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Caramel 24 Carat

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カテゴリ:歴史・人物( 92 )

アルマーニ制服と≪シャネルとストラビンスキー≫



今日は昨日の雨も上がり気温も上昇~☀



暦の上では2月11日(日曜日)は建国記念の日
日本神話に登場する初代神武天皇が即位した日
紀元前660年1月1 (旧暦)に由来するらしい

1873年の明治6年2月11日、日本国の建国の日として
紀元節」と定められ祭日となり翌年から適用された、という
(途中廃止されている)

ところで明治期に創立された
銀座の歴史ある公立泰明小学校(1878年創立)で
先日、アルマーニの制服導入でニュースになってました

そう言えば
以前に銀座、数寄屋橋にオープンした
東急プラザへ行ったとき

下校中なのかランドセル背負った可愛い小学生3人組が楽し気に
話しながら歩いていたこと思い出しました


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2016,10 銀座、東急プラザ前にて


先日のニュースで話題になった
泰明小学校に通う生徒さんだったのでしょうか

つい可愛いものだから3人組の前からも撮ったのですが
(顰蹙ものかしら)
今春からはアルマーニの制服に変わるのですね!
(在校生はどうなのかしら?
親としては思い出にアルマーニ着せてみたい気もしますね)

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ちょうどこの子たちと出会った場所は
東急プラザに入っているアルマーニのお店の前だったんです

ビルへ入るエスカレーターのすぐ側に
アルマーニのお店がありました


泰明小学校は東急プラザのすぐお隣なんですね
ということは
ひょっとして町内会では顔なじみの
ご近所さんのお付き合いも考えられるのかしら?

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とまあ、都会はいいな~と
ヒマなワタシは妄想三昧ですが

その時の記事はこちら

初期投資云々より制服があったほうが
親子共々、6年間は楽ですよね

アルマーニといえば
ドバイの超高層タワービル、ブルジュ・ハリファに
アルマーニ・ホテルが入ってますね

ここ一度行ってみたいところ(言うだけです)

このブルジュ・ハリファの建設は
SOMとベルギーの会社と韓国のサムスン建設が
請け負っていました

そうだわ~数寄屋橋の東急プラザには
韓国(LOTTE)の広いDFSがあってビックリしました

過去記事を思い出しました




以前観た
トム・クルーズ主演の映画MI≪ゴースト・プロトコル≫で
このタワーの窓からトム・クルーズがダイブするシーンに仰天しました!


つい話は逸れてしまいましたが

泰明小学校が制服をアルマーニに決定する前には
エルメスやシャネルも候補にあがっていたらしい



ところで本題の
タイトルのココ・シャネルとストラビンスキーですが

なんと

前回の記事の
マチスの≪ダンス≫とストラビンスキーの≪春の祭典≫のこと
書いてて偶然知ったのですが


ストラビンスキーはロシア革命(1917)後
一家共々パリに逃れて

当時成功していたシャネルが援助を申し出て
シャネルの別荘に共々滞在していたことがあったらしい


1910年≪春の祭典≫完成後の
1913年に
パリのシャンゼリゼ劇場で
ストラビンスキーの≪春の祭典≫が初演されたらしい


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その時に
シャネルが観ていて感動したという

シャネルにソックリのアナ・ムグラリス 映画より
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しかし


評価は散々で前衛的過ぎて
ゾっとするような舞台に観客は酷評をしたというが
(ワタシもYouTubeで映像観ましたがゾッとしました)

当然ロシアといえばチャイコフスキーの≪白鳥の湖≫ような
美しい調べと優雅なバレエを期待していた観客たちにとっては
予想もしない”野蛮なダンス”に度肝を抜かれたに違いない


実際
不気味な死霊のダンスとプリミティブなリズムだけの音楽だった
ストラビンスキーは先を行き過ぎていた
シャネルだってウエストを絞った窮屈なドレスから
男物のニット地で寸胴の洋服を作って解放した

今ではごく当たり前で評価が高いけれど。。

先駆者はいつも異端として見られるのは時代の変遷が証明している



1920年
ロシア革命後に亡命してきたストラビンスキーとパリで出会って
家族共々、別荘に住まわせ経済援助を申し出た
ということですが

シャネルは
ウェストミンスター公爵ともお付き合いがありましたよね

そしてスパイでもあったという情報もありました



そんな男勝りの逞しいシャネルと
前衛的過ぎるストラビンスキーとの交流は
シャネルにとっても創作活動上
必要な切磋琢磨的な存在だったのかも知れない




今回知りましたが
驚くことに
映画があったのですね!

