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Caramel 24 Carat

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カテゴリ:建物・アート( 190 )

美しい黄葉の犬枇杷とロンドンのジャパン・ハウスと仁和寺門跡




今日はうす曇りの空が12月らしい~☁



真っ赤だったモミジの木はほとんど散りましたが
そばの犬枇杷の大きな黄葉が
今まさに美しく目に鮮やかです

自然の美って凄い
アートのような黄色と緑の美しいイヌビワの葉

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ヤツデの木にも一枚


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グリーンの三つ葉の上にハラッと一枚


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以前の名前が判明した時の記事


もう少し鮮やかな黄色です~

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この犬枇杷の名前の由来は
枇杷に似た実が成るが「美味しくない」「食べられない」から
「犬」が付いたと知りました

ところで
前々からみんな高額の携帯料金を払っているわと
不思議でしたが
最近
もっと安くするようにと総務省からの話があったとか。。

SBのCMにが登場するのは?
と一時疑問でしたが
韓国人にとって犬はいい意味を持たないようです
つまり日本人を少なからず侮蔑しているらしい

ほんとつまらん話をしましたが

もっとひどい話は
水道を外資を含めた民間に委ねるという
国会ってオカシイ人の集合なのでしょうか

反対のフリしながらピョンピョン立っているわけだから
全員起立なんでしょうか

そもそも

アッソウ大臣が
フランスのヴェオリアと姻戚関係を結んでいたというから
鐘とともにゴーンが去った後は
水を代わりに差し出したというのでしょうか

海外旅行で水がタダということはアリエナイし
ということは
日本でも水はレストランで有料になるのかしら

日本の
美味しいお水が。。

そんなアッソウ大臣の記事がヒットした

ひょんなことから
ウィリアム王子と一緒な写真にヒットした

ロンドンのケンジントンハイストリートに
約3ヶ月前の2018年9月14日
ジャパン・ハウスで
https://www.japanhouse.jp/what/london.html


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ロンドンのジャパン・ハウスは
日本外務省の対外発信拠点として
2018.5.25 開館したらしい

日本の県のアンテナショップのようなものかしら




ロンドンのケンジントンストリートに開館した
ジャパン・ハウスは

なんと

1930年代に建てられた
アール・デコ風の元デパート≪デリー & トムズ百貨店≫の一部を
改築したもので
1960~70年代には
伝説の店≪BIBA≫が入っていたという

≪デリー&トムズ≫

≪BIBA≫

金色のロゴは『アンアン』なんかで見たことがありました

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このファッションショップ
≪BIBA≫こそ

クイーンのフレディ・マーキュリーの
映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫の
冒頭シーンにも登場していましたが

ガールフレンド、メアリー・オースティンとは
BIBAの店員をしていたころ出会ったのですね

この出会いから
映画では
メアリーが女性ものの古着をF・マーキュリーに
ステージ衣装として着せていましたね

F・マーキュリーのケンジントンの
豪邸≪ガーデンロッジ≫を相続したのは
メアリー・オースティンだったのですね


ところで

話はロンパリなのですが

前回
金閣寺の住職有馬頼底が久留米藩の有馬家の親戚だった
ということちょっと書きましたが


仁和寺の門跡(後継者)に小松宮彰仁親王がいました

仁和寺の門跡を継いだ時には
仁和寺宮 嘉彰親王 ( にんな じの みや よしあきしんのう)

後に小松宮彰仁親王と改めたというのですが

この妃という方が
有馬頼子といって久留米藩の有馬頼萬の姉でした

なんと
お買い物が大好きで
ヨーロッパではブランド物を爆買いされて
その衣装が仁和寺に保存されたという
その後
京都国立博物館に所蔵されているという

wikiによれば

明治19年(1886年)に彰仁親王と共にヨーロッパに外遊した際
金に糸目を付けずに当地のブランド物を買いあさり
明治天皇に激怒されたという話が『明治天皇紀』に記載されている
これらの形で彼女が着用・収集した装束や洋服の多くは
その死後、夫の縁により仁和寺に奉納され
現在は京都国立博物館で不定期に公開されている


🍃




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by caramel24carat | 2018-12-07 13:03 | 建物・アート

シャネルNo5ルージュと宮島と東大寺2月堂のお水取りとゾロアスター教



今日も青空が広がりいいお天気~☀


日がホントに短くなりました

昨日はスーパー内の薬局の前に健康診断器具が並んでいて
血管年齢計、血圧計を測ってみました
血圧普通、血管年齢は偏差値54でした(若干年齢より若い)
一安心です


ところで驚きなんですが
昨日知ったばかりなのですが
あのシャネルが
真っ赤なシャネル5番
限定版で出しているようです

シャネル N°5 ロー オードゥ トワレット(Chanel より)

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衝撃のシャネルルージュのサイト
上のシャネルNo5のフォト
なにかめらめらと燃えるようなイメージで
衝撃なんですが

