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Caramel 24 Carat

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ミケランジェロの2体の彫像 「奴隷」





シャンティイ城入り口門の両脇に立つ彫像は、ミケランジェロ作の「奴隷」2体でした




どこかで見たと、ぼんやり引っ掛かっていたのですが、うっかりしてましたーー

ルーブルにある、イタリア、ルネッサンス期の傑作、ミケランジェロ作の「反抗する奴隷」、と「瀕死の奴隷」の2体でした(門にあるのはコピーかな?)

@向かって右側の「反抗する奴隷」
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@向かって左側の「瀕死の奴隷」
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この2体の作品の所有者の経緯については、最初、ローマ教皇ユリウス2世の墓廟のために、1505年に、ミケランジェロに依頼されたが、彼が忙しくて、ユリウス2世(在位1503年~1513年)の在位中には完成されず、その後、1547年に、一旦は設置されたが、墓廟の縮小のため外された後、ミケランジェロの友人であるフィレンツェの銀行家ロベルト・ストロッツィの所有となり、さらにストロッツィは、フランス国王アンリ2世に贈呈する。アンリ2世は、モンモランシー司令官(シャンティイ城主・広場の騎馬像の方)にこれを与え、その後、1632年にリシュリュー枢機卿の所有物となり、ポワトーの城に飾られる。
1749年にリシュリュー家のパリの邸宅に移され、1792年にパリ国立美術館に収められ、1794年にルーヴルに収まる。

@ということは、一時期は、シャンティイ城に飾られていたのかしら。。


以下参考、ルーブルサイトより引用

12《囚人》


イタリア以外で所蔵されているミケランジェロの作品は非常に稀ですが、ルーヴル美術館は、フィレンツェのロベルト・ストロッツィからフランス国王に贈呈されたこの二つの堂々たる彫像を所蔵しています。ロベルト・ストロッツィ自身は、この二つの彫像をミケランジェロから自ら受け取ったのです。この二つの彫像は、フィレンツェのアカデミア美術館に所蔵されている他の彫像とともに、教皇ユリウス二世の墓を飾るために制作された一連の彫刻の一部です。元々巨大であったこの構想は、幾度か変更され、最後にはきわめて縮小された規模のものになってしまいました。この作品は、敗者の受難の象徴、身体に鎖でつながれた魂の象徴、あるいは教皇の権威に従う国家の象徴と、様々な読み方が可能です。また、ここでは、芸術の重要な庇護者(ユリウス二世は、システィーナ礼拝堂の装飾事業の出資者でした)の歿後に自由を奪われた諸芸術という読み方も可能でしょう。というのも、瀕死あるいは眠っているように見える奴隷の足元に猿がいるからです。猿は、猿が人間をまねるようなやり方で、現実を模倣する絵画を表わしている寓意なのです。
これらの作品は、彫刻の鑿(のみ)の跡を多数とどめていることから、未完成であったことが分かります。他の彫刻家とは逆に、ミケランジェロは、概して型なしに塊を正面から背面に向かって彫り進めました。反抗した奴隷の手が、大理石にいまだ囚われているように見える様に着目して下さい。直接石材に彫り込む素晴らしい芸術家だけが、あえてこうした大胆なやり方ができるのです。自身の制作を誇示するルネサンスの芸術家ミケランジェロは、いつ鑿を止めるかを自身で選ぶ、創造者の自由をここで要請しているのです。
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by caramel24carat | 2012-07-16 17:15 | 建物・アート
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