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Caramel 24 Carat

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白いサテンのドレスのマリー・アントワネット






ウィーン美術史美術館のフランス絵画の部屋にて



@ウィーンの旅の記録、まだまだ続けちゃおう


豪華な建物の天井や壁面に描かれたクリムトの絵画をサーっと観ながら展示室へ向かいました。
のんびりお茶してましたから、その日は午後6時で閉館。木曜なら午後9時までなのですが。

↓の写真では、黒い大理石柱の柱頭飾りと天井の間に女性等が描かれています(見えにくいかも)

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フランス絵画の展示室へ入ると、マリー・アントワネットとルイ16世の大きな絵が並んで飾られている
フランスの部屋の壁は紫


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ゆったりとソファに座って鑑賞している方と比較しますと、とても大きい絵だと分かります。

ちょっと絵に近づいてみます。
なんちゃって撮影は記録用なの?でボケてますので、
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wikiに精細な画像がありましたので引用

「白いサテンのパニエ入りのドレスに身を包むマリー・アントワネット」1778年.ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン製作

まあ、フランス人形みたい!少女の憧れファッションナンバー1かも知れないですね
ひょっとしたら、当時のフランス宮廷ファッションが、つまりマリー・アントワネットのドレスが、現代のウェディング・ドレスの原型かも知れませんね。ちょっと豪華過ぎますが、このままウェディングドレスとしても全然違和感ありませんです~
高く結いあげた髪にダチョウの羽根飾りのついた帽子をかぶり、右手に薔薇を一輪持っている。白いサテンの大きなリボンや襞には金糸で縁飾りが付けられ、スカートはパニエが入り横に広がっている。右上には夫であるルイ16世の胸像が台に据えられている。
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フランス、ルイ16世の王妃マリー・アントワネット(仏:Marie Antoinett 1755年11月2日 - 1793年10月16日)。
この絵が描かれた1778年はようやく長女マリー・テレーズが生まれた年である。まだ若くて美しい盛りの23才。ルイ15世が1774年に亡くなり、その寵妃デュ・バリュー夫人も失墜してから4年後になる。ヴェルサイユ宮殿に呼ばれて絵を描いたルイーズ・ヴィジェ・ルブランは「お妃さまにあったことのない人に、優雅さと高貴さが完璧な調和をなしているその美しさを伝えることは、むずかしい」と言ってます。そして、大変思いやりがあり、親切で優しかったとも言っているそうなのです。


@現代になって分かったことは、王妃の衣装代で国が滅ぶはずもなく、無邪気で無防備だったハプスブルク家の皇女であったアントワネットは、嫁ぎ先のフランス宮廷内の権力闘争や陰の大きな政治勢力による陰謀に巻き込まれたスケープゴートだったというのは明らかなようです。ルイ15世時代からの財政赤字に加え、アメリカ独立への援助、特権階級の税の滞納等々が膨らんでいた最後の絶対王政の崖っぷちに、ちょうど運命のごとく、マリー・アントワネットが着飾って立っていたような状況だったのかも知れません。。


ルイーズ・ヴィジェ・ルブランは、、ヴェルサイユ宮殿に呼ばれてこのマリー・アントワネットの肖像画「白いサテンのパニエ入りドレスに身を包むマリー・アントワネット」をオーストリア宮廷に贈るため描きましたが、この他に、細部が異なる肖像画を5点製作している。全部で6点ということらしい。



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1枚は、母国オーストリアの宮廷へ贈られる。
もう1枚は、ロシアのエカテリーナへ贈られる。(所在不明)
さらに1枚は、フランス政府の好意のしるしとして、アメリカ議会に贈られる(1814年に焼失)
さらに2枚は、ヴェルサイユ宮殿に所蔵される。(1点は首の向きが反対)
あとは不明。らしい。
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by caramel24carat | 2013-04-11 16:41 | 建物・アート
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