シャネル5番といえば
JFKの誕生日に歌ったハリウッド女優のマリリン・モンロー
そういえば
カリフォルニアの火事大変な惨事になっているようですね

ちょうどクイーンの≪ボヘミアン・ラプソディ≫(75)のころ
イーグルスの≪ホテル・カリフォルニア≫(76)
が流行っていました
この曲好きでした

ですがイーグルスの楽曲のタイトルの
ホテル・カリフォルニアという実在のホテルはなくて
ジャケットのホテルはピンク宮殿と呼ばれた
ザ・ビバリーヒルズ・ホテル(The Beverly Hills Hotel)
だったようです

そしてなんとその
ザ・ビバリーヒルズ・ホテルには
ハリウッドの大スターであったマリリン・モンローが
住んでいたという
(この情報は今知ったばかりで驚きました)

JFKの愛人でもあったというモンローですが
前に
アメリカの中間選挙前に
Q-Anonというなぞの人物が
トランプを応援している

その謎の人物は死んだはずのケネディジュニアで
生きていたんだ


とビックリしたことがありました

ケネディといえばモンローでシャネル5番

そもそも
香水シャネル五番の誕生のいきさつは
フランス系ロシア人の調香化学者エルネスト・ポー
にシャネルが香水の試作品を依頼
その24点できた中から最もお気に入りだった香りの
試験官に貼られていたラベルが
No5
だったからと
前に知ったことがありました

そもそもそんなロシア系フランス人が調香した
今回の真っ赤なシャネル5番ですが
なんと
つい先日まで
東京、京都、広島の宮島で
シャネル祭りが開催されていたらしい


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なんと
広島の宮島ですと!
「CHANEL MATSURI in 宮島」
2018.11.1~11.11まで開催され予約制で
試供品ももらえたようです

欲しかったですよね



宮島は海に建つ赤い鳥居で有名だけれども

まえまえから何故海の中に建っているのかしら?
と疑問に思っていました
がっ!
このごろ旧約聖書の≪ダニエルの書≫を知り
ユーフラテス川に建っていた
バビロンの神殿からなのではと
さらに
バプティスマのヨハネを知りながら
全身浸かる浸礼に由来しているんじゃないかと
妄想したわけです




ユダ王国のダニエルが
バビロンに連れて行かれネブカドネザルに重用され
さらに
バビロンを討ったペルシャのキュロス王にも重用されたと知りました
ペルシャはゾロアスター教

ユダヤ王国のダニエルが仕えた
バビロン王のネブカドネザル王の宮殿は
現在のイランの
ユーフラテス川を挟んで両側に巨大なものが建っていたようです

あの有名な青い釉薬の綺麗なタイルが貼られた
イシュタル門は正門で
中央のユーフラテス川から王宮へ入る場所にあったらしい


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バビロンがやがてペルシャに征服された時
ネブカドネザル王は我が世を謳歌しながらちょうど宴会中で
そこをキュロス王はあっという間に攻め込んだという
前に書いた≪デラウェア川を渡るワシントン≫みたいですね
(対岸にはドイツのヘッセンの傭兵がいました)

キュロス王の電光石火の巧妙な作戦は
普段は川の水面下にあって攻め込められないが
う回路を造って川の水を抜き
イシュタル門の正面から堂々入ったという

安芸の宮島の赤い鳥居・宮殿が
水の中に建っているのは
このバビロンの宮殿と似ているんじゃないでしょうか

うかつにもネブカドネザル王は
ペルシャのキュロス王にバビロン宮殿を攻められた

その時ダニエルはジッと様子を見ていたという
そのあと賢者・知恵者の預言者だったダニエルは
ペルシャのキュロス王にも仕えたという

このあたりで
前にも書いた
ライオンの穴の中に放り込まれた刑が出て来て
ガブリエルに助けられます
(この時のダニエルはそれなりの老人であり
ルーベンスの絵のように若い青年ではない)

さらには
火の刑もでてきます
(ここんとこが重要なのに失念。。)
@
追記:ダニエル書の3章「燃えさかる火の試練」

この火の刑にあたるのが
東大寺二月堂のお水取りの火の松明を振り回す儀式
じゃないかと妄想

ペルシャというのはゾロアスター教
ゾロアスター教は拝火教で
その名の通り火を祀るらしい

ゾロアスター教のペルシャは
その後
一時ギリシャのマケドニアの
アレクサンダー大王に征服されるが
またその後はローマ帝国
そしてその後は最強のオスマン帝国が征服する
(要確認。。)

その時に
ペルシャ時代からのゾロアスター教徒
イスラム教徒に強引に改宗を迫られた

その中でイスラム教は断固としてイヤだと拒否した
ゾロアスター教徒は東へと逃避し
インドの西の方へ移った歴史がある、という

パールシー
Pārsī
について

以下コトバンクより引用転載

8世紀にイランのパールス地方からインドへ移住したゾロアスター教徒の子孫

インド在住のゾロアスター教の信者。イランのゾロアスター教徒の一部が,8世紀に新興のイスラム教徒に追われてインドに逃れ,現在のグジャラート州海岸部に移住した。その中心地はスラト南郊のナウサリで,有名な寺院が現存する。17世紀スラトにイギリス東インド会社商館が置かれると,多数のパールシーが商業や貿易業に従事するようになった。18世紀イギリス東インド会社の商館がボンベイに移ると,多くもボンベイに移住した。19世紀になると,ボンベイを中心に商工業経営を拡張,綿紡績業などを興し,インド民族資本の代表的な存在となった。最も有名な人物はジャムセトジ・ナサルワンジ・タタで,タタ財閥は今日もインドを代表する財閥である。