2009年 ≪シャネル&ストラヴィンスキー≫

ちょっと観てみたい

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シャネルのミューズ(イメージモデル)アナ・ムグラリス
≪007/カジノ・ロワイヤル≫で出てました
ル・シッフル役だったマッツ・ミケルセン



なんだか大人の映画に仕上がってますね

💓


今日は思いつくままつい長くなってしまいました











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by caramel24carat | 2018-02-11 11:55 | 歴史・人物

ホットケーキと松方と新井米男とNY山一




今日は気温も高めでだんだんと晴れてきました~


暦の上では節分
豆まきをしたいと思います

パラッ
パラ
パラッ


まあるいお月さま見てましたら
ホットケーキが食べたくなり
今朝は珍しく焼きました



ホットケーキミックスの粉「極もち・ゆめちから」というのを使用

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ワタシでも簡単に焼けるんですね





NY、ドカーンと下落しましたね!

ー665.75 ≒ 666

メモ
NYダウ 25,520.96-665.75 $110.09 € 137.17





ところで

ちょっと前に
山一のことチラッとつぶやいたのですが

話は飛びますが

以前のマイブログ記事で

松方正義の息子松方正熊と結婚したのが
ニューヨークで生まれた
新井米男の娘美代だった、というようなこと知りました

松方正義は明治期の鹿児島出身の方で
内閣総理大臣や大蔵大臣を務め日本銀行を設立した中心人物でした

その息子松方正熊が
ニューヨークで生まれた新井米男の娘
美代と結婚し生まれたのが
娘松方ハル子で
ライシャワーと結婚している

その流れで

ニューヨーク生まれでハーバード卒の
新井米男が
ニューヨーク山一證券会社取締役会長に就任していたことを知り

つい先日、思い出したのでした

新井米男についての過去記事



ニューヨーク山一證券会社取締役会長だった
新井米男
アメリカ東海岸で初めて生まれた日本人でした

ジャパン・ソサエティの副会長も務めている

また日銀総裁の松方正義の息子松方正熊と結婚した
美代もアメリカ東海岸生まれの帰国子女第一号でした




そんなこと思い出したものですから

ひょっとしてこれは
山一はニューヨークからの
乗っ取りじゃないかと連想したわけなのですが

日本の山一が自主廃業したのが
1997年11月24日(勤労感謝の日の翌日)

路頭に迷った
元山一の社員をゴソッと吸収したのが
その数か月後
1998年2月26日に設立された
日本メリルリンチだったようです

そんなこんなで
日本の金融資産は
1998年ごろからあの手この手で
ごっそり巧妙な手口で海外へ盗られているのでしょうか

コインとかハレノヒとかあとを絶ちません~





あずき(缶詰め)を挟んだドラ焼き風
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どうも引っかかりますのが
もう一つの記事
1997年~1998年の時期なもんで
ひょっとして関連があるんじゃないかと
あらぬ妄想全開デス






















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by caramel24carat | 2018-02-03 12:33 | 歴史・人物

地球の自転速度と名門アンリ4世高校とラ・サールとヌーベル・フランス



昨夜のお月さまは皆既月食でした~☽

スーパーブルーブラッドムーン

一番大きく見え(接近)しかも1ヵ月2回目の満月(ブルー)で
皆既月食(ブラッド)のことを言うらしい


そんな稀な天体ショーが夜空に見えるというので
寒空の中眺めました~
いや~寒かったです

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出たり入ったりしてましたが
寒いものだから途中で家の中入りましたわ


かなり速く影っていくのですね!


月食の始まる前のキレイなスーパームーン

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ちょっと地球の自転速度を調べてみますと
時速1700㎞(赤道で4万km/24)くらいで
東京の緯度だと時速1400㎞弱らしいので
ということは秒速380㎞位
なんと
一秒で380m
も吹っ飛んでいくのですね!

F1ジェット戦闘機は1700km/hということなので
われわれ地球人は
ジェット機に乗っているようなものなんでしょうか!

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かつて
ガリレオ・ガリレイは「それでも地球は周っている!」
ガリレオ・ガリレイGalileo Galilei)
ユリウス暦1564年2月15日 - グレゴリオ暦1642年1月8日
といって軟禁された時代というのも
ほんとコワいです

パリのパンテオンに地球の自転を証明する実験をした
フーコーの振り子があると有名ですが


フーコーさまエライ!
簡単な装置で実験して証明したなんてコスパの点からも凄い!


パンテオンの大ドームから
全長67mのワイヤーで28kgのおもりを吊るしたものであった



2012.7 パリ パンテオン前にて


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このパンテオンのすぐそばに

超名門アンリ4世高校がある、らしい
アンリ4世高校(リセ・アンリ=キャトル、Lycée Henri-Ⅳ)

アンリ4世(Henri IV、1553年12月13日 - 1610年5月14日)

まあ、日本でいうなら「徳川家康高校」みたいなものかしら

アンリ4世とはブルボン朝の第一代目の王さまですが
そんなに偉大だったのか!?

