新緑が眩しい~☼
日ごとに花の数がふえてるスズラン
@ところで、逞しい「脚」で思い出したのですが
ロシアのサンクトペテルブルグへ行った時
ネヴァ川に架かった橋を眺めたことがありました
2014.8
とても立派な橋だけれど
残念ながら投げやりなアングルだわ
なんと、今、調べてみると国際コンペが開かれていた
1892年、この橋の国際コンペが開かれエッフェルも参加していたようです
(エッフェルといえば、フランスのディジョンでした)
16社の中から、フランスのバティニョール社の設計が
美しさと経済性で採用された、らしい
以下ロシアNOWの記事より引用
”1903年、5月29日(ユリウス暦16日)、サンクトペテルブルクのネヴァ川のトロイツキー橋が完成し、皇帝ニコライ2世臨席のもとで開通式が行われた。
マルスの広場とトロイツキー広場を結ぶトロイツキー(三位一体)橋は、完成当時、サンクト市内最長の582メートルを誇り、ネヴァ川3本目の常設の橋であった。1965年以降は、全長907・5メートルのアレクサンドル・ネフスキー橋が最長となった。
ちなみに、最初の常設の橋は、1850年に完成したブラゴヴェシチェンスキー橋だ。
国際コンペ
トロイツキー橋の建設決定は1891年のことで、翌1892年に国際コンペが開かれ、16のプロジェクトが参加。フランスのエッフェル社も加わった。
結局、1897年に採用されたのは、フランスのバティニョール社の設計提案だ。理由は、その美しさと経済性である。その設計の独自の構造をロシアで使用する権利を有していたのは同社だけだったので、それが決め手になった。
政治ショー
起工式は1897年8月に行われ、露仏同盟成立(1891年)以来の両国の接近を背景に、両国の“友情”をアピールする政治ショーとなった。セレモニーには、ニコライ2世と仏大統領フェリックス・フォーレが出席した。
1903年5月29日、トロイツキー橋は完成した。セレモニーは、サンクトペテルブルク建都(建設開始)200周年に合わせて行われた。橋の主要部は、6径間の鋼アーチからなっており、南側の1径間が跳ね上げ式になっている。
相次ぐ改名
ネヴァ川の橋はぜんぶ可動橋で、夜間には跳ね上げられて、陸上交通は遮断され、船舶が多数航行する。
トロイツキー橋は、ロシア革命後は「平等橋」、1934年のセルゲイ・キーロフ暗殺後は「キーロフ橋」と改名されたが、1991年に元の名に戻った
”
110年ほども経っても堂々としてるトロイツキー橋ですが
ヨーロッパの街々で感嘆するのは、建築とか土木技術の
スケールの大きさに、ほんとうに驚く
@「MOCT=モースト」ってロシア語で「橋」のことなのね
(モスクワで、クズネツキーモストってありました)
ロシア語で書かれたトロイツキー橋
(Troitskiy Most/Троицкий мост)
ペトロパブロフスキイ要塞のある島側から橋を渡ると
マルスの丘や大理石宮殿へと行けましたが
別の日にマルスの広場や大理石宮殿へ行った
(ブログには全然その辺のこと書けてなかった)
2014.8
この時は、トロイツキー橋を渡らず
サンクトペテルブルグでも初めて地下鉄に乗って
街の中心まで戻った思い出がある
しかし、地下鉄のスピードが尋常じゃない速さで
車体がレールから浮いてるんじゃないかと思うくらい
すっ飛ばしていて、すごくコワかったわ!