以上転載

クイーンのフレディ・マーキュリーが
ムンバイ出身の両親を持つゾロアスター教徒と知りましたが
インドのムンバイはパールシーという
ゾロアスター教徒の信者が多くいるらしい

東大寺の正倉院には
ペルシャ文様のお宝の御物が所蔵されているという

以前にふと思って
東大寺の二月堂の火の松明を振り回すお水取りは
辿れば
ダニエル書に由来しているじゃなかろうかとチラッと
メモしたのですが

東大寺の二月堂の修二会(お水取り)を調べていると
建物は斜面に建ち
その二月堂の前には鉄のお風呂の建物があるらしい

大湯殿


これは旧約聖書からの儀式ダニエル書の浸礼
やゾロアスター教の
全身をお風呂に浸かる儀式に由来するように思えます

「大湯屋」にある鉄風呂直径2m

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そもそも
東大寺開山はインドからきた
菩提僊那(ぼだいせんな)僧だったようです
つまり
火葬する日本と
ゾロアスター教(拝火教)は兄弟のような関係かも知れません

あれこれ妄想するのですが

インドと言えばカレーです
CoCo壱番のオーナーが宣教師のような雰囲気のある方でしたのも
すごく納得です

また
クイーンのフレディ・マーキュリーが
親日家で骨董品の青い火鉢を買い
お風呂も大好きだったというのも
それもゾロアスター教徒なら凄ーく納得です

バビロンの遺跡の青いイシュタル門が
ベルリンのペルガモン博物館に何故かありますが
数年前ベルリンに行った時は修復中で見れませんでした
残念でした。。
で、隣のネフェルティティと胸像を見学したのでした

そこにも
壁のニッチにヴォルテールがいて
びっくりしたことがありました

ダニエルをライオンの穴から助けたのが
ガブリエルでしたが。。


ガブリエル・ココ・シャネル
ロマン・アブラモヴィッチ
CoCo壱番のオーナー
韓国生まれのフランス元文化相のフルール・ペルラン等

これまでたまたま知った
偉業を成し遂げた人物について
調べたことなど書いてましたが

共通するのは
孤児から超一流の大富豪になったという点です

事実は小説より奇なり












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by caramel24carat | 2018-11-18 11:45 | 建物・アート

姫シオンとクィーンのF・マーキュリー邸の日本風庭園



青空の中ヒツジ雲がゆっくり動いてる~☀



薄むらさきの繊細な花びらの
姫紫苑(ヒメシオン)が可愛らしい



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道端で摘んだ雑草ですが
ふと見るとなかなか可愛らしい

よく似た春に咲くハルシオンというのは
あまり好みではなかったのですが

秋に咲くこの姫紫苑(ヒメシオン)

細い繊細な薄紫の花と細いスッーっとした葉っぱが
楚々として愛らしく見直しました


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Aster fastigiatus Fisch

その日の気分によって
いいと思うお花も変わりますね


ところで
とっても驚いたのですが

前回

先日観た
クィーンの映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫のシーンの中で
フレディ・マーキュリーの部屋に
金閣寺のお札が飾ってあって
芸が細かいわ!と
妙に感心したのですが

どうやら
その金閣寺のお札の意味らしきものが
判明しました!

F・マーキュリーは
とても日本が好きで
東京や京都に何度も訪れていて
日本の着物やさまざまのものを爆買いしていたらしい

大変な親日家で
彼の最後の住まいとなった
ロンドンのケンジントン、ホーランド・パーク近くの
高級住宅地にある邸宅は
≪ガーデン・ロッジ≫と言って
なんと
日本風庭園が造られていて茶室や
桜の木や鯉の泳ぐ池もあったそうで

ファンが今も訪れる大変有名な所らしいです

春には桜が咲くのですね!
≪Garden Lodge≫
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Freddie Mercury's house Garden Lodge,
1 Logan Place Kensington, London



1985年5月
日本庭園を造りたいということで
在イギリスの日本人造園家に依頼し
1986年4月から取り掛かった
1986年6月
高原竜太朗氏も加わり
1986年10月
ほぼ完成

高原竜太朗氏は山口、萩出身の
〝踊る生け花師”としてご活躍しているらしい


1975年4月20日
来日中のクィーン様
東京タワーの見える東京プリンスの日本庭園にて


yahooニュースより

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カラーでは着物姿の女性たちと一緒に野点
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日本庭園を自宅の庭に造りたかった彼は

いくつもの日本庭園を訪れたという


六義園
小石川植物園
京都桂離宮
都ホテルの庭園など

金閣寺はどうだったのかしら?