その二代目ルイ13世も
コニャックにその名を冠される王さまで
そのお値段
1000万と驚きましたが

今日のニュースで読みましたが
香港の富豪がサザビーズで
ウィスキー50年もの≪山崎≫を

3250万円で落札した、という



これまた仰天ですが
≪ルイ13世≫が安く思えるから可笑しい

お酒を飲むためというより
アートのような感覚で
富豪たちは投資先を探っているのでしょうか

つい
話は逸れてしまいましたが

400年前の王様の名前の高校が存在、するとは
さすが歴史あるフランス大国何かが違う


昨年大統領となった
現大統領エマニュエル・マクロン氏は
この超名門アンリ4世高校の出身

そのころ現夫人の高校の先生と交際中であったため
転校したらしい

ブリジットさんは24歳年上と知り
仰天しましたよね



その後はパリ10大学、パリ政治学院(シアンスポ)
国立行政学院(ENA)という
フランスにおける官吏養成のエリートコースを卒業し
史上最年少でフランス大統領となったのですね!

ところで

名門高校と言えば
鹿児島にラ・サール高校ってあるそうですが

前々からラ・サールって?
とちょっと気になっていたので
調べてみますと

フランシスコ・ザビエルの来日400周年記念に
1950年設立された

カトリックの男子校だ

世界で1,300校余りの学校を経営するラ・サール修道会が開校
ジャン=バティスト・ド・ラ・サール
から名まえをとったのですね

そうだったの


ラ・サールといえば
アメリカ、カナダの五大湖周辺や
ミシシッピ川、メキシコ湾を探検した
ロベール=ガブリエ・ド・ラ・サールがいました


いわゆるヌーベル・フランスとよばれた
フランスの植民地は当初広大だったのですね!






ラ・サールはノルマンデー生まれの元イエズス会のメンバーだったが
脱会し探検家として
アメリカ新大陸へ渡ったようです

”ネイティブアメリカンのイロコイ
彼にミシシッピ川につながるオハイオ川と呼ばれる大きな川を教えた”

とWikiにあり

ミシシッピやオハイオは元フランス領だったのですね!


今日はやっとというかもう2月1日~

















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by caramel24carat | 2018-02-01 14:01 | 歴史・人物

天才ジョン・ローとミシシッピ会社と南海泡沫事件と山一




今日は青空のもと陽射しが温かく感じられました~☀




見上げた青空にジェット機が~

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ところで


フランスのブルボン王朝で財務総監までなり
フランス銀行で兌換紙幣を発行した
財政家でスコットランド出身の
金細工師&銀行家の家で生まれ育った


天才ジョン・ロー

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ジョン・ロー: John Law de Lauriston,)
1671年4月21日 - 1729年5月21日)は
どんな人物でどんなことをやったか
非常に面白いです




残念ながら
簡単にご説明できるほど知識がありません

しかし
大傑作なサイトを見つけましたので
リンクさせていただきました
(失礼ながらちょっとイラストが肝畏のですが)

ジョン・ローのつくったミシシッピ会社


ニュートンも嵌ってしまったあの南海泡沫事件




ところで
話が飛びますが
山一というのは
借金を肩代わりさせられて
つぶれてしまったのでしょうか?












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by caramel24carat | 2018-01-30 18:23 | 歴史・人物

蔵王のトニーザイラーとオランダ王室由来のオランジュ(オラニエ公)と古代ローマ劇場



今日は風があるものの晴れ渡って気持ちがいい~☀



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スキー場のゲレンデといえば

むかし小さいころ

蔵王のゲレンデで滑る
ハプスブルク家の末裔の鰐淵春子とトニー・ザイラーが
有名でしたこと思い出しましたわ

そもそも山形の蔵王という地名は
どうして蔵王なのでしょうか?

YouTubeでトニー・ザイラーーの
「銀嶺の王者」の滑りがあって観ましたが
銀世界を滑るってとても気持ちがイイでしょうね!




(当時見たわけではないです)

ところで


オラニエ=ナッサウ家のオランダ総督ウィリアム3世は
チャールズ1世とヘンリエッタ・マリア・ド・フランスの
王女メアリー・ヘンリエッタ・ステュアートの
一人息子としてハーグに生まれましたが
オランダ総督であった父親オラニエ公2世
ウィリアム3世の誕生の8日前に亡くなったため
オラニエ=ナッサウ家を継ぐ
しかし
生まれて間もなかったため
母と祖母アマーリエと叔母ルイーゼの夫である
ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルム
後見人となった


ちょっと歴史を勉強しました
この辺のとこよく分からないのでした

👑

よく聞きます
オランダ王室の血統である
オラニエ=ナッサウ家とは?

