんじゃありませんが
どうして外人の社長なんかに
任せて
巨額の報酬をガッポリ持っていかれるのか
マイ素朴な疑問の
ナンバー10入りしてました

東京地検デカシタね!
と個人的にもエラソウにそんな感想を持ったのでしたが

闇はもっと深いのかしら!?

フランスと言えば原子力

過去記事
”2010年6月27日(日) 10時33分
ルノーとフランス原子力庁
持続可能なモビリティ(電気自動車(EV)日産リーフ)
の共同研究で合意”


フランスのマクロン大統領もコメントしているとか
元日産会長カルロス・ゴーン氏&元代表取締役グレッグ・ケリー氏って
フランスの国益に貢献したいわゆる雇われ社長だったのかしら
司法取引したという情報もあり
逮捕事件の真相はうやむやになるのかしら

ゴーンとケリー カネと共に去りぬ。。

日産の由来は日本産業だったらしい
日産コンツエルンって凄かったのですね


むかし

ケンとメリーの愛のスカイラインというCMソングがあって
とても素敵でした

小学生のころだったかな?
なんちゃって。。
調べましたら1972年でした






今改めて眺めてみますと
オリビア・ハッセーの映画≪ロミオとジュリエット≫を連想します

「ケンとメリー~愛と風のように~」





1972年に発表されたBUZZのデビュー・シングル

聞かせてあげたい











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# by caramel24carat | 2018-11-20 13:11 | ニュース・レキシ

シャネルNo5ルージュと宮島と東大寺2月堂のお水取りとゾロアスター教



今日も青空が広がりいいお天気~☀


日がホントに短くなりました

昨日はスーパー内の薬局の前に健康診断器具が並んでいて
血管年齢計、血圧計を測ってみました
血圧普通、血管年齢は偏差値54でした(若干年齢より若い)
一安心です


ところで驚きなんですが
昨日知ったばかりなのですが
あのシャネルが
真っ赤なシャネル5番
限定版で出しているようです

シャネル N°5 ロー オードゥ トワレット(Chanel より)

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衝撃のシャネルルージュのサイト
上のシャネルNo5のフォト
なにかめらめらと燃えるようなイメージで
衝撃なんですが

シャネル5番といえば
JFKの誕生日に歌ったハリウッド女優のマリリン・モンロー
そういえば
カリフォルニアの火事大変な惨事になっているようですね

ちょうどクイーンの≪ボヘミアン・ラプソディ≫(75)のころ
イーグルスの≪ホテル・カリフォルニア≫(76)
が流行っていました
この曲好きでした

ですがイーグルスの楽曲のタイトルの
ホテル・カリフォルニアという実在のホテルはなくて
ジャケットのホテルはピンク宮殿と呼ばれた
ザ・ビバリーヒルズ・ホテル(The Beverly Hills Hotel)
だったようです

そしてなんとその
ザ・ビバリーヒルズ・ホテルには
ハリウッドの大スターであったマリリン・モンローが
住んでいたという
(この情報は今知ったばかりで驚きました)

JFKの愛人でもあったというモンローですが
前に
アメリカの中間選挙前に
Q-Anonというなぞの人物が
トランプを応援している

その謎の人物は死んだはずのケネディジュニアで
生きていたんだ


とビックリしたことがありました

ケネディといえばモンローでシャネル5番

そもそも
香水シャネル五番の誕生のいきさつは
フランス系ロシア人の調香化学者エルネスト・ポー
にシャネルが香水の試作品を依頼
その24点できた中から最もお気に入りだった香りの
試験官に貼られていたラベルが
No5
だったからと
前に知ったことがありました

そもそもそんなロシア系フランス人が調香した
今回の真っ赤なシャネル5番ですが
なんと
つい先日まで
東京、京都、広島の宮島で
シャネル祭りが開催されていたらしい


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なんと
広島の宮島ですと!
「CHANEL MATSURI in 宮島」
2018.11.1~11.11まで開催され予約制で
試供品ももらえたようです

欲しかったですよね



宮島は海に建つ赤い鳥居で有名だけれども

まえまえから何故海の中に建っているのかしら?
と疑問に思っていました
がっ!
このごろ旧約聖書の≪ダニエルの書≫を知り
ユーフラテス川に建っていた
バビロンの神殿からなのではと
さらに
バプティスマのヨハネを知りながら
全身浸かる浸礼に由来しているんじゃないかと
妄想したわけです




ユダ王国のダニエルが
バビロンに連れて行かれネブカドネザルに重用され
さらに
バビロンを討ったペルシャのキュロス王にも重用されたと知りました
ペルシャはゾロアスター教

ユダヤ王国のダニエルが仕えた
バビロン王のネブカドネザル王の宮殿は
現在のイランの
ユーフラテス川を挟んで両側に巨大なものが建っていたようです

あの有名な青い釉薬の綺麗なタイルが貼られた
イシュタル門は正門で
中央のユーフラテス川から王宮へ入る場所にあったらしい


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バビロンがやがてペルシャに征服された時
ネブカドネザル王は我が世を謳歌しながらちょうど宴会中で
そこをキュロス王はあっという間に攻め込んだという
前に書いた≪デラウェア川を渡るワシントン≫みたいですね
(対岸にはドイツのヘッセンの傭兵がいました)

キュロス王の電光石火の巧妙な作戦は
普段は川の水面下にあって攻め込められないが
う回路を造って川の水を抜き
イシュタル門の正面から堂々入ったという

安芸の宮島の赤い鳥居・宮殿が
水の中に建っているのは
このバビロンの宮殿と似ているんじゃないでしょうか

うかつにもネブカドネザル王は
ペルシャのキュロス王にバビロン宮殿を攻められた

その時ダニエルはジッと様子を見ていたという
そのあと賢者・知恵者の預言者だったダニエルは
ペルシャのキュロス王にも仕えたという

このあたりで
前にも書いた
ライオンの穴の中に放り込まれた刑が出て来て
ガブリエルに助けられます
(この時のダニエルはそれなりの老人であり
ルーベンスの絵のように若い青年ではない)

さらには
火の刑もでてきます
(ここんとこが重要なのに失念。。)
@
追記:ダニエル書の3章「燃えさかる火の試練」

この火の刑にあたるのが
東大寺二月堂のお水取りの火の松明を振り回す儀式
じゃないかと妄想

ペルシャというのはゾロアスター教
ゾロアスター教は拝火教で
その名の通り火を祀るらしい

ゾロアスター教のペルシャは
その後
一時ギリシャのマケドニアの
アレクサンダー大王に征服されるが
またその後はローマ帝国
そしてその後は最強のオスマン帝国が征服する
(要確認。。)

その時に
ペルシャ時代からのゾロアスター教徒
イスラム教徒に強引に改宗を迫られた

その中でイスラム教は断固としてイヤだと拒否した
ゾロアスター教徒は東へと逃避し
インドの西の方へ移った歴史がある、という

パールシー
Pārsī
について

以下コトバンクより引用転載

8世紀にイランのパールス地方からインドへ移住したゾロアスター教徒の子孫

インド在住のゾロアスター教の信者。イランのゾロアスター教徒の一部が,8世紀に新興のイスラム教徒に追われてインドに逃れ,現在のグジャラート州海岸部に移住した。その中心地はスラト南郊のナウサリで,有名な寺院が現存する。17世紀スラトにイギリス東インド会社商館が置かれると,多数のパールシーが商業や貿易業に従事するようになった。18世紀イギリス東インド会社の商館がボンベイに移ると,多くもボンベイに移住した。19世紀になると,ボンベイを中心に商工業経営を拡張,綿紡績業などを興し,インド民族資本の代表的な存在となった。最も有名な人物はジャムセトジ・ナサルワンジ・タタで,タタ財閥は今日もインドを代表する財閥である。