ちなみに

≪ボヘミアン・ラプソディ≫は
1975年10月31日にリリースされていますが

そのショッキングな歌詞に少なからず驚きました

1975年の出来事をWikiで見ますと

上のクィーンの野点の日より約2週間後の

1975年5月7日
イギリスのエリザベス女王夫妻が日本を訪れている



その歌詞が生まれた背景とは?
なんだろう?
とついつい考えてしまう


フレディ・マーキュリーは
ペルシャ系インド人でしたが
生まれは英領ザンシバル、幼少時はムンバイで育ち
再びザンシバルへ戻り
17才の時ロンドンへ移ったようです


初めて知りましたが
ザンシバルとはタンザニアの島だったのですね

イギリス保護領ザンジバル・スルタン国
ザンジバルシティ ストーン・タウン


東アフリカ・タンザニアにある
ザンジバル島ストーン・タウンで生まれた

1964年、ザンジバル革命が勃発し
安全上の理由からロンドンに一家は移ったという

フレディ・マーキュリーの作曲した
映画のタイトルにもなっている
≪ボヘミアン・ラプソディ≫ですが

かなりショッキングな歌詞を見て
驚きますが

こんな事書くのもどうかと思いますが
今だからそう思うのか
なにかイメージとして
テロに関与した青年の心情のようにも聞こえてくるのは
勘ぐりすぎかしら。。







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by caramel24carat | 2018-11-14 13:13 | 建物・アート

ルーベンスの≪ライオンの穴の中のダニエル≫とネブカドネザル王の夢の像



今日は雲が流れ青空も見える~☁~☀


それにしても穏やかで温かい

小菊が満開です


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昨日は11月11日
イイ日だったのですね

メモ
パリでWWⅠ終結100年目の記念式典が
凱旋門で行われたらしい

先日は

Queen
映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫を観ましたが
最後のシーンは
まさにライブ会場にいるような素晴らしい臨場感に溢れて
感動しました

初めてロックのライブコンサートを映画ながら体験出来て
よかったわ~♪

Queenのことはよく知らないのでしたが
ボーカルのフレディ・マーキュリーは
ロンドン生まれのパキだったのですね
パキというのはパキスタン人のことをそう呼ぶらしい
wikiによればペルシャ系インド人
(両親はゾロアスター教徒:拝火教と言ってた)

彼はなんとバイセクシャルでエイズに罹り
1991年に亡くなっていたんですね

映画のあるシーンでフレディ・マーキュリーの部屋が
アップされるのですが
その壁に漢字が目に入ったので驚いたのですが

なんと

「金閣寺舎利殿〇△◇」
のお札が飾ってあったのです
ちょっとググってみました

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Queenは日本へもツアーで来日していますから。。
でも映画でのセットで
そこまで金閣寺のお札を室内の小道具として使うのは
芸が細かいというか
非常に興味があります

ふと思ったのですが
奈良のお寺で火を振り回す祭りがありますが
(東大寺二月堂のお水取りかな)
これはダニエル書の3,4章あたりと似てないこともない。。
ひょっとして由来は
旧約聖書『ダニエル書』からなのでは?



ところで

ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーに
巨匠ルーベンスのライオンを描いた大作があります


≪ライオンの穴の中のダニエル≫
1613-1615年頃
ピーテル・パウル・ルーベンス


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訪れた時
メディチ家のロレンツオの胸像があって
撮ろうとしたところでカメラのバッテリーが切れて残念だったんのですが

この作品見てない。。

おそろしい”百獣の王ライオンに囲まれたダニエル”ですが

ダニエルとは

(以下にわか仕込みです)

旧約聖書『ダニエルの書』に登場する若者ダニエルのこと、らしい
ユダヤ人で容姿端麗で才気活発な知恵者であった

紀元前6世紀、南ユダ王国を陥落させた
バビロンのネブカドネザル王が
バビロン捕囚の時連れて来た若者の一人で特に優秀だった

ネブカドネザル王がある時
難解な夢を見る
その夢の謎解きをダニエルが解明したことで
元ユダ王国のユダヤ人でありながら
ネブカドネザル王のお気に入りとなり重用されたという

バビロン王ネブカドネザルの見た夢の像とは
どんなものだったのでしょうか!?

初めて知りました!

頭が純金,胸と腕が銀,腹と腿が青銅
すねが鉄、足は一部が鉄で一部が陶土できた像だったらしい

イメージ図
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そこに一個の石が投げつけられ陶製の足を砕き
像は粉々になり跡形も無くなるが
石は山のようになって全地に拡がった


やがて
ネブカドネザル王の治めるバビロンは
ペルシャに征服された

ペルシャを治めたメディアダレイオス
そしてペルシャを統一したキュロス王も
ダニエルを重用したが
ある時
他の家臣の陰謀で
ダニエルはライオンの洞窟に投げ込まれることになった
しかし
ダニエルは神の力によってライオンに襲われることなく
逆にダニエルを陥れようとした者たちがライオンの餌となった

上のルーベンスの作品
≪ライオンの穴の中のダニエル≫

異邦人としてバビロンやペルシャに仕えていても
神への信仰を何があっても揺るぐことなく貫いていた
ダニエルが
に祈っていると天使ガブリエルが現れ救済される
まさにそのシーンを
ルーベンスは迫力ある大作に描き上げたのですね



そもそも聖書というのは
ユダヤ人のことを書いていたんですね
旧約聖書~新約聖書
なかなか理解しがたく難しいですね

以前の記事ですが














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by caramel24carat | 2018-11-12 11:53 | 建物・アート

Q-Anonとアンチボルトの≪ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世≫



今日からもう11月いいお天気~☀

室内より戸外の陽射しが温かかった


ふと見上げた空に広がっていた雲の中に見えたのは

天使が上り下りする
天使の階段?