なんと

オラニエとは古いオランダ語でオレンジ(Orange)のことでした

(オランダ王室の王太子にはオラニエ公と付くらしい)

古いオランダ語でオラニエ(Oranje [oːˈrɑɲə])と読む

オランジュ(フランス語)は
南仏のプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
ヴォクリューズ県にある市の名前かららしい
アヴィニョンの北方21キロに位置する

南仏にあるオランジュ市の紋章
まさにオレンジがモチーフ

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歴史ある古い街で
素晴らしいローマ劇場や凱旋門の遺跡があるのですね

Wikiより

すごいですね!

今も遺っているのが不思議ですね

”古代にはケルト人の居住地でアラウシオ(Arausio)と呼ばれていた。
アラウシオの戦いなどの後にローマ帝国に支配され、この時代の遺跡も残る。
12世紀には神聖ローマ帝国の封土として小規模な公国となり、
16世紀に婚姻関係によって、
元来ドイツネーデルラント貴族であったナッサウ家の一族に相続された。”



🍷




しかし天災はいつ起こるかわからないし怖いですね



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by caramel24carat | 2018-01-24 16:11 | 歴史・人物

パステルという植物とヘンリエッタ・マリアの青いドレスとフェルメール絵画




昨日の大寒は晴れて暖かかったですが今日は冷え込みます~☁


しかしながら
日に日に春に向かっていると思うと
嬉しいですね



前々回、青色染料の元になる
菜の花に似た黄色い花の咲く

中世オクシタニア地方で栽培されていたという
パステル(アブラナ科、二年草)について知りましたが

パステル(Pastel)はフランス名、英名はウォード(Woad)
(学名:Isatis tinctoria アイサティス・ティンクトリア)



一面黄色のパステルが咲くころって綺麗でしょうね!


東京都薬用植物園のサイトより画像引用

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パステルこと和名大青(タイセイ)の根には
腫れ物、止血、口内炎などに薬用効果があるらしい

英名のウォード(Woad)は、青い刺青に由来、するとも

刺青とは!

そうだったのか~

古代ブリトン人は
戦いの時、収斂性があるため体に塗っていたとか

薬用効果もあったパステルですが

青は青でもとびっきり「高貴な青」に染まり
なんにでも染まりやすかったらしい

「金の青」とも称されていた、というのですが

ちょうどその時代

フランスからイングランドへ嫁いだ
チャールズ1世の王妃
アンリエット・マリー・ド・フランスがいました

アンリエットの美しい肖像画があって
前々から気になっていて
なんて美しいドレスだろうか!と
驚嘆しながら眺めていたのですが
(デジタルな画像ですが)

380年ほど前のアンリエット・マリーの肖像画
大粒のパールのネックレスも映えて
シルクサテンのドレスの
ブルーのなんと美しいことでしょうか!

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1636~38年ごろ
ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス
 アンソニー・ヴァン・ダイク画

アンリエット・マリー・ド・フランス
(仏:Henriette Marie de France)
(1609年11月25日ー1669年9月10日)


きっと年代から見て
青色染料パステルで染められたシルクで作られたドレスでしょうか

このヘンリエッタの肖像画はとても好き



ちょっと年譜を見ますと

アンリエット・マリーはルーブル宮で誕生

父親は南仏のポー城で生まれたアンリ4世
母親はマリー・ド・メディシス
(イタリア、フィレンツェの名門メディチ家の娘)

ルイ13世はアンリエットの兄
姉のイザベル・デ・ボルボンはスペイン、フェリペ4世の最初の王妃


1625年、6月
イングランド王チャールズ1世と結婚し王妃となる


1632年のヘンリエッタ・マリアの肖像画
これは美しい白のドレスですね

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翌年1633年の肖像画は青いドレス
≪ヘンリエッタ・マリアと小人ジェフリー・ハドソン≫

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アンソニー・ヴァン・ダイク
ナショナル・ギャラリー(ワシントン)所蔵

高価な衣服を購入し続けた記録もあるらしい

ちょうどイングランド国内の宗教戦争に巻き込まれ
波乱万丈な生涯を送ったようだ

ちなみに夫チャールズ1世は
1649年
新教徒とカトリックの抗争でホワイト・ホール前で
公開処刑されている

チャールズ1世
Charles I, 1600年11月19日ー1649年1月30日)は
イングランドスコットランドアイルランドの王
(在位:
1625 - 1649年



フランスから嫁いで頑ななカトリック信者だった
アンリエットは母国フランスへ亡命している

Wiki引用ー

”その後、1660年の王政復古
長男チャールズがチャールズ2世として
イングランド国王に即位するとともに
イングランドへ帰還した

しかしながら1665年には再びパリへと戻り
その4年後にコロンブで死去し
歴代フランス王家の墓所ともいえるサン=ドニ大聖堂に埋葬された”