以上転載

クイーンのフレディ・マーキュリーが
ムンバイ出身の両親を持つゾロアスター教徒と知りましたが
インドのムンバイはパールシーという
ゾロアスター教徒の信者が多くいるらしい

東大寺の正倉院には
ペルシャ文様のお宝の御物が所蔵されているという

以前にふと思って
東大寺の二月堂の火の松明を振り回すお水取りは
辿れば
ダニエル書に由来しているじゃなかろうかとチラッと
メモしたのですが

東大寺の二月堂の修二会(お水取り)を調べていると
建物は斜面に建ち
その二月堂の前には鉄のお風呂の建物があるらしい

大湯殿


これは旧約聖書からの儀式ダニエル書の浸礼
やゾロアスター教の
全身をお風呂に浸かる儀式に由来するように思えます

「大湯屋」にある鉄風呂直径2m

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そもそも
東大寺開山はインドからきた
菩提僊那(ぼだいせんな)僧だったようです
つまり
火葬する日本と
ゾロアスター教(拝火教)は兄弟のような関係かも知れません

あれこれ妄想するのですが

インドと言えばカレーです
CoCo壱番のオーナーが宣教師のような雰囲気のある方でしたのも
すごく納得です

また
クイーンのフレディ・マーキュリーが
親日家で骨董品の青い火鉢を買い
お風呂も大好きだったというのも
それもゾロアスター教徒なら凄ーく納得です

バビロンの遺跡の青いイシュタル門が
ベルリンのペルガモン博物館に何故かありますが
数年前ベルリンに行った時は修復中で見れませんでした
残念でした。。
で、隣のネフェルティティと胸像を見学したのでした

そこにも
壁のニッチにヴォルテールがいて
びっくりしたことがありました

ダニエルをライオンの穴から助けたのが
ガブリエルでしたが。。


ガブリエル・ココ・シャネル
ロマン・アブラモヴィッチ
CoCo壱番のオーナー
韓国生まれのフランス元文化相のフルール・ペルラン等

これまでたまたま知った
偉業を成し遂げた人物について
調べたことなど書いてましたが

共通するのは
孤児から超一流の大富豪になったという点です

事実は小説より奇なり












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# by caramel24carat | 2018-11-18 11:45 | 建物・アート

バーガンディとF・マーキュリーの≪カショギの船≫



今日も晴れていいお天気~☀

日向は温かいです


バラのバーガンディが咲きだしました


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今秋一番咲きの一輪ですが
葉はアブラムシに食べられてしまいました

寒くなったので
虫もどこかへ退散したのか
これから咲く蕾の枝には綺麗な葉っぱがついてます


ビロードのような花びらとバーガンディ色が
なかなか素敵です

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ところで

クイーンの天才フレディ・マーキュリーですが
大変親日家で日本風庭園も造られたとしり
驚きましたが
1991年、11月24日エイズで45才で亡くなられました

ここで思い出したのが
同じころ(1990年)に亡くなった
グザヴィエ・ドゥ・カステロ氏のこと

以前にもマイブログで書いてましたが
高田ケンゾー氏のパートナーでした
ケンゾーはパリのファッション界で大成功を納め
パリの豪邸には日本風庭園もあった

ちょうど一か月ほど前
火星が月に接近した時の記事


マーキュリーは水星~
の英名を持つ
クイーンのフレディ・マーキュリーですが

かたや
ロンドンで活躍した
クイーンのスーパースターで
親日家の
天才ボーカリストであったF・マーキュリーの場合と
ケンゾーとグザヴィエの場合と
いくつか被るところがあると気づいて

ふと思って
「マーキュリー」&「カショギ」で
検索しますと

なんと
ミラクルというアルバムに
フレディ・マーキュリー作曲の
≪パーティ&カショギの船≫
というのがあって驚きました!

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マーキュリー作曲の
≪カショギの船≫の歌詞を読みましたが
船でのパーティのことを書いてます

1989年のリリースのようですから
その前に
カショギの豪華ヨットに招かれて
パーティーを楽しんだのでしょうね

元の持ち主だった
アドナン・カショギはサウジアラビアの兵器商人で
大富豪だった
(昨年2017年6月6日没)

カショギの妹は
元ダイアナ妃の恋人のドディ・アルファイドの母親だった

カショギの一人娘「ナヴィラ」と同じ名前の
当時世界一大きく豪華なヨット
≪ナヴィラ号≫

その後、売却されトランプに渡ったり
サウジの王族で投資家・実業家の
アル=ワリード・ビン・タラールの手に渡った



アドナン・カショギの豪華ヨット
ナヴィラ号

ブルネイのスルタン

1988年ドナルド・トランプが所有
その後売却



サウジの王族アル=ワリード・ビン・タラール
1991年から所有、名前をキングダム・5KRと改名

アル・ワリード王子が運営する会社
キングダム・ホールディングス

🚢

マーキュリーの≪カショギの船≫
は意外でしたが

ひょっとして
娯楽用のヨットじゃない
兵器を積んだいわゆる”カショギの船”のことを
言いたかったのかも知れない

あまりに
ケンゾーとカステラの二人の場合との共通点が見られるので
ふと、+アドナン・カショギで検索したならば
ヒットしたわけですが

クイーンの
フレディ・マーキュリーの楽曲
≪パーティ&カショギの船≫

パーティ好きのマーキュリーは
カショギのヨットでも
一時を楽しんだことがあったわけで

1989年のリリースですが
そのころなら
トランプが所有していたわけです

イスタンブールの領事館で殺害された
ジャメイル・カショギとは親戚だった
サウジの兵器商人アドナン・カショギは
昨年2017年6月6日に亡くなっているが

カショギらと何らかの関わりを持った人物は
みんなぽあされていますね
ほんとコワいですね

ついコワいもの見たさで。。






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# by caramel24carat | 2018-11-16 13:33 | 歴史・人物

姫シオンとクィーンのF・マーキュリー邸の日本風庭園



青空の中ヒツジ雲がゆっくり動いてる~☀



薄むらさきの繊細な花びらの
姫紫苑(ヒメシオン)が可愛らしい



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道端で摘んだ雑草ですが
ふと見るとなかなか可愛らしい

よく似た春に咲くハルシオンというのは
あまり好みではなかったのですが

秋に咲くこの姫紫苑(ヒメシオン)

細い繊細な薄紫の花と細いスッーっとした葉っぱが
楚々として愛らしく見直しました


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Aster fastigiatus Fisch

その日の気分によって
いいと思うお花も変わりますね


ところで
とっても驚いたのですが

前回

先日観た
クィーンの映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫のシーンの中で
フレディ・マーキュリーの部屋に
金閣寺のお札が飾ってあって
芸が細かいわ!と
妙に感心したのですが

どうやら
その金閣寺のお札の意味らしきものが
判明しました!

F・マーキュリーは
とても日本が好きで
東京や京都に何度も訪れていて
日本の着物やさまざまのものを爆買いしていたらしい

大変な親日家で
彼の最後の住まいとなった
ロンドンのケンジントン、ホーランド・パーク近くの
高級住宅地にある邸宅は
≪ガーデン・ロッジ≫と言って
なんと
日本風庭園が造られていて茶室や
桜の木や鯉の泳ぐ池もあったそうで

ファンが今も訪れる大変有名な所らしいです

春には桜が咲くのですね!
≪Gareden Lodge≫
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Freddie Mercury's house Garden Lodge,
1 Logan Place Kensington, London



1985年5月
日本庭園を造りたいということで
在イギリスの日本人造園家に依頼し
1986年4月から取り掛かった
1986年6月
高原竜太朗氏も加わり
1986年10月
ほぼ完成

高原竜太朗氏は山口、萩出身の
〝踊る生け花師”としてご活躍しているらしい


1975年4月20日
来日中のクィーン様
東京タワーの見える東京プリンスの日本庭園にて


yahooニュースより

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カラーでは着物姿の女性たちと一緒に野点
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日本庭園を自宅の庭に造りたかった彼は

いくつもの日本庭園を訪れたという


六義園
小石川植物園
京都桂離宮
都ホテルの庭園など

金閣寺はどうだったのかしら?