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って見えませんか?

JFKジュニアが生きている!?
ということが気になっていたものだから

そんなロマンチックな風に雲も見えたのかしら

天国への階段じゃありませんから

亡くなったはずの人が生きていたという

天国から降りて来た
JFKジュニアについてですが

現在のJFKジュニアと云われる人物の写真見ましたが

浦島太郎が乙姫様から貰った玉手箱を開けた瞬間のような
様変わりした風貌に疑心暗鬼だというのが本音です

ジュリーも浦島太郎然で驚きましたが

【Q】計画を信じよ!
Q-Anon


おばけのQ太郎ではありませんが
足はチャンとあるのでしょうね。。

ところで
マイ記事ランキングに
≪ケプラーのルドルフ表≫
のアクセスが異常に多いのですが
何かあったのでしょうか?

ルドルフ2世と言えば
アンチボルトの野菜と果物で描かれた肖像画
ユニークです

あたまはカボチャでしょうか
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過去記事
ウィーン美術史美術館にて


ハプスブルク家の
ルドルフ2世は
プラハ城にも住んでいて趣味三昧の
政治そっちのけの皇帝だったようですが

プラハのカレル橋にはイエズス会の
フランシスコ・ザビエルの像があるのですね


アンチボルトの肖像画は
1590年頃の制作らしいですが

実にたくさんの野菜、果物、お花が描かれているのは
大変驚きです
当時も豊かな生活をしていたのかしら


神聖ローマ皇帝の皇帝ルドルフ2世
ローマ神話における

豊穣の神ウェルトゥムヌスに見立てて描いた肖像画

皇帝の頭部と胸部がカボチャ
 麦の穂、洋ナシ、サクランボ、トウモロコシ、イチジク、
ナス、ズッキーニ、アーティチョークなど
50種以上の野菜や果実、花で構成されている

🌹

Queenの映画≪ボヘミアン・ラプソディ≫が公開されるらしいですが
面白そうです

メロンのターナー書こうと思っていたのですが。。






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by caramel24carat | 2018-11-01 17:19 | 建物・アート

F・ザビエルの生家ハピエル城と伊勢志摩スペイン村とレストランTOYO



うす曇りの秋の日~☁



名まえが素敵な秋映というリンゴです
(お花もないのでテーブルにあったものを)

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この秋映というリンゴ
お味の方はイマイチだったので
数日前から1こそのまま転がっています


ところで

前回

ケンゾー氏のことなどについて書いてました時

専属の料理人のこと知りました

その方はその後独立されて
パリにお店を開いているそうです

そして
今年の春
東京の日比谷にも支店を出されたようです

最近(2018.3.29)オープンした
35階建ての東京日比谷ミッドタウンの
3階に入っている≪レストランTOYO≫というお店らしいです

お店の入口 HPよりお借りしました

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正面に見えるご本人の肖像画が印象的です

手元には伊勢海老が!
わっ~海老大好きです

ちなみに
≪レストランTOYO≫の「TOYO」はお名前の「豊〇」かららしい
うっかり東洋かなと思いました

賢三氏の専属料理人になられる前は
パリの日本料理店≪伊勢≫でも修行されていたらしい

それで伊勢海老とのツーショット的な肖像画なのかしら?

🍴


東京は次々と新しいビルが建ち
様々なお店が並びワクワクするでしょうね

ところで

ケンゾー氏のパートナーであった
正真正銘の貴族グザビエ・ド・カステロ氏は
「お城のグザビエさん」ですが

あの日本にキリスト教を伝道しにやって来た
フランシスコ・ザビエルと関係があるのかしら?

スペインには
フランシスコ・ザビエルの生家であった
サビエル城がある

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サビエル城のWikiより抜粋

カスティーリャの南ナバーラ征服英語版前の15世紀には、ハビエル城はバスタン谷出身の貴族アスピルクエタ家の所有物だった[3]。アスピルクエタ家には男子がいなかったため、マリア・デ・アスピルクエタはナバーラ王国の枢密院議長などを務めたフランシス・シャビエル家のフアン・デ・ハッスと結婚して城を持参し、ハビエル城はフアン・デ・ハッスの所有物となった。1506年にはフアンとマリアの6番目の子として、ハビエル城でフランシスコ・ザビエルが生まれた”

ああ
スペインのサビエル城行ってみたいです~

ところが
驚きなんですが

今回知ったのですが

伊勢の志摩スペイン村にそっくりの
サビエル城
があったのですね!

実物大そっくりのハビエル城!

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ハビエル城博物館は
いろいろ展示されていて
現地へ行かなくても楽しめそうです!

それにしても本物そっくりのものを造ってしまうなんて
ほんとすごいですね

http://www.parque-net.com/parque_espana/monument/index.html

@リンクした志摩スペイン村のハビエル城が
PCとiPadで違うのはなぜ?