イングランド人が入植した
北米のメリーランド植民地
チャールズ2世がヘンリエッタ・マリアにちなんで
名付けた地名で
現在もアメリカ合衆国メリーランド州として
その名を残している”


チャールズ1世とヘンリエッタ・マリアの4人の子どもたち

子女チャールズ2世
メアリー・ヘンリエッタ
ジェームズ2世
ヘンリエッタ・アン



息子2人は国王チャールズ2世とジェームズ2世
娘メアリー・ヘンリエッタはオランダ総督ウィレム2世へ嫁ぐ
娘ヘンリエッタ・アンは
フランス国王ルイ14世の弟オルレアン公フィリップ1世に嫁ぐ

孫にメアリー2世、ウィリアム3世、アンの3人の君主がいる





ヘンリエッタ・マリアは
内戦中のイングランドから大陸
オランダのハーグに避難していたことがあったが

チャールズ1世とヘンリエッタ・マリアの
長女にメアリー・ヘンリエッタ・ステューアートがいるが
オランダ総督ウイレム2世と結婚

メアリー・ヘンリエッタ・ステュワート
(Mary Henrietta Stuart)
(1631年11月4日ー1660年12月24日)は
オラニエ公オランダ総督ウィレム2世の妻


その娘にメアリー2世がいる(孫にあたる)


メアリー2世の肖像画
おばあ様ヘンリエッタ・マリア・ド・フランスに似ている
やはり大粒のパールに青いドレスが美しい
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”メアリー2世(Mary II of England)
(1662年4月30日 - 1694年12月28日)は
イングランドスコットランドアイルランドの女王
(在位:
1689年2月13日 - 1694年12月28日)

夫の
ウィリアム3世の共同統治者として共に王位に即いていた
ウィリアム3世は
オランダ総督オラニエ公ウィレム3世でもあり
メアリーはオランダ語名ではマリア(Maria)と呼ばれる”




なんだか似た名前の王さまと王妃が登場して
グダグダに混乱しますが
一言でザックリと言えば
イングランド、フランス、オランダ、スペイン
当時は王室が姻戚関係で結ばれていたんですね

👑

その頃のオランダで活躍した画家といえば
フェルメールが有名ですが

フェルメール絵画の
≪占星術師≫と≪地理学者≫の男性が羽織る
ガウンが青でした

ひょっとしたらパステルの青色染料で染められた生地かしら?
それとも日本から輸入した藍染めかしら?

ヨハネス・フェルメールJohannes Vermeer
1631年10月31日ー1675年12月15日

フェルメールと言えば
高価なラピスラズリを原料とする
ウルトラマリンを惜しげもなく使って絵を描いたが

そのモデルが着ている衣装は
青色

パステルなのかはたまた藍染なのか?

フェルメールは聖ルカ組合に加入している

”1657年から
彼は生涯最大のパトロンであり
デルフトの醸造者で投資家でもある
ピーテル・クラースゾーン・ファン・ライフェンに恵まれた
このパトロンはフェルメールを支え続け
彼の作品を20点所持していた

彼の援助があったからこそ
仕事をじっくり丁寧にこなすことができ、年間2、3作という
寡作でも問題なかったと考えられる

1662年から2年間、最年少で聖ルカ組合の理事を務め
また1670年からも2年間同じ役職に就いている
2度にわたって画家の組合である聖ルカ組合の理事に
選出されるのは大変珍しいことであり
生前から画家として高い評価を受けていたことが窺われる”

日本では徳川綱吉の時代かな


👑















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by caramel24carat | 2018-01-22 13:34 | 歴史・人物

ロルジェリル≪1620≫と≪ラングドッグのヴェルサイユ≫シャトー・ド・ペノーティエ




今日はうす曇り~⛅
暦の上では小寒
陽射しがないと冷えます



お正月もあれよあれよと過ぎ去っていきました~

ブログネタにテーブルの上の物を撮ったみた


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真ん中のボトルは
暮れに買った赤ワイン(1000円弱)
こういう飲み慣れないモノは
未開封のままで終わった
コルク栓開けるのがメンドウというのもあるかしら

何故買ったのかと言えば
≪1620≫
のラベルに何となく興味があったのだけど
結局飲まなかったので味は分かりませんが

”生産者のロルジェリル/Lorgeril家は歴史が古く
1620年以来10代に渡って家族経営を続けている”
と能書きに書かれている

ブログネタにちょっとググってみますと

南仏カルカソンヌへ5㎞、トゥールーズから90kmに位置し
歴史的建造物ぺノーティエ大地主所有の
≪ラングドックのヴェルサイユ≫と呼ばれる
シャトー・ド・ぺノーティエ/Château de Pennautier
のブドウ畑から採れるワインらしい

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シャトー・ド・ペノーティエがなぜ
≪ラングドックのヴェルサイユ≫と呼ばれるのか!?