ちなみに

≪ボヘミアン・ラプソディ≫は
1975年10月31日にリリースされていますが

そのショッキングな歌詞に少なからず驚きました

1975年の出来事をWikiで見ますと

上のクィーンの野点の日より約2週間後の

1975年5月7日
イギリスのエリザベス女王夫妻が日本を訪れている



その歌詞が生まれた背景とは?
なんだろう?
とついつい考えてしまう


フレディ・マーキュリーは
ペルシャ系インド人でしたが
生まれは英領ザンシバル、幼少時はムンバイで育ち
再びザンシバルへ戻り
17才の時ロンドンへ移ったようです


初めて知りましたが
ザンシバルとはタンザニアの島だったのですね

イギリス保護領ザンジバル・スルタン国
ザンジバルシティ ストーン・タウン


東アフリカ・タンザニアにある
ザンジバル島ストーン・タウンで生まれた

1964年、ザンジバル革命が勃発し
安全上の理由からロンドンに一家は移ったという

フレディ・マーキュリーの作曲した
映画のタイトルにもなっている
≪ボヘミアン・ラプソディ≫ですが

かなりショッキングな歌詞を見て
驚きますが

こんな事書くのもどうかと思いますが
今だからそう思うのか
なにかイメージとして
テロに関与した青年の心情のようにも聞こえてくるのは
勘ぐりすぎかしら。。







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# by caramel24carat | 2018-11-14 13:13 | 建物・アート

ルーベンスの≪ライオンの穴の中のダニエル≫とネブカドネザル王の夢の像



今日は雲が流れ青空も見える~☁~☀


それにしても穏やかで温かい

小菊が満開です


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昨日は11月11日
イイ日だったのですね

メモ
パリでWWⅠ終結100年目の記念式典が
凱旋門で行われたらしい

先日は

Queen
映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫を観ましたが
最後のシーンは
まさにライブ会場にいるような素晴らしい臨場感に溢れて
感動しました

初めてロックのライブコンサートを映画ながら体験出来て
よかったわ~♪

Queenのことはよく知らないのでしたが
ボーカルのフレディ・マーキュリーは
ロンドン生まれのパキだったのですね
パキというのはパキスタン人のことをそう呼ぶらしい
wikiによればペルシャ系インド人
(両親はゾロアスター教徒:拝火教と言ってた)

彼はなんとバイセクシャルでエイズに罹り
1991年に亡くなっていたんですね

映画のあるシーンでフレディ・マーキュリーの部屋が
アップされるのですが
その壁に漢字が目に入ったので驚いたのですが

なんと

「金閣寺舎利殿〇△◇」
のお札が飾ってあったのです
ちょっとググってみました

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Queenは日本へもツアーで来日していますから。。
でも映画でのセットで
そこまで金閣寺のお札を室内の小道具として使うのは
芸が細かいというか
非常に興味があります

ふと思ったのですが
奈良のお寺で火を振り回す祭りがありますが
(東大寺二月堂のお水取りかな)
これはダニエル書の3,4章あたりと似てないこともない。。
ひょっとして由来は
旧約聖書『ダニエル書』からなのでは?



ところで

ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーに
巨匠ルーベンスのライオンを描いた大作があります


≪ライオンの穴の中のダニエル≫
1613-1615年頃
ピーテル・パウル・ルーベンス


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訪れた時
メディチ家のロレンツオの胸像があって
撮ろうとしたところでカメラのバッテリーが切れて残念だったんのですが

この作品見てない。。

おそろしい”百獣の王ライオンに囲まれたダニエル”ですが

ダニエルとは

(以下にわか仕込みです)

旧約聖書『ダニエルの書』に登場する若者ダニエルのこと、らしい
ユダヤ人で容姿端麗で才気活発な知恵者であった

紀元前6世紀、南ユダ王国を陥落させた
バビロンのネブカドネザル王が
バビロン捕囚の時連れて来た若者の一人で特に優秀だった

ネブカドネザル王がある時
難解な夢を見る
その夢の謎解きをダニエルが解明したことで
元ユダ王国のユダヤ人でありながら
ネブカドネザル王のお気に入りとなり重用されたという

バビロン王ネブカドネザルの見た夢の像とは
どんなものだったのでしょうか!?

初めて知りました!

頭が純金,胸と腕が銀,腹と腿が青銅
すねが鉄、足は一部が鉄で一部が陶土できた像だったらしい

イメージ図
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そこに一個の石が投げつけられ陶製の足を砕き
像は粉々になり跡形も無くなるが
石は山のようになって全地に拡がった


やがて
ネブカドネザル王の治めるバビロンは
ペルシャに征服された

ペルシャを治めたメディアダレイオス
そしてペルシャを統一したキュロス王も
ダニエルを重用したが
ある時
他の家臣の陰謀で
ダニエルはライオンの洞窟に投げ込まれることになった
しかし
ダニエルは神の力によってライオンに襲われることなく
逆にダニエルを陥れようとした者たちがライオンの餌となった

上のルーベンスの作品
≪ライオンの穴の中のダニエル≫

異邦人としてバビロンやペルシャに仕えていても
神への信仰を何があっても揺るぐことなく貫いていた
ダニエルが
に祈っていると天使ガブリエルが現れ救済される
まさにそのシーンを
ルーベンスは迫力ある大作に描き上げたのですね



そもそも聖書というのは
ユダヤ人のことを書いていたんですね
旧約聖書~新約聖書
なかなか理解しがたく難しいですね

以前の記事ですが














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# by caramel24carat | 2018-11-12 11:53 | 建物・アート

赤いシクラメンとヨルダンのペトラ遺跡の洪水とエルミタージュのヨルダンの階段



今日は快晴であたたかい~☀


昨日は雨降りで一時雷が鳴って驚きましたが
夕方からは☀でした



コンパクトな小鉢ですが
赤いシクラメンって暮れに向けて
気持ちが華やぎます

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本来の色が飛んじゃってますが
もう少しキレイなワインレッド色




ところで

今朝のネットニュースみて驚きましたが

ヨルダンのペトラ遺跡で
大雨で土石流が押し寄せたらしい

動画見ましたが観光客が沢山訪れていて
日本人もいらしたそうですが
無事で何事もなかったようです

ここ行きたかったところだわ。。。

ヨルダンのペトラ遺跡は1989年公開の
『インディジョーンズ/最後の聖戦』の舞台となったところで
映画のシーンを思い出します


また思い出すのは

サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館を
入ったすぐのところに

ヨルダンの階段がありました
豪華絢爛な素晴らしい階段でした
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2014.8 エルミタージュにて




以下はなぜヨルダンの階段と呼ぶのか
不思議に思って調べた時の記事ですが



イエス・キリストを洗礼した
バプティスト・ヨハネ(洗礼者ヨハネ)に由来しているらしい

バプティストとは
「浸礼」、「洗礼」
という意味らしいです

洗礼は司祭が頭に聖水をかけるくらいですが

浸礼はまさにお風呂につかるように
身体全身を水に浸ける儀式を云うらしい

ここで妄想ですが

ヨルダンのペトラ遺跡での洪水による濁流の発生が
11月9日に起こった出来事というのは

なにか
このバプティスト・ヨハネの浸礼の儀式のことを連想します

エルミタージュのヨルダンの階段は
そばを流れるネヴァ川をヨルダン川に見立て

”ヨルダン川でキリストがヨハネから洗礼を授けられた儀式

をイメージしているらしい


マタイによる福音宜 3:11には
バプティスマ・ヨハネが浸礼を授ける、という
一文を見つけたのですが

ひょっとして3.11の津波って
マタイ福音書の3:11からなの?