伊勢神宮へは行ったことありますが

こういうレジャーランド的な観光地は
おひとりさまってどうなのかしら。。


















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by caramel24carat | 2018-10-23 11:21 | 建物・アート

16菊花紋があった~パキスタンのタッタの遺跡とマケドニアのヴェルギナの太陽



真っ青な空が広がり快晴~☀

今日は体育の日で祝日~絶好の運動会日和
昨日は10月だというのに夏のように暑かった
しかも午前10時過ぎに軽くグラッと来た
おお~ジシンか

万が一ということを考えて出かけるのを止めた

何を思ったかガスコンロ台を掃除
そう言えば先日停電があったばかりでした

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いつもよりキレイになってホッとした

セスキ炭酸ソーダ―スプレーがよく落ちました

ところで
いつまでもアツいのは

軌道がくるって太陽に接近しているせいじゃないの
とおバカなこともつい考えてしまいます

🌞


前回
ムガール帝国の紋章が
皇室と同じ16菊花紋ソックリだと驚きましたが

思い出せば
前に多治見の国宝である永保寺へ訪れた時



16菊花紋を見ました

1314年夢窓疎石が建立してます
1317年夢窓疎石は
その後京都の北山、土佐、1319年には鎌倉へ行っている
1325年に後醍醐天皇の命により南禅寺第9世として南禅寺に住持することとなる

多治見の永保寺にて

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どうして多治見にあるのか不思議ですが
明智光秀の地元土岐はすぐ側

多治見は夏にはものすごく暑いところです

前回
16菊花紋がムガール帝国の国章とソックリだと知り
ちょっとググってみてわかったのは

パキスタンにタッタの遺跡世界遺産)があって
そこにはいわゆる日本でいう16菊花紋が見られるという


ムガール帝国(現パキスタン)のタッタの遺跡にみられる
16菊花紋

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こんな素晴らしい遺跡があったなんて今回初めて知りました!

あの、タッタで検索してましたら
ゆずの歌「タッタ」がヒット?
何なんでしょうね?

タッタ(Thatta)
アラビア海に面しインダス河の河口の
パキスタン最大都市カラチから東へ100キロに位置する

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タッタは1592年にはムガル帝国の支配下に入った

16菊花紋のレリーフの見られる
上の画像の遺跡はいつの時代なのか?
古そうですね

タッタで見られる

美しい釉薬のかかったタイル張りのモスクは
17世紀ごろのものらしい

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Thatta






アラビア海に面しインダス河口のこの地方は
交易都市として栄えたようだ


かつて
古代ギリシャのマケドニアの王
アレクサンドロス大王

がペルシアを征服した後
さらに東方へ遠征し
現在のカラチあたりを征服したこともあった

BC326年

アレクサンドロス大王のインド方面への遠征図
当時はアレキサンドリアという地名が
アッチコチに見られますね

Alexandriaはカラチ?
Pataraはタッタ?

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アレキサンダー大王は若干32歳にして
大帝国を築いたかに見えたが
帰りのバビロン(メソポタミアの古代都市)で
蜂に刺され急逝

アレキサンダー大王はエジプトも征服(BC332年)してますが

エジプトと言えばシーザーの元へ
じゅうたんに巻かれて届けられたクレオパトラ
(BC50年ごろ)

祇園祭の山鉾に飾られたじゅうたんにも
クレオパトラのような贈り物があったのかしら?

そう16菊花紋についてですが

どうも日本では菊の花がモチーフとなったように
考えられていますが

同じような紋がムガール帝国の紋章だったり
タッタの遺跡に見られたりするのは
そもそも菊ではなく
その他のものであった可能性が高いという、らしい
菊というのはあまりメジャーではないという

日本では菊とされているが
それはずばり

太陽らしい

アレクサンドロス大王の治めたマケドニア王国の

ヴェルギナの太陽

ではなかろうかという説です

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The Vergina Sun

マケドニアの地図

そういえば現マケドニアがEU加盟とかなんとか。。


”マケドニア王国は
古くから全ギリシア祭典であるオリュンピア祭に参加していた
初めて古代オリンピック(紀元前496年)に参加したマケドニア王は
アレクサンドロス1世である”
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アレクサンドロス大王のお父さんフィリッポス2世が
BC339年に暗殺された

遺骨の入った黄金の櫃

The Golden Larnax of Philip II

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美しい
ヴェルギナの太陽が刻まれた黄金の櫃

随分端折ってジャンプしますが

天照大神は皇室の始祖と云われる

天照大神

どんちゃん騒ぎに岩戸から何事ぞ?
と覗かれた神話より

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wikiより




日の出る国
日本

🌞


















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by caramel24carat | 2018-10-08 11:38 | 建物・アート

鞍馬寺の御紋は聖ヤコブのシンボルのホタテ貝では!?と更科=蕎麦


今日は爽やかな空が広がっている~☀

湿度が60%ほどで室温28℃と涼しい
風も吹いていて心地いい~

確かに太陽が遠ざかっているのね。。

いきなりですが
京都に鞍馬寺というのがあって
その紋を見てビックリ仰天しました!

なんと

鞍馬天狗ちゃんとホタテ貝ではありませんか!