については
フランス国王ルイ13世
ルイ13世(Louis XIII1601年9月27日 - 1643年5月14日
旅行中滞在したことに由来するらしい

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ラングドック州の会計係をしていた
ペノーティエ(Bernard Reich de Pennautier)が

1620年

≪Château de Pennautier≫を建てる


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1622年 7月14日

旅行中のフランス国王ルイ13世が立ち寄り
城主ペノーティエから歓待される
ルイ13世は
滞在した時の旅行用の家具調度類を
そのまま残していったという
それらは
「王の部屋」として大切保管されているらしい

シルクとウールのタペストリー
6脚の椅子
折り畳みできる天蓋付きの王のベット

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以上サイトより

後年あとを継いだ
ベルナールの息子ピエール(Pierre Louis Reich de Pennautier)は
ルイ14世の治世になると
時々、ヴェルサイユ宮殿を訪れ
général du Clergé 
として務めていたようです
(会計係及び聖職者として税の取り立てと集金の役目のような)

1670年には
ヴェルサイユ宮殿を真似て
ヴェルサイユを設計したル・ヴォーと同庭園を設計したル・ノートルに依頼し
拡張していった



1701年には
ペノーティエのワインは
ヴェルサイユ宮殿の高級官僚たちの
テーブルワインとして供された、という

時代は下って
1910年
ポール・ド・ペノーティエ(女性)と
Christian de Lorgeril/クリスチャン・ド・ロルジェリルが結婚し
継がれる


 現在では
シャトー・ド・ペノーティエこと
≪ラングドッグのヴェルサイユ≫は
改修され
結婚式等にも貸し出されているようです


キリストの最初の奇蹟
水をワインに変えたという
≪カナの婚礼≫は
ルーブル美術館にありますね

≪モナリザ≫の反対側

過去記事改めて読みますと
東芝のLEDや任天堂の3Dなんかが
ルーブルで使われているんですね





そんなこんなで
安ワインのボトルから
意外な歴史の断片を知りましたが

ヴェルサイユ宮殿の官僚も飲んでいたとは
さすが歴史あるフランスの
ワインって安いからって侮れず面白いですね



🍷


                


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by caramel24carat | 2018-01-05 14:10 | 歴史・人物

ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー美術館とコロラドのニコラ・テスラとグッケンハイム・ファミリーとペギーと娘




今日も真っ青な空でとってもいいお天気~☀



まあしかし師走とか年の瀬とか
最近あまり感じられないというのが実感



白銀色のブルーアイス(アリゾナ糸杉)の枝を折って
ブックエンドに飾ってみた

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サンタさん🎁お願いね

フフ

ところで

前回、NYのグッケンハイム美術館の分館が
スペインのビルバオにあると書きましたが

そのイカツイ武装した戦艦のような建物が

あっ、似てる!

とふと思ったのです

スペイン/ビルバオ分館

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それはパリにある
2014年秋にブローニュの森に開館した
あのルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシーの美術館

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LVMHのCEOベルナール・アルノー
の依頼を受け
この美術館を設計したのが
カナダとアメリカの国籍を持つ建築家

フランク・ゲーリー(Frank Gehry/1929-)

脱構築主義(デコンストラクション)と云われる様式らしい

ザワザワと
コオロギが数匹羽を広げているような
ちょっと落ち着かない印象を受けますが

やっぱり
ビルバオも同じフランク・ゲーリーの設計でした

トロントのポーランド系ユダヤ人家庭に生まれる
フランク・オーウェン・ゴールドバーグ
(Frank Owen Goldberg)
ですが
ゴールドバーグというユダヤ名を避けてゲーリーに変えたという
(彼はまたイーフレイム(Ephraim)というヘブライ名を持っている)

スペインのビルバオは
観光客が数倍に増え「ビルバオ効果」があるらしい

ところで


前回の記事書きながら
あまりにも怪しい点とタイミングが符合する点が多いので

やっぱり
1923年9月1日のちょうどお昼時の関東大震災は
人工地震じゃないかと妄想してます

前にニコラ・テスラの記事書いてた時
すでに人工地震兵器を開発していたと知り驚愕しましたが


また、映画クリストファー・ノーラン監督の≪ダンベルク≫を観た後
同じ監督の≪プレステージ≫を観て

実在の人物ニコラ・テスラが登場し
コロラドのスプリングスの山で
実験をやっていたことに驚きました!