妄想全開で自分ながら呆れますが
事実は小説より奇なりといいますから
















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# by caramel24carat | 2018-11-10 11:41 | ニュース・レキシ

A・メロンのコレクションのシャルダンの≪ハウス オブ カード≫とエルミタージュとヘッセン繋がり



今日は快晴~☀

それにしても昨日は温かかった
いろいろ用事が済ませました
今日も温かいが
このまま20℃超えの気温をキープして
くれないだろうか~



ヤツデの白いまん丸のお花が咲いてます
八つ手の濃い緑の葉っぱとのバランスが
なかなかイケてます


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今朝の空
見上げると飛行機が気持ちよく飛んでました

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ところで

アメリカ中間選挙の結果は
上院が共和党、下院が民主党がそれぞれ勝ったらしい

個人的な印象として
日本で議員職というのは
政治とお金と利権まみれという印象が強いですが
そもそも政治家というのは
支援してくれる地元等の利益のために
中央へ行って予算を獲るために戦うわけだと思いますが
つまり聖職者ではないわけで
ドロドロのものをかぶっているのでしょうか?

昨日11月7日には
”西日本豪雨や北海道地震の復旧費用などを盛り込んだ
総額9356億円の2018年度補正予算が7日
参院本会議で全会一致で可決、成立した”

約お豆腐一兆。。



今回も
ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーにありました
18世紀ロココ様式時代のフランス絵画の作品から


2017.2
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ジャン・シメオン・シャルダンの
≪ハウス オブ・カード≫

少年がトランプカード遊びをしている様子を描いてます

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手元をアップして見ますと

トランプカードを二つ折りにして並べています
こんな風にして遊んだのですかね

これなら並べても立ちますね
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手前の引き出しには

なにか意味深にカード2枚が並んで
一枚はこっち見て!
と言わんばかりです

カードはハートのキング!

こののキング

意味するところは何なのでしょうか?

b0209886_12585493.jpg



ちょっとググってみますと


トランプのハートの絵柄については

まずは「愛=心臓」を表す
季節は豊穣の秋
時間は日が昇る昼
職業はキリスト教徒などの僧職
また
♡は「聖杯」を表す
などという情報があった

さらにキングについて見ますと
そもそも
ハートのキングはカール大帝こと
(シャルルマーニュ、
フランク国王)
初代神聖ローマ皇帝

ちなみに
ハートのクイーンは
ユディトでユダヤの女戦士、カール大帝の子の妻
とある

シャルダンの作品≪ハウス オブ カード≫の引き出しに
そっと置かれたハートのキングは

そもそものモデルは
フランスとドイツの始祖であった
英雄カール大帝だったのですね



シャルダンの≪The House of Card≫
その意味調べると
1、(子供が)トランプで組み立てた家、とか  
2、不安定な又は危なっかしい計画、という意味らしい

そう言えば

NYへの飛行機の中で
ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望への階段』って観ました

このドラマ元クリントン大統領とヒラリー氏のことだったのかな?

このドラマでは
2の意味のあぶなかっしい計画

ホワイトハウスに引っかけているのでしょうか

なかなかマッチポンプ的なことやっていたという
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少年がトランプで遊んでいる
シャルダンの作品≪The House of Card≫についてみますと
2、のそのまんまの意味でしょうか

National Galleryのデータによれば

image: The House of Cards

Jean Siméon Chardin
French, 1699 - 1779
probably 1737
oil on canvas
1937.1.90

1737年ごろに制作
シャルダンが38歳ころの作品ですが
宮廷からの仕事もあったようです

このころフランス国王はルイ15世の時代
フランス革命にはあと50年ほどで
まだヴェルサイユ宮殿の輝かしい時代

啓蒙思想がヨーロッパに流行り
このころヴォルテールも活躍していたんですね
エカテリーナ2世やフリードリヒ大王とも
交流のあったヴォルテール。。


誠実なシャルダンは
ひょっとしたら
王様ルイ15世をリスペクトする少年の姿を
引き出しのハートのキングに寓意したのかもしれない

ジャン・シメオン・シャルダン
(Jean-Baptiste Siméon Chardin,
1699年11月2日-1779年12月6日)は
ロココ時代のフランスの画家ですが

作品はいわゆるロココ調の華美で甘いものではない



このころシャルダンが
サロン・ド・パリ(官展)に出品していた作品には
オランダ絵画の影響がみられ風俗画の台所や食卓の風景や
カード遊びに興じる子どもの姿を描いた
セーヌ左岸の日常生活を主題としていた、という

右岸が王族、貴族なら
左岸は市民なのかしら

シャルダンの市井へ向ける目線がとても好きなんですが

かたや
王や貴族からも静謐で慎ましい画風は好まれていて
信頼が厚かったようです

1755年
王立絵画・彫刻アカデミーの会計係及びサロン展示責任者の任務に就いている
当時の国王15世やロシアの女帝エカテリーナ2世らの権力者や
貴族社会から絶大な信頼を得ていたという

1740年にヴェルサイユ宮殿へ参内して献上した作品に
《働き者の母》と《食前の祈り》があるという
シャルダンの作品としては特に知られている、らしい

それなら
以前のマイブログの記事で
シャルダンの≪食前の祈り≫について
書いてましたこと思い出しました

なんと
自分でも驚きなんですが
というかすっかり忘れていましたが
ロシア、サンクトペテルブルグの
エルミタージュで観たものです



ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーに展示されていた
シャルダンの≪ハウス・オブ・カード≫

ナショナル・ギャラリーを創設した
銀行家であり元財務長官も務めた
アンドリュ-・W・メロンのコレクションの一つでした

メロン氏のコレクションには
エルミタージュから買った作品が
21点ほどあったらしい

この作品がエルミタージュのものだったかどうかは
わかりませんが

ロシアは
ロシア革命後の混乱した時期で財政的に苦しかったので

エルミタージュの作品や
ロマノフ家の秘宝を売っていた
そういえば
アラスカも売ってましたね

それらをアメリカの富豪たちが買いあさったらしい
そんなコレクターにはドクター・ハマーもいた




ロシアのロマノフ家は
ドイツの由緒あるヘッセン大公家とはi姻戚関係にあった

ロマノフ家最後の皇帝ニコライ2世の皇后
アレクサンドラ・フョードロヴナは
イギリスのヴィクトリア女王の次女アリスと
ヘッセン大公のルードヴィッヒ4世の娘でした

エマニュエル・ロイツェの≪デラウエア川を渡るワシントン≫では
ヘッセンの傭兵部隊が登場してました

ヘッセン家というのは
傭兵を
王家に貸し出していた戦争ビジネスをやっていたらしい















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# by caramel24carat | 2018-11-08 12:20 | 旅行・建築・アート

ワシントンD.C.の白亜の連邦議会議事堂内部とサミュエル・モールスの≪下院≫





ハッキリしないお天気~☀~☁


陽が射しているかと思へば小ぬか雨が降っていたりしているが
温かい



今回も
アメリカ中間選挙に便乗して
昨年、ワシントンD.C.を訪れた時のこと
まだ未消化のものの記録


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ギリシャ神殿風の白亜の殿堂の
連邦議会議事堂の向かって左側建物は

上院が入っているらしい

それにしても見事で美しい
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2017.2


キャピトルヒル(Capitol Hill)と呼ばれる公園内の案内板ですが

Senate office buildingは上院のことで
House office building は下院のことらしい

ちなみに明日11月6日は上院と下院の中間選挙があるのですね

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この後見学者入口から
議事堂館内を少し見学しました

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入ってすぐのロビー
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ドームの内部にたどり着くと
周りの壁面には
アメリカの歴史あるシーンを描いた大きな歴史画が
何枚も並んでいました


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みんな天井を見上げていますが



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白亜のドームの内部です

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初代アメリカ大統領ジョージ・ワシントンを
讃えた天井画ということですが

と言ってもよく見るロココ調の絵でよくわかりませんでした

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円形ホールには著名な人物の彫像がぐるっと並んでいました

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十字架を掲げているのは誰でしょうか?