鞍馬寺の奥の院の魔王殿
白い布に御紋のホタテ貝が確認できます

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wikiより引用

これは聖ヤコブのシンボルのホタテ貝と一目見て分かりました

赤ら顔に鼻の高い鞍馬天狗というのは明らかに異人
イスラエル人(ユダヤ人)かも知れない

鞍馬寺の奥の院の魔王殿の由来は
魔王尊
650万年前に金星からこの地球に降り立った、という

聖ヤコブはイエス・キリストの使徒の一人

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wikiより引用

シンボルのホタテ貝は

コキーユ・サン・ジャック(仏 coquille St.-Jacques
イタヤカイで 聖ヤコブの貝です
画像はこちらからお借りしました

鞍馬寺の御紋にも貝の根元には十字が描かれている
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聖人ヤコブがエルサレムで斬首され
スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ弟子たちが
その亡骸を船で運んだ時
船底に貝殻が付いていたところから
聖ヤコブのシンボルとなったようです
巡礼の目印にもなっています

パワースポットでもあるらしい
鞍馬寺
古代イスラエルとの関係を連想するもの
かなり多くみられるようです

ちょっと訪れてみたい気もします


ところで

前回のブドウ(マスカット)でちょっと思い出したのですが

フランス革命歴のこと書いてた時
「サラザン=Sarrasin「蕎麦」と知りました

で「サラザン」が「蕎麦」なら「サラシナ蕎麦」だわと
「更科蕎麦」を連想して
いろいろブログに書いたのですが





そんな中知ったのですが

金細工師が作業中散った金粉を再び集めるときに
蕎麦団子を転がして集めたそうです
って、オモシロイでしょ










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by caramel24carat | 2018-08-17 11:13 | 建物・アート

ネジレバナとデューラーの≪梨の聖母子≫とシンクレア・ハウスとシューホフ・タワー


湿度が高くムシムシしますが風が吹いている~⛅



ピンクの可愛いネジレバナが咲いている
小さいし風に揺られていたがやっと撮れました

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ところで

前回
アイザック・ダドリー・フレッチャーが
メトロポリタンに寄贈した
デューラーの≪メランコリアⅠ≫について書いてた時

以前観た
映画
リドリー・スコット監督の≪ゲティ家の身代金≫の
最後のシーンで絵画≪聖母子≫が登場したのですが

ジャン・ポール・ゲティが抱きながら息を引き取るのですが
誰の作品か思い出せないでいましたが
うつむき加減のマリアが印象的で
そうだデューラーの≪梨の聖母子≫じゃないかと気づきました

デューラーの≪梨の聖母子≫ 1512年

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幼子イエスが梨の切れ端(愛のシンボル)を持っている

しかし
この作品はゲティミュージアムじゃなくて
ウィーンの美術史美術館の所蔵

まあ、映画ですから真相は。。
取り合えずメモ

≪ゲティ家の身代金≫を撮ったリドリー・スコット監督
なんと
BBCでドラマやドキュメンタリーをやったあと
独立してCF制作会社を立ち上げ
1970年代から80年代の
CHANEL
のコマーシャルフィルムも撮っていたというから
オドロキました!

と前回、知ったのですが、何か繋がっていて面白い
ちょっと見てみたいですが

アイザック・ダドリー・フレッチャーは
実業家(銃器)やバンカーとして大富豪になり
1898年、ニューヨークの五番街に豪邸を建てた

2 East 79th Street at Fifth Avenue

メトロポリタンの南端の対面の角です

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五番街をGoogleマップで散歩

EUの旗とロシア国旗が飾られている

1917年、アイザック亡くなると
その後、ハリー・フォード・シンクレアが
屋敷を買い 1930年まで所有していたようだ

シンクレアハウスと呼ばれている
The Harry F. Sinclair House

現在、ウクライナ協会らしい
ウクライナ国旗と合衆国の国旗が飾られている

79丁目通りからの外観(wikiより)

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ウクライナと言えばロシアとクリミアで揉めていたところですね

ハリー・フォード・シンクレアは石油王


石油と言えばパイプライン


前にモスクワのグム百貨店のこと書きましたが
グム百貨店のガラスと鉄骨の天井モールドを設計したのが
ウラジーミル・シューホフ

ウラジミール・シューホフ



この人物は凄いですね!
wiki引用

サンクトペテルブルグの学校を出て
モスクワの工業学校で学び
アメリカのフィラデルフィアへ行き
滞在中にロシアの技術会社の「ルコイル」(Lukoil)を経営していた
アレクサンドル・バリと知り合いとなり、ルコイルに勤務

その後、ロシアに戻り
アゼルバイジャンのバクーにあった石油施設の設計に従事する
ここでロシア初の石油パイプライン(全長約10km)の設計にも参加する
バクーでの仕事を認められ、ルコイルの首席技術者になった
その後も河川用の石油タンカーの設計
1886年から1889年には
シューホフの同僚と共にモスクワの新しい水道システムの設計に参加した

1879年には、連続接触分解に関する発明で特許を出願
(1891年に成立しロシア帝国特許、番号12926)を取得した
後にこの特許はアメリカのスタンダード・オイルとの特許係争に発展した