とんでもない妄想ですが。。



スイスからのドイツ系ユダヤ人移民の
鉱山王
マイアー・グッゲンハイム/Meyer Guggenheim
1828年2月1日ー1905年3月15日
には7人の男子と3人の女子がいた

Meyer Guggenheim
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一見教祖のような
立派な風貌と不思議な髭が印象的!

男の子が7人とは!?
以下Wikiより抜粋

長男
アイザック・グッゲンハイム(Isaac Guggenheim 1854-1922)

次男

ダニエル・グッゲンハイム(Daniel Guggenheim 1856-1930)
- マイアーの死後、グッゲンハイム家の長となり鉱山事業を拡大し
世界規模で利益を上げるにあたり、兄弟の中で最も功績が大きかった

長女
マーリー・グッゲンハイム(Murry Guggenheim 1858-1939)
打ち紐と刺繍を輸入していたが
1881年までには鉱山経営と精練業を継いだ


3男
NYのグッケンハイム美術館を設立
ソロモン・R・グッゲンハイム(Solomon Robert Guggenheim 1861-1949)


4男
(ジョン・)サイモン・グッゲンハイム((John) Simon Guggenheim 1867-1941)
一期にコロラド州知事を務めた

5男
ベンジャミン・グッゲンハイム(Benjamin Guggenheim 1865-1912)
-タイタニック号の沈没により事故死


ベンジャミン・グッケンハイムは
あのタイタニック号に乗っていたんですね!

そのベンジャミンの娘にペギー・グッケンハイムがいる

ワンちゃんとご機嫌のペギーさま

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この方のコレクションを所蔵している美術館が

イタリアのヴェネチアにある

ペギー・グッケンハイム・コレクション/Peggy Gukkenheim Collection
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ペギー・グッケンハイムの娘に
ペギーン・ヴェイル・グッケンハイムがいましたが
なんと41歳で亡くなっている

Pegeen Vail Guggenheim (August 18, 1925 – March 1, 1967)



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作家のLaurence Vailが父親ですが

母親のペギーは
マックス・エルンストと再婚している

ペギーに強引に迫られたらしい

”1941年、スペイン経由でニューヨークへ脱出、
助力してくれた美術収集家ペギー・グッゲンハイムより迫られて結婚するが、
間もなく離婚(マックスの心中には未だキャリントンの存在があった)
この年ブルトンと和解、亡命シュルレアリスト・グループに加盟”

なんかワケの分からないマックス・エルンストの作品は
フランク・ゲーリーの建築同様好きではありません


💔


















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by caramel24carat | 2017-12-20 16:25 | 歴史・人物

信長の野望と森家と津山城と赤穂藩


今日もお天気です~☀
時々雲が流れていますが


光陰矢の如し


ところで

前回登場の森蘭丸の主君
織田信長が
本能寺の変(1582年6月2日)で死なず
同年3月長崎から出航していた
天正遣欧少年使節団がマカオで”風を待つ”っていた
船に合流してその先を生き延びたのではないか!?
と以前ブログに妄想をチマチマと書いたのですが


昨日、木○鶴彦氏の
(はじめて知りましたが)
臨死体験で見た光景のお話に
ヒットし驚きました!

本能寺の変後5日ほどたったある日
福井県の小浜で織田信長と明智光秀が話していた、という

信長が光秀に「ごくろうであった」と言ったとか

すべては信長が影武者を使って計画した事件で
ローマ法王になって世界を征服
する信長の野望のためだった!

という驚愕の内容なんですが

臨死体験からすべて見えた映像なんだとか

あはは

(失礼しました!でも臨死体験というのは。。)

しかしワタシの妄想との接点もあって
その話まんざらでもないわ~と思った

ローマ法王に会いに行く天正遣欧少年使節と
マカオで合流する点は
同じ考えでした

ところで

主君織田信長のために戦い
18歳で散った森蘭丸ですが

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なんと
6人兄弟の3男で他の2人の兄弟も本能寺の変で亡くなったという

6男の末っ子の森忠正がその後の森家を継ぎ
秀吉、家康とうまく主君を変え
関ケ原の合戦では東軍につき

その後も森家は岡山の津山城(鶴山城)を築いたり

鶴が羽を広げたような美しいお城だこと
鶴山城とも呼ばれたんですね

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明治の廃城令(1873年)で解体されました、と!

廃城前の在りし日の津山城の写真
美しいお城の姿の手前に建つ
民家が時代を表していて興味深いです

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↑はWikiより引用




その末裔は
なんと
赤穂藩の藩主となったという

やっぱり赤穂事件、単なる国内の諍いでは
なかったと確信しましたわ


元禄の赤穂浪士討ち入り事件(1702年12月15日)は
歴史をよく知らなくてもお馴染みですよね

松の廊下


毛利家は森家?