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スケッチしている人物は?

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元俳優のレーガン大統領
これはすぐ分かりましたわ



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これはドワイト・D・アイゼンハワーの銅像

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トランプ大統領もやがて
こちらに並ぶのでしょうか



メロンの設立した
ナショナル・ギャラリーには

この連邦議事堂での下院議会の様子を描いた作品がありました

約100年前の1822年の制作です
≪The House Of Representatives≫

衆議院のことでアメリカの下院を云うらしい

中央で立っているのは誰でしょうか?
1822年なら
第5代アメリカ大統領モンローでしょうか

天井や円柱はそのままですね
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The House Of Representatives

Samuel Finley Breese Morse


1822年


サミュエル・フィンリー・ブリーズ・モールス

アメリカ人 1791-1872
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モンローさんと言えば
マリリンもそうですが

NYのメトロポリタンで観た
極寒の≪デラウエア川を渡るワシントン≫の
後ろにいた人物ですね


≪下院≫の絵ですが

なんとこの画家はモールス信号で有名な
モールスさんが描いた作品だったのですね!
今わかりましたが

サミュエル・フィンリー・ブリース・モールス
Samuel Finley Breese Morse
1791年4月27日 - 1872年4月2日
アメリカの画家発明家。モールス電信機を発明し、モールス符号に名を残した。
画家としても名を成している。サミュエル・モースとも。

また、アメリカ合衆国における奴隷制確立を支持し、反カトリックと反移民運動も支援した。

ところで

前回載せましたが
カツラを被ったヴォルテールも並んでありましたよ

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こちらカツラなし


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古い映画なんかでよく見ますがイギリスの議会や法廷では
長髪のカツラを被っていたのはなぜなんでしょうか?

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# by caramel24carat | 2018-11-05 15:15 | 旅行・建築・アート

ワシントンD.C.のナショナルギャラリーのアンドリュー・メロンのコレクションのターナー≪ヴェネツアの入り江≫




今日はうす曇り~☁

秋もいつの間にか深まってまいりました



可愛いくて丈夫なチェリーセージ咲いてます

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ところで


もう一度行きたいワシントンD.C.ですが

2017.2

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改めてまだのところの記録


国立美術館であるナショナルギャラリー西館は

前回知ったのですが

ピッツバーグの銀行家で駐英大使や元財務長官を3期も務めた
アンドリュー・W・メロンが
自らコレクションした絵画等と寄付金によって
1937年に建設が始まり1941年完成した
国立美術館で開館以来入場は無料です

ナショナルギャラリーは
後年1978年建てられた東館もありました

ペンシルバニア通りから見上げる東館
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ちなみに

この東館は
ルーブル美術館のガラスのピラミッドで有名な
中国系アメリカ人のイオ・ミン・ペイの設計なんですね
1978年

要塞のような外観のナショナルギャラリー東館

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2017.2

中は不思議となかなか開放的で
20世紀以降の作家とモダンアートが飾られていました

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贅沢な空間なのに人もまばらでしかも無料です

気持ちのいいカフェテラスもあって休憩できました

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この東館から
地下道の光のトンネルを通って西館へと繋がっている


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タイムトンネルのような楽しい動く道路を進むと


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西館の地下1階に到着する

ミュージアムショップやカフェテラスや
レストランが並んでました


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一階に上ると
ナショナルギャラリー西館の展示室が広がっている

閑散としていますので
ゆっくりとマイペースで鑑賞できました

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ここが

アンドリュー・W・メロンが
駐イギリス大使時代に訪れた
ロンドンのナショナルギャラリーに触発され
アメリカにも是非ということで
自ら集めたコレクションを寄贈し建設した
国立美術館なんですね

それで
そうか、そうなんだ、と合点しました
前にも
なんでここにあるの?と不思議だったのです

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東館の屋上に飾られていた
カテリーナ・フリッチェの青い巨大なオンドリのオブジェが
ロンドンのナショナルギャラリーにも展示されていたワケが

そういうことなんですね!


青いオンドリのガードマンさん

ワシントンD.C.には黒人が本当にたくさんいらして
かなり驚きました。。
半分は黒人じゃないかと思うほど
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そんなわけで

メロン氏の建設したナショナルギャラリーは

言ってみれば
ロンドンのナショナルギャラリーとワシントンD.C.のナショナルギャラリーは
姉弟みたいなものなのですね





館内で模写する女性もいました

メトロポリタンの≪マダムX≫と同じサージャントの作品ですね
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こちらでも模写中

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そのメロン氏のコレクションの中の作品の一つに

イギリスを代表するターナーの作品がありました

≪ヴェネツィアの入り江(Approach to Venice)≫
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
(Joseph Mallord William Turner)
1844年
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曖昧模糊とした靄の中に
数隻の船が港へと進んでいるようです

キャプションには
確かに
アンドリュー・W・メロンの寄贈と記銘されています

1937年.1

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メロンのコレクションではないが
ターナーのヴェネツィアの港を描いた絵は
もう2点ありました


水の都ベネツィアですが
去る10月30日までに大雨等で
サンマルコ広場が冠水したようです

メモとして


水の都ベネチアが冠水
観光客が孤立、欧州で悪天候

高田正幸(朝日新聞)

2018年10月31日13時43分
イタリアを暴風雨などの悪天候が襲い、
30日までに少なくとも11人が死亡した。
運河に囲まれ「水の都」と呼ばれる北部ベネチアは、街が冠水。
観光名所のサンマルコ広場が閉鎖された。
各地で多くの観光客が孤立しているという。AFP通信などが報じた。

 欧州では29日から、南部や中部で大雨や暴風、大雪に見舞われた。
イタリアでは、落木に当たったり、高波に巻き込まれたりして、死者が相次いだ。
また、スイスとの国境沿いでは大雪のため、
約170人の観光客やホテルの従業員が取り残された。
フランスでも1千台以上の車が立ち往生したという。(高田正幸)

以上引用転載


ここにはヴォルテールの彫像があって驚きました

サンクトペテルブルグ、ポツダム、ジュネーブ、パリ
神出鬼没なヴォルテール!?

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アンドリュー・W・メロンの夢の殿堂
ワシントンD.C.の
ナショナルギャラリー
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また機会があれば行ってみたい



























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# by caramel24carat | 2018-11-03 13:13 | 旅行・建築・アート

Q-Anonとアンチボルトの≪ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世≫



今日からもう11月いいお天気~☀

室内より戸外の陽射しが温かかった


ふと見上げた空に広がっていた雲の中に見えたのは

天使が上り下りする
天使の階段?


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って見えませんか?

