映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』とカショギついてなど
@暑さも和らぎ微風が心地よくいいお天気です~☼
モスクワからの帰りのJALのフライトで、是非観たいと思っていました
映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』を観ました。
華やかなシンデレラストーリーを語る上で一番に思い浮かぶグレース・ケリーですが、
元ハリウッド女優でモナコ公国レーニエ公と結婚し
モナコ公妃となったグレース・ケリーの公妃としての葛藤の日々と、
美しいファッションも楽しめる映画でした~。
時のフランス大統領シャルル・ド・ゴールが、モナコを併合しようとしていたと知りビックリしましたが、
国庫が空っぽのモナコは“もうダメだ”とレーニエ公も諦めようとした時、グレースは赤十字のパーティーを開きます。招待されたド・ゴールはグレースのスピーチを聴きモナコ併合を断念しグレースが危機を救った!
というようなお話でした。
ビールをいただき疲れもあってウトウトしながら観ていたのですが、
ストーリーそのものよりも、グレース・ケリー役の主演二コール・キッドマンのファッションショーのような印象を受けました。アルコールも入り疲れもあって朦朧としていましたが、けっこう楽しめました~。
グレース・ケリーと言えばパパラッチから膨らんだお腹を隠した大き目のバッグ、名付けてケリー・バッグが有名ですが、パパラッチと言えばダイアナ妃も追っかけられぱなしでした。。
グレース・ケリーも交通事故で亡くなられていますが。。
ちょっと話は映画から逸れるのですが、ダイアナ妃の死も謎だらけでした。。
風光明媚なリゾート地ニースとモナコの間に、ボーリュー=シュル=メール (Beaulieu-sur-Mer)というところがあるそうですが、そこに、カショギという人物の別荘があったそうです。アドナン・カショギと言う人物は、悪名高い武器商人なんだそうです。
ダイアナ妃といっしょに亡くなったドディ・アルファイドの母親サミラ・カショギは、そのアドナン・カショギの妹だったという。
ドディ・アルファイドは、イギリスのデパート『ハロッズ』、フラムFCそしてホテル・リッツ・パリの所有者であるエジプトの億万長者モハメド・アルファイドの息子だというのはよく知られた話ですが、その武器商人のカショギの甥だったと知りビックリしました!イラン・コントラ事件がおきたレーガン政権時、アメリカのイランとコントラの双方の交渉窓口は当時副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュだったが、ブッシュ一族とも関係が深いカショギの甥だというので、マスコミが、そのイラン・コントラ事件等にドディ・アルファイドもカショギを手伝って武器・資金を供給していた真相を暴くためドディ・アルファイドを執拗にパパラッチしていたそうです。カショギ及びブッシュ一族関係者は、その真相を伏せるためにダイアナ妃といっしょに乗ってたドディ・アルファイドを死に追いヤったらしい!?と偶然今回知ったのですが。。
@それにしても中東での戦争が絶えません。戦争の裏で武器供給している死の商人たちがいた、いる、ことは事実でしょうか。。
FASHION PRESS より引用
【ストーリー】
世紀の結婚式から6年経った1962年、グレース・ケリーは、いまだにモナコ宮殿のしきたりに馴染めずにいた。社交の場で女性が政治に意見するのは「アメリカ流」だと皮肉られ、夫のレーニエからも公の場では美しいだけの人形でいることを望まれる。失意のグレースがヒッチコックからのハリウッド復帰の誘いに心を動かされたとき、レーニエは過去最大の危機に直面する。フランスのシャルル・ド・ゴール大統領が過酷な課税をモナコに強要、承諾しなければ「モナコをフランス領にする」という声明を出したのだ。
窮地のなかグレースは、自分にしかできない秘策を考え出す。外交儀礼の特訓を受けて、完璧な公妃の“役作り”に励み、ド・ゴールを含む各国の指導者を招いたパーティという“舞台”を用意。果たしてグレースが自ら書いた“脚本”のクライマックスとなる、運命を握るスピーチとは?
日本では、2014年10月18日(土)よりロードショウ
綺麗なカルチェのジュエリーを付けていたんですね
http://www.fashion-press.net/news/6834