バリの事業が鉄道事業におよぶと
シューホフも1892年に初めて鉄道橋の設計する
シューホフは設計する鉄道橋に鉄材の不足を克服
さらに工期を短縮する工夫を施していった
これ以後、417の鉄橋の設計を行った

シューホフは鉄橋の設計と平行して
大規模建築物の屋根の架構方法の考案を依頼されていた
1893年に完成したグム百貨店(1890年~1893年、モスクワ)の
アーケードの屋根として採用した
鉄とガラスを組み合わせたヴォールトとして結実した

ロシア革命後、バリの会社は国有化され
シューホフにはディレクターの地位を与えられた
革命政府から
シャーボロフスカヤのラジオ塔(1922年、モスクワ)
の設計を命じられた
当初高さを350mで設計したが
鉄不足のため150mに短縮して1922年に完成した
それでもこの塔の独特のスタイルは
ソヴィエトという新時代の幕開けを告げる印象を与えた

フランスパリのエッフェル塔の鉄の使用量が8800トンであったのに対し
シューホフの塔の設計では
高さ350m設計時の鉄の使用量が2200トンと軽量であった

シュ―ホフ・タワー


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シューホフ設計の双曲面構造の塔は
シューホフ・タワーと呼ばれる

魚釣り用の網でよく似たの見たことありますね

19世紀末~20世紀初頭に活躍した
実業家アイザックと、石油王ゲティやシンクレアと
いろいろな人物を知りましたが
建築家ウラジミール・シューホフ
凄いですね!






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by caramel24carat | 2018-06-29 14:07 | 建物・アート

レースのような銀色の葉の黄色の花と金閣寺とフッガー時代のアウグスブルク市庁舎の類似点





今日は湿度70%で蒸し暑いお天気です~☀


もう金曜日ですね


イエローのお花とシルバーの葉っぱのコントラストが美しい
白妙菊が咲きました

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草丈が60㎝ほどあって
実物はもっとハッとするような印象的なお花です


シルバーのレースのような葉っぱが幾重にも重なってほんと美しい
シルバーリーフと呼ばれるよく似た植物もあるようです

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ところで

金と銀と言えば

当然誰もが知っている
京都にある金閣寺銀閣寺ですよね!

室町幕府3代将軍足利義満の舎利殿
3層建築で一階は質素な禅寺風
2、3階は内外に金箔張りの豪華もの
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京都行きたいわ~
でもきっと観光客で超賑わっているのでしょうね
それに盆地だから結構ムシムシするのよね

そんな足利義満の金閣寺は600年ほど前の
1397年に建てられた

なんと
開山は夢窓疎石だという

夢窓疎石といえば
この間訪れた国宝の永保寺も夢窓疎石でした!


足利義満の時代には金がたくさん採れたのですね!

ところで

足利将軍家のルーツは
栃木県の足利
因みに「栃の木」は「マロニエ」らしい

栃木に日本最古の足利学校があって
イエズス会フランシスコ・ザビエル
素晴らしいと称賛したという伝説があるらしい

また栃木の佐野には龍江院に
ヤン・ヨーステンウィリアム・アダムスが航海してきた船
≪リーフデ号≫こと≪エラスムス号≫の木像エラスムス
かつて保存されていたらしい
(現在国立博物館蔵)

とkろで
天正遣欧少年使節団のニュースが載ったところ
アウクスブルグですが

ミュンヘンやニュルンベルグのあるバイエルン州の都市
アウクスブルグの街の起源は

初代ローマ皇帝アウグストゥスに因むらしい
(BC63年9月23日~BC14年8月19日)

初代ローマ皇帝アウグストゥスは
シーザーの養子でした


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そんな歴史あるアウクスブルクに
ハプスブルク家や神聖ローマ皇帝やローマ教皇庁に
お金を貸していたのが
銀行業もやっていたフッガー家

元々フッガー家は
チロル地方を治めていた領主に戦争への資金提供などをやっていたが
負けると担保にしていた金・銀等の鉱山を物にして
大富豪への道と歩んだようだ
しかし1560年には
スペイン・ハプスブルク家とともに没落したというが
現在も富豪相手のフッガー銀行が存在するという!?

アウクスブルクはマルティン・ルターが宗教改革を始めたところ
ローマ教皇庁等は免罪符を売って借金の返済に充てていたので
ルターはソレオカシイ!とご意見したらしい

フッガー家繁栄の時代をフッガー時代というらしい

そのフッガー家黄金の時代の建物!?で
(整合性がイマイチ確認出来てませんが)
1615年~1620年代に建築された
アウクスブルグ市庁舎の3階には
黄金の間(Goldener Saal)
があるという

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1.2階はそれほどでもないが
3階に上がると
フレスコ画の描かれた木造天井を27の鎖で吊るした
豪華絢爛な黄金の間が現れるという

この3階に豪華絢爛な黄金の間を造った!
というところが

ちょっと金閣寺に似ているかな
と、ふと思ったわけです

ちなみに
アウグスブルクは鉄砲の産地だった長浜と姉妹都市
後年、ディーゼルエンジンのヤンマーの創立者の出身地かららしい

と、いろいろメモ

そう、気になるのはチロルチョコ












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by caramel24carat | 2018-06-08 13:52 | 建物・アート