JFKジュニアが生きている!?
ということが気になっていたものだから

そんなロマンチックな風に雲も見えたのかしら

天国への階段じゃありませんから

亡くなったはずの人が生きていたという

天国から降りて来た
JFKジュニアについてですが

現在のJFKジュニアと云われる人物の写真見ましたが

浦島太郎が乙姫様から貰った玉手箱を開けた瞬間のような
様変わりした風貌に疑心暗鬼だというのが本音です

ジュリーも浦島太郎然で驚きましたが

【Q】計画を信じよ!
Q-Anon


おばけのQ太郎ではありませんが
足はチャンとあるのでしょうね。。

ところで
マイ記事ランキングに
≪ケプラーのルドルフ表≫
のアクセスが異常に多いのですが
何かあったのでしょうか?

ルドルフ2世と言えば
アンチボルトの野菜と果物で描かれた肖像画
ユニークです

あたまはカボチャでしょうか
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過去記事
ウィーン美術史美術館にて


ハプスブルク家の
ルドルフ2世は
プラハ城にも住んでいて趣味三昧の
政治そっちのけの皇帝だったようですが

プラハのカレル橋にはイエズス会の
フランシスコ・ザビエルの像があるのですね


アンチボルトの肖像画は
1590年頃の制作らしいですが

実にたくさんの野菜、果物、お花が描かれているのは
大変驚きです
当時も豊かな生活をしていたのかしら


神聖ローマ皇帝の皇帝ルドルフ2世
ローマ神話における

豊穣の神ウェルトゥムヌスに見立てて描いた肖像画

皇帝の頭部と胸部がカボチャ
 麦の穂、洋ナシ、サクランボ、トウモロコシ、イチジク、
ナス、ズッキーニ、アーティチョークなど
50種以上の野菜や果実、花で構成されている

🌹

Queenの映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫が公開されるらしいですが
面白そうです

メロンのターナー書こうと思っていたのですが。。






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# by caramel24carat | 2018-11-01 17:19 | 建物・アート

ピーター、ポール&マリーの風に吹かれてとバニー・メロンとジバンシーとJFKジュニア



今日も快晴のいいお天気~☀


少し風が吹いている~


先日
海の近く通ったがキラキラ光ってキレイでした

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こうやって切り取った写真を見ると
あのどこまでも広がっている大海原が感じられない

偶然
ピーター、ポール&マリーの≪風に吹かれて≫
を見つけ聴いたがとてもよかった
金髪のマリーがオシャレでステキです

ボブ・ディランより好きです


Peter, Paul and Mary - Blowing in the Wind



≪風に吹かれて≫はボブ・ディランの曲だけど

そう言えば
ノーベル文学賞はどうなったのでしたっけ。。


ところで

先日
アメリカ、ペンシルベニア州のピッツバーグで
銃撃があったようです

今日はハロウィンですが
数年前、服部君がバトンルージュで
射殺されましたね

いつまでたっても銃による事故は
なくならないのですね
むしろ無残な事故&テロが増えるばかりの
アメリカはコワいです

ピッツバークと言えば鉄鋼の街
NYに邸宅美術館フリック・コレクションがあって
昨年訪れましたが

ヘンリー・クレイ・フリックは
鉄鋼の街ピッツバーグの石炭のコークスを採る事業をやっていて
鉄鋼王カーネギーにコークスを供給していたようだ

そして
ピッツバークにはカーネギー・メロン大学があるという

鉄鋼王カーネギーとメロン財閥が創った大学らしい
@1900年にアンドリュー・カーネギーよって創立されたが
1967年にメロン工業研究所と統合

ポール・メロンの2番目の妻に
レイチェル・ランバート・ロイドがいる
Rachel Lambert Lloyd
通称: Bunny Mellon(バニー・メロン)

この方はホワイトハウスの西翼に
ジャクリーン夫人の計らいでローズガーデンを造ったという
因みに
東翼の庭はジャクリーン夫人が作庭したものという

1992年の秋
オードリー・ヘップバーンが
末期ガンで衰弱し
あと余命3ヶ月という時
スイスのローザンヌの家に帰りたいといった



数年前に東京の原宿通りで見かけた
ヘップバーン

思わずパチリと撮りましたが
CLUBPASONAって読めます

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ガーデナーでもあったレイチェル・メロン
盆栽風?いやメロン?

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メロン財閥のポール・メロンの奥さま
レイチェル・ランバート・ロイド・バニー・メロン


特権階級にありながら
飾らない人がらと芯の強さも垣間見える
レイチェル・ランバート・メロン夫人

オードリー・ヘップバーンがガンに冒され
余命3ヶ月と宣告されたというその時
スイスの自宅へ帰りたいと訴えた

レイチェル・メロンとジバンシーらは
その最後の望みを叶えるため
絶対安静が必要で動けないヘップバーン
プライベートジェットを手配し
ロサンザルスからローザンヌまで運んだという
1993年1月20日永眠

ジバンシー氏はなんと今年亡くなられていたんですね
2018年3月10日永眠

Bunny Mellon and Givenchy in 1970.

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ところで
ケネディ元大統領とジャクリーン夫人の
二人の子供は駐日大使だったキャロラインさんと
弟のJFKジュニアがいましたが

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なんと
つい最近の
ネット情報によれば生きている!という

フィアンセと小型飛行機に乗って
そのまま墜落し帰らぬ人となったとニュースを聞いた時は
またもケネディ家が。。
と本当に驚き悲しかったこと憶えています

ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ・ジュニア
(John Fitzgerald Kennedy, Jr.
1960年11月25日 - 1999年7月16日
弁護士(法務博士)、法律家
雑誌発行人『GEORGE』

もし生存が
本当ならアメリカという国はなんという
陰謀術策に満ちた摩訶不思議な国なんでしょうか?
まさに
事実は小説より奇なり!

ジャッキーとバニー

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@非常にたくさんの当時の写真がありますので
きっとメディアに頻繁に取り上げられていたんでしょうね

ジバンシィが1959年に
ジャクリーン・ケネディのために作ったコート

真ん中はフランスのドゴール将軍ですね

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ジバンシーは由緒あるフランスの貴族の出身らしいですが
ケネディ家のジャクリーン夫人や
メロン財閥のバニー・メロン夫人も顧客以上の友達だったのですね

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ポール・メロンとその父親
アンドリュー・ウィリアム・メロンについて

🍈

ポール・メロンPaul Mellon 1907.6.11~1999.2.1)
アメリカの資産家
イエール大学卒業後には
イギリスのケンブリッジのクレア・カレッジに入学している

ポール・メロンは
レイチェル・ランバート・ロイドと二度目の結婚をしている
Rachel Lambert Lloyd
通称: Bunny Mellon(バニー・メロン)
レイチェルはリステリンなどの医薬品ブランドで知られる
ワーナーランバート社の創業者一族の出身

ポールの父親は
アンドリュー・ウィリアム・メロンといい
銀行家
および
後のアメリカ合衆国財務長官であった

アンドリュー・ウィリアム・メロン
Andrew William Mellon,
1855年3月24日 - 1937年8月27日
財務長官を3期務めたという

ワシントンD.C.にナショナルギャラリーがありますが
その西館
1937年
アンドリュー・ウィリアム・メロンのコレクションと
寄付で建てられたという

🍈



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# by caramel24carat | 2018-10-30 13:19 | 歴史・人物

イエローエンジェルと宗次徳二とエクス・ピエール・ローデとツゴイネルワイゼン



夜中に雨が降ったようですが今は晴れている~☁




写真は9月の京都の旅で南禅寺を訪れた時のものですが

南禅寺の門を潜ろうとしたまさにその時
ちょうどイエローの可愛い車が通り抜けた

古いお寺の門と現代の車の対比が可笑しかったのでパチリ

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というか

こんなところへ車で入ってイイの?と不審に思いましたけどね


可愛いイエローの車は
フィアットだと思う

ちなみに調べてみると
アバルト 595コンペティツィオーネ OPカラー/ジアッロモデナ

 

ところで

なぜいきなりイエローなのかといえば

ヴァイオリニスト五嶋龍は
イエローエンジェルからストラディバリウスの
エクス・ピエール・ローデ
を無償貸与されていたと以前に知ったことがあったので

イエローの連想で
南禅寺門を潜っていたフィアットを思い出したのでした

トリノからクレモナのストラディバリウスについて

過去の記事
エクス・ピエール・ローデについて

ところが今回
さらに驚くべきことが判明したのです!