森氏は赤穂藩主として165年間務め
明治以降は華族にまでなったらしい



前回、ルイ14世が建てたベルサイユ宮殿の鏡の間の天井画に
鶴丸紋の入った甲冑の絵が描かれていて
その現物がパリのアンバリットの軍事博物館にあると知りました

その岩井与左衛門制作の素晴らしく美しい甲冑は

鶴丸紋入りでしたが

驚くことにやはり

森蘭丸の森家の鎧でした
”famille Mori ”と読めました

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Cette armure japonaise portant les armes de la
famille Mori a eu un destin étonnant : conquise
par Tokugawa Ieyasu, peu avant l’unification
de l’archipel nippon et son accession au
shogunat en 1602, elle a fait partie des cadeaux
d’armes que le nouveau maître du Japon fit
à des souverains européens vers 1612-1615,
pour manifester sa nouvelle autorité. Le roi
d’Espagne, le Stathouder de Hollande, le duc
de Savoie, le roi d’Angleterre reçurent ainsi
des armures, les premières à avoir été vues en
Europe. Deux d'entre elles dont celle-ci furent
envoyées au roi de France et abritées au sein
du Garde-Meuble de la couronne. C’est là que
le peintre Charles le Brun vint la chercher pour
l’utiliser comme modèle dans un des trophées
d’armes ornant la Galerie des Glaces de
Versailles, décorée entre 1679 et 1684.
Travail de Iwai Yozaemon, vers 1580-1590
Métal laqué et doré, soie


上の引用文

パリの軍事博物館より



💓






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by caramel24carat | 2017-12-11 16:03 | 歴史・人物

≪ある晴れた日≫とスーツと缶切り




晴れ渡った真っ青な空と流れる白い雲~☀


綺麗なふわふわのうさぎのような
真っ白い雲が
形を変えながら流れていきました~

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ほんと今日は温かくて
室内はPM2時頃には20℃超

お天気こそ何よりの幸せ♡


ところで

先日
イギリスのハリー王子の婚約発表があって
相手の女性が
メーガン・マークル といい
アメリカ女優だという

NYが舞台の弁護士のドラマ
≪SUITS/スーツ≫というシリーズ物のドラマに
レイチェル役で出ていると知り

さっそく例のAmazonで観ました

パラリーガル役のメーガン・マークルは
スタイル抜群の美人でしたが
そもそもドラマがとても面白くて
ついつい観てしまいました


さすがハーバードでトップの成績を修めた
超々エリートだけが入れる
弁護士事務所の辣腕弁護士らの
テンポの速い会話の応酬が面白い

そんなドラマの話の中で
ある裁判の当日出かける前に
辣腕弁護士ハーヴィーは秘書と
缶切りで
ゲン担ぎのようなことをした?
ようなシーンがあったのですが

実際、具体的にどうしたという
ハッキリした映像はなかったので

ちょっとね
気にかかったのですが

裁判の勝訴缶切りの関係は?

ねえ誰か知っている?



つい先日読んだ不可解な記事を思い出しました

それは
NYの日本政府所有の国連大使邸について
ブログの記事書いてました時

小和田恒氏とヒットしたのですが

福田外務大臣の秘書官だった当時のことらしいいのですが

外務省の研修生は
閣僚たち御一行様の(海外)滞在中のお世話係
いわゆる後方支援・ロジスティックスを
担当する裏方の仕事を任されていたようですが


ある時
ホテルに泊まっていたが
深夜午前0時を回ったころ

お世話係の部下の部屋に電話があって
「缶切りを至急持って来てほしい」といわれた

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その部下は
内心なんで直接ルーム・サービスに頼まないのか

不服に思いながらも
缶切りをホテルのボーイから用達し

上司の部屋のドアをノックした、という

しばらく返事がなく待っていると
ドアが少し開いて

「切れるか試したのかい?」と聞かれたそうな。。

「試していませんが、切れると思います」と
答えた、という

「。。。」

その部下は
無言で閉まるドアを眺めながら
一体深夜に何に使うのだろうと不審に思った


という話なんですが


そんなわけで

缶切りにまつわる不思議な記事を読んだこと

ドラマ≪Suits/スーツ≫を観ながら
つふ思い出してしまったわけなんだけど



ちなみに「SUITS」は「スーツ」だけれども
「訴訟」という意味もあるらしい


ひょっとして

ヤッパリ

NYの弁護士が裁判に勝つための密かな流儀を知っていて

夜中にふと思い立って

缶切りで
(で部下に持って来てと依頼した)
ゲン担ぎのようなことをやっていらしたのかな



Ahaha













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by caramel24carat | 2017-12-01 15:57 | 歴史・人物