2011年3月11日のあの日に
中澤宗幸氏が修復中だったエクス・ピエール・ローデは
修復後に元の音色とは変わってしまったという

五嶋龍は
その後イエローエンジェルからの無償貸与の契約を終え
姉の世界的ヴァイオリニストの五嶋みどりの使用していた
ジュピターに変えたという

さて一体エクス・ピエール・ローデはどうなったのでしょうか?

3.11の時
エクス・ピエール・ローデを修復していたという
ヴァイオリンの修復師中澤宗幸は
あの陸前高田の奇跡の一本松プロジェクト
にかかわっていたらしく
流木からバイオリンを製作し一本松のペイントをしている
一体いくらの予算が消えたのか。。

そもそも
ヴァイオリンを製作する材料の木は
乾いてない流木なんてありえないらしい

なんか胡散臭いなと以前にも
マイブログで書いてました

そうそう

ストラディバリウスをいくつも所有し無償貸与している
イエローエンジェルとは何ぞや!?ですが

CoCo壱番屋というカレー屋さんの創業者
宗次徳二氏が立ち上げた
NPO法人のことで
http://www.y-angel.jp/

カレーだからイエローなんですね!

今回関心を持って調べてみました

この方宗次徳二氏は
驚くべき凄絶な生い立ちから
大富豪にまでなった奇跡の人なんですね!

両親も判明しない幼子であったため
兵庫の尼崎の孤児院に預けられ

その後
養子に貰われた家は不思議なことにパチンコ狂いの義父だった

貧乏に愛想をつかした義母は家を出てしまい
別々に暮らした時期もあったが

その後15才の時に養父は胃癌で亡くなり
義母と赤貧の暮らしを続けていた。。という

普通に考えたらちょっと今の大成功は
想像できません
しかし
写真を見ますと澄んだ目が清々しい紳士
そんな過去があるなんてみじんも思いません

事実は小説より奇なり。。

ここで
ちょっと思い出したのが

韓国人の孤児からフランスの文化相までになった
フルール・ベルラン女史
この方は養父は核物理学者でした


チゴイネルワイゼンを作曲した
サラサーテの出身地のパンプローナでは

若手ヴァイオリン奏者のためのコンクールとして
パブロ・サラサーテ国際ヴァイオリン・コンクール
Pablo Sarasate International Violin Competition
がパンプローナで開催されているようです

wikiには2015年までの優勝者が出ていますがその後は?


CoCo壱番屋のカレーハウスの創業者宗次徳二が立ち上げた
イエローエンジェルは
名古屋に宗次ホールを持っている

なんと

来る2018年11月23日には
サラサーテのツゴイネルワイゼン一曲を競うコンクールが開催されるらしい

これはスペインのパンプローナにあやかっているのでしょうか



そもそも
こと?の発端は
ジャメル・カショギ
そして
高田賢三氏とグザビエ・ド・カステラから
スペイン、パンプローナに
フランシスコ・ザビエルの生家
ハピエル城があると知り
さらにサラサーテの出身地であることを知り

大好きなツゴイネルワイゼンを聴くなら
五嶋龍の演奏が一番好きだわ~という流れでしたが

なんだか元に戻ってきた。。

パンプローナからさらに西へ行ったところに
ビルバオがありグッケンハイム美術館がある
その前には
森ビルにもある
ブルジョワの蜘蛛のオブジェ
≪ママン≫がある



素朴な疑問

失礼ながら
宗次徳二氏とはいったい何者か!?

@名古屋のCSK関係?


前回
五嶋龍のツゴイネルワイゼンが大好きだと
YouTubeを貼り付けましたが

何度も聞きながら素晴らしい演奏を生で聴きたいものだと
ちょっとググってましたら

なんと

東京の森ビルで
10月9日から15日まで『ストラディバリウス 300年の奇跡』展
があったのですね!



この展覧会の監修は日本ヴァイオリン

創業者は中澤宗幸


ココ壱番屋の創業者の宗次徳二氏は
ヴィヴァルディの四季が大好きだったという

11月12日を四季の日

として宗次徳二氏が決めたという
日本記念日協会から認定を受けているというから驚き

イタリアのヴェネツィア生まれのヴィヴァルディは
”在俗司祭となった9月
1346年設立という由緒あるピエタ慈善院付属音楽院
ヴァイオリンの教師として教鞭を執り始めた
キリスト教会が行う慈善事業の一環として
捨て子の養育を目的に建てられた慈善院は
才能のある子に対して音楽教育も盛んであった”

自立して生きて行けるようにヴァイオリンを習得させたという








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# by caramel24carat | 2018-10-27 10:45 | ドラマ

スペイン、パンプローナという街とヤマグチ公園とヘミングウェイとチゴイネルワイゼン



今日も秋晴れの穏やかないい日~☀



散歩で見つけたコスモス
山小屋風の小屋の前庭に咲いてて
とても可愛かった


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たわわになったミカンの木もあって
季節の移ろいを感じます

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ちょっと気晴らしに行った
ガーデンセンターでは

ロシアンオリーブ

という木がありびっくり

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本来のオリーブの木ではなく
グミの仲間で葉っぱが
オリーブのシルバーグリーンに似ているからだという

特にロシア原産の樹木というわけではなく
中央アジアの乾燥地帯に産するグミ科の樹木らしい

まあ、しかし

「ロシアン」と言えば
「ルーレット」とか「マフィア」を連想するじゃありませんか

紛らわしいわ。。

ところでタイトルについてですが

前回
スペインにフランシスコ・ザビエルの生家
ハピエル城があると知りましたが
その城は
かつての
ナバラ王国の州都パンプローナの近郊にあるという

パンプローナは
フランスとスペインの国境に位置しているナバラ州の州都である

以前のマイブログの記事にも書いた
トゥールーズポーからさらに西へ国境を越えたところ



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ポー市は

フランス国王アンリ4世の生誕の地でした
母親が
ナバラ王国の女王ジャンヌ・ダルブレだった

ということは
当時
スペインのパンプローナはナバラ王国領だったわけで

フランシスコ・ザビエルの来日時の
1549年は

アンリ4世の祖父エンリケ2世がナバラ国王だったのかな
(在位1517年~1555年)


ポー市には
意外でしたが
山梨の甲府庭園があり驚きました!

また
フランスのトゥールーズには
フランス国王ルイ13世が立ち寄ったという
ラングドックのヴェルサイユ宮殿がある



ポーやトゥールーズをさらに西に進んだところにある
パンプローナですが

地図を見ていてびっく!
ヤマグチ公園がありました

ヤマグチは山口県のやまぐちのことで
フランシスコ・ザビエルが布教のため訪れたことから
山口市と姉妹都市になっているらしい
公園には日本風庭園もあり
面積は約80,000㎡もある広大なもの

最近ますます安倍首相がフランシスコ・ザビエルの
ソックリさんに見えてま~す

パンプローナの都市名の由来
かつてローマの将軍ポンペイウスが侵攻してきた時の
駐留軍の置かれたところだったという古い歴史があるといいう
(ポンペイウスはシーザーの娘ユリアと4度目の結婚をしている)

サラサーテの≪チゴイネルワイゼン≫は
クラシック音痴ですが
もっとも好きな曲です♪

素晴らしい!
五嶋 龍 チゴイネルワイゼン



サラサーテはパンプローナが出身地という

また
歴史ある街パンプローナには
あの文豪ヘミングウェイが滞在し執筆した
『日はまた昇る』
の舞台となったところらしい
因みに
1924年に訪れた
ヘミングウェイの定宿は
ホテル・ラベルナ(217号室)

また
ヘミングウェイが通い執筆したという
カフェ・イルーニャ(café Iruña)も
豪華絢爛で素敵です



「 Iruña」はパンブローナの別名のバスク語名で
先住民のバスク人が呼んでいた町名


ヴェルサイユ宮殿の金箔は
ひょっとしたら日本からのモノだったのかもしれない

パンプローナ行ってみたいです

🛫












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# by caramel24carat | 2018-10-25 11:45 | 街と風景

F・ザビエルの生家ハピエル城と伊勢志摩スペイン村とレストランTOYO



うす曇りの秋の日~☁



名まえが素敵な秋映というリンゴです
(お花もないのでテーブルにあったものを)

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この秋映というリンゴ
お味の方はイマイチだったので
数日前から1こそのまま転がっています


ところで

前回

ケンゾー氏のことなどについて書いてました時

専属の料理人のこと知りました

その方はその後独立されて
パリにお店を開いているそうです

そして
今年の春
東京の日比谷にも支店を出されたようです

最近(2018.3.29)オープンした
35階建ての東京日比谷ミッドタウンの
3階に入っている≪レストランTOYO≫というお店らしいです

お店の入口 HPよりお借りしました

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正面に見えるご本人の肖像画が印象的です

手元には伊勢海老が!
わっ~海老大好きです

ちなみに
≪レストランTOYO≫の「TOYO」はお名前の「豊〇」かららしい
うっかり東洋かなと思いました

賢三氏の専属料理人になられる前は
パリの日本料理店≪伊勢≫でも修行されていたらしい

それで伊勢海老とのツーショット的な肖像画なのかしら?

🍴


東京は次々と新しいビルが建ち
様々なお店が並びワクワクするでしょうね

ところで

ケンゾー氏のパートナーであった
正真正銘の貴族グザビエ・ド・カステロ氏は
「お城のグザビエさん」ですが

あの日本にキリスト教を伝道しにやって来た
フランシスコ・ザビエルと関係があるのかしら?

スペインには
フランシスコ・ザビエルの生家であった
サビエル城がある

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サビエル城のWikiより抜粋

カスティーリャの南ナバーラ征服英語版前の15世紀には、ハビエル城はバスタン谷出身の貴族アスピルクエタ家の所有物だった[3]。アスピルクエタ家には男子がいなかったため、マリア・デ・アスピルクエタはナバーラ王国の枢密院議長などを務めたフランシス・シャビエル家のフアン・デ・ハッスと結婚して城を持参し、ハビエル城はフアン・デ・ハッスの所有物となった。1506年にはフアンとマリアの6番目の子として、ハビエル城でフランシスコ・ザビエルが生まれた”

ああ
スペインのサビエル城行ってみたいです~

ところが
驚きなんですが

今回知ったのですが

伊勢の志摩スペイン村にそっくりの
サビエル城
があったのですね!

実物大そっくりのハビエル城!

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ハビエル城博物館は
いろいろ展示されていて
現地へ行かなくても楽しめそうです!

それにしても本物そっくりのものを造ってしまうなんて
ほんとすごいですね

http://www.parque-net.com/parque_espana/monument/index.html

@リンクした志摩スペイン村のハビエル城が
PCとiPadで違うのはなぜ?

伊勢神宮へは行ったことありますが

こういうレジャーランド的な観光地は
おひとりさまってどうなのかしら。。


















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# by caramel24carat | 2018-10-23 11:21 | 建物・アート

ケンゾーと映画プロデューサーGene・Gutowskiとアドナン・カショギ


真っ青な快晴です~☀


最高のお出かけ日和でしょうか

昨夜はお月さまが冴え冴えと輝いてました

2018.10.20

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あれっ?

一昨日月のそばに見えた光る星が離れて右に移動している?

2018.10.19

ボケボケですが
左下に一際輝く星が見えました☆

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夜空に輝く光る星というと金星かしらと思いましたが
調べてみますと
たぶん
10月18日に月と大接近した火星らしい
火星とは!

ところで

前回
サウジのカショギ家について書いてました

何を思ったか
「ケンゾー」+「カショギ」でググっていました

いえね、前々から何故かケンゾー氏について
なんとなく気にかかっていたのですよ

以前のマイブログ記事

淡路島とかタヒチとか
パレ・ロワイヤルそばのギャラリー・ヴィヴィエンヌとか
マドレーヌ寺院そばとか様々な勲章とか。。

でググってみて驚いたのが

アドナン・カショギが
若かりし時のケンゾーのデザインに感銘し
600㎡の住まいを与えたという

驚きの記事に

ヒットしたのです

レジオン・ドヌール勲章授賞の高田賢三氏
パレ・ロワイヤル仏憲法評議会にて
2016.6.17
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レジオン・ドヌール勲章は1802年に
ナポレオンが創設したものとか

カショギ・マネーでケンゾーのファッションハウスを購入の
この記事にはさすがに驚きましたが
(賢三氏は引越しを20回ほどしているが)

バスティーユの豪邸(ひょっとしてたら)は
そういうワケもあったのかしらと半ば納得でした

賢三氏のパートナーのグザヴィエ・ド・カステラ氏は
ルイ14世の時に伯爵を授かった貴族の末裔という
これまたビックリ仰天ですが

伯爵グザヴィエ・ド・カステラ(Xavier・de・Castella)
訳せば「お城のザビエル」

ケンゾー氏は大変な方をパートナーに選ばれたのですね!



と言うか賢三氏も
パレ・ロワイヤル関係の由緒正しい血統なのかもしれない

ルイ14世と言えば
ベルサイユ宮殿の天井画に鶴丸紋の鎧兜の絵がありましたが。。



その渡仏した賢三を支援しブランド立ち上げをプロデュースした人物に
ジーン・ゴトウスキがいたという

ウクライナ生まれのユダヤ人の
映画プロデューサー
ジーン・ゴトウスキ
(Gene・Gutowski)


Pressreaderの記事によれば
サウジの兵器商人アドナン・カショギのビジネス・アドバイザー―を務めた、とある
また
ケンゾーのファッションハウスを
カショギ・マネーで買ったともある
さらに
ケンゾーブランドを
インターナショナルなものにするため貢献したという
https://www.pressreader.com/uk/the-herald/20160601/282600262133372

その他の情報によれば

フランスにもたくさん住まいを持っていた
アドナン・カショギは
パリで若いころの高田賢三に出会い
彼のデザインを気に入り
彼が瞑想できるようにと
パリに600㎡の住まいを与えた、とありましたしたが

1989年から20年過ごした
バスティーユの数寄屋造り風の豪邸は
グザヴィエ氏も亡くなり売却されている

前に
京都への旅で
安倍晴明神社の桃のオブジェから
淡路島の
桃印のマッチ工場のこと知り
さらには
淡路島には
鉄砲や砲弾のオブジェの慰霊碑がいくつかあると知り
驚きました

そんなこんなの
妄想の広がるのどかな日曜日です~

🌞











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# by caramel24carat | 2018-10-21 11:41 | ニュース・レキシ